17話 ちょこっとだけバズった!
「女子中学生を抱えた保護者のしぶとさを見せてやる……」
そう啖呵《たんか》を切った、その瞬間だった。
――見覚えのある人影が、目の前に降り立った。
教え子の中でも、特に有能な一人。
暁宮《あけみや》ジュリア。
レベル128のモンク。
天使のように舞い降りた彼女は、
そのまま、一撃で、A級モンスターを粉砕した。
脳天をたたき割る隕石のような一撃。
「グギャァアアアアアア!!」
俺を苦しめたA級モンスターを、
余裕のワンパン処理。
それを見て、俺は、
「うわぁ……つよぉい」
思わず、ただただ称賛してしまう。
マジですげぇ。
と思っていると、彼女はこちらを見て、
「……閃先生じゃないですか……ダンジョン配信やってたんですね」
「ああ……まあ。君らがクラス転移したことで、教職を首になってね」
「そうですか。……では、私、忙しいので」
あっさりと、彼女は去っていく。
久しぶりに会って、それ?
とは思わない。
彼女は学校にいるときから、あんな感じだった。
何事にも興味がない感じ。
「あ、うん……ありがとねー」
去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は普通に感謝の言葉を述べた。
★
アイドルを助けようとして、死にかけて、時空旅団のジュリアに助けてもらって……
そんな、ダイナミックな配信になったので、ちょこっとだけバズることに成功した。
同接は1500まで伸びていたし、その後の再生数も10万を超えた。
……すごいことですよ、これは。
家で、ユウガがつくってくれた夕飯を食べながら、俺は動画を見ていた。
俺をボコボコにしたモンスターを、ジュリアが一撃で粉砕するところ。
何度見ても、笑ってしまうくらいの実力差だ。
これがレベル128の動き……もはや、神の領域と言っていいだろう。
「すごいな、ほんと……ユウガもそう思わない?」
スマホの画面をユウガの方に傾けながら声をかけると、
「……先生の方がすごいと思います」
「いい嫌味だ。グっとくるね」
と、彼女の鋭利《えいり》なジャブを軽く流してから、
「いやぁ、俺もこれだけ強かったらなぁ。……そしたら、キャバクラでモテまくったろうに……おっと、若いお嬢さんの前で、キャバクラなんてはしたない言葉を使うべきじゃなかったな。失敬《しっけい》」
そこで、彼女は箸《はし》を止め、茶碗と箸を机の上に置いて、すっと姿勢をただした。
「先生」
「はい、ごめんなさい。以後、気をつけます。二度と、セクハラまがいの発言はいたしま――」
「先生の動画……一通り、拝見させていただきました」
思わず箸が止まる。
「暇かよ。勉強しなさい。俺の動画なんて見ていたらアホになるぞ。見るなら、せめて暁宮ジュリアの配信にしなさい。猛田カルマのは見るなよ。あのメスガキの配信を見ると脳が腐るからな」
軽口で流そうとしたが、ユウガの目は真剣だった。
「先生はもしかしたら……教え子たちを助けるために、ダンジョン配信者になったのでは?」
「……はい?」
「異世界につながる手がかりなんて、ダンジョンぐらいしかないから。だから、お金にもならないのに、ボロボロになりながら、毎日毎日、欠かすことなく、ダンジョンに潜り続けたのでは?」
「仕事がなかったからだよ」
できるだけ軽く聞こえるよう答えたつもりだったが、
声の調子は自分でもわかるくらい硬くなっていた。
「では、なぜ……教え子たちが異世界から帰還したと同時に、就職活動を開始しているのですか?」
「……」
言葉に詰まる。
なんで、そんなことまで知っているんだ。
「さきほど、先生のパソコンに、大手清掃業者の最終面接の通知がきておりました。お見送りメールでしたが」
「……落ちたかぁ。まあ、今となっては別にいいけど。てか、なに、勝手に人のパソコン見てんの。めっ。そんな猛田みたいなことしないのっ。あいつも、よく俺のスマホとかパソコンの中身を勝手にのぞいてたよ。それで、俺の検索履歴とか調べて、からかってくるんだぜ。イカれてるよな、あいつ、ほんと。嫌いだわぁ」
誤魔化すように箸を動かしたが、味なんてまるでわからなかった。
そこでユウガは、俺の目をじっと見つめて、続けた。
「教え子をどうにか救出しようと、わずかな貯金を切り崩し、必死になって毎日もがき苦しみながら頑張って……でも、教え子たちは、自力で帰ってきて、スーパースターになった」
「……」
「どんな気持ちだったか、私では想像もつきません。……そんな悲痛な状況でも、先生は腐ることなく、真摯《しんし》に頑張り続けて……私のような厄介者まで抱えてくださった」
「……300万ほしかったんだよ」
声が、思ったより小さくなった。
「先生……よく頑張りましたね、ずっと、ずっと」
「……」
何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこない。
「あなたはとても立派な教師です。その魂の美しさ、他のバカでは理解できないでしょうから……せめて、私だけは褒めさせてください」
まっすぐな目で、そう言い切られる。
からかっているわけじゃない。
本気の想いが伝わってくる声だった。
それが、余計にきつい。
君が何を言おうと、俺は、何もできなかった無能だよ。
あの子たちが助けを求めているかもしれないと思った。
異世界のどこかで苦しんでいるかもしれないと。
だから、どうにかしようともがいて……
でも、マジで才能がなさ過ぎて、ボコボコにされる毎日。
「先生?」
黙り込んだ俺の顔を覗き込んでくるユウガ。
――俺は、湧き上がってくる何かを誤魔化すように、無理やり口角を上げた。
「やっぱり、俺の言った通りだっただろ」
「はい?」
「俺の動画を見たらアホになる……イカれたことばかり言っていないで、さっさと食べて勉強しなさい。バカとブスこそ東大に行け! ……なんてね。今の若い子は、ドラ〇ン桜なんて知らないかな、はは」
そう言って、俺は、食べ終わった食器を洗い、
「ちょっと、コンビニいってくるから、戸締《とじま》りしっかり」
そう言って、外に出た。
夜風が、火照《ほて》った顔にやけに冷たい。
コンビニに行く気にはなれなかった。
近くの公園のベンチに座り空を見つめる。
涙が出そうになったので、必死に歯を食いしばった。