62話 覚醒。
アシュラの声には、憐《あわ》れみすら滲《にじ》んでいた。
次の瞬間、両者の姿が、視認すら追いつかないほどの速さで、交錯する。
拳がまじりあう音。
激しく、空虚に。
ジュリアの動きは、これまで見てきた誰より、鋭く、速かった。
あの猛田さえも一目置く、人類最強格の実力。
だが……
「ぐ……はっ」
短いうめき声。
アシュラの拳が、彼女の腹部を、深々と貫いていた。
「残念だが……吾輩の前では、貴様も塵芥《ちりあくた》に等しい」
あっさりと。
あまりにも、圧倒的に。
ジュリアの体が、糸の切れた人形のように、力なく地面へと崩れ落ちる。
瞳から、光が消えていく。
――絶命。
あれだけの力を持つ、人類最強の姫騎士が。
アシュラの前では、まるで無力。
これが、レベル差という絶望的な暴力。
「……」
声が、出なかった。
視界が、浮かぶ涙で滲む。
だが、涙を拭う気力すら、もう、俺には残っていない。
絶望が、この場を、完全に支配しようとした、その瞬間。
「うぉおおおお!! こんなところでぇえ! 終わってたまるかぁああ!!」
最後まで生き残っていた猛田の絶叫が、戦場に響き渡った。
右の拳を、地面に叩きつけながら、彼女は、震える声を、無理やりに絞り出す。
「目覚めろぉおおおおお!! オレの全部ぅうう! まだ、あるはずだぁあああ!!」
自分の中に眠っている全てを、無理やり叩き起こそうとするシャウト。
普段は、ただただイラつくだけの、生意気なメスガキ。
だが、極限状況下における彼女の無鉄砲さの、なんと心強いことか。
「き、きたぁああああ! オレの中にあった可能性の獣ぉ! ――超スキル、覚醒ぇええ!!」
燃えるような激しいオーラが、彼女の剣を包み込んだ。
ムカつくガキだが、資質は本物。
ポテンシャルだけで言えば、間違いなく世界一位。
異世界での死闘。
このダンジョンでの、幾多《いくた》の激戦。
これまで、猛田が積み上げてきたものすべてが、感情の暴走と共に、今、目を覚ました――そういうことなんだと思う。
……実際のところは、知らんけど。
「っぉああああおおおおおおおおおおおお!!」
剣だけじゃない。
猛田の全身が、震えるほどの覇気で包まれていく!!
「死ねごらぁああ! 煉獄《れんごく》・爆双斬《ばくそうざん》!!」
振り抜かれた一撃は、これまで幾度となく見てきた彼女の最強技、スキルⅢ『爆双斬』とは、まるで別物だった。
空間そのものを削り取るような、圧倒的な剣圧。
通路の壁が、その余波だけで、ビシビシと音を立ててヒビ割れていく。
間違いなくすさまじい一撃だった……
が、
アシュラは、それを、片手で、涼やかに防いだ。
「今の一撃は、この戦いで最高の火力であった。それは認めるが……吾輩の体に傷を付けられるものではない」
なんてことのない口調。
まるで、そよ風でも受け止めたかのような、あまりにも軽い所作だった。
猛田は、天才的な教え子たちの中でも、間違いなく最高クラスの天才剣士。
つまりは、人類最高のスペックを持つ最強の超人。
あるいは、史上最高と言ってもいい天才の中の天才。
本来であれば、無敵の女帝。
この星で一等賞の女傑。
――そんな猛田が、覚醒して、最強の一撃を叩き込んだのに……
アシュラは、ノーダメだった。
「それでは、死ぬがよい」
そう言いながら、アシュラは、猛田の腹部に、強烈な拳を突き刺した。
「がふっ……!!」
腹を貫かれた猛田は、盛大に血を吐き出して、その場に崩れ落ちる。
そして、なぜか、
最後の力を振り絞るようにして、こちらへと、視線を向けた。
「せん……せい……たすけて……死にたく――」