61話 レベル差という絶望。
「吾輩のレベルは――230である」
その一言が、通路全体を凍りつかせた。
時空旅団の面々が青くなる。
顔から血の気が消える。
「にひゃく……さん……」
誰かの声が、震えながら、その桁数を反芻する。
「おい、これ……勝てるか?」
「……無理だろ……」
押し殺した声が、いくつも重なる。
誰も、その問いに、明確な答えを返せなかった。
救いを求める視線が、一斉に、こちらへと集まる。
坂田が震える声で、
「せ、先生……さっきの、青髪の美少女……もう一度だせる?」
すがるような声。
俺は、地面に片膝をついたまま、首を横に振った。
「無理……ミシャを使えるのは、一日、10数秒が限界……つぅか……俺自身も……限界……」
言葉の途中で、視界が、ぐにゃりと歪んだ。
脳の奥で、何かが軋《きし》む。
蓄積されたダークリングのダメージが、俺の内側をこれでもかと蝕《むしば》んでいた。
朧月華《おぼろげっか》の長羽織は間違いなくダークリングの負荷を軽減してくれている。
だが、軽減されているだけでゼロになったわけじゃない……
「――ぐ……ぁ」
膝から、力が抜ける。
そのまま、俺は、地面に倒れこんだ。
指一本、まともに動かせない。
声を出すことすら、ままならなかった。
――そして、俺が動けなくなっている間にも、時間は、無慈悲に進んでいく。
「うぁああ!」
「ぎゃああ!」
次々と上がる、教え子たちの悲鳴。
アシュラの繰り出す攻撃は、そのすべてが、神のイカズチ。
人類の全力など、あいつの前では児戯に等しい。
時空旅団の面々を、容易に刈り取っていく。
剣も、盾も、魔法も。
人類の最高峰が積み重ねてきた強さのすべてが、
アシュラの前では、まるで意味を成さなかった。
「先生ぇええええええ!!」
坂田の絶叫が、俺の鼓膜《こまく》を貫いた。
視界の端、彼の体が、まるで精巧な人形のように、真っ二つに両断される。
あまりにもあっけなかった。
あまりにも無残でゲロ吐きそうになった。
レベル100を超える、人類の宝と呼ばれたスーパースターたちが。
無敵と信じられていた、俺の教え子たちが。
次から、次へと、
命を、刈り取られていく。
「……心が壊れるぜ……くそが……」
歯を食いしばり、俺は、どうにか、体に力を入れようとする。
だが、インパルスがストライキを起こしているのか、
指一本すら、まともに動かせねぇ
「だめだ……立てねぇ……」
自分の不甲斐なさに、腹の底から、黒い感情がこみ上げてくる。
――と、そこで。
アシュラの視線が、こちらへ、まっすぐに向いた。
まるで、獲物を品定めするような、静かな足取りで、こちらへと歩み寄ってくる。
「そこの男よ、名乗るがいい」
「……センエース」
「良い名だ、非常に力強い」
「……そうでもないと思うが」
「センエースよ。貴様は、レベルこそ低いが、異常に強力なアイテムを保有しているな。この中で、貴様が、もっとも危険だ。貴様だけが危ういと言ってもいい。……ゆえに、確実に、殺させてもらう」
その言葉には、明確な殺意が込められていた。
このまま放っておけば確実に死ぬだろう。
……そう思った時だった。
「まだ、一回分、借りが残っていますので」
淡々とした声。
俺の前に、一つの影が、すっと立ちはだかった。
――ジュリアだった。
こちらに視線を向けることもなく、アシュラだけを見据えたまま、彼女は、静かに、拳を構える。
守るように、俺の前に立つ、その細い背中。
これまで、ずっと、感情の読めない声で、たんたんと恩を返してきた彼女。
その背中が、今は、やけに、頼もしく、そして、やけに、小さく見えた。
「そこの女……レベル的には、この中で最強の個体だな……しかし、無意味だ。レベル差は命より重い。貴様と吾輩の間にある『100以上のレベル差』は……なにをもってしても、覆すことは不可能である」