「ああでも……特に小さい頃に限っていえば、ティナさんは僕というよりどちらかというとアリスのことがお気に入りでアリスに会いに来ていたように思います。
僕は二人が行く場所にいつも付き合わされてただけというか……」
「でもお兄様だって好きでついてきてたわけじゃん?」
「まあねえ……。
君たち二人がとにかく危なっかしくて、放っておいたら僕や護衛騎士たちが監督責任を問われかねなかったから仕方なく、だったけど。
ただ、それがなければ僕はずっと家で本を読んでいただろうからなぁ……」
さっき自分では自分はユルンベルクの王都へ行ったことがあまりないと言ったけど、逆に私はお兄様と一緒にティナお義姉様や商会の方たちにエングリーンをはじめとしていろんな外国に連れていってもらっているんだよね。
公爵邸に来てから他の使用人の皆さんとお話する中で、国内の貴族令嬢にとってはそれがいかに普通じゃないかって、それがやっと最近段々わかってきたところだよ。
そういった機会に旅先で、やれ町のお祭りで護衛を撒いて屋台でめいっぱい買い食いしようとか、森で夜明けに珍しい鳥が見られるらしいから夜中に宿を抜け出そうとか、川を下った先に古いお城があるらしいから船に潜り込んで探検に行こうだとか……そういうお義姉様の悪い企みに私がノリノリで乗った結果お兄様も仕方なくついてくる……みたいな感じのことがよくあったなぁ。
よくもまあ、大きな怪我をしたり誘拐されて大事になったりしなかったもんだよ。
子供の頃は『大人の目をかいくぐってやってやった』って思ってたけど、今思えば絶対フィッシャー家とかイロンデル商会の護衛がちゃんとついてきてくれてて守られていたんだろうけどね。
「そうだねえ……お兄様は放っておくとそのまま部屋から出てこないから、お義姉様は私を遊びに連れ出すことでお兄様を引っ張り出す口実にしてたのかな。
ほら、お兄様は小さい頃は相当まんまるだったもんね」
「まんまる……?」
「そう。
まあ自分のことだからはっきり言うけど、かなり太ってたんだよ」
「あら、そうだったんですね。
今の博士は普通に適正な体型ですし、あまり想像できませんが……」
「……そういえば、確かに留学中にはたまに顔のラインがふくよかになっていたような……そんな覚えもありますね……?」
「そうなんだよね~最近わかったんだけど、僕ってどうも意識しないと太りやすい体質みたいなんだよね」
「子供の頃のお兄様は、お顔もほっぺもまんまるな時期がありました。
ふくふくのおまんじゅうみたいでしたよ!」
「ふくふくの……おまんじゅう……」
「子供の頃から本当に身体を動かすことが嫌いで……だってその時間の分、一頁でも先に本を読み進めたいよね?」
よね? って言われても、そこまで極端なのってお兄様だけだからね。
同意できないよ?
「だから、ティナさんに連れ出されて強制的に運動させられてたようなところもあるのかも……?」
あ~……、確かに。
なんかお義姉様の思い付きで無計画に遠出して、そういう時って私たち女子二人は結局途中から護衛に抱き上げてもらったりしてたんだけど、その横でお兄様は自力で歩かされてたりした気がする……?
太ってたから『ぽてぽて』って感じでね。
確かに、あれがお義姉様によるお兄様強制ダイエット作戦だったのかもって思えば辻褄は合うんだよね。
……なんか、お兄様が船から落ちて必死で泳いでたような、しかもそれをお義姉様が爆笑しながら見てたような、そんな場面の記憶もあるな……。
うん。それについては、思い出さなかったことにしようかな……。うん……。
あれも今思えばほんとに溺れる危険があるなら護衛が川に飛び込んで助けてたんだとは思うから本当の危険ではなかったんだろうね?
いずれにしても、よい子は真似しちゃだめだからね⁉
「ティナさんは、いつも僕のあと一歩というところで背中を押してくれる人なんですよ」
背中を押す? 船の上からかな?
いや違う、今そういう文脈じゃないね。
さすがにそれくらいの空気は読むよ、私も。
「小さい頃からそうですし、大人になった今でも、彼女の本当に豊かな発想と類まれなる行動力に引っ張ってもらっています」
まあ、ねぇ……。お兄様って、本性は面倒くさがりの怠け者だからねえ。
うっかり下手に身分があって能力も高いからエリート文官の皮を被ってるけど、背中を押すというかもはや蹴るというか、動け!
