センエース   作:閃幽零

39 / 40
39話 見知らぬ天井。

 

 39話 見知らぬ天井。

 

『先生は私のこと好きですか?』

 

 夢を見ている時、『これは夢だ』とわかる瞬間がたまにある。

 今が、まさにそう。

 

 輪郭《りんかく》のぼやけた白い空間の中、

 ユウガの声だけが、やけにくっきりと響いていた。

 

「正直、好きじゃない部分が結構あるな」

 

『好きな部分もある……と。ならこの先の人生も一緒にやっていけそうですね』

 

「……笑える話だ。死に際に見る夢としては、最低の部類だが」

 

『大丈夫……ダークリングごときじゃ、あなたの心は砕けない』

 

「お前、俺のナニ知ってんねん……あと、なんでダークリングのこと知ってんねん。やっぱ、夢ってムチャクチャだなぁ……」

 

 その声を最後に、視界が、ゆっくりと白く溶けていく。

 

 ★

 

 気づいた時には、意識が浮上していた。

 

 まぶたの向こうに、白い天井が広がっている。

 消毒液の匂いと、遠くで規則正しく鳴る機械音。

 

「……見知らぬ天井……」

 

 ぼんやりと呟《つぶや》きながら、体を起こそうとする。

 

 ――全身に、鈍い痛みが走った。

 

「っつぅ……」

 

 顔をしかめながらも、なんとか上体を起こす。

 視界の端で、白いカーテンの隙間から、複数の人影が動いた。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

 時空旅団の一人……クラス委員長をしていた琥珀《こはく》が、真っ先に声をかけてきた。

 姿勢よく椅子から立ち上がる仕草一つとっても、いいところのお嬢様らしい所作の美しさが滲んでいる。

 

 俺は、全身の痛みに耐えながら、

 

「大丈夫なわけがないんだが……すさまじい痛み……これ、死んどいた方が楽だったな」

 

 軽口を叩くと、人影の後ろの方から、クラスのムードメーカーだった坂田が、ひょいと顔を覗かせた。

 

「えぐほどボロボロでしたが、先生の生命力が半端じゃなかったようで……なんか、すげぇ回復しています」

 

「あ、そう……そんなに生命力が強い自負はないんだがね……」

 

 どうにか、いつもの調子で返す。

 

 話を聞くと、どうやら俺は、2日ほど寝ていたらしい。

 ――2日。

 マジか……

 

 限定タイムリーパーである俺にとって、この『2日』は、かなり重大な意味を持つ。

 裏面ATMのルール上、一昨日《おととい》にはタイムリープできない。

 つまり、このケガをした瞬間まで戻って、やり直すことは出来ないということだ。

 

 ……厄介……

 

「先生、助けてくれてくださり、本当にありがとうございました」

 

 琥珀が、深々と頭を下げる。

 

「おかげで死なずにすみました。文字通り、先生は命の恩人です」

 

 続けて、周りにいた教え子たち全員が、同じように頭を下げてきた。

 

 ちなみに、極悪女王『猛田カルマ』だけは、

 奥のベッドに腰かけて、スマホをいじっていた。

 

 さすがだぜ。

 あいつに、『まともな人の心』とかはない。

 もはや、人間じゃないと言っていいだろう。

 

 ……などと思っていると、

 猛田はベッドから飛び降りて、

 

「じゃあ、オレ、帰るから」

 

 そう言いながら、ドアの方に向かい、

 最後に、一度、俺の方にシャフ度の顔を向けて、

 

「先生、キモいだけじゃなく雑魚なんだから、無理すんなよ……ふぁーあ」

 

 あくびをしながら、そう言って、そのまま去っていった。

 

「おい。誰か、あいつ、殺してきてくれ。俺の怒りも、いい加減、有頂天に達した」

 

 俺は、反射的に、教え子たちに、そう命令を出してしまった。

 曲がりなりにも命を助けてもらっておいて、あの態度はなんだ。

 

