71話 ヒーロー見参。
俺は、自分の感情や、限界。
目の前で広がる、惨状。
――それら全部、踏まえたうえで、丁寧に、演算する。
その上で、
「……イラついてきたな」
ボソっと、誰にも聞こえない声で、呟く。
そして、
――俺は、自分のスマホを取り出し、配信を開始する。
普段より、遥かに多くの人数が、すでに、集まっていた。
『センエース、助けて!』
『なんとかして!』
『このオッサンに言ったって仕方ないだろ』
『じゃあ、誰に言えばいいんだ』
『死にたくない!』
そんなコメントが、画面を埋め尽くさんばかりに流れていく。
一つ一つの声に目を通しながら、
「すぅ……はぁ……」
何度も、深く、深く、深く。
肺の奥まで、空気を送り込むように、深呼吸を繰り返す。
覚悟を固めてから、
俺は、そのまま、
ダンッ!!
と、勢いよく、机の上に立った。
そして、いまだ、ごちゃごちゃと、
やかましく、わめいている連中の耳に、
――突き刺すように……
「ヒィイイロォオオ!! 見参ッッ!!!!!」
腹の底から、喉が引きちぎれるほど、叫んでみせた。
あまりにでかい声で、そんな、アホみたいな言葉を叫ばれて。
お偉いさん方は、一瞬、呆気にとられたように、シンと静まり返って、こっちを見た。
俺は、その、静寂を確かめるように、視線を、ぐるりと、全体へ巡らせる。
ヒーロー……
ヒーローねぇ……
はっ!
この世で最も滑稽な言葉だ。
そんなものは存在しない。
いるなら、俺がすがりたいぜ。
――と、内心ではグチグチと文句を垂れ流しながら、
しかし、口では、
「……心配するな。問題ない。俺がここにいる。どうにかしてやる。だから……みっともなくわめくな。情けねぇ」
正直、今の俺に対応できる状況じゃねぇ。
傾国部隊は殺せるが、アシュラには勝てねぇ。
――しかし、裏面の力をフルで使えば、可能性はゼロじゃない。
こうなった以上は仕方ない。
ここから俺は、これまで以上に、
――死ぬ気で、裏面と、向き合ってやる。
……と、そこで、今回の議長、
ダンジョン対策協会の上位理事である『蛇尾』が、震える声で、
「レベル50の君に……何ができるという……」
もっともな意見だぜ。
相変わらず頭いいじゃねぇか。
俺も思うよ。
俺ごときに何ができんだって。
「ダークリングを使えば、一瞬だが、レベル100以上の力を出せる」
心の声を封殺するように、
俺は、あえて胸をはって、
「他にも、いくつか切り札はある。……どうにかしてやる。絶対に、どうにかしてやるから、みっともなく騒ぐんじゃなく、この世界を守るための最善の行動をしてくれ。あんたらは事実として、この世界で最高峰の権力を持つ支配者なんだろ。だったら、できることはたくさんあるはずだ」
その言葉を受けて、蛇尾は、わずかに、身を乗り出した。
「……切り札……とは?」
「ダンジョンで見つけたアイテムだ。使える時間や回数に、でかい制限があるものばかりだが……全部ぶちこんで、時空旅団のメンバーと一緒に頑張れば……勝てる可能性はある」
「……」
蛇尾は、まだ、何かを、迷っている顔だった。
俺は、俺から目をそらした蛇尾に、
「うつむくな、前を見ろ。そこには必ず……俺がいる。俺が、絶対に守ってやる。だから……やるべきことをやれ」
――絶対に守る、か。
あまりに、酷い嘘だな。
往々《おうおう》にして、『必ず』とか『絶対』とか言うやつに、ろくなやつはいない。
ソレを言うのは、だいたい、政治家か、詐欺師だ。
例に漏れず、俺も、とんでもない詐欺師。
絶対に守ってやれる保証なんて、一個もない。
アシュラに勝てる可能性は、今のところ皆無。
俺は、ただの、ゴミみたいなオッサンだ。
――けど、
なくしたくないものが、あるし、
こいつらにも、頑張ってもらわないといけないから。
……だから……
「俺についてこい。必ず、トゥルーエンドに、連れていってやる」
俺は、死ぬ気で、嘘をつく。
ヒーローの仮面をかぶって、全員を騙す。
そこで、蛇尾が、
「我々は……何をしたらいい?」
その目に、消えかけていたはずの『希望の色』が、確かに灯っていた。
――どうやら、俺の嘘に、騙されてくれる気になったらしい。