海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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第十三章 帰還

海は、静かだった。

 

ほんの少し前まで。

 

砲声が響いていた。

 

爆発があった。

 

怪物たちの咆哮があった。

 

街が燃えていた。

 

そして。

 

六人の少女が戦っていた。

 

それが今は。

 

波の音しか聞こえない。

 

「……本当に、終わったの?」

 

暁が呟いた。

 

天龍の腕の中で。

 

「ああ」

 

天龍は沖を見た。

 

「少なくとも、今はな」

 

水平線には。

 

もう。

 

あの赤い眼は見えない。

 

「……よかった」

 

暁の身体から力が抜けた。

 

天龍の胸に。

 

小さな頭が預けられる。

 

「おい」

 

天龍が慌てて抱き直した。

 

「寝るなよ。もうちょっとだけ頑張れ」

 

「寝てないわよ……」

 

「目ぇ閉じてんじゃねぇか」

 

「レディーは……ちょっと休憩してるだけよ……」

 

「はいはい」

 

天龍が苦笑する。

 

その隣。

 

龍田も。

 

両腕を塞がれていた。

 

「せんせぇ……」

 

「なぁに?」

 

「電、もう歩けないのです……」

 

「じゃあ、先生につかまっててね」

 

「はい……なのです……」

 

龍田の腕の中で。

 

電が目を閉じる。

 

反対側には雷。

 

「私はまだ歩けるわ!」

 

そう言ったのは。

 

数分前だった。

 

今は。

 

龍田の肩へ完全に身体を預けている。

 

「雷ちゃん?」

 

「……起きてるわ」

 

「そう?」

 

「起きてる……」

 

「ふふ」

 

「……ほんとよ……」

 

声がどんどん小さくなる。

 

そして。

 

一人だけ。

 

響は歩いていた。

 

「響」

 

天龍が呼ぶ。

 

「無理すんな」

 

「大丈夫」

 

「大丈夫な奴はそんな歩き方しねぇよ」

 

「大丈夫だよ」

 

響は答えた。

 

一歩。

 

また一歩。

 

ふらっ。

 

「っと」

 

天龍が身体を支える。

 

「…………」

 

「ほら」

 

「……これは」

 

「これは?」

 

「波が悪い」

 

「陸だぞ」

 

「…………」

 

天龍が笑った。

 

「意地張んな」

 

響は少しだけ俯いた。

 

「……自分で歩ける」

 

「分かった」

 

天龍は無理に抱き上げなかった。

 

代わりに。

 

空いている手を差し出した。

 

響がそれを見る。

 

「これならいいだろ?」

 

しばらく。

 

響はその手を見ていた。

 

そして。

 

小さな手で。

 

握った。

 

「……うん」

 

六人は。

 

歩き始めた。

 

海から。

 

街へ。

 

人類が五年前から。

 

ずっと出来なかったこと。

 

敵に追われて逃げるのではなく。

 

敵を退けて。

 

帰る。

 

その最初の六人だった。

 

街は。

 

酷い有様だった。

 

道路には瓦礫。

 

窓ガラスは砕け。

 

建物から煙が上がっている。

 

砲撃によって抉られた道路には。

 

大きな穴が開いていた。

 

天龍は黙って歩いた。

 

龍田も。

 

四人も。

 

そして。

 

避難所へ向かう大通りへ入った時だった。

 

天龍が足を止める。

 

「……何だ?」

 

人がいた。

 

一人ではない。

 

何十人。

 

いや。

 

その後ろにも。

 

大勢。

 

避難していた住民たちだった。

 

誰も近づいてこない。

 

ただ。

 

道の両側に立って。

 

六人を見ていた。

 

「…………」

 

天龍の身体が。

 

僅かに強張った。

 

龍田も。

 

笑顔のまま。

 

目だけが周囲を見ている。

 

無理もなかった。

 

二人にとって。

 

この人々は知らない人間だ。

 

そして。

 

人々にとっても。

 

六人は。

 

ほんの数時間前まで。

 

この世界に存在しなかった何かだった。

 

少女の姿をして。

 

海の上を走り。

 

人類の兵器が通じなかった怪物を。

 

沈めた存在。

 

誰も。

 

どう接すればいいのか分からなかった。

 

沈黙。

 

その中。

 

