「というか、その……そちらの方はどうしてここに?」
リーノ様が正気に戻ったついでに、私の背後を見て呟いた。
確かに、気づけば私、この見知らぬ人に肩を支えられたままだった……ええ、ちょっと待ってダンスの時くらいに近い距離だよ⁉
思わず反射でとびのきそうになった私の動きを察知してか、私が動く直前にもう一度その人は私の肩を両手でガシっと掴んだ。
「もう、そんな急に動いたらまた転ぶよ~?
怪我とかしちゃいけないから気を付けてね」
「ひえぇ……なんかもう、重ね重ね恥ずかしいところをお見せしてしまって、すいません……」
「いや、いいんだけどね。
はい、ほら慌てずにゆっくり動いて」
苦笑いしながら、改めてゆっくりと手を放してくれる。
それで私はやっとその人から距離をとることができた。
はぁ、なんかもう、心臓に悪い……。
……あれ。なんかちょっと、右足を踏み込んだら足首に痛みを感じるような……?
気のせいかな……。
「どうしてここに……って話なら、たまたまね。
通りがかっただけだよ」
「それにしては、アリスさんを受け止めるタイミングが、あまりに不自然なほど完璧だったように思いますが……。
……その、もしかして、ですが。
あなた、僕たちの後をつけてきていましたか……?」
「えっ、え、そんなことはないよ、うん……」
「…………」
「……………………」
リーノ様は、本当に……? と言いたげにじっと見る。
対する男性は、やや気まずげに目を逸らしている。
これは……リーノ様の方に勝負あった、かな?
「私たちをつけてきた……って、もしそうなら目的はなんなんでしょうか」
「そうですね……。
目的が僕なのか、アリスさんなのかでかなり状況が変わりますが……アリスさんが目的だった場合は、今すぐ騎士団に通報しましょう」
「そうですね」
「ま、待って待って‼
騎士団はやめて、ほんとに勘弁して‼
全部話すからっ‼」
男性は、いきなり大慌てで焦りだす。
なになに?
騎士団がそんなに怖いのかな? 騎士団恐怖症の人?
あるのかな、そんな恐怖症。
「君たちの後を付けてきたことは否定しないよ!
だって君たち二人すごく危なっかしくて……会場で、自分たちがものすごく注目の的になってた自覚あった⁉
二人がフラっと庭の方に行くのが見えたから心配になってついてきたんだよ、善意だからね善意‼」
「……注目の、的……?
私たちがですか?」
え、どういう意味?
私とリーノ様は、お互いにぽかんとした顔を見合わせた。
「ああ……でも、言われてみれば確かに……。
リーノ様を見る令嬢たちの視線が随分と熱っぽいなとは思いました。
私は知らなかったんですけど、お兄様と一緒に表彰なんかもされてる方ですもんね?
やっぱり将来有望だからですか。
それなら納得です」
いつも白衣っていうか作業着っていうかそういうちょっと薄汚れた感じの恰好してるけど、ちゃんと整えればこれがねえ、意外にちゃんとして見えるんだよな~まあ、その辺りは腐っても貴族だよねえ。
ただまあ、寝不足っぽい目つき悪い感じはそのままだけど……でも服装とか髪型をととのえるとそれもなんかこう、知的な感じに見えるんだもんな~……素材はいいんだよ、多分。
そういえばバート様が嘘婚約式で正装したのを見たときも同じような感想を持ったんだったっけね……。
そう。多分レーヴェの双子、素材自体はいいんだよなぁ。
中身はともかく。中身はともかくね。
「いえ、それを言うならアリスさんも相当子息たちからの視線を集めていらっしゃいましたよね……?
あの優秀なクロードの妹君ですし、お父上のフィッシャー伯爵様の領地経営は国随一の善政であると有名ですから無理もありません。
縁を結びたい方はたくさんいらっしゃるはずですよ」
続けて小さい声で『まあ……、こうしてご本人と接する機会をいただいている身としては、身内がどうこうよりアリスさんご自身の優秀さが全く話題になっていないことが、逆に不自然に感じますけどね……』とか独り言を言ってるけど、ん~? 私自身の優秀さ?
どういう意味だろ、全然ピンとこないけど。
「そうだね~。『ユルンベルクで住みたい領地ランキング』で毎回上位に入ってるもんね~フィッシャー領は」
「そうなんですか?」
「そうだよ。王都の新聞社が毎年出してるやつ」
……いや、領主の娘の私がそんなランキング知らんけど?
でも実際に言うほどすごく移住者が来るわけでもないんだけどなぁ、実態とは乖離してる気がするけどねえ……。
まあ、王都の人向けに無責任に書かれてるエンタメ記事なんてそんなものかもしれないけど。
「……しかも、二人ともこういう夜会に来ることがすごく稀だからさぁ……ずっと領地にいたアリスちゃんもだし、これまでずっと招待を無視してきたアドリーノ様もだし。
今日こそはお近づきに……みたいな輩が手ぐすね引いて待ち構えてたの、全然気づいてなかったの?」
「え、いやそれはアリスさんがですよね? 僕ではなく」
「いえ、リーノ様では……? 私ではなくて……」
「あ~……もー、ほんと……二人ともマジで自覚なさげじゃん、こわ……。
まさかイヴァン、この状況を把握してた上で俺に丸投げしたってことか?
