みんな婚約者のことが好きすぎる   作:九ツ森とむ

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1-4 仕事好きの若様は人騒がせすぎる(2/2)

「…………本当に申し訳ありませんでした……」

 

 イヴァン様絨毯うつぶせ寝事件からしばらく……私が別室でペルラ様が淹れてくださった暖かいお茶を一杯飲み終わって一息ついた、それくらいの時間が経った頃……。

 混乱状態からやっと落ち着いてきた私は、床に座るイヴァン様を見下ろしていた。

 これ、セイザってやつだわ……初めて見た。

 遠い異国の、子供とかが反省している態度を示すためにさせられるポーズだと聞いたことはあるけど……折り畳まれた脚が痛そう……。

 ちなみに私はペルラ様と一緒にソファに座っている。

 だからなんか使用人の私がご子息のイヴァン様を見下ろすみたいな形になってるんだけど、大丈夫なんですかねこれ……。

 

「そもそも、連日遅くまでお仕事をなさっている若様に問題があります。

 倒れるのはこれで何回目ですか?

 何度もご忠告さしあげたはずですが……?」

 

「はい、すいません。

 ごもっともです……」

 

 イヴァン様のすぐ横に仁王立ちしているニコラス様がイヴァン様を厳しい顔で見下ろしている。

 そんなニコラス様の言葉に、イヴァン様は首をすくめた。

 わぁ……ニコラス様《ガチギレ》じゃん……。

 というか知らなかったなぁ、イヴァン様ってニコラス様には頭が上がらないんだね?

 なんだか、いたずらをして父親とか先生に叱られてる悪童(ワルガキ)って感じ。

 いつもよりも幼く、なんだか年齢より若く見える。

 

「アリスさん、本当に申し訳ありませんでした。

 私の不手際で、交代で若様の見張……いえ、若様を見守る執事の交代勤務管理がうまくいっていなかったようで……」

 

 今、若様の見張り(・・・)って言いかけたよね?

 どうやら今日の夜のシフトの執事が急な欠勤で、その交代要員が補充されないままになっていたらしい。

 イヴァン様としては、小言を言う見張りがいなくて助かったぜくらいの気持ちでもりもり仕事をしていたらうっかり倒れるまでやってしまった、と。

 倒れたのもこれが初めてではないので最近は気を付けてちゃんと執事をつけるようにしていたらしいのだけど、今日に限ってチェック漏れが出てしまったんだって。

 どうもイヴァン様は書類仕事に集中しすぎて自分で限界を見極められないタイプらしくて、見張りが『そろそろ休憩してください』ってストッパーをやらないといけないらしい。

 ……それで夜遅くまで付き合わされる使用人たちの身にもなってほしいもんだけど……。

 

 ペルラ様も普通に部屋には執事が控えているはずと疑わずに、私を行かせたみたいだね……。

 確認不足でした、とすごく申し訳なさそうに頭を下げられた。

 まあ、今日については急な来客とかの例外対応(イレギュラー)もあったもんねえ……。

 いやぁほんとに、ペルラ様も誰も悪くない。

 人為的過誤(ヒューマンエラー)はどうしたって起こりえることだから……。

 今回はほんと、たまたま色んな間が悪いことが重なってしまったというだけだと思う。

 

「若様。

 アリスさんは我らが邸の使用人ではありますが、同時に旦那様がフィッシャー伯爵様から責任をもってお預かりしている大切なお嬢様です。

 それはおわかりですよね……?」

 

「…………はい」

 

「万が一(・・・)があっては、若様にも、アリスさんにも名誉に傷がつきます。

 その点、改めてしっかりとご認識なさってください。

 私からは以上です」

 

「……申し訳ありませんでした…………」

 

 イヴァン様ががくりと首を垂れた。

 なんかずっと責められてて、ちょっと可哀想になってきたな……。

 

「あの、実際すごくびっくりはしましたよ。

 心臓に悪かったです。

 ですから若様、どうかお身体を大切になさってください」

 

 ほんとにね。

 やることが多いんだろうってのは想像できるけど。

 ほんと、休んでください……!

 

「……ああ。

 わかった。

 ありがとう、アリス。

 今回は本当に迷惑をかけた。

 ……驚かせてすまなかったな」

 

「…………はい」

 

 驚いたのは本当だから、簡単に『いいですよ』とは言いたくない。

 でもわざと私を驚かせようとしたわけじゃないんだし、謝罪は受け取るよ。

 

「……今夜のことはここにいる者と、最初に気づいて駆けつけた護衛騎士しか知りません。

 もちろん旦那様と奥様にはご報告差し上げますが……その他の者には、言うつもりはありません。

 お二人も、そのおつもりで」

 

 私とイヴァン様の名誉のために、何もなかったことにするってことね。

 なるほど、わかりました。

 私だって特に何かされたわけじゃないし、異論はない。

 腕を掴まれただけだもの。

 大げさに騒ぎ立てられる方が逆に困っちゃうよ。

 

「承知しました。

 ご配慮ありがとうございます」

 

「……すまなかった、ニコラスとペルラも」

 

「重ねて申し上げますが、若様がもう少しご自分を大切になさっていたら起きなかったことですよ。

 私たち使用人一同も、いつも気が気ではないんですからね?」

 

「う~……あー!