一人の老婆が。

 

前へ出た。

 

天龍が僅かに身構える。

 

老婆は。

 

六人の前まで来ると。

 

深く。

 

頭を下げた。

 

「……ありがとう」

 

天龍が。

 

目を瞬いた。

 

「え?」

 

「ありがとう」

 

もう一度。

 

「この街を……守ってくれて」

 

老婆の声が震えていた。

 

「本当に……ありがとう」

 

天龍は。

 

何も言えなかった。

 

その後ろ。

 

一人の男性が。

 

頭を下げた。

 

「ありがとう!」

 

女性も。

 

「助けてくれて……ありがとう!」

 

また一人。

 

また一人。

 

「ありがとう!」

 

「本当にありがとう!」

 

「君たちのおかげだ!」

 

気付けば。

 

道の両側。

 

何十人もの人々が。

 

六人へ。

 

頭を下げていた。

 

「…………」

 

暁が。

 

天龍の腕の中から。

 

それを見ていた。

 

「……なんで?」

 

「ん?」

 

「なんでみんな……ありがとうって言ってるの?」

 

天龍は。

 

少し考えた。

 

「お前たちが守ったからだよ」

 

「……暁たちが?」

 

「ああ」

 

暁は街を見る。

 

壊れている。

 

たくさん。

 

壊れている。

 

でも。

 

人がいる。

 

生きている。

 

「……守れたの?」

 

天龍の表情が。

 

柔らかくなった。

 

「ああ」

 

暁の頭を撫でる。

 

「守れた」

 

暁は。

 

しばらく。

 

何も言わなかった。

 

そして。

 

ほんの少し。

 

笑った。

 

「……そっか」

 

その隣。

 

「ありがとう!」

 

突然。

 

大きな声。

 

雷が。

 

びくっ、と身体を震わせた。

 

若い男性が。

 

涙を流しながら叫んでいた。

 

「妹が避難所にいるんだ!」

 

「君たちが守ってくれた!」

 

「本当にありがとう!」

 

「…………」

 

雷の頬が。

 

赤くなる。

 

「そ、そう?」

 

「雷ちゃん、照れてる?」

 

龍田が笑う。

 

「照れてないわよ!」

 

「そうなの?」

 

「当然よ!」

 

雷が胸を張ろうとする。

 

「もっと私に頼って――」

 

「いたっ」

 

「はいはい、動かないの」

 

「うぅ……」

 

その様子を見て。

 

誰かが笑った。

 

ほんの小さな笑い。

 

すると。

 

別の誰かも。

 

そして。

 

少しずつ。

 

道に笑顔が戻っていった。

 

五年間。

 

海の近くでは。

 

失われていたものだった。

 

「……あの」

 

小さな声。

 

電が。

 

龍田の腕の中から。

 

人々を見ていた。

 

「電たちは……」

 

少し迷って。

 

「ちゃんと……お役に立てたのです?」

 

龍田が電を見る。

 

答えるより先に。

 

道の両側から。

 

声が飛んだ。

 

「もちろんだ!」

 

「ありがとう!」

 

「助かったよ!」

 

「ありがとう!」

 

電の目が。

 

大きくなる。

 

そして。

 

泣きそうな顔で。

 

笑った。

 

「……よかったのです」

 

響は。

 

何も言わなかった。

 

ただ。

 

天龍の手を握る力が。

 

少しだけ。

 

強くなった。

 

避難所へ着いた時。

 

既に救護班が待っていた。

 

「負傷者六名!」

 

「担架!」

 

「子供たちを優先!」

 

医師と救護員が駆け寄る。

 

「この子をこちらへ!」

 

救護員が暁へ手を伸ばした。

 

その瞬間。

 

ぎゅっ。

 

「……ん?」

 

暁が。

 

天龍の服を掴んだ。

 

「暁?」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

暁は答えない。

 

ただ。

 

離さない。

 

一方。

 

「電ちゃん?」

 

龍田が見る。

 

電も。

 

龍田の服を掴んでいた。

 

雷も。

 

そして。

 

響も。

 

いつの間にか。

 

天龍の手を。

 

両手で握っている。

 

救護員が困った顔をした。

 

「あの……」

 

天龍を見る。

 

「お二人は、この子たちの……」

 

一瞬。

 

言葉を探す。

 

