「そこのフェリシアの実兄だよ。
アドリーノ様とはこうして話すのは初めてかな? エンテ邸では、フェリシアがすごくお世話になったみたいでありがとうね」
「いえ……こちらこそ、エドゥアルト様といえばバート兄様が非常にお世話になっているようで感謝しております。
かつてエドゥアルト様が騎士団に在籍なさっていた時分には、兄様は『エド先輩』のお名前をよく話題に出しておいででしたし、そもそもバート兄様がアインホルン邸へとお邪魔したきっかけも『先輩』を訪ねてということだったと伺っていますよ」
「あ~そうだね。在団中は、バートには結構懐かれてたかもなぁ~?
アインホルン邸へ来てたのってそれ、俺が騎士団やめて公爵邸に勤めはじめてすぐ、ゼノンに昇任試験対策の勉強教えてた頃の話だよね?」
エド様は、ゼノン様に『この邸に呼ぶから自分のついでにもう一人、同期の勉強を見てやってほしい』と頼まれたのだそうだ。
ゼノン様とバート様は騎士団内での所属先は違えども、入団同期で友人なんだって。
寡黙で冷たい雰囲気……に見えるけど実際は内気なだけだけど、なゼノン様と、それから元気いっぱいのバート様、ちょっとタイプ違う二人に見えるけど仲良かったのかぁ。
ちょっと不思議だけど二人ともすごく性格がいいもんねぇ、そこが通じ合ったのかな。
それならわかる気がするよ。
だからまあ、バート様は公爵邸へエド様を訪ねて行ったといえばそうだし、ゼノン様を訪ねて行ったとも言えるのかな?
エド様は、軽い調子で『まあすぐにナタリアちゃん目当てになったみたいだけどね〜』と付け加えた。
「ナタリアちゃんの件で何度か公爵邸に来てた頃あったけど、その辺りがバートに会ったの最後かなぁ。
最近も元気にやってる?」
「ええ、おかげ様で。ナタリア義姉さんと一緒にいられる時間が増えたことが余程嬉しいようで、もう毎日元気すぎてちょっと面倒くさいです」
「ははは、そっか。わかる気がする~!
……あ、俺のことはエドって呼んでくれたらいいからね。エドゥアルトて長いでしょ?」
「……ありがとうございます。
それでは以後エド様とお呼びしますね。
それから、それでしたら僕もリーノと呼んでください。
……その、エド様は、今もアインホルン邸にお勤め……ということで、お間違いはないですか?
つまりアリスさんとは同僚ということになるんでしょうか」
「うん、そう。アインホルン家付きの護衛騎士をやってるよ。
だからアリスちゃんとは一応、大きなくくりでいえば同僚と言えるかなぁ。
侍女のアリスちゃんとは部署違いだからあまり接点ないけどね。
……アリスちゃんは、俺のことって覚えてたりする?」
「えっと、あの……。
ちょっと自信がないんで申し訳ないんですけど、例の
そう。
あの日、イヴァン様が彼を呼んだときの『なあ、エド』という声が記憶に蘇る。あの人だよね?
寝ぼけたイヴァン様に腕を掴まれたときに、助けてくださった方だ。
あのときちらりと顔を見はしたけど、あの日はそもそも私が結構普段と違う状況に慌ててたからなぁ……正直顔までちゃんと覚えてるかって言うと自信ない、って感じなんだよな……。
「あの時お世話になったのに……お顔を拝見しても、そうと気づかず申し訳ありません」
「いやいや、気にしないで。
アリスちゃんとこうしてちゃんと話すのは、あの日ぶりだしね。仕方ないよ」
そうだね。寝落ち事件で本当に二言三言だけ交わしたのが最初で最後。
それ以降は彼とは全然接点がなかったはず。
彼は、『それに今日は普段と髪型とか服も違うしねぇ〜前髪上げられちゃったよ、変じゃない?』とか言いながらへらへら笑っている。
「うちの
本当に失礼なヤツでどうしようもないです、ああもう本当にすいません‼」
「いえ、お気になさらず。
少なくとも、フェリシア様が頭を下げる話ではありませんよ」
そうだよねえ。でもなんとなく、身内のやらかしについては反射で謝りたくなっちゃう気持ちもわからなくはないな~。
「ありがとうございますアドリーノ博士、そう言っていただけると助かります……。
それはそれとして、ああ……なるほど。
……そういうことだったんですね……」
フェリシア様はふと何かを得心した顔で深く頷いたあと、エド様に意味深な視線を投げかける。
私もフェリシア様につられてエド様を見れば、相変わらずへらりと笑っている。
フェリシア様のハァ……というため息が聞こえてきた。