 もう、悪かったって……!」

 

 イヴァン様、ちょっと涙目になってるじゃん。

 セイザさせられたままだし。

 ……さっきのことに加えて、この……ご子息が床に直で座らされてたっていう事実もさあ、私の心に留めて誰にも言わず黙っておいたほうがいいやつだよね……?

 

「ハァ~……。

 ……母上が嫁に来た頃からうちにいるお前らにこうして揃って責められると俺もさすがに堪えるわ……」

 

「おわかりになっていただけたようで何よりです。

 でしたら、今後もうこのようなことはなさらないでくださいね!」

 

 ニコラス様とペルラ様は、ご夫婦なのだそう。

 お二人揃って公爵邸、公爵家に勤めてもう長いんだって。

 カロリーナ奥様が公爵邸にお嫁に来られた頃から、ってことは……つまりお二人は、若様ご兄弟については生まれたときからご存知だってことだよね。

 ゼノン様もニコラス様にはすごく素直に接していらっしゃった覚えがあるし、若様ご兄弟お二人にとって、ニコラス様とぺルラ様は第二の両親みたいな存在なんだろうなぁ。

 だから本当に自分を気遣ってくれているのがわかるからこそ、余計に言葉が耳に痛いんだと思う。

 ……まあ、私も実際びっくりしたのは本当だから、この際しっかり反省してほしいよ。

 

 コンコンと軽いノックの音が部屋に響いて、私は顔を上げた。

 

「……失礼します。

 ……部屋の片づけが終わりましたのでその報告に」

 

 あ、もしかして。

 さっき部屋に飛び込んできて助けてくれた騎士様?

 あの時は部屋がだいぶ薄暗かったし混乱してたからそうとわからなかったけど、多分直前に廊下ですれ違った方……だよね?

 やっぱり結構若い方だ。

 見た感じ……私とそう変わらなさそう?

 使用人も護衛騎士様もたくさんいるからよく関わる人じゃないと顔と名前までは一致してないんだけど、この人も……多分、見たことは、ある……多分……。

 

「片づけ……あ、もしかして私が落とした食器ですか⁉」

 

「あぁ~……うん、そう。

 いいのいいの、俺がやるのが一番早いでしょ」

 

 えぇ……落としちゃった本人って意味でも侍女の担当範囲って意味でも、片づけは本来は私がやるべきなのになぁ。

 でもそうか……今この状態の私も私についてくださってるぺルラ様もそれからイヴァン様を《激詰め》してるニコラス様も、片づけしてる場合じゃないもんな……。

 

「ところで、大丈夫だった?」

 

「え? あ、はい、おかげさまで……」

 

「だって、その…………」

 

 言って一瞬私の二の腕を見た彼は、そのまま視線を宙に迷わせる。

 

「なあエド……。

 実は寝ぼけててあんまり覚えてないんだが……俺、アリスにはやっぱり、何か失礼なことをしてしまった……ん、だよな……?」

 

 あれっ。そうか、イヴァン様は状況からなんとなく私を驚かせたということだけはわかってても、詳しく自分の行動を覚えてるわけではないのか。

 ……まあ、そうかもねえ、寝ぼけて寝言っぽいのも言ってたくらいだもんね……。

 で、それをしっかり確認してるのはこの騎士様だけっていう話なんだね。

 

「ん~……それは…………」

 

 あれ~……?

 そんなにも言い淀むようなことかな?

 ただ腕を掴まれたくらいの話だけど?

 

「あの、アリスさん……。

 無理はなさらないでください。

 後で私にこっそりと教えてくださったら結構ですよ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。

 大したことはないです!

 腕を、こう、ぎゅって掴まれたくらいですから……。

 …………あれ?」

 

 自分の右手で自分の左手の二の腕を掴んでみせた私を見て、イヴァン様はぎょっとした表情を浮かべている。

 その横で、ニコラス様とペルラ様のお二人が揃ってハァ〜と重いため息をついた。

 

「……アリスさん、それは他の方には絶対に仰らないように」

 

 えっ、そんな一大事(オオゴト)なのか。

 まあ……普通は未婚の男女がそこまで接触接近しないもんなぁ……。

 夜会のダンスの時とかならともかく。

 深夜の自室で二人きりの時に腕を掴まれた……?

 …………あっ、……そこだけ取り出すと確かにアウト(・・・)かも。

 

 まあ……考えてみれば、確かにあのまま抱き寄せられたりなんなら押し倒されてた可能性も十分にあったんだもんね。

 力はすごく強かったし、実際密室に二人きりだったわけだし。

 ……ただ、やっぱりイヴァン様とそういう関係になる、というか、そういう目で見られてる、みたいなのはねえ、なんか……なぜだか…………全っ然想像できないんだけどな……。

 

 それに結果としてイヴァン様は過労で眠ってただけだからこそ、なんか私が不用心に一人で部屋に入ったのも悪かったかな〜みたいな感じになってるんだけど。

 ただ、もしもっと重篤なご病気で一刻を争う話だったら?

 そしてもし私がすぐに駆けつけて、人を呼ぶことで助けることができたのなら……?

 そう考えたら、やっぱり私は部屋に飛び込んだかもしれないなぁ。

 

「アリスさん……」

 

 ペルラ様がものすごく真剣な表情でこちらを見ている。

 

「……消毒しましょう」

 

 ……若様、雑菌扱いされてませんか?

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