「保護者の方でしょうか?」

 

天龍が。

 

止まった。

 

保護者。

 

違う。

 

そのはずだ。

 

この四人を知らない。

 

名前だって。

 

戦場で初めて聞いた。

 

過去の記憶にも。

 

四人はいない。

 

なのに。

 

暁を見る。

 

自分の服を。

 

必死に掴んでいる。

 

響を見る。

 

手を離さない。

 

龍田を見る。

 

龍田も。

 

雷と電を見ていた。

 

そして。

 

天龍は。

 

答えた。

 

「……ああ」

 

暁が顔を上げる。

 

天龍は。

 

小さく笑った。

 

「俺たちの子だ」

 

何故。

 

そう答えたのか。

 

自分でも。

 

分からなかった。

 

でも。

 

間違っているとは。

 

思わなかった。

 

龍田も。

 

否定しなかった。

 

むしろ。

 

いつもの笑顔で。

 

「そういうことになりますね~」

 

と。

 

答えた。

 

超常の力は。

 

六人の過去を消した。

 

教師と園児だった記憶を。

 

世界から消した。

 

けれど。

 

それなら。

 

また。

 

作ればいい。

 

失われたものと。

 

全く同じではなくても。

 

今。

 

ここから。

 

もう一度。

 

四人の治療が始まった。

 

天龍と龍田も。

 

すぐ近くで治療を受ける。

 

そして。

 

それから暫くして。

 

避難所の外へ。

 

複数の車両が到着した。

 

自衛隊。

 

だが。

 

異様なほど。

 

慎重だった。

 

「いいか」

 

指揮官が低い声で言う。

 

「全員、武器は下げたまま」

 

隊員たちが頷く。

 

「絶対に銃口を向けるな」

 

「はい」

 

「相手は敵ではない」

 

一度。

 

言葉を切る。

 

「この街を救った人間だ」

 

そして。

 

「こちらに彼女たちを拘束する権利もない」

 

誰も反論しない。

 

「礼節を持って接触する」

 

「了解」

 

天龍が。

 

彼らに気付いた。

 

「……龍田」

 

「ええ」

 

二人の空気が。

 

僅かに変わる。

 

四人も気付いた。

 

「先生……?」

 

暁が不安そうに見る。

 

天龍が。

 

暁の頭へ手を置いた。

 

「大丈夫だ」

 

そう言いながら。

 

自衛官たちを見る。

 

その目は。

 

笑っていなかった。

 

一人の自衛官が。

 

前へ出る。

 

階級章。

 

それなりの地位にいる人間だと。

 

天龍にも分かった。

 

男は。

 

六人から数歩離れた場所で止まった。

 

そして。

 

敬礼した。

 

「海上自衛隊です」

 

天龍は黙っている。

 

「まず」

 

男は。

 

深く頭を下げた。

 

「この街を守っていただいたことに、感謝します」

 

「…………」

 

「ありがとうございました」

 

天龍の警戒が。

 

ほんの少しだけ緩んだ。

 

「それで?」

 

男が顔を上げる。

 

「皆さんにお願いがあります」

 

「お願い?」

 

「はい」

 

男は。

 

六人を見る。

 

子供。

 

四人。

 

年長の少女。

 

二人。

 

そして。

 

六人全員に。

 

人類の科学では説明できない兵装。

 

この六人だけが。

 

深海棲艦を。

 

殺せる。

 

その事実が。

 

男の肩に。

 

凄まじい重圧を与えていた。

 

「我々と共に」

 

慎重に。

 

言葉を選ぶ。

 

「海上自衛隊の基地まで来ていただけないでしょうか」

 

暁が。

 

天龍の服を掴む。

 

天龍は。

 

すぐには答えなかった。

 

「何のためだ?」

 

「皆さんの安全確保」

 

男が答える。

 

「そして、治療」

 

「それだけか?」

 

「……事情も」

 

正直に。

 

答えた。

 

「お聞かせいただきたいと思っています」

 

天龍の目が細くなる。

 

「事情ねぇ」

 

男は。

 

視線を逸らさなかった。

 

「あなた方が何者なのか」

 

「なぜ深海棲艦と戦えるのか」

 

「その装備は何なのか」

 

「我々には」

 

男は言った。

 

「何も分かりません」

 