 俺が煮えくり返るはらわたと向き合っていると、

 琥珀が、頭を下げながら、

 

「申し訳ございません、先生。でも、アレはああいう生き物なので……」

 

 琥珀だけではなく、ほかのメンツも、

 『猛田だからしゃーない』というあきらめの顔でため息をついていた。

 

 猛田は、転移する前から、クラス内では、

 『性格の悪さに全振りした魔改造涼宮ハ〇ヒ』みたいなポジションだった。

 スペックが高いのは認めるが、性格が終わっているから誰も近づかない……という、厄介な腫物《はれもの》。

 

 と、そこで、坂田が、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。

 

「ところで、先生、どうやったんですか? 空間魔法を使ったのはわかるんすけど……限定空間の中で、どうやって、あの強大な鬼を倒したんすか?」

 

「えーっと……それはだな……」

 

「先生のレベルは50……俺ら以外の中では最強クラスに強い方ですが……あのモンスターの相手はできないはずなんすけど」

 

「あぁ……えぇ……あのモンスターは、お前らの攻撃で、すでに死にかけていたんだよ。見た目以上に弱っていた。俺はボコボコにされながらも、なんとか逃げ回って……で、気づいたら、向こうも倒れていた……それだけだよ」

 

 息を整えながら、俺は続けて、

 

「もちろん、こっちも、いくつか切り札は使った。お前らと違って、俺は、ダンジョンが出現した時から潜っているから……回復や攻撃のアイテムもそれなりにもっているんだよ。古参の底力をナメるなと言いたい」

 

「そうでしたか……本当に助かりました。マジで先生には感謝っす! あざっす!」

 

 坂田が、屈託《くったく》のない笑顔で言い切る。

 

 その後ろで、それまで一言も発していなかった暁宮《あけみや》ジュリアが、静かに一歩、前に出た。

 

「……ありがとうございました」

 

 感情の読めない声で、彼女は続けた。

 

「このお礼は、いつか、どこかで」

 

 そっけなく、それだけ言い残すと、暁宮も病室を出ていった。

 

 猛田と暁宮は、どっちも『高性能だけどマイペースすぎる』と評判の美少女。

 両者とも、とっつきにくい変人だが、

 暁宮は、まだ『最低限の道徳』と『かわいげ』がある分マシ。

 

 猛田だけはマジで許さない。

 

 ★

 

 ちなみに、今回の件で、だいぶバズった。

 

 命がけで、スーパースターたちを守った、元教師。

 ――その功績が、一気に全国区になっていく。

 

 病室のベッドの上、俺は、震える指でスマホの登録者数を確認する。

 

「登録者が……1万人を超えた……マジか……これは、もう安泰の数字だろ……」

 

 半年前、同接8すら奇跡だった俺が、ここまで来た。

 

 これまで積み重ねてきた地道な努力が、たった一晩の乱入で、まとめて花開いたような感覚だった。

 

 ★

 

 教え子たちが帰ったあと、入れ違いのように、一人の来客があった。

 

 きっちりとしたスーツ姿。

 眼鏡の奥の目が、こちらを見定めるように、静かに動いた。

 

「はじめまして。『ダンジョン対策協会』の者で、綾大路明香《あやのおおじめいか》と申します」

 

 名刺を差し出しながら、彼女は淡々と名乗る。

 

 まったく隙のない、温度の低い雰囲気。

 教師をしていた頃、こういうタイプの保護者と何度か話したことがあるなぁ……

 とか、そんなことを思っていると、

 

「猛田さんたちを守ってくれて助かりました。礼をいいます」

 

 彼女は、軽く頭を下げてから、続けた。

 

「彼女たちは人類の宝。失うわけにはいかない」

 

「……はぁ」

 

「その功績をたたえて」

 

 綾大路は、まっすぐにこちらを見据えて、こう続けた。

 

「あなたを、協会専属の公式S級ダンジョン配信者として正式にスカウトさせていただきます」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。