「……今回、私も博士と同じで以前お話した通り夜会へは出ないつもりだったんです。
なのに直前になって、この兄が実家に来て……どうしても夜会に行きたいけど一人ってわけにもいかないから一緒に来てくれって頼まれたんですよ」
「そうだったんですか?」
「ええ、珍しく私に対して頭まで下げて。
で、その理由なんですけど……」
フェリシア様は一瞬その先を言い淀んで、エド様の方をちらりと見た。
エド様は何か言いたげではあるが、観念しているのか苦笑いしたまま口を開かない。
「その……同僚に
元々は実兄が一緒の予定だったんだけど別の男と行くことになったらしくて余計に心配、と……」
「…………いや、さあ。
全部言うじゃん……。
もう少し取り繕ったりうまく誤魔化してくれたりするかと期待したけど、ほんとに全部言うじゃん……!」
「私にそんな器用なことができると思ってたの? 無理だけど」
「……胸を張って言うことじゃないよね?」
「そもそもよ、私がアリス様に対して嘘を言ってまでお兄の行動を誤魔化すことで得られるメリットは何もなくない?」
「それは正論、正論なんだけどさぁ……!」
「それにしたって……お兄に目をつけられて執着されるなんて気の毒な方もいらっしゃるものだなと思ってはいたけど。
それがまさか、アリス様だったなんてね……」
「ん⁉ 執着⁉ なんでそんな話になってるの⁉」
「……いえ、確かにフェリシア様のお言葉のとおりでしたら、立派に執着なさっていますよ。
本人へ好意があるのにそうと知らせず勝手に『見守る』って辺りが、いかにも……。
いえ、ただの
おお……リーノ様、切り替えしの皮肉がなかなか鋭いな。
さっきフェリシア様が言ってた内容のとおりなら、エド様はリーノ様のことをお兄様と並べて『別の男』って言い方で評してたわけだもんね?
「…………ぐぅ、そう言われるとちょっと否定できなくて辛い……!」
「……私、嫌だからね? 『騎士団長の息子、同僚女性へのつきまとい行為で逮捕』とか新聞に書かれるの」
あ、そうか。フェリシア様の実兄なら、彼も騎士団長の息子なのか。
しかもバート様と元同僚で元騎士団員っぽい?
だからさっき、騎士団に通報するって言ったときすごく慌てたのか……。
そりゃあねぇ、もし勘違いでしたってすぐ釈放されるとしてもだよ、元同僚とかに取り調べられるとかそれ自体が嫌だよね……。
騎士団の人側からしても、団長の子息を取り調べるとかすごい気まずくてやりにくいだろうし。
「しかもわざわざ今日ここに来るくらいにはアリス様のことを気にかけているはずなのに、なんでお兄はアリス様に全然認識されてないの?
……なんかどうにも色々と状況が不自然すぎるのよね……普段なら女性と見れば手当たり次第声をかける男なのに」
「えっ⁉ ちょっと待ってよ、フェリシアの中で俺ってどういうイメージなの⁉
手当たり次第って何、どういう意味⁉」
「そのまんまの意味だけど。
お兄、とにかく女性好きじゃない」
「いやっ、そっ、ええ〜……?
男としてそりゃ嫌いじゃあないけど、とにかくとか……そこまで言われるほどかなあ……?」
「なのに、同僚のアリス様には敢えてこれまで積極的には声をかけてないわけよね?
何か、妙な理由とか変な裏があるんじゃないでしょうね?」
「えっと……それは、まあ、うん、ね……その、深い理由が、あるような〜……ないような〜……?」
いや、どっちよ。
フェリシア様に眼光鋭く睨まれたまま、エド様は冷や汗を流しながら、あー……とかうー……とか言っている。
その横で、リーノ様がひとつ深いため息をついた。
「……しかし、これはちょっとまずいことになりましたね」
「え、何がですか?」
「先ほど、僕がアリスさんへ提案した話ですよ。
婚約の打診です」
「……ああ、そういえば。
そのお話の途中でしたかね」
「えっ⁉ えっ、婚約⁉ えっ⁉
アリスちゃんが⁉ 誰と⁉」
「あの……エド様、落ち着いてくださいね。
慌てすぎです。
まだほんの軽く打診しただけですので……」
「そうよお兄、落ち着きなさい。
みっともない」
慌てふためいたエド様の頭を、フェリシア様がすこーんとはたいている。
容赦ないな、実妹。
エド様舌噛んでない? 大丈夫そう?
まあ、フェリシア様は格上の公爵子息で従兄のイヴァン様を呼び捨てタメ口の上に容赦なくしばき上げてたもんなあ、実兄に容赦するわけないかぁ……。
見た目こんな貞淑そうな令嬢なのに、