当然だった。

 

人類は。

 

何も知らない。

 

艦娘という言葉すら。

 

まだ知らない。

 

「だから来いって?」

 

「命令ではありません」

 

即答だった。

 

天龍が僅かに眉を上げる。

 

「お願いです」

 

男は。

 

もう一度。

 

頭を下げた。

 

「どうか我々に」

 

「皆さんのことを教えていただきたい」

 

沈黙。

 

天龍は。

 

四人を見る。

 

暁。

 

傷だらけ。

 

響。

 

疲れ切っている。

 

雷。

 

今にも眠りそうだ。

 

電。

 

龍田へ身体を預けている。

 

天龍の表情が。

 

変わった。

 

「一つ」

 

男が顔を上げる。

 

「条件がある」

 

「何でしょう」

 

天龍は。

 

暁の頭へ手を置いた。

 

「こいつらを休ませろ」

 

「もちろんです。基地には医療設備も――」

 

「違う」

 

天龍が遮った。

 

男が止まる。

 

「そういう意味じゃねぇ」

 

天龍は。

 

自衛官たちを見る。

 

そして。

 

はっきりと言った。

 

「こいつらは兵器じゃねぇ」

 

暁が。

 

天龍を見る。

 

「子供だ」

 

誰も。

 

口を挟まなかった。

 

「今日」

 

天龍の声が低くなる。

 

「こいつらは十分戦った」

 

「これ以上」

 

「何かさせるつもりなら」

 

男を睨む。

 

「俺たちは行かねぇ」

 

その隣。

 

龍田が。

 

にこりと笑った。

 

「私も同じです~」

 

穏やかな声。

 

「この子たちに無理をさせるようでしたら」

 

笑顔のまま。

 

「お断りしますね?」

 

「…………」

 

自衛官の一人が。

 

僅かに顔を引きつらせた。

 

数時間前。

 

その笑顔の少女が。

 

巨大なイ級を。

 

砲撃で沈める映像を。

 

彼ら全員。

 

見ている。

 

指揮官は。

 

ゆっくり頷いた。

 

「約束します」

 

天龍が見る。

 

「四名の治療と休息を最優先します」

 

「そして」

 

「皆さんを拘束する意思もありません」

 

「安全についても」

 

「我々が責任を持って保証します」

 

天龍は。

 

暫く。

 

男を見ていた。

 

嘘を言っているようには。

 

見えない。

 

そして。

 

暁が。

 

小さく服を引いた。

 

「先生」

 

「ん?」

 

「この人たち……悪い人?」

 

天龍が。

 

少し考える。

 

「……たぶんな」

 

「たぶん?」

 

「世の中、絶対ってのはねぇんだよ」

 

暁には。

 

よく分からなかった。

 

龍田がくすくす笑う。

 

「でも」

 

天龍は。

 

もう一度。

 

自衛官を見る。

 

「話くらいは聞いてやる」

 

男の表情が。

 

僅かに緩んだ。

 

「ありがとうございます」

 

天龍は。

 

暁を抱き上げる。

 

「行くぞ」

 

「どこに?」

 

「海軍の基地だとよ」

 

「かいぐん?」

 

暁が首を傾げる。

 

「船がいっぱいあるところ?」

 

天龍が。

 

少しだけ困った顔をした。

 

五年前。

 

その船の多くは。

 

海から消えた。

 

「……まあ」

 

暁の頭を撫でる。

 

「行けば分かるさ」

 

車両の扉が開く。

 

六人が。

 

乗り込む。

 

天龍。

 

龍田。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

この日。

 

人類と。

 

艦娘。

 

二つの存在が。

 

初めて。

 

正式に。

 

向き合おうとしていた。

 

人類は。

 

まだ知らない。

 

彼女たちが。

 

何者なのか。

 

なぜ。

 

深海棲艦を倒せるのか。

 

その力を。

 

どこで手に入れたのか。

 

そして。

 

その力を得るために。

 

六人が。

 

何を失ったのか。

 

何一つ。

 

知らない。

 

だが。

 

知ることになる。

 

人類が。

 

五年間。

 

どれほど願っても。

 

手に入れることのできなかった力。

 

深海棲艦を。

 

殺す力。

 

その奇跡には。

 

あまりにも。

 

重い。

 

代償があることを。

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