海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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希望には限界があった。

その事実を、人類が知るまでに。

そう長い時間は必要なかった。



第十話 それでも、守りたい

「撃って!」

 

暁の声。

 

四つの砲声が重なる。

 

砲弾が海面を飛び。

 

先頭のイ級へ命中する。

 

黒灰色の外殻が砕けた。

 

巨体が傾く。

 

赤い眼が消える。

 

そして。

 

また一体。

 

海へ沈んだ。

 

歓声が上がった。

 

海岸から。

 

避難所から。

 

司令部から。

 

そして。

 

映像を見守る世界中から。

 

倒せる。

 

あの怪物を倒せる。

 

五年間、人類から海を奪っていた悪夢を。

 

あの四人なら。

 

だが。

 

誰も気付いていなかった。

 

いや。

 

気付きたくなかった。

 

四人しかいない。

 

世界の海を埋め尽くした怪物に対して。

 

たった四人。

 

「次!」

 

暁が叫ぶ。

 

「右から来るよ!」

 

雷が砲塔を旋回させる。

 

発砲。

 

命中。

 

だが浅い。

 

イ級が突っ込んでくる。

 

「雷!」

 

響が割り込む。

 

砲撃。

 

至近距離。

 

イ級の頭部が砕ける。

 

「やった!」

 

雷が笑う。

 

ほんの一瞬。

 

次の砲弾が飛んできた。

 

「危ない!」

 

爆発。

 

雷の身体が宙を舞った。

 

「雷!!」

 

海面へ叩き付けられる。

 

右側の艤装から煙が上がっていた。

 

服は裂け。

 

腕から血が流れている。

 

「いたい……」

 

その声は。

 

あまりにも幼かった。

 

世界中から歓声が消えた。

 

「雷!」

 

電が駆け寄る。

 

その背後。

 

新たなイ級。

 

「電、後ろ!」

 

響の叫び。

 

間に合わない。

 

砲撃。

 

爆発。

 

電も吹き飛ばされた。

 

「きゃああああっ!」

 

小さな身体が海面を転がる。

 

「電!」

 

暁が走る。

 

だが。

 

さらに砲撃。

 

今度は暁。

 

爆風。

 

身体が海面へ叩き付けられた。

 

息ができない。

 

耳が聞こえない。

 

痛い。

 

怖い。

 

「……いや……」

 

暁の目から涙が流れた。

 

もう嫌だった。

 

帰りたい。

 

先生のところへ。

 

幼稚園へ。

 

みんなで遊んでいたあの場所へ。

 

でも。

 

もう戻れない。

 

それが何となく分かってしまった。

 

「暁……!」

 

響が暁を起こす。

 

響自身もボロボロだった。

 

頬には傷。

 

片方の艤装は動かない。

 

「大丈夫?」

 

「……大丈夫じゃない……」

 

暁は泣いた。

 

「痛い……」

 

「怖いよ……」

 

響は何も言えなかった。

 

自分も怖かったから。

 

雷が泣いている。

 

電も泣いている。

 

誰一人。

 

勇敢な兵士などではなかった。

 

ただの子供だった。

 

世界中が。

 

その事実を思い出した。

 

東京の避難所。

 

誰も声を出さない。

 

ワシントンの軍司令部。

 

将官たちは画面を見つめている。

 

ロンドン。

 

港湾労働者たちが俯く。

 

そして。

 

日本。

 

戦場から離れた病院。

 

二人の教師も映像を見ていた。

 

「もうやめろ……」

 

男性教師が呟く。

 

「逃げろ……」

 

知らない少女たち。

 

そのはずだった。

 

なのに。

 

「頼むから……逃げてくれ……」

 

涙が流れていた。

 

理由が分からない。

 

女性教師も泣いていた。

 

「どうして……」

 

胸が苦しい。

 

画面の中で。

 

電が泣いている。

 

その姿を見るだけで。

 

胸を抉られる。

 

雷が倒れる。

 

息ができなくなる。

 

響が暁を庇う。

 

身体が勝手に震える。

 

「私……」

 

女性教師が呟いた。

 

「この子たち……」

 

男性教師が振り返る。

 

「知ってる気がする……」

 

「……俺もだ」

 

でも。

 

名前が出てこない。

 

思い出がない。

 

顔を見ても。

 

記憶には何も浮かばない。

 

なのに。

 

心だけが。

 

叫んでいる。

 

知っている。

 

大切な子たちだ。

 

守らなければならない子たちだ。

 

「行こう」

 

男性教師が立ち上がる。

 

まだ身体には包帯が巻かれている。

 

