76話 傾国部隊、瞬殺!!
9階層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
これまでの階層とは、明らかに質の違う圧迫感。
呼吸をするだけで肺が重くなるような、そんな錯覚すら覚える。
顔をあげると、五つの人影が視界に飛び込む。
目もくらむような美貌。
まとう空気だけで、こちらの喉を締め上げてくるような威圧感。
傾国部隊――クレオパトラ、フジコ、ダッキ、カグヤ、ヨーキヒ。
全員が、値踏みするような目で俺を見た。
その中で、一歩前に出たのはクレオパトラだった。
「貴様一人だけか」
冷たく、突き放すような声。
言葉そのものは短い。
だが、その裏にある感情が、嫌になるほど伝わってくる。
――雑魚一匹だけで来て何ができるという。
その正当な侮蔑《ぶべつ》に、俺は胸を張った。
「舐めんなよ。俺の後ろには、8000人の『バカには見えない部下』がいる。お前らはもう終わりだ。投降するなら俺の愛人にしてやらんでもないが、どうする?」
「レベル50ちょっとの雑魚が一人でくるとは……無謀にもほどがある」
クレオパトラは、アホを見る目で、そう吐き捨てた。
俺のファントムトークは無敵の必殺技だが、
無視されると効果が半減するという致命的な弱点がある。
「好きに侮《あなど》れ、性格ブスども……」
そう言いながら、俺は、ダークリングを頭上に掲げた。
「俺のボケをスルーしたことを後悔させてやるよ……月光雷龍化ぁああ!!」
初手からフルスロットル。
出し惜しみはしない。
全身に雷を纏いながら変身する。
骨の髄まで痺れるような感覚とともに、視界の解像度が跳ね上がる。
そこに、さらに重ねる。
「クロックアップぅう!!」
クロノスフィアリングの力を発動させる。
俺の時間だけが、加速する。
もともと変身だけでも常識外れの速度が出ているというのに、そこにさらに、時間そのものをねじ曲げる魔法を重ねがけする。
――やりすぎだ、と自分でも思う。
だが、やりすぎるくらいでちょうどいい。
「止まってみえるぜぇえ! 文字通りなぁ!!」
叫びながら、地面を蹴った。
傾国部隊の五人が、俺の目にはほとんど静止しているように映る。
表情も、髪の揺れも、瞬きの途中で凍りついたように動かない。
クレオパトラの唇が、何かを言いかけたまま止まっている。
俺は、静止した世界の中を駆け抜けながら、拳を握り直す。
「神速閃拳!!」
初撃は、クレオパトラの顔面へ。
二発目は、ダッキの側頭部へ。
三発目、四発目、五発目!!
――ザザザッ、と連続する打撃音が重なり合って、
もはや個別の音として聞き取れないほどの速さで、
五つの頭部を的確に打ち抜いていく。
時間にして、コンマ数秒。
1秒を切る速度で、破格の美貌を誇っていた五人の頭部を吹っ飛ばした。
五人を瞬殺し終えたところで、俺は、すぐにダークリングを解除し、クロックアップも切り、月光雷龍化も解いた。
三つ同時に使った代償は、それだけで足が震えるほど重い。
とはいえ、ほんの一瞬だったので、倒れるほどの負荷じゃない。
全てを解いたところで、加速していた世界が、通常の速度に戻る。
「ぶはぁ……っ!」
肺の中の空気を全部吐き出すような、荒い呼吸を繰り返す。
目の前には、頭部を失った五つの体が転がっているだけで、耳障《みみざわ》りな哄笑《こうしょう》も、蔑《さげす》みの声も、もうどこにもない。
「はぁ、はぁ……よし……傾国部隊だけなら、ミシャなしでも勝てるな……」
息を整えつつ、そう呟いた直後、
「まさか、傾国部隊が全滅するとは……素晴らしい実力者と言わざるをえない」
静かなイケメンの声が、戦場の空気を切り裂いた。