…………後で覚えてろよあいつ……」
ん? イヴァンて、若様のこと?
同じ名前の別人の可能性もあるけどちょっと珍しいお名前だからなぁ……。
若様兄弟の『イヴァン』『ゼノン』って、カロリーナ奥様のルーツがあるベールンゲン王国風の発音を使ったお名前なんだって。
でももしこの人が言う『イヴァン』が若様のことなのなら、この方は若様を呼び捨てにするほど彼と親しい人だってことになる。
そういえばなんか最近、この人ってば若様を普通に呼び捨てにしてる⁉
って随分と驚かされたことがあったような……、そんな方がいらっしゃったような……?
なんて思考を巡らせている私の耳に、カツカツと石畳を踏みしめるヒールの足音が聞こえてきた。
「……はぁ、勝手にどこか行くから必死で探してやっと見つけたと思ったら、何をこんなところで騒いでいるの?」
「……あれ」
「…………あら」
私とその声の主の女性は、お互いに顔を見合わせて目を瞬かせた。
「アリス様じゃないですか!」
「フェリシア様‼
え~いらっしゃってたんですか~⁉
ドレスお綺麗です、お似合いです~‼」
そう、彼女はエンテ邸でしばらく共に組んで仕事をして一緒に過ごしたフェリシア様。
イヴァン様の婚約者であるクラリス様の専属護衛であり、私のお友達だ。
そうそう、このフェリシア様がね!
エンテ邸に到着した途端初手でイヴァン様を呼び捨てにしてからの口論始めたから、すごく驚いたんだったよね!
それを思い出したの!
「アリス様も今日の装い、とっても素敵ですね。
それがイヴァンに贈られたっていうドレスですか?」
「そうですそうです。
若様がご用意してくださって」
「さすが公爵家、お抱えの職人の腕がいいのね。
アリス様の可愛らしい雰囲気にぴったりで素敵です」
「フェリシア様も~!
いつもの騎士様のお姿も凛々しくてカッコいいですが、大人っぽいドレスもすっごくお似合いで驚きました‼」
「ふふ、ありがとうございます」
普段はきっちりと騎士のジャケットを着込んでいる姿が印象的だが、今日は肩が出たすっきりとしたデザインで胸元からスカートにかけて布が流れるような薄い紫色のドレス姿。
マーメイド型というやつかな。
髪の毛も地毛は肩の上で切りそろえているからなのか今日は付け毛をつけていて、地毛の部分が姫カットみたいになっている。
腰まで届く長さの付け毛は黒から下に向かってシルバーへとグラデーションになっていてとても綺麗だ。
うーん、クール系の美人~!
「アドリーノ博士も、ごきげんよう。
今日は普段と雰囲気が違ってとても精悍ですわ」
「ありがとうございます。
フェリシア様も。誉め言葉はほとんどアリスさんに先に言われてしまいましたが、とてもお綺麗ですよ」
「そうですか? ありがとうございます。
今日は、アリス様と博士のお二人でお越しになったんですね」
「ええ。元々はクロードがアリスさんをエスコートする予定だったのですが急に国外への出張が入ったということで、急遽僕が担ぎ出されてしまいまして」
「なるほど。そういうご事情だったんですね。
……で、よ」
フェリシア様の周りの空気が、すっと冷える。
彼女は私とリーノ様の二人に向けた目とは全然温度の違うすっごい冷たい目で、私を受け止めてくれたくだんの男性の方へと向き直った。
「お
あなた、なんでそこで固まってるの?
さっきあなたのみっともない大声が遠くからもよ~く聞こえてきたけど、一体あれは何? 説明してくれる?」
「あの、ええと。それはね……」
フェリシア様、背が高いからヒールの高い靴を履くと更にお顔が高い位置にあるように見えるんだね。
対して私の隣にいるその男性は私とそう変わらないかなってくらいで男性としては低めの身長だから、かなり威圧的に見降ろされてるみたいになってる。
「あの、……それはねフェリシアちゃん、ね、ちょっと落ち着こうか、ね?」
「私はずっと落ち着いてるわよ?」
「そ、そうだよね……うん……」
「あのね。
私は、お兄がどうしてもって言うから今日わざわざ一緒に来てあげたんじゃないの。
それなのにいきなりいなくなって、探し回ることになったこっちの身にもなりなさいよ?
しかもその先でクラリス様の恩人であるお二人とご一緒しているなんて……まさか、お二人にご迷惑をかけているんじゃないでしょうね?」
フェリシア様と同じ艶のある黒髪で、彼女が『お
お兄……ってことは、お兄様だよね?
ええと、フェリシア様のお兄様って確か……。
「……ああ、もしかして。
あなた、エドゥアルト様……ではありませんか?」
「…………そうそう。名乗るタイミングを逃しちゃっててごめん、俺はエドゥアルト=リュードだよ~よろしくね!」
リーノ様の問いかけに、男性はへらりとした笑顔で応じた。