「どこへ?」

 

女性教師は聞きながら。

 

既に分かっていた。

 

「海だ」

 

二人は病院を出た。

 

海岸。

 

四人は限界だった。

 

弾薬。

 

体力。

 

集中力。

 

何もかもが尽きかけている。

 

それでも。

 

イ級は来る。

 

一体。

 

二体。

 

十体。

 

その後ろにも。

 

水平線を埋め尽くすほど。

 

「無理だよ……」

 

雷が泣いた。

 

「こんなの……全部倒せないよ……」

 

電も震えている。

 

「怖いのです……」

 

響は黙っていた。

 

そして。

 

暁は。

 

後ろを見た。

 

街。

 

先生がいる。

 

たくさんの人がいる。

 

小さな子供もいる。

 

自分たちが逃げたら。

 

あれが全部。

 

壊される。

 

「……逃げられない」

 

「暁?」

 

「だって……」

 

涙を拭く。

 

「暁たちが逃げたら……」

 

声が震える。

 

「先生たちが死んじゃう……」

 

三人は黙った。

 

「みんなも死んじゃう……」

 

暁は立ち上がった。

 

足が震えている。

 

怖い。

 

本当は逃げたい。

 

それでも。

 

「暁、お姉ちゃんだから……」

 

砲塔を上げる。

 

「みんなを守らなきゃ……」

 

響が立つ。

 

雷も。

 

電も。

 

四人は再び並んだ。

 

泣きながら。

 

震えながら。

 

それでも。

 

怪物たちの前に。

 

その姿を。

 

世界中が見ていた。

 

誰かが叫んだ。

 

「もういい!」

 

避難所だった。

 

「逃げてくれ!」

 

別の誰かも。

 

「誰か助けてやれよ!」

 

「子供だぞ!」

 

「誰か!」

 

世界中で。

 

同じ願いが生まれていた。

 

誰か。

 

あの子たちを助けてくれ。

 

その頃。

 

二人の教師は海へ向かっていた。

 

身体はまだ完全には回復していない。

 

それでも。

 

止まれなかった。

 

理由など分からない。

 

記憶もない。

 

ただ。

 

行かなければならない。

 

そんな気がした。

 

そして。

 

二人の前に。

 

小さな存在が現れた。

 

「……え?」

 

妖精。

 

二人は足を止めた。

 

妖精は二人を見ていた。

 

不思議そうに。

 

いや。

 

恐れるように。

 

「……どうして?」

 

妖精が呟いた。

 

「何が?」

 

男性教師が聞く。

 

妖精は答えない。

 

あり得ない。

 

記憶は消えている。

 

関係も消えている。

 

世界から。

 

あの四人がかつて存在した痕跡は消えている。

 

なのに。

 

この二人は。

 

四人のところへ向かっている。

 

「覚えてないはずなのに……」

 

妖精の声が震えた。

 

女性教師が胸を押さえる。

 

「覚えてない」

 

そして。

 

「でも……」

 

涙が流れる。

 

「助けなきゃいけない気がするの」

 

妖精が息を呑んだ。

 

人間。

 

記憶を奪っても。

 

存在を消しても。

 

それでも。

 

誰かを大切に思った心は。

 

完全には消えない。

 

「……人間って」

 

妖精が小さく呟く。

 

「怖いなぁ……」

 

だが。

 

少しだけ笑った。

 

「もしかしたら……この二人なら」

 

妖精が二人を見る。

 

「助けたい?」

 

答えは同時だった。

 

「助けたい」

 

「助けたいです」

 

「方法があるよ」

 

二人の表情が変わる。

 

「でも」

 

妖精は告げる。

 

「代償が必要」

 

そして。

 

四人にしたものと。

 

全く同じ説明をした。

 

家族。

 

友人。

 

同僚。

 

人生。

 

自分が誰だったのか。

 

その全てが。

 

世界から消える。

 

誰も自分を覚えていない。

 

写真も。

 

記録も。

 

思い出も。

 

自分が存在していた場所に。

 

穴だけが残る。

 

二人は。

 

黙った。

 

当然だった。

 

意味が分かるから。

 

四人とは違う。

 

大人だから。

 

その代償が。

 

どれほど恐ろしいのか。

 

理解できてしまう。

 

男性教師の頭に家族が浮かんだ。

 

女性教師も。

 

両親。

 

友人。

 

これまでの人生。

 

全部なくなる。

 

怖かった。

 

即答などできなかった。

 

そして。

 

男性教師が聞いた。

 

「……あの子たちも?」

 

妖精を見る。

 

「あの四人も……これを払ったのか?」

 

