馬車にゆられること半日。
昨日の昼すぎに出発して途中宿場町で一泊したから、移動時間自体はほぼ丸一日だ。
道や途中の町が混んでいたらもう少し移動日数がかかることもあるらしいけど、今回はかなりスムーズにいったみたいだよ。
道中ではリーノ様とお兄様が昔話というか、なんかお互いに留学中の激ヤバエピソード暴露大会をしてたみたいだけど、私は半分くらい眠っていて聞いてないところもあるんだよね……。
全部覚えていたらティナお義姉様に報告したんだけどな。
馬車の揺れって気持ちよくて……思わず隣のお兄様によりかかってうつらうつらしてしまった。
いやまあ、激ヤバといっても所詮は若気の至りというか『課題や実験のために集中しすぎて無理しすぎた』的なやつばっかりだったよ。
色っぽい話とかではなかった、一切。
つまり何日寝なかったとか、何日風呂に入らなかったとか、何日食事しなかったとか。
若いうちだからそういう無理もできるけど、そのうち本当に身体を壊すからやめなさいよ。
もう今はやってないですよね? て尋ねたら二人とも目を逸らしていたのでイヴァン様が思わずって感じで説教してた。
う~ん、この二人を前にすると相対的にイヴァン様がちょっとマトモに見えるかも……とか考えたところで、いやいや、そういえばこの人も過労で絨毯に突っ伏して倒れて寝てた前科があるんだけどなぁって思い出してしまい……。
えっ、まさかイヴァン様を含めて三人こいつら似たもの同士の集まりなのかな?
嫌なことに気づいてしまったよ。
王城の文官ってこんなやつらばっかなの?
そんなわけないと信じたいよ。
馬車がスピードを緩めたのに気づき窓から外を見ると、真っ青に透き通った湖畔とその脇を回り込むような形状の道の先に閑静な佇まいの邸が姿を現した。
馬車の車止めには、執事や従僕、侍女なんかが数人揃って出迎えてくれている。
ここはシュトルヒ公爵家の別荘という話だけど……使用していない時ならともかく今は令嬢が滞在しているわけだし使用人がいるのは当然か。
ただ人数は少なめでいかにも最低限、という印象だね。
例の令嬢の療養ということで静かな環境にしたいからそうなっているのかな。
「……うわっ」
「……久しぶりに顔を合わせたと思ったら開口一番がそれか、相変わらずだなお前は」
使用人の中一際目立つ出で立ちの長身の女性は、馬車から降りたイヴァン様と目が合うなり顔をしかめた。
黒髪をぴしりと肩の上で切り揃えていて、騎士風のジャケットを着崩すことなく襟や袖もきっちり閉じて着込んでいる。
腰には細身の剣を下げていた。
外見からいかにも生真面目な雰囲気が伝わってくる、若い女性の騎士様だ。
「連絡は受けてたけど……本当にあんたまで来たんだ……。
王城の文官ってそんなに暇なの?」
彼女の先制攻撃、いや
「……暇なわけないだろお前と違って。
何? 俺が婚約者に会いに来るのが悪いのか?」
「あら、自分で迷惑だってよくわかっているんじゃないの。
ならさっさと帰りなさいよ」
「は? 俺が来るのが気に入らないにしても言い方があるだろうが」
えええ……?
この方、こちらのシュトルヒ公爵家の使用人さんたちと一緒に並んでいるし、シュトルヒ家にお仕えしている護衛騎士様……なんだよね……?
こんなにお若くてもここで働いてるってことは多分まあ、ある程度の家格のご令嬢なのだろうけど。
いやでも、イヴァン様は一応こう見えても公爵家のご子息なんだよ。
こう見えてもね。
それなのにがっつり《タメ口》で喧嘩売ってきてるんだけど……というかイヴァン様もしっかり喧嘩買ってるし……。
ねえ……ねえ、これ大丈夫なの……?
私の顔が青ざめていることに気づいたのかそうではないのか、振り返ったイヴァン様はひとつ大袈裟にため息をついて、騎士様を指さしながら口を開いた。
「なあ、アリス。
こいつ、ほんとに無礼なやつだと思わないか?」
「い、いえ、そんなことは……」
……あるかもしれないですけど、あるかもしれないですけど!
でも、それをこの場で肯定しちゃうと私がこの方に対して不敬になるかもしれないでしょう~?
この方が、すっごい身分の高い方だったらどうするんですかねえ、やめてよ‼
あとイヴァン様が完全に指さしてるの、それも普通にすごい失礼じゃないですか⁉
「……ま、こいつは昔からこうだから今更だな。
ほんとにブレないというか……そういう意味ではすごいやつなのかもしれん。
こいつとは古い付き合いで、幼馴染というか俺の親戚だ。
叔父上……つまり俺の父上の兄の、その娘だな」
「……お父様同士がご兄弟ということは、つまり
「そうそう。フェリシア=リュード、俺の従妹だ」
……はあ、従兄妹で、幼馴染なんだね。
なるほど、それでこんなにも態度が気安いのか……。
いい意味でといえばいいのか悪い意味でといえばいいのかは、わからないけど。
「これでもこいつ侯爵令嬢なんだよな~」
「これでもって何、どういう意味?」
「そのまんまの意味だけど?」
……ほ~ら、やっぱり侯爵令嬢じゃん……。
私とお兄様は伯爵家令嬢と子息、リーノ様は子爵家子息ですからね……この場にいるイヴァン様以外の私たちの誰より身分が上だよ~……ほんと勘弁してよ。
私はその言葉に勝手に思わず冷や汗をかいちゃったけど、私がそうやって意識を飛ばしている間にも当の本人たちは……なんかずっと言い争っているねえ……。
争っている、というかなんだろう、口喧嘩……みたいな?
