59話 先生、助けて!!
「ぐっ……!」
フジコの体が、真横に吹き飛ぶ。
地面を、ズザァアッと、勢いよく滑走していく。
だが、致命傷には程遠い。
フジコは、すぐさま体勢を立て直し、キッと、ジュリアを睨みつけた。
その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「いい動きしているじゃなぁい」
格下の相手を評定する、上から目線の褒め言葉。
俺は、震える声で、ジュリアに礼を言った。
「……あ、ありがとう。助かった。今のは……普通に死んだかと思った」
「すでに二回も命を救われているので、お礼はいりません」
ジュリアは、こちらを振り返ることもせず、フジコの方だけを見据えたまま、淡々と、
「一つ返しただけです」
冷めた声。
こんな絶望的な戦況の中でも、彼女の表情には、揺らぎ一つなかった。
★
辺りを見渡すと、もう、立っている者はほとんどいなかった。
レベル40の部隊も、バビロンズも、エンジェルライダーズも。
全員が、地に伏していた。
――残っているのは、時空旅団だけ。
その時空旅団のメンバーたちも、明らかに、限界が近づいていた。
「ぁああ!!」
「だめ! 勝てない!!」
「どうする!!」
「せ……先生!!」
誰かが、悲鳴を突き破るように、俺の名を呼んだ。
いやいや。
お前らより弱くて、体もボロボロの俺に、いったい、何ができるっていうんだよ。
そう思いながらも、視線だけは、勝手に、戦況を追っていた。
鼻をつく血の匂い。
地面のあちこちに、レベル40部隊の亡骸《なきがら》が転がっている。
悲鳴と怒号と、剣戟《けんげき》の甲高い音が、幾重《いくえ》にも重なって耳を殴りつけてくる。
「……やばすぎるだろ……こいつら……マジで強すぎる……」
声にすると、余計に現実味が増す。
傾国部隊。
たった五人で、人類最高峰の戦力を、遊びのように蹂躙《じゅうりん》していく化け物ども。
「……勝てんのか、人類は……こんなやべぇ連中に……」
頭が、くらくらしてきた。
急に難易度を上げてくるなよ……
8階層のガーディアンと、あまりに強さの次元が違いすぎる。
「――くそが……」
世の不条理に対する不満を吐き捨てつつ、俺は、アイテムボックスに手を伸ばす。
取り出すのは、もちろん、黒く鈍い光を放つ天使の輪っか。
――ダークリング。
指先が、震えている。
恐怖のせいか、それとも、これから来る痛みを先取りしているせいか、自分でもよく分からない。
「ぐぅううっ……」
装着した瞬間、脳の奥に、鈍く重い痛みが走る。
これから始まる精神崩壊の前兆。
この感覚にも、結構、慣れてきた。
おそらく、朧月華の長羽織を着ているせいだと思うが、初めて使った時と比べて、明らかに精神負荷が軽い。
――これなら、しばらくは持つ。
もう一方の手で、指輪を握りしめる。
蒼《あお》の輝きを放つそれに、力を込めるようにして、
「ミシャンド/ラぁあ!! 来てくれぇええ!!」
現状、これ以外に手段がない。
初めて使用するので、ミシャンド/ラとやらが、使えるやつなのかどうかもわからないが……頼りにするしかない。
叫びと同時に、指輪から、まばゆい光の粒子が溢れ出した。
その光が渦《うず》を巻き、人の形を象《かたど》っていく。
現れたのは――とんでもなく美しい、青い髪の少女だった。
小柄な体軀。
くるんと巻いた前髪の下、こちらを見上げる瞳は、宝石のように澄んでいる。
微笑んだ拍子に覗く、小さな八重歯。
場違いなほどの愛らしさをまとった少女が、まっすぐに、俺の前で膝をついた。
「ご命令を、セン様」