車は、静かに街を離れていった。
窓の外には。
まだ戦いの痕跡が残っている。
砲撃で抉られた道路。
焼けた建物。
倒れた電柱。
そして。
その向こう。
少しずつ増えていく、自衛隊の車両。
「わぁ……!」
暁が窓に張り付いた。
「見て見て!」
「戦車?」
雷も身を乗り出す。
「違うよ」
響が言う。
「装甲車だと思う」
「そうなの?」
「たぶん」
「すごいのです……!」
電も目を輝かせている。
四人にとって。
外の世界は。
あまりにも広かった。
幼稚園。
避難所。
近所の公園。
たまに行く商店。
それが。
彼女たちの世界のほとんどだった。
だから。
道路脇に並ぶ大型車両も。
制服姿で行き交う隊員たちも。
遠くに見える巨大なアンテナも。
全部が珍しい。
「先生!」
暁が天龍を見る。
「あれ何!?」
「ん?」
窓の外。
大型のレーダー設備。
「……レーダーじゃねぇか?」
「れーだー?」
「遠くのものを見つけるやつだ」
「すごい!」
天龍は苦笑した。
隣では。
雷が龍田へ質問攻めだった。
「あっちは?」
「通信施設じゃないかしら~」
「じゃあ、あれ!」
「倉庫かな?」
「じゃああれは!?」
「雷ちゃん、元気ねぇ」
つい数時間前まで。
泣きながら戦っていた子供たち。
その姿を見れば。
少しだけ。
安心できる。
だが。
天龍と龍田は。
子供たちと同じ景色を。
同じようには見ていなかった。
「……龍田」
天龍が小さく呼ぶ。
「ええ」
龍田も気付いている。
おかしい。
車両はある。
施設もある。
人もいる。
だが。
少なすぎる。
巨大な基地へ向かっているはずなのに。
活気がない。
道路脇の格納庫。
扉が閉ざされたまま。
整備区画。
使われていない設備。
さらに進むと。
柵の向こうに。
古びた航空機が見えた。
一機。
二機。
だが。
飛ぶ気配はない。
天龍の眉が寄る。
「……なあ」
運転席へ声を掛ける。
「はい?」
運転手がバックミラー越しに答える。
「ここって」
少し間を置く。
「本当に海軍の基地なんだよな?」
車内が。
少しだけ静かになった。
運転手は。
すぐには答えなかった。
「……はい」
「そうか」
天龍は窓の外を見る。
そして。
「じゃあ」
ゆっくり。
「船は?」
運転手の手が。
ハンドルの上で僅かに止まった。
暁たちは。
まだ窓の外を見ている。
だから。
運転手は言葉を選んだ。
「……五年前の戦いで」
「多くを失いました」
天龍の目が細くなる。
「どれくらい?」
「……多くです」
それ以上は。
言わない。
言えない。
後ろに。
子供たちがいるから。
龍田が。
何も言わず。
運転手を見る。
表情だけで。
だいたい分かった。
「残ってる船は?」
天龍が聞く。
「あります」
「なら」
「海には出せません」
天龍が。
運転手を見る。
「……なんでだ?」
運転手は。
一瞬だけ。
バックミラー越しに。
暁たちを見る。
「戻ってこられない可能性が」
少し。
間を置く。
「高いからです」
車内が。
静かになる。
天龍は。
何も言えなかった。
「先生?」
暁が振り返る。
「どうしたの?」
「……いや」
天龍は笑う。
「何でもねぇよ」
「ほんと?」
「ああ」
暁は。
また窓の外へ戻った。
そして。
「ねえ!」
運転手へ。
「昔はもっとお船があったの?」
運転手の表情が。
固まった。
ほんの少し。
「……ああ」
優しく答える。
「たくさんあったよ」
「へぇー!」
暁の目が輝く。
「どこに行ったの?」
その瞬間。
運転手は。
答えられなかった。
龍田が。
静かに目を閉じる。
そして。
「暁ちゃん」
「なぁに?」
「あっち見てみて~」
窓の反対側を指差す。
「ほら、大きなアンテナ」
「ほんとだ!」
「すごーい!」
雷と電もそちらを見る。
響だけは。
少しだけ。
運転手の顔を見ていた。
何かを。
感じ取ったのかもしれない。
でも。
何も聞かなかった。
車はさらに進む。
やがて。
海が見えてきた。
基地。
巨大な岸壁。
クレーン。
倉庫。
整備施設。
そして。
船。
「わぁ……!」
四人が一斉に窓へ寄る。
「大きい!」
「本物のお船なのです!」
「近くで見るとすごいね」
響も。
少しだけ。
目を輝かせた。
けれど。
天龍と龍田は。
別のものを見ていた。
係留されている船。
動かない。
一隻。
また一隻。
塗装が剥がれている。
補修跡。
甲板の一部が。
別の艦の部品で塞がれている。
さらに奥。
艦番号すら消えかけた船体。
その横には。
明らかに。
部品取りに使われている艦。
龍田の笑顔が。
少しだけ消えた。
「……天龍ちゃん」
「ああ」
天龍の声も低い。
これが。
人類の海軍。
五年間。
海へ出られなくなった。
海軍。
運転手が。
前を見たまま。
言った。
「今の我々の主な仕事は」
静かに。
「沿岸監視」
「避難支援」
「救難」
「そして」
「敵が沿岸へ近付いた際の警報です」
天龍が。
ゆっくり。
目を閉じた。
「戦うのは?」
運転手は。
答えない。
数秒。
そして。
「……戦えませんでした」
その声は。
とても静かだった。
「我々の攻撃は」
「効きませんから」
天龍の拳が。
膝の上で握られる。