売り言葉に買い言葉、みたいな。
それもね、フェリシア様がイヴァン様に食って掛かって、それをイヴァン様が受け流してる……っていうんならまだいいんだよ。まだね。
なんかねえ……イヴァン様も普通に言い返してるんだよな?
イヴァン様、なんていうか、大人気なくない?
あなたが従兄で年上なんだよね……?
しかも公爵家子息で立場も爵位も上なんだからさぁ……もう少し、こう、受け流すとか……大人の対応をさぁ……?
「ところで。
客人をずっと突っ立たせたまま待たせてるんだけど、それはお前的には大丈夫なのか?」
「ああいえ、僕たちは平気ですからおかまいなく」
「まあ……お二人のお話に割って入るのもいかがなものかとは思って様子を見ていたところですね……」
急に話を振られてもにっこり笑顔のお兄様と、いつものとおりの無表情のリーノ様。
フェリシア様はその言葉で私を含めて三人の存在にやっと気づいたようで、少し慌てた様子でこちらに視線を向けた。
「……ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。
クロード博士とアドリーノ博士のお二人ですね、イヴァンから事前にお話を伺っております」
申し訳ありません、のところで横目でイヴァン様を睨む。
お前のせいだぞ!
っていう心の声が聞こえてくるね……イヴァン様はイヴァン様で、『なんか文句あるか?』みたいな表情で睨み返してるし……。
空気悪いな~。
しかし
そういえばイヴァン様も最初は、二人を博士と呼んだ方がいいのかなとかそういう話をしてたよね……恐れ多いって遠慮してたけど。
なんかフェリシア様には『結構です』って宣言するタイミングを逃したみたいだね?
二人とも留学先で学位をもらっているわけだし、肩書として
そんなことを考えながらお兄様とリーノ様の二人と挨拶を交わし合うフェリシア様を見ていたら、彼女の視線がこちらへ向いた。
「そちらの方が、クロード博士の妹君ですか?」
「ええ、僕の妹でアリス=フィッシャーといいます。
アインホルン公爵邸で侍女として勤めていて、イヴァン様にはお世話になっているんですよ。
今回は助手としてついてきてもらいました」
「滞在中はどうぞよろしくお願いします、アリス様。
リュード侯爵家三女の、フェリシア=リュードと申します」
フェリシア様は真面目な顔でひとつうなずいて、騎士式の胸に手を当てる礼をしながら私にも名乗ってくださる。
私も緊張しながらカーテシーをしつつ名乗り返し、そうしてお互いに挨拶を交わす。
……ひえ~、正面から見ると女性騎士様ってかっこいいねぇ~!
ナタリア先輩やティナお義姉様も美人なんだけど、系統がまた違う美人だな。
目元もキリっとしてて……こう、なんていうのかな、凛々しいね。
若い令嬢とかが遠目にキャーって言って、そんな感じでモテそうな感じする……。
背がお高いからか私はちょっと見降ろされる感じになっちゃうんだけど、それもねえなんだかドキドキしちゃうな。
ドレスじゃなくてジャケットにパンツスタイルでともすれば男装にも見えそうだから余計に……。
でもよく見れば細かいところに女性らしさのある装いをしていて、例えば髪の毛も耳の周りにワンポイントで編み込みがしてあったり頭の後ろ側に小ぶりでセンスのいい髪飾りをしていたりもするんだよね。
センスがいいなぁ。
フェリシア様とイヴァン様のご関係は、イヴァン様が言った通りお二人のお父様同士がご兄弟で、従兄妹同士。
ちなみに旦那様……イヴァン様のお父様であるアインホルン公爵ヤーコブ様は元宰相、その実兄にあたるフェリシア様のお父様のリュード侯爵ヴィルヘルム様は現役の王立騎士団長なんですって。
そう、ナタリア先輩の誘拐未遂事件の時に一度お話の出た……害獣討伐で活躍したバート様を気に入って、ナタリア先輩との婚約を後押ししてくださった騎士団長のことみたいだね。
すごいなぁ、国の中枢だなぁ……。
代々騎士の家系であるリュード侯爵家の血筋を引いているのはフェリシア様のお母様の方で、騎士として身を立てたかったヴィルヘルム様は弟である旦那様に公爵家の家督を譲って婿入りしたみたい。
待機していた侍女さんのうち一人に『滞在期間中、作業に使っていただく予定のお部屋にご案内します』と促されて、私たちは邸の玄関の扉をくぐった。
フェリシア様、それからクロードお兄様とリーノ様がそれに続く。
その後ろから従僕が私たちの荷物を持ってついて行ってくれている。
当然イヴァン様もその後ろをついていくのだと思ってたら、角を曲がるタイミングで素知らぬ顔で反対向きに歩き始めた。
ん……? イヴァン様、何してるの?
迷子になった?
いや……この邸自体に何度か来たことがあるって仰っていたし、多分これ……確信犯でわざと違う方向に行ってるよね……?
きっと私は、フェリシア様たちについていくべきだったんだと思う。
でもイヴァン様の行動がどうしても気になってしまってもたもたしている間に、どちらも廊下の角を曲がって後ろ姿が見えなくなってしまった。
あ、やばい、これ私が本当に迷子になるやつだ!
最後まで迷っていた私は、思い切ってイヴァン様が消えた方の廊下へと足を進めた。
だって……イヴァン様が何をする気なのか、どこに行くのかが気になるよね⁉