18話 校長の自爆大転落、前編。
ガキの頃からウェブ小説が好きだった。
悪役令嬢、追放モノ、ダンジョン配信、全部大好きで、
――特に、シンプルな異世界転生にあこがれた。
俺も異世界に行きたかった。
このクソみたいな世界から飛び出して自由になりたかった。
昔から人づきあいが苦手で、不器用で、
友人はおらず、恋人ができたこともない。
運動、勉強、芸術、何の才能もなく、
ルックスも平均以下でセンスも平凡。
それでも折れずに頑張って生きてきて……
でも、いいことなんか、何もなくて……
だから、ユウガにほめてもらえて、情けない話だが、
本当に救われた気持ちになってしまった。
中学生に慰められて涙ぐむ38歳のオッサン……ほんと、ざまぁない。
★
翌朝、ユウガがつくった朝飯を食べていると、チャイムが鳴った。
俺が出ようと思ったが、ユウガが先に立ち上がって出た。
なんでもかんでもやりたがる。
うかうかしていると、俺の着替えまで手伝おうとしてくる。
もしかしたら、依存体質なのかもしれない、と最近の俺は慎重に彼女に接している。
玄関先で交《か》わされる声が、やけに聞き覚えのあるものだったので、俺は箸を置いて腰を上げた。
「先生、訪ねてきたのは、時空ヶ丘学園の校長です。……先生と話がしたい、と」
「……校長? 話?」
いまさら何が?
と思いつつ、俺は玄関に向かう。
ドアの向こうに立っていたのは、半年前とほとんど変わらない、恰幅《かっぷく》のいいスーツ姿の初老のオッサンだった。
「ひさしぶりだね、閃くん」
「あー……まあ、そうですね。半年とちょっとでしょうか……で、なんすか?」
「単刀直入に言おう。学校に戻ってきていい」
「……はい?」
「晴れて教職復活だ、おめでとう」
「……ちょっと意味が……」
「何も考えなくていい。今、無職で大変なのだろう。戻ってきていい。感謝は必要ないよ。困った時はお互い様。これも人助けだ。慈悲《じひ》であることは理解してほしいね。ゆえに、私が困った時は、手を差し伸べてほしいもの」
「……」
これ、何かあったな。
なんだろうな……
と、思っていると、後ろからユウガが、
「先生、おそらく、この炎上が要因かと」
そう言いながら、スマホの画面を差し出してきた。
ネットのまとめ記事だった。
要約すると、俺がちょっとバズったことで、
世間の風が、『閃先生、責任とらされてかわいそう』の風潮にながれたらしい。
その火は瞬く間に燃え上がり、今では『かわいそう』を超えて、
『閃先生を無理やり追い出した学校は鬼畜』という話になっているらしい。
「署名活動も起こっているようですよ、先生。不当な圧力で、何の責任もない教師を追いやったとして、人権派の弁護士や政治家も動いているようです」
……すごいな、世間の風ってのは……
俺がやめたときは、俺のことを、『クソ以下のゴミ教師、死ね』と散々たたいていたくせに。
まあ、俺をたたいていたやつと、いま俺を擁護しているやつが同じかどうかはわからないから、一緒くたにして、手のひら返しと言い捨てるのも違うか……
そんなことを考えている間にも、校長は、待ちきれないというふうに口を開いた。
「さあ、今日からさっそく戻ってもらおうか」
「あ、いいです」
「いいです?」
「はい……あの、教師に未練がないわけでもないですが……ようやく、ダンジョン配信が軌道にのりそうなので……」
校長の眉間に、初めてシワが寄った。
「未練がないとかそういう問題じゃない。君が戻ってこないと、面倒なことになると言っているんだ。そのぐらい分かりたまえ」
「そうですか……大変ですね。頑張ってください」
「私を助けようと思わないのか」
「そう……ですね……俺は助けてもらってないので……」
その一言で、校長の顔つきが、目に見えて変わった。
「そんなんだから、君は、こんな悲惨な状態になっているんだ! 君は、ずっとそうだが、人格的に問題がある! これまでもずっと、問題ばかり起こして!!」
そこで、ユウガが、
「問題を起こしていたのですか?」
「……優等生な先生ではなかったね……」
校長は、だんだんと顔を赤く膨らませて、
「教師と生徒の間で問題が起きたら、まずは職場を守るために動く。それが学校を守るために必要なことだという、当たり前のことすら理解できていなかった。君のせいで、どれだけ学校が迷惑したと思う!」
そこでユウガが、俺の袖をひいて、
「なにをしたんですか?」
「女子トイレにカメラを仕掛けたバカ教師がいたんだよ。隠蔽《いんぺい》するために協力しろって言われたから、さすがにそれは無理だろう……と言ったら、頭おかしいのかってむっちゃ怒られた」
そのあと、いやがらせで、業務をめっちゃ増やされた。
学校の仕事というのは、やることが無限にある。
教師全員でちょっとずつ分担しているわけだが……
その『ちょっとずつ』が、なるべく多く、俺に集中するよう裏から手を回された。
あれは見事な采配《さいはい》だったよ。
おかげで、毎日家に帰るのが1時過ぎになり、登校する時間が5時になった。