16話 あ、これ死んだな。
現場の位置はすでに頭に入っている。
物陰に身を潜め、しばらく待機する。
乾いた土の匂いと、遠くから聞こえる探索者たちの足音。
やがて、賑《にぎ》やかな声が近づいてきた。
3人組のアイドル配信者チームが、きゃっきゃと笑い合いながら歩いてくる。
浮かせたスマホがその様子を撮り続けていて、
時折、3人の中の一人がカメラに向かってピースを作る。
「昨日、マジで大変じゃなかった?」
「けど、あたしらすごくない? ギリだけどA級に勝ったんだけど」
「このままいけば、いつか、『エンジェルライダーズの妹分』じゃなく、向こうが、『エンジェルスターズの兄貴分』って呼ばれるようになるかも」
昨日勝った戦いの余韻《よいん》がまだ抜けていないのか、
口調は軽いが、足取りにはどこか疲れが滲《にじ》んでいる。
ちなみに、エンジェルライダーズは最高クラスの配信者チーム。
エンジェルライダーズがEX〇LEだとしたら、エンジェルスターズはE-g〇rls。
「エンジェルライダーズを超えるのは無理じゃない?」
「あの人たち、レベルえぐいもんねぇ。50ぐらいだっけ?」
「時空旅団と比べたらだいぶ劣るけどねぇ」
などと会話をしながら歩いていたところ、
先頭の一人がふと足を止めた。
「ちょっと待って……なんか、イヤな気配しない?」
声のトーンが一段低くなる。
残る二人も、笑顔のまま固まった。
直後、地面が震えた。
通路の奥、闇《やみ》だまりのような影の中から、巨大な龍型のモンスターが姿を現す。
鱗《うろこ》の隙間から水蒸気のようなものが立ち上り、鋭い瞳が三人を静かに見据《みす》えた。
「うわ、やばそう!」
「二日連続で、こんな強敵……」
「でも、あたしらならいけるんでしょ!」
俺は物陰から、その光景を見ていた。
彼女たちは実力者だ。
前日にA級を倒しているところも動画で見た。
今も、戦意は満々。
無名の俺がいきなり出ていっても、退避《たいひ》の命令を聞いてくれないだろう。
というわけで、いったん見守り、『絶対に勝てない相手だ』と理解してもらってから飛び出そうと思う。
「きゃあ!」
「やばい、こいつ強い!」
「に、逃げなきゃ!」
「転移魔法を使って!」
「……だめ! あのモンスターのパッシブスキルで『次元ロック』が発動してる!」
「は?! じゃあ、なに? 逃げられないってこと?! うそでしょ?!」
「待って、まって! じゃあ死ぬじゃん!」
「いやぁあ! 死にたくない!!」
こうして、しっかりと理解してもらったところで、
俺は物陰から飛び出し、戦闘に割って入った。
「雷術ランク2!!」
剣に雷をまとわせる。
敵は水属性だから、雷である程度ダメージを与えられると思ったが……
「げっ……こいつ……剣撃に対して、強耐性もってんのかよ……えぇ……」
振り下ろした一撃が、ゴムを叩いたような手応えで弾かれる。
どうやら『魔法には弱いが、剣には強い』……というタイプらしい。
まれによくいるタイプ。
魔法がまともに使えない俺では、正直、勝ち目はない。
できれば、アイドルチームと一緒に戦って勝ちたいとか思っていたが……
「逃げろ! 盾になってやるから! はやく!!」
そう叫ぶと、
彼女たちは、戸惑った様子で、
「え……でも」
「いいから! この時間、無駄! さっさと消えろ! あんたらの無事が確認できたら、俺も逃げる!」
「は、はい!」
攻撃はしばらくやめて、盾として、あの子たちが逃げる時間だけ稼ごう。
で、そのあとは逃げよう。
「くっ!」
水の一撃を何度も浴び、腕がじんじんと痺れて感覚が薄れていく。
アイドルたちが逃げ切ったのを確認してから、
自分も撤退しようとした、
……その時だった。
「げぇ!」
相手の口から、放水銃のような水流が撃ち出される。
それが足に直撃し、俺はその場に崩れ落ちた。
「ぐ……ぁ……」
やべぇ、これじゃあ、走れねぇ。
「ちっ……」
できたら、逃げ切るところまで配信したかったが……
仕方ない。
俺は、スマホを切って、
心の中で『裏面に行きたい』と祈った。
これで安全な裏面に逃げ込めるはず……
と思ったのだが、
「……え、なんで……」
と、そこで俺は気づく。
確か、エンジェルスターズの連中が、
あのモンスターのスキルで、転移魔法が使えないとかなんとか……
「マジかよ……裏面にいくのも転移扱いで封じられているってことか?」
最悪、裏面に逃げ込めば助かると思っていた……
なのに……
「これで、俺の人生終わり? ふざけんなよ……」
痛みで視界がかすむ。
感覚がなくなってきた足を見ていると、絶望が這《は》い上がってくる。
諦めかけた頭の片隅に、ふと、ユウガの顔が浮かんだ。
俺が死んだら、確か、あいつは、キモい親戚のところに行かされるんだっけ……
それも嘘かもしれないが……
仮に事実で、本気で俺にすがってきていたのだとしたら……
「……死ぬなら……せめて、生命保険をかけてからだな……まだ死ねねぇ……」
軽口を叩きながらも、震える手で剣を握り直す。
そして、スマホを起動し、配信を再開した上で、
「こいよ、化け物……女子中学生を抱えた保護者のしぶとさを見せてやる……」