1-3 隣国の令嬢は破天荒すぎる(2/3)
周りの誰もかもが、驚いて固まっている。
アインホルン公爵家の紋章を付けた護衛騎士様も、相手が異国の……それもとんでもなく派手な女性だからなのか、どう対応したものか困って動けないでいるようだ。
実際手などに触れているわけではないし、少なくとも害意はなさそうなんだけどね?
……距離を急に詰めてるのと、あとなんか、目に力こもっててすごい怖いけど。
ちょっと感動なのかなんなのか、ばっさばさのまつ毛がふるふるしてる気がするし……ほ、ほんとにどうしたの?
ルイーズ様……?
「《……素晴らしいですわ……》」
エングリーン語で一言呟いたあと、ルイーズ様はゼノン様を見てはっきりとユルンベルク語で言った。
「わたくし、あなたに惚れ込みました」
その言葉に、カロリーナ奥様も目を瞬かせている。
「惚れ……なんだって?」
「ええ、惚れ込みました。
その……綺麗なお顔に」
あっだめだ。
それ、ゼノン様に向かって言ったら一番だめなやつだよ。
あーあーあー……ゼノン様の特大《地雷》を見事にがっつり踏み抜いたねぇ。
……えっ、あれ、それがわかってるのって私だけ……?
クロードお兄様もティナお義姉様も『どういうこと?』って顔してるか、そっかー……。
事情を知らないと、そうだよね……ルイーズ様が、《地雷原でタップダンス》してるその光景が見えてるの私だけなんだね⁉
案の定、ルイーズ様を見下ろしながらまずは驚きで固まっていたゼノン様の表情が、だんだんと硬く、嫌悪のような諦めのような……暗い表情へと変わっていく。
「《ちょ、ちょちょ、ルイーズちゃん‼》」
ゼノン様の反応を見て最初に動いたのはティナお義姉様だった。
ルイーズ様の腕をかなり強引に引っ張って、ゼノン様から引き離す。
なんなら『正気に戻れッ!』と平手打ちくらいはしそうな勢いだった。しなかったけど。
「《何やってるの〜⁉ 公爵夫人と
「《マルティーヌさぁん……でも、でもわたくし…………こんな人類史上最高傑作か⁉
みたいな造形美を目の当たりにしてしまったら……もう、ダメですわ……ああ……》」
ドレスのままガバっと床に伏せる。
あ、床は最高級の柔らかくてなんなら寝転がっても痛くないような絨毯ですよ。
まあ、普通の貴族はそんなところに顔を伏せたりはしないけどね絶対に‼
「《……当て書きしたい………………》」
ん? なんて?
「《ああ〜この方をヒーロー役に据えて当て書きしたいですわぁ〜絶対、ぜったいぜったい、すごくいいものが書けるはずなんですわ〜はぁ〜やっぱり奇をてらわず冷酷な王子がいいかしら、それとも影のあるスパイ役……そう、スパイをして二重生活をしているとかどうかしら……ヒロインの心をもてあそぶ悪い男とか……!
でもちらりと見せる優しさ、そして切ない過去が……。 ああ、それとも、それとも……?
ううっ、いくらでもアイデアが湧いて止まりませんわ‼》」
「《はーいはいはい、ルイーズちゃんステイステイ!》」
ねぇ、今、令嬢をナチュラルに犬扱いしたんだけど大丈夫?
「《当て書き……?》」
「《そう! 当て書きですわ‼》」
「ヒッ」
私が思わずこぼした一言に、ルイーズ様がガバっと身を起こして食いついた。
「《演劇などの脚本を執筆する際の手法のひとつですわね!
お話があってその配役通りに役者を選ぶのではなくて、まず先にどの役者を出演させるかを決めてからその役者にはどんな役をさせたいかというところからストーリーを組み立てていくんですのよ、これがなかなか奥深い手法なのですわ‼
わたくし、こちらの方の外見がとてもとても好みの中心ド
ううっ、紙とペン、紙とペンがほしい……っ‼ ないっ……‼ なんでっ……⁉》」
「《……ん? では、好みとかド
「《もちろん、
……そ、そういうこと……?
……ああ、今わかった。この違和感の正体。
さっきルイーズ様がゼノン様を見つめていたあの熱い瞳……。
あれは恋に溺れた少女の瞳じゃない。
一級品の価値がある商品を目の前にしたときの、
もしくは……彼女の言うとおりなら、最高の
そっちはそんな瞬間をこれまでの人生で見たことがないから知らんけど。
襲って来る脱力感に思わず顔を覆う。
そんな私に、ルイーズ様は更に追い打ちをかけた。
「《……あら、ご存知ない? 今日の舞台の脚本、原作はわたくしが書きましてよ?》」
「え、は? えっ?」
「《ユルンベルクでも公演するって決まってからは、マルティーヌさんにもたくさん協力していただいて》」
「《そうだよ~。こっちの言語に翻訳したり発音のアドバイスしたり、そういうのがんばったんだからね!