「五年間」
運転手が続ける。
「撃っても」
「飛ばしても」
「潜っても」
「何をしても」
その先を。
言いかけて。
止める。
バックミラー。
暁たち。
だから。
言葉を変える。
「……勝てませんでした」
天龍と龍田は。
何も言わなかった。
「だから」
運転手が言う。
「今日」
「皆さんが」
少し。
声が震える。
「敵を退かせた時」
「我々も」
笑う。
少しだけ。
「どう喜んでいいのか」
「分からなかったんです」
天龍が見る。
「勝った経験が」
運転手は。
言った。
「ありませんでしたから」
しばらく。
車の中に。
音はなかった。
「……そっか」
暁が。
小さく呟いた。
天龍が見る。
暁は。
窓の外を見ていた。
どこまで。
理解したのかは。
分からない。
でも。
ほんの少し。
さっきまでの。
はしゃいだ顔ではなかった。
一方。
基地内部。
空気は。
まるで違っていた。
「誰を出す?」
会議室。
複数の将官。
幕僚。
情報担当。
医務担当。
政府連絡員。
全員の前に。
同じ資料。
六人の少女。
深海棲艦撃破。
複数。
市街地防衛成功。
敵集団撤退。
前例なし。
「情報本部の人間を先に出すべきです」
「いや」
「まず医官だ」
「子供が四人いる」
「だが二名は明らかに成人相当だ」
「武装状態を解除させるべきでは?」
「どうやって?」
その一言で。
会議室が静まる。
「こちらには」
別の幕僚が。
低い声で言う。
「あの装備の外し方すら分からない」
「そもそも」
「基地内部へ入れていいのか?」
「万一」
「敵対された場合」
「止められる保証はない」
全員。
分かっている。
六人は。
人類の味方。
少なくとも。
今日までは。
だが。
正体不明。
出自不明。
装備不明。
戦闘能力。
未知。
「だからこそ」
一人が言う。
「司令官が直接会うべきではありません」
全員の視線が。
部屋の奥へ向く。
そこに。
第十二章で。
人類初の勝利を宣言した。
海将がいた。
「……そうか」
静かな声。
「君たちの意見は」
「全て正しい」
部屋が。
少しざわめく。
海将は。
立ち上がった。
「危険だ」
「能力は未知」
「敵対した場合」
「我々には止められない可能性がある」
「私が出る必要も」
「本来なら」
「ない」
「でしたら」
幕僚の一人が言う。
「部下に対応させるべきです」
「だが」
海将が。
遮った。
「私は行く」
「海将!」
「お待ちください!」
「規則上――」
「指揮系統に万一があれば!」
複数の声。
海将は。
怒鳴らなかった。
ただ。
一人ずつ。
見る。
「君たちの言うことは」
もう一度。
「正しい」
そして。
「だからこそ」
「私が行く」
誰も。
意味が分からない。
海将は。
モニターを見る。
そこには。
あの戦闘映像。
暁。
響。
雷。
電。
天龍。
龍田。
「この六人は」
海将が言う。
「我々が」
「五年間」
「できなかったことをやった」
誰も。
何も言わない。
「街を守った」
「敵を退かせた」
「そして」
一度。
言葉を切る。
「我々に」
「勝利をくれた」
海将が。
帽子を手に取る。
「その者たちを」
「こちらから基地へ招いておいて」
「私は」
「安全な部屋から」
「報告だけを待つのか?」
沈黙。
「しかし」
幕僚が。
それでも言う。
「相手は」
「未知の武装存在です」
「万一――」
「四人は」
海将が。
言った。
「子供だ」
その一言で。
部屋の空気が変わった。
「私は見ていた」
海将の声が。
低くなる。
「泣きながら」
「戦っていた」
「怖がりながら」
「それでも」
「後ろの街を守るために」
「立ち続けていた」
誰も。
否定できない。
全員。
映像を見た。
「そして」
「後から来た二人は」
「その四人を守った」
海将は。
全員を見る。
「私は軍人だ」
「だから」
「彼女たちの力が」
「人類にとって」
「どれほど重要かも分かっている」
そこで。
少しだけ。
声を強くする。
「だからこそ」
「人間として扱う」
誰かが。
息を呑む。
「重要な戦力だから」
「大切にするのではない」
「我々を救った人間だから」
「礼を尽くす」
海将は。
帽子を被った。
「それだけだ」
誰も。
もう。
止められなかった。
その時。
通信担当が。
立ち上がる。
「報告!」
「六名を乗せた車両」
「まもなく正門へ到着します!」
海将が。
扉へ向かう。
「海将」
最後に。
一人の幕僚が。
呼び止める。
「本当に」
「ご自身で?」
海将は。
振り返らなかった。
「ああ」
そして。
扉を開く。
同じ頃。
車両。
「わぁ……!」
暁が。
また。
窓に張り付いた。
巨大な正門。
その向こう。
広がる基地。
「先生!」
天龍を見る。
「ここが海軍なの!?」
天龍は。
窓の外を見る。
動かない船。
傷付いた施設。
それでも。
立ち続けている人々。
少しだけ。
表情を変える。
「ああ」
そして。
「たぶんな」
車両が。
門をくぐる。
基地の奥。
一人の海将が。
六人を迎えるために。
歩き始めていた。
五年間。
海を守れなかった海軍。
そして。
今日。
初めて。
海を守った六人。
両者が。
もうすぐ。
向き合う。