70話 たすけて……
その後、会議は、さらに、踊ることになった。
「ダンジョンからモンスターが出てくるとは……異例の事態だ!」
誰かが、悲鳴じみた声を上げる。
「どうすればいいんだ。やつらのレベルは、5人とも、クロノス以上なのだろう?」
「総勢60人を超える人類最強の超人メンバーが、やっとのことで倒したクロノス……それ以上が……5人……」
「実際、世界最強の実力を持つ猛田カルマと暁宮ジュリアが、あんなにもあっさりとやられた!」
「無理だ……人類は死滅するしかない……」
悲観的な声が、次から次へと、部屋中に飛び交う。
もはや、会議とは呼べなかった。
ただの、恐怖の吐き出し合い。
と、そこで、綾大路が、こちらへ向き直り、
「この状況も……予知夢で見たのか?」
すがるような、それでいて、どこか、責めるような口調。
「だから、なんでもかんでも見れるわけじゃねぇ」
「じゃあ、なんなら見れるんだ!!」
感情的な声を飛ばす綾大路に、俺は、冷めた顔で、
「キレんなよ。不快だぜ」
「……すまない……あまりにも、異常な事態が、続きすぎて……」
その顔は、恐怖と疲労で、げっそりとしていた。
いつも、涼しい顔で、淡々とこちらに指示を出してくる女が、今は、目に見えて、憔悴している。
「君が見た予知夢だと……時空旅団のメンバーは、あの傾国部隊とやらに、皆殺しにされるのだろう?」
その問いに、俺は、一瞬、言葉を詰まらせた。
――実際には、アシュラに殺される。
が、ここで、そんなことを言うわけにもいかないので、
「ああ」
雑に、頷く。
綾大路は、頭を抱えて、震えながら、
「人類最強の部隊ですら……あの美女5人には敵わない。さっき、目の前でみたから……もう、疑えない……猛田も暁宮も、赤子扱い……」
気づけば、ボロボロと、涙を流している。
嗚咽《おえつ》の混じる声で、
「……あんな異常な力を持った5人が、数日以内に……世界を終わらせると言っている……うっ」
そこで、綾大路は、口元を、慌てて、手で押さえる。
そのまま、体を折り曲げ、床に、胃の中身を、ぶちまけた。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸。
酸っぱい匂いが、あたりに、広がっていく。
俺は、ため息交じりに、彼女の背中をさすりながら、
「大丈夫か?」
二十歳を超えた女性の吐瀉物《としゃぶつ》を見るのは、初めてだった。
どう対処するのが正解なのか分からず、とりあえず、背中だけ、さすり続ける。
「……たすけて」
綾大路は、消え入りそうな声で、
「……死にたくない」
いつもの、彼女らしくない声だった。
ただの、一人の人間の、弱さそのもの。
その姿を、見下ろしながら、俺は、
「……はぁ……」
深く、長い、ため息をついた。
そして、考える。
これまでのこと。
これからのこと。
俺にできること。
俺の限界。
俺がすべきこと。
頭の中を、様々な考えが、めまぐるしく駆け巡る。
――この場で恐怖に震えているのは、綾大路だけじゃない。
視線を、周囲へ、巡らせる。
いつもは、偉そうな肩書を振りかざしている協会の連中が、脂汗を浮かべながら、みっともなく、『弱さ』を叫んでいた。
解決策のない絶望を前に、ただ、わめき散らすことしかできない、無力な弱者たち。
滑稽だった。
だが、それ以上に――哀れだった。
「……たすけて……」
誰かの声が、また、聞こえた。
綾大路の言葉なのか。
それとも、それ以外の誰かか。
もう、分からなかった。
場は、すでに、収拾がつかないほど、混乱していた。
みんな、恐怖のどん底で、頭を抱え、救いを求めている。
――そして、それは、きっと。
この場だけじゃない。
俺は、震える指で、スマホを取り出し、SNSを開いた。
開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、無数の投稿だった。
『助けて』
『誰か、あいつらを倒して』
『怖い』
『ほんとに世界おわるの?』
世界中が混乱していた。
無数の声が、まるで、核分裂のように、爆発的に、増え続けていく。
「先生……」
猛田の声がして、俺は、スマホから顔をあげる。
猛田と暁宮が、隣に立っていた。
どちらも、いつもの余裕がまるでない、不安そうな顔をしている。
猛田が、ひきつった笑顔で、
「マジでイカつい状況なんすけど……これ、どうすりゃいいんすかね」
彼女に続いて、暁宮も、いつものクールな表情に、明らかな恐怖の色を浮かべて、
「どうしたらいいと思いますか? 教えてください」
と、聞いてきた。
――教えてくださいって……
俺は、思わず、内心で、乾いた笑いを漏らす。
教師が、ガキに教えられるのは、教科書に書いてあることだけだぜ。
……ふざけやがって。