海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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第十一話 先生

「ここからは――先生たちに任せなさい」

 

その言葉を。

 

暁は、どこかで聞いた気がした。

 

知らない人だった。

 

目の前にいる二人の艦娘。

 

名前も知らない。

 

会った記憶もない。

 

なのに。

 

「先生」

 

その一言だけが。

 

どうしようもなく懐かしかった。

 

「……せん、せい……?」

 

暁の口から、自然に言葉がこぼれた。

 

天龍が振り返る。

 

目が合う。

 

知らない子供。

 

そのはずだった。

 

だが。

 

ボロボロになった暁を見た瞬間。

 

天龍の胸に、猛烈な感情が込み上げた。

 

怒りだった。

 

破れた服。

 

傷だらけの身体。

 

壊れかけた艤装。

 

涙で濡れた顔。

 

そして。

 

その後ろにいる三人も同じだった。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

名前を知らない。

 

誰なのかも分からない。

 

なのに。

 

「……誰が」

 

天龍の声が低くなる。

 

「誰がウチの子を……」

 

そこで言葉が止まった。

 

ウチの子。

 

なぜ。

 

そんな言葉が出た?

 

「……俺、何言ってんだ……?」

 

自分でも分からない。

 

だが。

 

暁の目が大きく見開かれた。

 

ウチの子。

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

胸の奥で何かが弾けた。

 

「……う……」

 

涙が溢れた。

 

「うわああああああん!」

 

暁が泣いた。

 

今まで。

 

ずっと我慢していた。

 

一番上だから。

 

お姉ちゃんだから。

 

響を守らなきゃ。

 

雷を守らなきゃ。

 

電を守らなきゃ。

 

先生を守らなきゃ。

 

街のみんなを守らなきゃ。

 

だから。

 

怖くても。

 

泣いちゃ駄目だと思っていた。

 

でも。

 

もう無理だった。

 

「怖かったぁ……!」

 

暁は泣きながら叫んだ。

 

「痛かったの……!」

 

天龍は何も言わない。

 

「逃げたかった……!」

 

声が幼児のように戻っていく。

 

「でも……でも暁が逃げたら……!」

 

しゃくり上げる。

 

「先生が死んじゃうって……!」

 

天龍の拳が震えた。

 

「みんなも死んじゃうって……!」

 

「だから……!」

 

「暁、お姉ちゃんだから……!」

 

その瞬間。

 

天龍の手が暁の頭へ置かれた。

 

大きな手。

 

温かい。

 

暁は動きを止めた。

 

「もういい」

 

優しい声だった。

 

「……え?」

 

「もういいんだ」

 

天龍がしゃがむ。

 

暁と目線を合わせる。

 

「よく頑張った」

 

暁の唇が震えた。

 

「お前は十分頑張った」

 

頭を撫でる。

 

「だから」

 

少しだけ笑う。

 

「もう、お姉ちゃんでいなくていい」

 

暁の顔が崩れた。

 

天龍へ抱きつく。

 

「せんせぇぇぇぇぇ……!」

 

なぜ先生と呼んだのか。

 

分からない。

 

天龍も。

 

なぜこの子を抱き締めたのか。

 

分からない。

 

でも。

 

それでよかった。

 

「うわあああん!」

 

雷も泣き出した。

 

「怖かったよぉ……!」

 

電も。

 

「痛かったのですぅ……!」

 

響だけは泣かなかった。

 

いや。

 

泣かないようにしていた。

 

龍田が気付く。

 

「あなたも」

 

響が顔を上げる。

 

龍田は微笑んだ。

 

「我慢しなくていいのよ」

 

その瞬間。

 

響の目から涙が落ちた。

 

一粒。

 

二粒。

 

そして。

 

止まらなくなった。

 

龍田が四人を抱き寄せる。

 

「怖かったわね」

 

頭を撫でる。

 

「痛かったわね」

 

「でも」

 

優しく。

 

「もう大丈夫よ」

 

電が龍田の服を掴む。

 

「ほんと……?」

 

「ええ」

 

龍田は微笑む。

 

「後は先生たちのお仕事だから」

 

その光景を。

 

世界中が見ていた。

 

誰も声を出さなかった。

 

戦場。

 

無数の怪物。

 

その真ん中で。

 

六人の少女たちが抱き合っている。

 

誰も彼女たちの過去を知らない。

 

本人たちですら。

 

でも。

 

それを見ていた人々には。

 

一つだけ分かった。

 

あの二人は。

 

四人を守るために来た。

 

その時。

 

海面が爆発した。

 

イ級。

 

一体が突進してくる。

 

龍田の背後。

 

電が気付いた。

 

「後ろなのです!」

 

龍田は振り返らなかった。

 

「大丈夫」

 

優しく。

 

そう言った。

 

次の瞬間。

 

龍田の艤装が動いた。

 

轟音。

 

砲撃。

 

振り返りすらしない。

 

砲弾は正確にイ級へ命中した。

 

外殻。

 

破砕。

 

二射目。

 

急所。

 

巨体が海面へ叩き付けられる。

 

沈黙。

 

暁たちは。

 

口を開けたまま。

 

龍田を見ていた。

 

「……え?」

 

さっきまで。

 

四人で必死に戦っていた相手。

 

何度も撃って。

 

何度も避けて。

 

やっと一体倒した怪物。

 

それを。

 

この人は。

 

こちらを見ることすらせず。

 

倒した。

 

「す……」

 

雷が呟く。

 

「すごい……」

 

龍田が振り返る。

 