》」
いや、待ってちょっと待って?
今日の作品て確か……『運華』の作者のラ・エトワール先生って話じゃなかった?
「《じゃあ、あの……も、もしかしてルイーズ様が、ラ・エトワール先生……? ってことですか……?》」
「《あら! そうですわ、正にその名前はわたくしが創作活動をする際に使用している
ご存知でいらっしゃるなんて光栄ですわ。
もしかしてアリスさんは、拙作『運命に愛された華』もお読みくださったのかしら?》」
「《もちろん読みました!
大ファンですっ‼》」
え~本当に⁉ すごいなぁ‼
…………いや、それはそれとして。
ちょっと待ってよ? さっきティナお義姉様、なんて言った?
翻訳を手伝った……?
いやいや待って、だって『運華』って本国での大ヒットを受けて各国に翻訳されて出版されているはずで……。
まさか、とティナお義姉様を振り返る。
なんだかとてつもなく、嫌な予感がするんだけど?
「《ん? もしかして『運華』の翻訳本の話?》」
「《そう、まさか、翻訳してるのって……》」
「《私だけど》」
「《身内っ⁉》」
全然知らなかったよ、えっ、何?
教えてくれてもいいじゃん⁉
情報量が多すぎてもう何がなんだかわからないよ‼
んもー‼ 私だって床にうずくまりたい床に転がりたい‼
叫びたい……‼
「《なんで教えてくれなかったのー⁉》」
「《あ~……いや、ルイーズちゃんが余裕持って来てたら紹介がてら説明するつもりだったんだけど完全に忘れてたわ。
ごめんて》」
あぁ~まあ、確かにルイーズ様が合流してからこっち、だいぶバタバタしてたけど。
いや、それにしたって。
それにしたってだよ‼
『ごめんて』、じゃないんだよ‼
もう‼
「……なるほど。
彼女が今日の舞台の原作者、つまりラ・エトワール先生なのか……」
「…………あらまあ……!
じゃあ、こんな年若いお嬢さんがあんなにも素敵なお話をお書きになったの……?
……わたくし、サインをいただいてもいいかしら……?」
「でしたら、……そうですね、今日の記念に台本の写しなど用意させるとか……。
そこにサインをしてもらう、なんていうのもいいかもしれませんね」
「ふふ、素敵なアイディアね。
お願いしてみようかしら?」
いつの間にか、クロードお兄様がカロリーナ奥様とゼノン様の隣に移動している。
どうやら私達が大騒ぎしている横で、聞き取れた内容……ルイーズ様が今日の舞台の脚本の原作者であるとか、そういうことをユルンベルク語で説明してくれているみたい。
笑顔で穏やかな表情で丁寧に説明していて、奥様とゼノン様は感心なさっているみたいだ。
お兄様、こういう時にはこうやってそつなく動ける人なんだね。
「……そういえば……突然現れてそのまま会話していたが、君は一体……?」
「ああ、これは自己紹介が遅くなり大変失礼いたしました。
私はフィッシャー伯爵家の長男、クロード=フィッシャーと申します」
「あら、そういえばゼノンはクロードさんと会うのは初めてだったかしら?
この方は、アリスさんのお兄様ですよ」
「若様には、いつも妹がお世話になっています」
「アリス嬢の兄……。
……なるほど、兄妹か。
言われてみれば、確かに。似ているな」
……ちょっと……?
部屋のこっちとそっちで随分温度差あるな、そっちすごく和やかじゃん……。
えーん私もそっちがいいんだけど‼
お兄様代わってよ‼
ていうか、奥様の奥で控えてる護衛騎士様さぁ、肩がめちゃめちゃ揺れてんだけど……?
さっきのルイーズ様の奇行に対応を戸惑ってた人じゃん、見てたんだからね⁉
「……はっ! あ、あの、わたくし……公爵夫人様の御前でこんなにも大はしゃぎして恥ずかしいところをお見せしてしまって……ちゃんとしたご挨拶もなしに……!」
突如正気に戻ったルイーズ様がこほんこほんと咳払いすると、部屋の前と同じように侍女がサッとスカートの乱れを直す。
改めて奥様と向き合ったルイーズ様は、そのドレスをふわりと広げて綺麗なカーテシーをしてみせる。
「……た、大変、大変失礼いたしましたわ……!
