「奥様もそのことに戸惑っているご様子みたいだし、これで目を覚ましてくださればいいんだけどね……。
あの……実はその件に関連して、クロード博士に一つお願いがあるんですが……」
フェリシア様が少し緊張した面持ちで切り出した。
クロードお兄様は、いつもの穏やかな笑顔で応える。
「なんでしょうか?
僕にできることでしたらなんでもお力になりますよ」
「ありがとうございます。
今回ノイライヒ商会担当者や件の薬師の動きについて、怪しんでいても動くことができなかったのは私たちシュトルヒの人間が至らなかったからです。
ただ、先ほども申し上げましたが奥様ご自身がどうしても神秘的な事柄や超自然的な考えに傾倒しておられて……」
きっと夫人も、クラリス様をご心配なさるあまりに根拠が薄いとわかっていても都合のいい話に飛びついてしまったんだろうねぇ。
気の毒ではあるんだけどさ。
「そういった……ありていに言えば、神秘的な事柄や考えに傾倒した結果大変なことになった、みたいな……そういう実録や自伝のような書籍でわかりやすいものに、心当たりはありませんか?」
「なるほど、お話はわかりました。
……そうですね……僕の記憶にある中でも、それらしいものはいくつかありますが……。
ああ、あの判例集とかいいんじゃない?
アリス、覚えてる?」
「判例集……。
あ~……あの、『びっくり裁判なんとか』みたいなタイトルのやつだっけ。
あれは面白かったから私も読み物として読んだけど」
「そうそう。『仰天裁判判例集』、だね。
司法の勉強をする学生さん向けの入門書だったけど、実際の訴訟や判例がストーリー仕立てになって紹介されててわかりやすかったよねぇ」
過去に
商会側は、契約自体はまっとうで有効だったと主張してたんだよね。
でも洗脳的なコントロールで判断力を失わせる手法や効果が実証されていないものを効果があると偽証して売った行為が違法と判断されて、最終的には家族側が賠償を勝ち取った。
判決自体はそれで決着してめでたしめでたしって感じだったけど、そこに至るまでの経緯とか被害者や家族の状況の詳細とかがまあ結構……大変なことになってたんだよなぁ……。
そんな感じで、実際にあった事例が色々載っていてね。
普通にノンフィクションの読み物として面白かったんだよ。
「一番最初に思い浮かんだものはそれですが、似たような内容でユルンベルクで発行されているものもたくさんありますよ。
いくらか、こちらに取り寄せますか?」
「そうしていただけると助かります。
ありがとうございます、しっかり勉強させていただきます。
その結果をうちの母様とも共有して、一緒に奥様を説得にいくつもりです」
そうだね。元々クラリス様のお母様であるシュトルヒ夫人エレオノール様と、フェリシア様のお母様であるリュード夫人イルムガルト様が独身の頃から交流があったということで今フェリシア様とクラリス様は主従の関係なんだものね。
ずっといい関係を続けていたのに、エレオノール様が例の商会担当者に肩入れを始めてそっちの意見のばかり肩を持つようになって以降、関係がちょっとぎくしゃくしちゃってるみたい。
だからその商会担当者が来なくなって縁が切れた今のタイミングで、エレオノール様のことをずっと心配して見守っていた人たちの声がちゃんと届くようになるといいな。
で、今後はそういう怪しい話とはすっぱり縁を切ってほしいものだけど……。
それはどうなるかなぁ、まだわからないね。
少なくとも、何の罪もないクラリス様に被害が及ぶようなことは今後起こってほしくないよねえ。
「結局、その商会は何が目的なんですか?
クラリス様個人や、シュトルヒ公爵家に対して悪意を持っていて貶めたかったということでしょうか……」
「いや、多分そこまでの話じゃないだろうな。
特にもし商会単位じゃなくて単独犯となればいよいよ、単純に夫人を金蔓として扱ってただけだろう」
まあ、そうか。そうじゃなけりゃこんなにすたこらさっさと退散するわけはないか……。
もう十分むしり取ったなーって判断したってことだよね、きっと。
「しばらくほとほりが冷めるまで様子を見てそれからまた次の標的を探す……って感じじゃないか?
まあ……アインホルンを敵に回した以上、
おお、怖……。ただねえ、撤退したのってやっぱり若様やアインホルン公爵家の権威のおかげだと思うんだよ。
アインホルン公爵家が本気で動くんなら危ない、って思われてるわけでしょ?
これこそまさに、正しい権力の使い方! ってやつだよね?
うちの若様、ちょっとだけ頼もしく見えるじゃん?
ちゃんと外ヅラは公爵家子息やってるんだねえ……実際に接していると色々と残念なところも見てるけどさ、それを棚上げしてもいいと思えるもん。
「金ごときに目がくらんで俺の可愛いクラリスたんをダシにしたこと、絶対に許さないからな。
万死に値する。
いや、死ぬまで後悔させてやる……!」
……うん。すごく気持ちは分かるよ。
でも、目つきが元々キツいからなのもあるけど、その顔でそういうセリフ言うと完全に
あと、また
ほんと、気をつけてね。
というか、もう既に誰もそこにはツッコまないんだね……。
まあその担当者や薬師とやらもイヴァン様が公爵家の力を使って調査しているのなら、近い将来ちゃんと罪が裁かれてしかるべき罰を受けることになると思う。
たまに
それだってもちろん、公平な捜査の結果本当に悪事を働いていたら、だからね?
どちらにしろ、クラリス様やシュトルヒ公爵家の皆さんのように苦しむ人が今後これ以上増えないなら、私はそれでいいと思うんだ。