妖精は。

 

静かに頷いた。

 

「うん」

 

それだけだった。

 

男性教師は目を閉じた。

 

女性教師は口元を押さえた。

 

分かってしまった。

 

あの子たちは。

 

この代償を払って。

 

自分たちを助けた。

 

誰なのか思い出せない。

 

名前も分からない。

 

でも。

 

あの子たちは。

 

自分たちのために。

 

世界から消えた。

 

そして今も。

 

戦っている。

 

子供たちだけで。

 

男性教師が目を開けた。

 

「……契約する」

 

女性教師も。

 

「私も」

 

妖精が二人を見る。

 

「本当に?」

 

男性教師は笑った。

 

怖かった。

 

それでも。

 

「先生だからな」

 

女性教師も頷いた。

 

「子供たちだけを戦わせるなんて……」

 

涙を拭く。

 

「そんなこと、できません」

 

妖精は。

 

初めて。

 

人間という生き物を。

 

少しだけ理解した気がした。

 

「契約成立」

 

光が生まれた。

 

四人の時より。

 

遥かに強い光。

 

二人の身体を包み込む。

 

記憶が消える。

 

存在が書き換わる。

 

人間だった二人が。

 

世界から消える。

 

そして。

 

代わりに。

 

二人の艦娘が現れた。

 

一人。

 

鋭い眼差し。

 

巨大な艤装。

 

圧倒的な力を秘めた軽巡洋艦。

 

「……天龍」

 

もう一人。

 

柔らかな笑み。

 

だが。

 

その背後に宿る力は。

 

決して穏やかなものではない。

 

「龍田」

 

妖精が目を見開いた。

 

最初から。

 

完成している。

 

未熟な姿ではない。

 

二人の覚悟。

 

背負ったもの。

 

子供たちを守るという意思。

 

それら全てが。

 

与えられた力を限界まで引き出していた。

 

天龍改二。

 

龍田改二。

 

二人は顔を見合わせた。

 

そして。

 

同時に海の方角を見る。

 

理由は分からない。

 

でも。

 

分かる。

 

あそこに。

 

自分たちの子供たちがいる。

 

「行くぞ」

 

「ええ」

 

海面へ。

 

二人が飛び出した。

 

一歩。

 

次の瞬間。

 

爆発的な加速。

 

海面が弾ける。

 

二人の姿が遠ざかる。

 

人間の目では追い切れない速度で。

 

子供たちのもとへ。

 

海岸。

 

暁はもう。

 

立っているだけで精一杯だった。

 

響が膝をついている。

 

雷の艤装は半壊。

 

電も息を切らしている。

 

そして。

 

目の前。

 

イ級。

 

巨大な砲口が。

 

四人へ向けられた。

 

「……みんな」

 

暁が前へ出る。

 

「暁?」

 

「下がって」

 

「でも!」

 

「暁がお姉ちゃんなんだから……!」

 

泣いていた。

 

怖くて。

 

震えて。

 

それでも。

 

三人の前に立った。

 

「今度は……暁が守る番よ……」

 

イ級が発砲。

 

巨大な砲弾が飛ぶ。

 

暁は目を閉じた。

 

怖い。

 

先生。

 

助けて。

 

その瞬間。

 

轟音。

 

だが。

 

痛みは来なかった。

 

暁が。

 

恐る恐る目を開ける。

 

砲弾が。

 

空中で砕けていた。

 

「……え?」

 

そして。

 

自分たちの前に。

 

誰かが立っている。

 

二人。

 

見たことのない艦娘。

 

一人は刀のような兵装を構え。

 

もう一人は。

 

静かな笑顔を浮かべていた。

 

その背中を見た瞬間。

 

四人の胸に。

 

説明できない感情が溢れた。

 

知らない。

 

名前も知らない。

 

会ったこともない。

 

はずなのに。

 

安心した。

 

泣きたくなるほど。

 

懐かしかった。

 

天龍が振り返る。

 

ボロボロの四人を見る。

 

その瞬間。

 

理由も分からず。

 

胸が締め付けられた。

 

「……よく頑張ったな」

 

暁の目から。

 

涙が溢れた。

 

龍田も四人を見る。

 

笑顔。

 

優しい。

 

どこかで。

 

何度も見たことがあるような。

 

そんな笑顔。

 

そして。

 

龍田が言った。

 

「ここからは――」

 

四人の前へ出る。

 

無数のイ級を見据える。

 

「先生たちに任せなさい」

 

時間が。

 

止まったように感じた。

 

先生。

 

その言葉に。

 

四人の心が。

 

強く震えた。

 

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