50話 クロノス。
8階層のボスは、神殿の奥で鎮座していた。
――名は、クロノス。
時間系の魔法を得意とする怪物。
見た目は、人間サイズで人型。
だが、その体の周囲だけ、まるで時間の流れが違って見えるような、異様な静けさが漂っている。
砂時計のような装飾がびっしりと覆う、鎧のごとき甲殻。
顔の部分には、時計の文字盤を思わせる紋様が浮かび、その中央で、ぽつりと開いた一つの目が、ゆっくりと、こちらを見据えていた。
まるで、時そのものを司る番人のような、静謐《せいひつ》で、それでいて底知れない威圧感。
背丈こそ人間並みだというのに、放たれる圧は、これまで見てきたどんなモンスターよりも重い。
この状況に、コメント欄が沸く。
『やっぱ、クロノスかっけぇ』
『時空旅団でも勝てなかった怪物!』
『でも、今回は数の暴力でいけるんじゃない?』
ちなみに、現状、俺以外のメンバーも全員が配信しているため、
俺の配信に集まってきた人数は2000人ちょっと、微妙。
……みんな、時空旅団やバビロンズに夢中なんだね……
いや、わかるよ。
動けないオッサンの配信より、スーパースターたちを見たい気持ち……
わかるけど……やっぱり、イラっとしちゃうよねぇ……
人間だもの。
せめて、少しでも役に立とうと、俺は、
「てめぇがクロノスか! 間近でみると、ずいぶんな迫力じゃねぇか」
チームの一番後方から、あえて声を張り上げた。
「動画で見るのとは大違いだぜ。だが、関係ねぇ。お前は死ぬ。人類の底力というものを教えてやろう! 俺以外がなぁ! ふはーはっはっはっは!」
ちょっとでも張りつめた空気を和らげようと、ピエロを頑張る俺だったが……
「今、真剣な状況だから、ちょっと、静かに」
名もないレベル40のモブから、真顔で怒られた。
『セン、怒られたw』
『邪魔すんなよ、オッサンw』
『始まる前から舞い散るんじゃないよ』
コメント欄でもいじられる始末。
くそ……
名もないレベル40め……
モブの分際で、この俺様にタメ口聞いてんじゃねぇぞ、カス!
表出てかかってこい、ボケ!
と、心の中で叫びながら、その背中をにらみつけてやった。
所詮、モブ。
俺の心の絶叫に気づいてもいない。
口ほどにもない野郎だ。
と、俺がラリっていると、
――そこで、クロノスが、初めて、声を発した。
「今回はどうやら、大ぜいを引き連れてきたようだな」
文字盤のような顔から響く声は、機械的で、それでいて、どこか嘲るような響きを帯びていた。
「しかし、後ろにいる者どもは、どれも低レベルのゴミばかり……」
誰が低レベルのゴミだ。
言っておくけど、俺が本気を出したら、お前とレベル一緒だからな。
「烏合《うごう》の衆では話にならないということを教えてやろう」
クロノスの声が、神殿の空気を震わせた。
その言葉を合図にしたかのように、戦いが始まった。
クロノスの体が、一瞬でぶれる。
次の瞬間には、もう、猛田の目の前に迫っていた。
「――ッ!」
振り下ろされる腕。
付け根から先端まで、砂時計の紋様がびっしりと並んだその一撃は、掠っただけで骨まで持っていかれそうな重さを孕んでいる。
だが。
「もう、そろそろてめぇの動きにも慣れてきてんだよ!」
猛田は、紙一重でそれを避け、同時に、下段からの斬り上げを叩き込んだ。
「グ……ッ」
クロノスが、初めて、苦悶の声を漏らす。
俺は、その光景を、後方から呆然と見つめていた。
『やっぱ、猛田カルマ、強ぇ』
『カルマたそ、胸でかすぎ。支えてあげたい』
『わい、猛田きらい。わがまますぎ』
『それがいいんじゃん』
『今回は勝てそう』
『センもちょっとは何かしろよw』
――時空旅団は、すでに何度かクロノスと戦っている。
積み重ねの中で、クロノスの動きに『慣れ』てきているのが、離れた位置からでも分かった。
これも、いわゆる一つの『死にゲー』的なノリ。
最初は勝てるわけがないと思っていた敵でも、何度も挑戦するうちに、動きが見えてくる。