66話 死刑囚を使って調べよう!
「なぜ、9階層にいくことを反対するのですか?」
その綾大路の単刀直入な問いに、
俺は、一度、目を伏せてから、慎重に、言葉を選んだ。
「クロノスのタイムバーストを食らった際に、おそらく、俺の脳に『覚醒』がおきた。固有のスキルが目覚めた……と認識してくれていい」
「……ほう」
「俺だけが動けたのは、特異体質に目覚めたからだ……と、俺は思っている。誰かに詳しく説明してもらったわけじゃないから、あくまでも憶測だが」
めちゃくちゃ嘘だが……綾大路には確かめる術がない。
バレない嘘は、嘘ではないのだ。
綾大路の目が、わずかに、細まる。
「時空旅団のメンバー全員が動けなくなっている中、あなただけが自由に行動し、クロノスと同格だと思われるソロモンを撃退してみせた……その事実がある以上、あなたの発言をただの妄言と切り捨てることはできないでしょう」
淡々とした声。
だが、その裏に、微かな緊張が、確かに滲んでいた。
「……それで?」
綾大路の促すような問い。
俺は、テーブルの上で、指を、静かに組んだ。
「昨日、予知夢をみた」
「……」
綾大路の表情が、初めて、大きく動いた。
「あくまでも夢だから、断片的で……具体性にかけるが……確実にわかったことが一つある」
あえて、静かな間を置いてから、
「9階層にいけば、全員死ぬ。あそこには、やばいのがいる」
「全員が死ぬ予知夢……ですか……ふむ……」
綾大路は、しばらく、黙り込んでいた。
やがて、何かに思い当たったように、小さく息を吐く。
「そういえば、あなたは、前にも、最深部にいかなければ魔王がどうこうという、よくわからないことを言っていましたね」
「あれは紙を拾っただけ。今回のとは、ちょっと違う」
「なぜ、あなただけに、ダンジョンの秘密が集まってくるんでしょうねぇ」
「俺がこの物語の主人公だからじゃね?」
「……この物語の主人公は、私ですよ」
真顔で、そう言い切る。
俺はシャレで言ったんだが……こいつはマジで言ってねぇか?
怖いなぁ……
たまにいるよね、自分が世界の中心だと信じて疑っていない人。
いや、別にいいんだけどね……
人生に対する感想は個人の自由だから。
お互いに、牽制の言葉を、軽く刺しあってから。
綾大路が、話を、本題へと戻す。
「予知夢……というのは、いくらなんでも、あまりに根拠が薄すぎますね。さすがに、『みんなが死ぬ夢を見たから』で、世界的プロジェクトであるダンジョン攻略を凍結するわけにはいきません」
その言葉に対し、
俺は、湯呑みを、静かにテーブルに置きながら、
「なら、死刑囚あたりを差し向けて、確かめてみたらどうだ?」
「……」
「あそこには、クロノスより強い『5人の美女型怪物』がいる。死刑囚にスマホ配信させて、遠隔で確かめてくれれば、俺の予知夢がガチかどうかわかるだろう」
「いくら死刑囚とはいえ、命を軽んじる、その発言……教師の言葉とは思えませんね」
彼女の声には、明確な非難の色があった。
が、俺は、そんなもの気にしない。
女の冷めた目には慣れている……というのもあるが、
「人類全部の命がかかっている時に、甘えたことを言う気はない」
まっすぐ、綾大路の目を見返して、
「俺は、聖人でもなければ、シンプルな良い人でもない。ただの、扶養《ふよう》をかかえた自営業。自分が守りたいもののためだけに死力を尽くして必死に生きる。それだけだ」
その言葉に、綾大路は、少しの間、沈黙した。
やがて、小さく、息を吐く。
「……ダンジョン対策用に開発しているドローンを、使ってみることにしましょうか」
思案するような、静かな声だった。
「5人の女性型怪物がいるという情報だけでも確認できたら、あなたの言葉の信憑性《しんぴょうせい》は、グっと増す」
そこで、俺は、
湯呑みを、両手で包み込むようにして、視線を落とし、
「……本音を言うと正直、それも、どうかとは思っているんだけどな。さっき、死刑囚を差し向けろと言った手前なんだが……9階層の怪物たちが、9階層だけで、ジっとしてくれるのかわからんからな」
「9階層への扉を開くことがトリガーとなり、その5人の怪物が、外に出て暴れるかもしれない……と?」
綾大路が、こちらの懸念を、正確に言い当てる。
「可能性としては、ゼロじゃねぇ。事実、前に一度、『7階層ガーディアンが召喚した鬼』が、『ガーディアンの守護エリア外』に出て暴れまわっている」
俺がダークリングを使って処理したが、
あの時、俺がいなかったら、時空旅団は壊滅していた。
時空旅団を滅ぼしただけでは飽き足らず、すべての配信者を殺しつくしていた可能性もゼロじゃない。
そして、もっと最悪な予想として……あの鬼が、ダンジョンの外にでていた可能性だってゼロではないんだ。
もし、そうなっていたら……人類はすでに死滅していただろう。
「予知夢で、確認してみては?」
「みたいものが、みれるわけじゃねぇんだよ」
乾いた声で、そう答える。
「なるほど……」
綾大路が、静かに、頷いた。
そこで、俺は、
いや、待てよ、と、思い至る。
今回、ドローンを飛ばしてもらって、
結果を確認してから、
やばそうだったら、タイムリープすればいい。
その、単純な事実に、ようやく気づく。
これなら、リスクを、限りなくゼロに近づけられる。
俺は、湯呑みを置き、姿勢を正した。
「――変な文句を言って悪かった。このままじゃプロジェクトを凍結できない以上、試してみるしかない。……やってみてくれ」
はっきりと、そう告げる。