いつもの優しい笑顔。

 

「先生ですもの」

 

何の説明にもなっていなかった。

 

それでも。

 

四人には。

 

ものすごく頼もしく聞こえた。

 

「さて」

 

天龍が立ち上がる。

 

暁の頭を最後に一度撫でる。

 

「龍田」

 

「ええ」

 

「こいつら頼む」

 

龍田が頷く。

 

天龍は前へ出る。

 

その瞬間。

 

雰囲気が変わった。

 

暁が息を呑む。

 

さっきまで。

 

優しく頭を撫でてくれた人。

 

泣いている自分を抱き締めてくれた人。

 

その姿が。

 

まるで別人のように見えた。

 

天龍の視線の先。

 

イ級の群れ。

 

十。

 

二十。

 

その後ろにも。

 

水平線の彼方まで。

 

人類を五年間苦しめ続けた怪物。

 

天龍は。

 

それを見て。

 

笑った。

 

「なるほど」

 

艤装が動く。

 

砲塔。

 

魚雷。

 

全兵装。

 

戦闘態勢。

 

「あれが敵か」

 

暁が思わず叫ぶ。

 

「危ないよ!」

 

天龍が振り返る。

 

「ん?」

 

「あいつら強いの!」

 

暁は必死だった。

 

「いっぱい撃ってくるし!」

 

「すごく速いし!」

 

「暁たち、全然……!」

 

天龍は黙って聞いていた。

 

そして。

 

「そうか」

 

それだけ言った。

 

再び前を見る。

 

「じゃあ」

 

天龍の表情から。

 

教師の優しさが消えた。

 

軽巡洋艦。

 

天龍改二。

 

戦うための顔。

 

「俺が教えてやるよ」

 

イ級が一斉に動く。

 

海面を蹴る。

 

黒い群れが殺到する。

 

天龍も動いた。

 

暁には。

 

消えたように見えた。

 

「え……?」

 

次の瞬間。

 

数百メートル先。

 

天龍がいた。

 

イ級の真正面。

 

砲撃。

 

イ級の頭部が跳ねる。

 

天龍は止まらない。

 

横へ。

 

急旋回。

 

敵の砲弾が通り過ぎる。

 

「響!」

 

突然名前を呼ばれ。

 

響が身体を震わせた。

 

「右!」

 

考えるより先に。

 

響が右へ動く。

 

直後。

 

先ほどまで響がいた場所へ砲弾が落ちた。

 

巨大な水柱。

 

響が目を見開く。

 

「雷と電!」

 

「は、はい!」

 

「暁のところまで下がれ!」

 

二人が動く。

 

「暁!」

 

「な、なに!?」

 

「お前はもう撃つな!」

 

「でも!」

 

天龍が敵の砲撃をかわす。

 

反撃。

 

命中。

 

「休め!」

 

その一言。

 

暁は。

 

何も言えなくなった。

 

休んでいい。

 

その言葉を。

 

ずっと待っていた気がした。

 

天龍は戦場を見ていた。

 

敵。

 

味方。

 

射線。

 

距離。

 

四人の位置。

 

全部。

 

暁たちとは違う。

 

怖くないわけではない。

 

経験があるわけでもない。

 

それでも。

 

子供たちを守る。

 

その目的だけは。

 

迷わない。

 

「龍田!」

 

「なぁに?」

 

「左!」

 

「分かってるわよ~」

 

龍田が動く。

 

四人の前へ。

 

迫っていた二体のイ級。

 

砲撃。

 

回避。

 

反撃。

 

一体撃沈。

 

もう一体が突進する。

 

龍田の笑顔が。

 

ほんの少しだけ変わった。

 

「この子たちに」

 

魚雷発射。

 

「これ以上近付かないでくれる?」

 

爆発。

 

イ級が沈む。

 

世界中が。

 

再び言葉を失っていた。

 

四人だけでも。

 

奇跡だった。

 

だが。

 

この二人は違う。

 

強い。

 

明らかに。

 

戦い方そのものが違う。

 

そして。

 

暁たちも。

 

同じことを感じていた。

 

「……先生」

 

暁が呟く。

 

知らない人。

 

だったはずなのに。

 

今は。

 

もうそう思えなかった。

 

だが。

 

戦いは終わっていない。

 

一体。

 

二体。

 

五体。

 

十体。

 

沈めても。

 

さらに来る。

 

水平線。

 

黒い影は。

 

まだ途切れない。

 

天龍が舌打ちする。

 

「多いな……」

 

龍田も海を見る。

 

「さすがに二人だけじゃ全部は無理ねぇ」

 

暁が顔を上げる。

 

天龍は。

 

笑った。

 

「でも」

 

四人を見る。

 

「六人なら話は別だ」

 

「え?」

 

天龍は暁へ手を差し出した。

 

「休んだら教えてやる」

 

「何を……?」

 

天龍が笑う。

 

「戦い方だよ」

 

そして。

 

「もう一人でお姉ちゃんやる必要はねぇ」

 

暁は。

 

差し出された手を見る。

 

知らないはずの手。

 

なのに。

 

その手を取ることに。

 

何の迷いもなかった。

 

「……うん!」

 

海には。

 

まだ無数の敵がいる。

 

人類は。

 

まだ海を取り戻していない。

 

六人の艦娘だけで。

 

世界を救えるわけでもない。

 

それでも。

 

四人の子供たちは。

 

もう。

 

子供たちだけではなかった。

 

守ってくれる大人が。

 

ようやく。

 

迎えに来てくれたのだから。

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