1話 タイムリープ代、100万円。
俺の名前は『閃《せん》 壱番《えーす》』。
職業、教師。
――ある日の授業中。
黒板に因数分解の式を書き終えて振り返った時……
教え子たちが、一人残らず消えてしまった。
「……は?」
間の抜けた俺の声が、誰もいない教室に響く。
呆然と立ち尽くしていると、目の前に一人の女が現れた。
白い衣《ころも》をまとい、後光でも差していそうな神々しさを漂わせている褐色《かっしょく》肌の美女。
『女神』を名乗るその女は、のうのうと、
「あの子たちには、異世界に行ってもらいました」
それだけ言って、すっと姿を消した。
残されたのは、もぬけの殻《から》の教室と、アホみたいな顔をした俺だけ。
★
慌てて職員室に駆け込み、校長に事の次第を報告した。
互いに、
やれ『意味不明』だの、
やれ『警察だ』『病院だ』『御祓《おはら》いだ』だの、
さんざん騒いだ後に、
校長が、
「――『生徒が消えました』と発表するだけでは、世間が納得しない。誰かが責任を取らないと」
「……」
「この失踪事件をどう説明するにしても……責任をとる者がいるかいないかで、世間の反応は大きく変わる」
「まさか……だから、俺に『トカゲのしっぽになれ』と?」
「閃《せん》先生、あなたは教師でありながら、大事な生徒を守れなかった。その責任はどう考えているのかね」
守れなかったって……あの時の俺に、どうしろってんだ。
女神を名乗る女が一方的に連れ去ったってのに。
★
結局、俺は『責任』を取って辞職することになった。
生徒の親からは罵詈雑言の嵐。
ニュースになったので、ネットでも、
『無能教師』だの、『本当はこの教師が連れ去ったんじゃないか』だのと散々叩かれた。
あの時の俺がどうしていたら、お前ら満足なんだ……と、怒りに震えた。
もちろん『この教師にはどうすることもできなくね?』という擁護《ようご》の声もあったが、ストレス発散の誹謗中傷というデカい声にかき消された。
……無職になり途方にくれていた午後、
――『町中に突如《とつじょ》としてダンジョンが出現した』というニュースが流れた。
さらに、理由はさっぱりわからないが、
『政府はダンジョン配信者への支援制度を開始する』と発表した。
「無能教師のレッテルを貼られた俺じゃあ、まともな就職先を見つけるのは、だいぶ厳しい……」
色々と悩んだものの、
最終的にはダンジョン配信者になることを決めた。
教師としてはうだつが上がらなかったが、
『剣と魔法とモンスターの世界』でなら輝けるんじゃないか、
と自分に期待したんだが……
……しかし、これがまったくうまくいかない。
ダンジョンの敵が強すぎる。
てか、俺が弱すぎる。
とにかく、俺には才能がなかった。
レベルが全然上がらない。
魔法も全然覚えない。
モンスターにボコボコにされ逃げ帰る。
そんな日々の繰り返しだった。
『よわ』
『はたらけ』
コメント欄はアンチの巣窟《そうくつ》。
80万円しかない貯金を切り崩しながら、
数人しか見ていない配信でモンスターにボコられ続ける生活。
惨めという言葉がこれほど似合う毎日もない。
死にたいと何度も思ったが、逃げるのだけは嫌だったので、必死に耐えた。
★
そんな日々を過ごし、
クラス転移事件から半年が経ったころ。
なんと、教え子たちが無事に帰還した。
『異世界で魔王を倒してきました』
世界に向けて堂々と報告する彼らの姿を、俺はテレビ越しに見ていた。
女神からチートスキルをもらい、過酷な地獄を生き延びた教え子たちの実力は半端じゃなかった。
圧倒的なレベルに、すさまじい魔法の数々。
剣をふるえば、S級モンスターですら一刀両断。
ダンジョン配信に挑んだ教え子たちは、
あっという間にスターダムの頂点にまで駆け上がった。
『こいつら、すげぇ!』
『強すぎる!』
『みんな、かっこいい!』
俺はその様子を、ただ黙って見ていた。
――お前らのせいで、俺は首になったのに。
そんな考えが、頭の中を何度も巡る。
あいつらのせいじゃない……というのはわかっている。
悪いのは、あの自称女神だ。
生徒に罪はない。
……頭ではわかっている。
わかっているのに、
『あのスーパースターたちとくらべて、閃はゴミ以下だねぇ』
『底辺配信がんばれ、乙』
『猛田《たけだ》ちゃん、超美少女なのに、超強ぇ……閃が1億人いても勝てないんじゃね?』
自分のあまりの惨めさに、涙がにじんでくる。
大人になって以降、泣いたことなどなかったが……さすがに辛すぎた。
教え子の中でも最強格の『猛田カルマ』が余裕でS級モンスターを一蹴《いっしゅう》する一方で、
俺はC級にすら、まともに勝てないでいた。
バカみたいに短いスカートをたなびかせ、でかい剣を振り回してイキりまくっている猛田の配信を見ながら、俺は、
「クソ生意気なメスガキが……調子のんな、ボケぇ……嫌いぃ……あいつ、マジで嫌いぃ」
教師にあるまじき言葉を口にしてしまう。
異世界に転移する前から、あいつのことは嫌いだった。
教師だって人間。
真面目な委員長が好きで、わがままなギャルは大嫌い。
マジで、何一ついいことがねぇ!!
なんなんだよ、俺の人生!
俺は苦しむためだけに生まれてきたのか?!
★
そんなある日のこと。
配信中に、俺は、
うっかり『転移の罠』を踏んでしまい……謎の空間に飛ばされた。
「痛ぇ……って、うぉ、スマホぉ!」
最悪なことに、転移の際に転んでしまい、スマホのカメラを壊してしまった。
「もう、ほんと、イヤなことばっかり……ってか……え、なに、ここ……」
……ここにあったのは、二つだけ。
『RPGでよく見る古びた看板』と、
『銀行のATMによく似た機械』だった。
看板には、こう書かれていた。
『ここは、ダンジョンの裏面です。隣のATMに100万円を入金すると、昨日《きのう》にタイムリープできます』
「……マジかよ」
しばらくその文字を見つめ、
それから銀行の預金額を思い出し、
一度、深いため息をついてから、
――とりあえず俺は、サラ金に向かった。