アインホルン公爵夫人様、この度はお目にかかれて、また、わたくし共の舞台を楽しんでいただけたようで大変光栄でございます!
わたくし、エングリーン王国のアルエット侯爵が娘、ルイーズ=アルエットと申します」
「あら、
この劇団の名前は『
「ええ。ご察しのとおり、この劇団はわたくしの父がオーナーを務めております」
ルイーズ様、オーナーの御息女だったのか……。
なるほど、それで
「本来は父からご挨拶申し上げるところですが、生憎遠方の本国から離れられませんので……今回のユルンベルク公演中は娘のわたくしがオーナー代行を務めさせていただいておりますわ」
「あら、うふふ。ユルンベルク語もとてもお上手なのね。
今回の脚本や、例の人気小説もあなたが執筆なさったと聞いたけれど……」
「ええ。創作者としては匿名で活動しております。
年若い令嬢、という立場では、甘く見られたりやっかみを受けたりするのでは……と出版社にアドバイスされまして、本名や年齢、性別などは非公開にしているんですの」
あー……そうね。やっぱり人気作家になると、色々と詮索したがる人っているからなぁ……。
で、そういう輩って身分だの年齢だの性別だので《マウントとり》がち。
ルイーズ様は女性でお若くて、しかも高貴な身分だものね。
ともすれば、《アンチ》に『金の力を使って自分の名前で書かせてる』とか、そういうあることないこと言われかねないよなあ……想像できて嫌だわ。
「なるほど。エングリーン王国はとても豊かな国ですもの、貴族も民衆も芸事に大変寛容な風土と聞いております。
もしやお父上もルイーズさんのように芸事に秀でていらっしゃって、侯爵という貴族の身でありながら劇団のオーナーをなさっている、ということなのかしら?」
「ああ、父の場合は自分で創作などは全くしないタイプですわね。
どちらかというと芸術活動全般を投資の対象である事業として見ていると思います」
「あら、そうなのね?
では芸術家としての関わりというよりも、商人としての関わりという方が近いのかしら。
儲けを見込んで、劇団を大きくしたい……そういうお考えで運営なさっているのね」
「お言葉のとおりですわ。
ただわたくしは父とは違って、一人の芸術家としての想いを糧にこの劇団を運営しております!
わたくしが追求する美しいものを世界の皆さまへと発信していく……それがこの活動の目的ですわ。
わたくし、多くの人物たちが織り成す心模様とそれが重なり編みあがって行く、その様子の美しさを拾い上げ、描いていくことに喜びを感じるのです。
さまざまな国、色々な身分の方に私が信じる
ルイーズ様の目はキラキラと輝いていて、その言葉には彼女が本当に心からそう思っているんだなあって思わせてくれる迫力を感じる。
ただの若い令嬢がこんな言葉を言っても上滑りの夢物語に聞こえるかもしれないけれど、ルイーズ様はその才能をもって小説を多国でヒットさせている実績が既にあるんだもんね。
しかも彼女が原作を書き下ろした今日の舞台は、実際に奥様を号泣させてるわけだからねえ……奥様も、その言葉の持つ力には納得なさるはずだ。
「この劇団の運営ももちろんですし、作家として小説を執筆しているのもその実現のためです。
それが私の活動の全ての原動力ですの。
……ただそのためにはやはり、皆さんに受け入れていただく努力もしなければいけなくて……」
あー、うん。つまり自分の芸術活動を世に広めるためには、ちゃんと事業として成果も出していかないといけないってことだよね。
売上とか数字とかって大切だからね。
で、そのためにはこういう
「なるほどなるほど。
今日の舞台を拝見して、そのお気持ちはよく伝わって参りました。
本当にお若いのに素敵な志をお持ちなのね。
ご迷惑でないのなら、ですけれど……今後はわたくしにも、是非その活動を応援させていただけるかしら」
おっ、どうやら
ティナお義姉様の話では、今回の公演が決まったとき国外の劇団でこの国ではまだ実績がないということで王都で一番大きなこの会場を押さえるのに結構苦労したみたい。
このまま評判がいい方向へ伸びれば会期延長も視野に入れたいみたいで、そういった手続きとかそれから次回以降の公演とか、その際にはカロリーナ奥様の口利きでかなりスムーズに話が進むことになるんじゃないかな。
もちろんユルンベルクの社交界でいい評判を流したり、資金援助をしたりもしてくれるはずだし。