78話 裏面に入れない!?
口の中が、鉄の味でいっぱいになる。
砕けた歯のかけらを、血と一緒に吐き出しながら、俺は、よろよろと顔を上げた。
「く、クソッタレ……ぜ、絶対に殺してやる……」
鼻が曲がっているせいで、声が、変にこもる。
「俺はなぁ……ゴキブリと同じぐらい、天才とイケメンが大嫌いなんだ……天才イケメンのテメェは、何があっても絶対に殺す。震えて眠れ」
精いっぱいの捨て台詞。
アシュラは、眉ひとつ動かさない。
――もちろん、この場で殺せるなんて、これっぽっちも思っていない。
MPは空っぽ。
ミシャも呼べない。
ダークリングの負荷で、体の芯はすでにガタガタ。
ここは、いったん引く。
裏面に逃げ込んで、タイムリープして、作戦を練り直す。
いつも通り。
それで、将来の俺に何とかしてもらう。
――裏面に、いきたい。
心の中で、強く祈った。
しかし……
「……え……」
視界が、歪まない。
いつもの、あの独特な感覚が、やってこない。
「な、なんで……」
もう一度、祈る。
裏面にいきたい。
裏面に、いきたい。
頼むから――
何も、起こらない。
(なんでだ……なんで入れねぇんだ! 誰か次元ロックでもしてんのか?!)
アシュラの方を見る。
だが、あいつが何かの魔法を使っている素振りはない。
ただ、静かに、こちらへ歩いてくるだけ。
「……逃げ道を探しているのか? そんなものはない、と断言しておこう」
「……あの、すいません……靴をなめるので……逃がしていただけないでしょ――」
次の瞬間、腹に、拳がめり込んでいた。
「ご……ぶっ……!」
体が、くの字に折れる。
浮いた体に、追い打ちの膝。
そのまま地面に叩きつけられ、背中の下で、石畳が割れる音がした。
立ち上がろうとした腕を、踏み砕かれる。
脇腹を、蹴り上げられる。
肋骨が、何本か、まとめてイカれたのがわかった。
「ぐ……ぁ……がっ……」
痛い、を通り越して、もう、よくわからない。
視界が、赤と白と黒で、チカチカと点滅している。
耳鳴りがひどくて、自分の呼吸音すら、遠い。
(あ……これ、死ぬな……)
妙に冷静な自分が、頭のすみっこで、そう呟いた。
裏面に入れない。
タイムリープができない。
つまり、現状……やり直しのきかない、一発勝負。
――絶対に勝てない相手と……
死ぬのが決まった戦いを……最後まで……
「よく戦った。誇りを胸に、眠るがいい」
アシュラの声が、上から降ってくる。
眠る……
ああ、眠い。
このまま目を閉じたら、もう、痛くないんだろうな。
「……ぅ……」
わかっているよ。
弱さに身をゆだねるのが楽だってことは……誰よりも……
――けど。
「……イヤなんだよ……それだけは……」
まぶたの裏に、いくつもの顔が浮かんだ。
坂田の絶叫。
ジュリアの静かな最期。
猛田の、あの顔。
会議室で吐いていた綾大路。
画面を埋め尽くしていた『たすけて』の文字。
そして、
『いってらっしゃい』と、玄関で俺を送り出したユウガ。
「……終わらせねぇ……」
指に、力を込める。
砕けた腕を、それでも、地面に突き立てる。
「絶対に終わってやらねぇ……」
膝が笑う。
視界がぐらつく。
それでも、体を、持ち上げていく。
「俺が死んだら……マジで、色々終わるから……だから……終わってやらねぇ……」
ふらつきながら、どうにか、立ち上がる。
立っているのが奇跡みたいな、ボロ雑巾の体。
アシュラが、わずかに、目を細めた。