38話 悪いが、俺はヒーローじゃない。
俺は、物陰から、時空旅団がボコボコにされている光景を、じっと見つめる。
「……あいつらが手も足も出ない相手……まさか、そんなのがいるとは……あんなもん、俺にはどうすることもできない……」
冷静に、敵の強さを分析する。
あの時空旅団が、全員がかりでボロボロにされている。
自分が飛び込んだところで、戦力になるどころか、足手まといにすらなりかねない。
喉の奥が、じわりと乾いていく。
「俺が突撃しても、俺の分の死体が増えるだけ……悪いが、こっちも、前とは状況が違うんだ。守るべき相手がいる保護者なんでね……」
自分に言い聞かせるように呟いて、俺は、踵《きびす》を返した。
しかし、
「ぐあぁあああああ!!」
背後から、猛田の悲鳴が聞こえてくる。
気づけば、足が、止まっていた。
止まるな、と俺は俺自身に命令を下す。
頼むから逃げてくれと、自分に懇願《こんがん》する。
「……俺はお前らのせいで首になって、この半年間、苦しんだ。俺が首になったのは、お前たちのせいじゃない……が、帰ってきたお前らは、ちやほやされて、山ほど金を稼いでいる。底辺をはいずる俺と比べて、御大層《ごたいそう》な身分じゃないか。ムカつくのが道理ってもんだぜ……それに、俺にはユウガの保護者という――」
「ぎゃああ!」
終わらない悲鳴が、鼓膜を貫く。
心の中では、まだ無駄な葛藤が続いている。
「昔はヒーローにあこがれた。誰かのピンチに駆けつけて、颯爽と助けだす……そんな……ヒーローに……けど、俺は違う。ただのゴミだ。それでも、必要としてくれる子がいる。そっちを優先するのが普通――」
「やめてぇえええ!」
「うぁあああ!」
「誰か! 助けてぇええ!」
――気づいた時には、走っていた。
『ここで戦わなくていい理由』は無限にあった。
俺なんかじゃ、あの鬼に勝てないのはだれよりも承知。
……それでも、
足は、勝手に、悲鳴の方へと向かっていた。
「お前ら、全員、逃げろ!! こいつは俺が隔離する! 倒せるわけじゃねぇ! だから逃げろ!!」
叫びながら、俺は、モンスターとの距離を一気に詰める。
「せ、先生?!」
と、誰かが叫んだが、気にする余裕はない。
俺は、鬼をターゲッティングした上で、
剣を天に掲げ、声を張り上げた。
「限定空間、発動ッ!!」
視界が、白く塗り替わる。
気づけば、教え子たちの姿は消え、何もない真っ白な空間に、俺と鬼が二人きり。
「……あいつらが逃げ切るまでの時間を稼がねぇと、俺が出てきた意味すらなくなる……が……」
鬼の放つ威圧感を前に、魂が震えた。
「怖ぇなぁ……あわよくば倒せたら、とかおもったが……これは……絶対に勝てねぇな……」
相手のオーラがえぐすぎて、立ち向かう気力すら湧いてこない。
理性が、『逃げろ』と悲鳴を上げている。
けれど、細胞全部が言うことを聞かないんだから仕方ねぇ。
「……まったく……ふざけた話じゃないか……話にならないぜ」
そう言いながら、俺は、ダークリングを頭の上にセットした。
「けど……俺は、『元』とはいえ……教師なんでね……あと、頭が悪いんでね……」
息を吐く。
自分のバカさ加減と向き合ったうえで、
俺の芯で煌《きら》めく厨二心と真摯《しんし》に向き合ってみた。
いろいろな感情を、
一身に込めて、
俺は、
「……ヒーロー見参……」
覚悟を口にしてから、俺は、ダークリングを起動させた。
「人生で一回ぐらいは言ってみたかったセリフ……これで悔いは、あんまりねぇ。俺は決してヒーローじゃないが、モノマネする権利ぐらいはなくもないだろ」
グワっと、自分の奥から力が沸き上がってくる。
と同時に、頭の中が、モヤに包まれた。
「感じるぜ……自分が壊れていくのを……」
胸をかきむしる。
狂っていく自分に、おいていかれないように……
「それでも、叫び続ける勇気を……ぶっ壊れて、ゆがんで、腐って……それでも……なくさなかった、全てを……集めてぇええ!!」
モンスターに突撃をしかける。
死に際に溢れる、中身のないポエムと共に。
せめて、最後ぐらい、詩的に狂ってみたかった。
鮮やかに舞い散る桜みたいに、艶《あで》やかな狂気に溶《と》けていたかった。
どんどん、脳が破壊されていく。
人間性みたいなものが、砕けていくのを感じる。
肉体も、ボロボロになっている気がした。
それでも、俺は、暴れ続ける。
「おら、おら、おらぁあああああああああ!!」
鬼は、教え子たちの猛攻で、すでにかなり削られていた。
だから、暴走する俺の攻撃を受けて、
「ギ……ギギ……っ」
次第に、動きが鈍くなっていく。
これなら勝てるかも。
だが、相手が壊れる速度を置き去りにして、
俺の頭が壊れていく……
「勝っても……俺、死ぬな……くそが……」
暴れる中で、ユウガの顔が浮かぶ。
――せめて巣立つまでは、守ってあげたかった。
そんな思いが、胸をよぎる。
だがすぐに、それを打ち消すように、
「へっ……ユウガなら……どこでも生きていけるよ。わざわざ俺みたいなキモいオッサンが何かしなくてもなぁ!」
一応、事前に生命保険には入っている。
額は2000万で、受け取りは彼女。
それだけあれば、余裕でどうにかなるだろう。
あれだけしっかりしているんだ。
「せめて、最後はヒーローらしく……ずっと考えていた、最強の必殺技で、この世とお別れしよぉおぁかああ!」
拳に、全生命力を込める。
「くらぇや! 龍閃崩拳《りゅうせんぽんけん》!!!」
自分の名前がついた超必殺技を叫ぶ。
なんとも、痛々しいじゃないか。
しかし、ヒーローってのは、そういうものだろう?
みっともなく、無様に、猟奇《りょうき》的に……
だからこそ美しい……
「ガァアアアアアア!!」
鬼の腹部を吹っ飛ばすことに成功。
そのままぶっ倒れる鬼と一緒に、
「……ぅ……」
俺も、そのまま、力尽きて倒れる。
地面をなめながら、俺は、
「倒せた……時空旅団が勝てなかった敵を……マジかよ……俺、すげぇな」
相打ちだが、勝利は勝利だ。
教え子たちが苦戦した相手を、一人で殺すことができた。
――十分な結果だ。
最終回にふさわしいだろう。
そう思っている途中で、俺の意識は、飛んだ。