って追い立てる人がいないと布団と結婚してそのまま本を抱えて出てこない生活をしかねないダメ人間だからなぁ。
そこをうまく飴と鞭で使いこなして運用してくれてるのが、ほかならぬお義姉様だから。
逆に色々突飛なことを思いついてはすぐに実行にうつしがちなお義姉様の暴走をお兄様がその知識量で説き伏せてブレーキ役になってたりもするから、お義姉様の方もなんのかのお兄様のことをすごく頼りにしている。
二人は確かに婚約者同士でイチャイチャバカップルでもあるけど、同時になんというか信頼し合ってる相棒みたいなとこもあるのよ。
《バディみがある》というかね。
「あっ、あと僕とティナさんは、ある意味
「同盟? 何の?」
「それはもちろん、アリスが可愛い、大好きっていう同盟だよ?」
うわ。真正面からお兄様の愛を浴びてさすがに受け流せない。
何の揶揄いも悪意もない、純度百パーセントの愛がこっちをまっすぐに向いてるのを感じるよ。
えぇ……私、これどう反応したらいいのかな……?
「え、あ、うん。
ありがとう……で、いいのかな?」
とりあえずちゃんと返しはしたけど、やっぱり所在ない気持ちはあるのでもう一回お兄様の膝をはたいておいた。
さっきは一ぺしだったけど今回は三ぺしくらいしておいたわ。
いや、うん、もちろん、私だってお兄様のこともお義姉様のことも大好きだけどね?
「こういう気持ちは、クラリス様のことを大事にお思いのフェリシア様はもちろん、リーノにもわかってもらえるんじゃない?」
ん? そうね、フェリシア様は幼馴染のクラリス様が大好きでなにより大事だもんね。
リーノ様は?
「まあ……そうですね。
クロードの言っていることはよくわかります。
僕もバート兄様のことをとてもすごい人だと思っていますから」
あ~。そういえばナタリア先輩が『リーノ様はバート様のことが大好きですよねえ』みたいなこと言っていたっけ?
……そういえば、なんならバート兄様を支えるためなら一生独身でもいいと思ってた……とか《激重》なことも言ってたわ。
「兄様は……生まれ持った天性の才能が人とは違うんです。
本人はただ素直で正直で何も裏がない人なんですが、それで周りがすべてが転がるようにうまく回っていく様子は見ていて本当に気持ちがいいですよ。
手垢のついた言葉ではありますが、いわゆる
人の言うことを素直に聞くっていうだけだと利用されて騙されて終わりなんだろうけどね。
何故か第六感というか野生の勘的なものがやたら強くて、危険な人物はすぐ見分けちゃうんだってさ。
人を見る目がすごくあるんだな。
観察眼があるのかな。
「できることなら僕は兄様を一番側で見守りたいと思っています。
……いえ、ナタリア義姉さんという素敵な女性が奥さんになるわけですから、一番側は彼女に譲りますよ。
でもその次は僕ですからね」
なるほど。
お兄様とお義姉様が私を見守る同盟者ならば、リーノ様とナタリア先輩もバート様見守り同盟……つまりバート様同担同盟者なのかな?
フェリシア様とイヴァン様も、クラリス様同担拒否かと見せかけて結局内実は同担同盟だもんねえ。
「そうだねえ。
気持ちはすごくわかるよ。
でももし将来リーノが婚約者を選ぶことになった時には、相手がリーノのそういうアデルバート様への気持ちを理解してくれる女性かどうかを先にちゃんと確かめた方がいいと思うよ。
そうじゃないとあとで揉めるかもしれないから」
「あとで揉める……というのは?
どういう意味ですか?」
「……世の中には『夫には自分を一番に優先してほしい』っていう女性も少なからずいるからねえ。
もしそういう性質の方と結婚してしまうと噛み合わなくて、お互い不幸になるんじゃないかな」
あー……。仮想のリーノ様の奥様の台詞を想像するならば『私とバートお義兄様、どっちが大事なんですか⁉』ってやつになる、ってことよね。
で、リーノ様はそのまま淡々と『兄様です』とか言っちゃいそう……。
うん、想像できるのが嫌だなぁ……。
「ああ……なるほど、そういうことですね。
それは確かに……。
まあ、いつか来るその時のためには覚えておきましょう」