海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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第十四章 海軍

車は、静かに街を離れていった。

 

窓の外には。

 

まだ戦いの痕跡が残っている。

 

砲撃で抉られた道路。

 

焼けた建物。

 

倒れた電柱。

 

そして。

 

その向こう。

 

少しずつ増えていく、自衛隊の車両。

 

「わぁ……!」

 

暁が窓に張り付いた。

 

「見て見て!」

 

「戦車?」

 

雷も身を乗り出す。

 

「違うよ」

 

響が言う。

 

「装甲車だと思う」

 

「そうなの?」

 

「たぶん」

 

「すごいのです……!」

 

電も目を輝かせている。

 

四人にとって。

 

外の世界は。

 

あまりにも広かった。

 

幼稚園。

 

避難所。

 

近所の公園。

 

たまに行く商店。

 

それが。

 

彼女たちの世界のほとんどだった。

 

だから。

 

道路脇に並ぶ大型車両も。

 

制服姿で行き交う隊員たちも。

 

遠くに見える巨大なアンテナも。

 

全部が珍しい。

 

「先生!」

 

暁が天龍を見る。

 

「あれ何!?」

 

「ん?」

 

窓の外。

 

大型のレーダー設備。

 

「……レーダーじゃねぇか?」

 

「れーだー?」

 

「遠くのものを見つけるやつだ」

 

「すごい!」

 

天龍は苦笑した。

 

隣では。

 

雷が龍田へ質問攻めだった。

 

「あっちは?」

 

「通信施設じゃないかしら~」

 

「じゃあ、あれ!」

 

「倉庫かな?」

 

「じゃああれは!?」

 

「雷ちゃん、元気ねぇ」

 

つい数時間前まで。

 

泣きながら戦っていた子供たち。

 

その姿を見れば。

 

少しだけ。

 

安心できる。

 

だが。

 

天龍と龍田は。

 

子供たちと同じ景色を。

 

同じようには見ていなかった。

 

「……龍田」

 

天龍が小さく呼ぶ。

 

「ええ」

 

龍田も気付いている。

 

おかしい。

 

車両はある。

 

施設もある。

 

人もいる。

 

だが。

 

少なすぎる。

 

巨大な基地へ向かっているはずなのに。

 

活気がない。

 

道路脇の格納庫。

 

扉が閉ざされたまま。

 

整備区画。

 

使われていない設備。

 

さらに進むと。

 

柵の向こうに。

 

古びた航空機が見えた。

 

一機。

 

二機。

 

だが。

 

飛ぶ気配はない。

 

天龍の眉が寄る。

 

「……なあ」

 

運転席へ声を掛ける。

 

「はい?」

 

運転手がバックミラー越しに答える。

 

「ここって」

 

少し間を置く。

 

「本当に海軍の基地なんだよな?」

 

車内が。

 

少しだけ静かになった。

 

運転手は。

 

すぐには答えなかった。

 

「……はい」

 

「そうか」

 

天龍は窓の外を見る。

 

そして。

 

「じゃあ」

 

ゆっくり。

 

「船は?」

 

運転手の手が。

 

ハンドルの上で僅かに止まった。

 

暁たちは。

 

まだ窓の外を見ている。

 

だから。

 

運転手は言葉を選んだ。

 

「……五年前の戦いで」

 

「多くを失いました」

 

天龍の目が細くなる。

 

「どれくらい?」

 

「……多くです」

 

それ以上は。

 

言わない。

 

言えない。

 

後ろに。

 

子供たちがいるから。

 

龍田が。

 

何も言わず。

 

運転手を見る。

 

表情だけで。

 

だいたい分かった。

 

「残ってる船は?」

 

天龍が聞く。

 

「あります」

 

「なら」

 

「海には出せません」

 

天龍が。

 

運転手を見る。

 

「……なんでだ?」

 

運転手は。

 

一瞬だけ。

 

バックミラー越しに。

 

暁たちを見る。

 

「戻ってこられない可能性が」

 

少し。

 

間を置く。

 

「高いからです」

 

車内が。

 

静かになる。

 

天龍は。

 

何も言えなかった。

 

「先生?」

 

暁が振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「……いや」

 

天龍は笑う。

 

「何でもねぇよ」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

暁は。

 

また窓の外へ戻った。

 

そして。

 

「ねえ!」

 

運転手へ。

 

「昔はもっとお船があったの?」

 

運転手の表情が。

 

固まった。

 

ほんの少し。

 

「……ああ」

 

優しく答える。

 

「たくさんあったよ」

 

「へぇー!」

 

暁の目が輝く。

 

「どこに行ったの?」

 

その瞬間。

 

運転手は。

 

答えられなかった。

 

龍田が。

 

静かに目を閉じる。

 

そして。

 

「暁ちゃん」

 

「なぁに?」

 

「あっち見てみて~」

 

窓の反対側を指差す。

 

「ほら、大きなアンテナ」

 

「ほんとだ!」

 

「すごーい!」

 

雷と電もそちらを見る。

 

響だけは。

 

少しだけ。

 

運転手の顔を見ていた。

 

何かを。

 

感じ取ったのかもしれない。

 

でも。

 

何も聞かなかった。

 

車はさらに進む。

 

やがて。

 

海が見えてきた。

 

基地。

 

巨大な岸壁。

 

クレーン。

 

倉庫。

 

整備施設。

 

そして。

 

船。

 

「わぁ……!」

 

四人が一斉に窓へ寄る。

 

「大きい!」

 

「本物のお船なのです!」

 

「近くで見るとすごいね」

 

響も。

 

少しだけ。

 

目を輝かせた。

 

けれど。

 

天龍と龍田は。

 

別のものを見ていた。

 

係留されている船。

 

動かない。

 

一隻。

 

また一隻。

 

塗装が剥がれている。

 

補修跡。

 

甲板の一部が。

 

別の艦の部品で塞がれている。

 

さらに奥。

 

艦番号すら消えかけた船体。

 

その横には。

 

明らかに。

 

部品取りに使われている艦。

 

龍田の笑顔が。

 

少しだけ消えた。

 

「……天龍ちゃん」

 

「ああ」

 

天龍の声も低い。

 

これが。

 

人類の海軍。

 

五年間。

 

海へ出られなくなった。

 

海軍。

 

運転手が。

 

前を見たまま。

 

言った。

 

「今の我々の主な仕事は」

 

静かに。

 

「沿岸監視」

 

「避難支援」

 

「救難」

 

「そして」

 

「敵が沿岸へ近付いた際の警報です」

 

天龍が。

 

ゆっくり。

 

目を閉じた。

 

「戦うのは?」

 

運転手は。

 

答えない。

 

数秒。

 

そして。

 

「……戦えませんでした」

 

その声は。

 

とても静かだった。

 

「我々の攻撃は」

 

「効きませんから」

 

天龍の拳が。

 

膝の上で握られる。

 

「五年間」

 

運転手が続ける。

 

「撃っても」

 

「飛ばしても」

 

「潜っても」

 

「何をしても」

 

その先を。

 

言いかけて。

 

止める。

 

バックミラー。

 

暁たち。

 

だから。

 

言葉を変える。

 

「……勝てませんでした」

 

天龍と龍田は。

 

何も言わなかった。

 

「だから」

 

運転手が言う。

 

「今日」

 

「皆さんが」

 

少し。

 

声が震える。

 

「敵を退かせた時」

 

「我々も」

 

笑う。

 

少しだけ。

 

「どう喜んでいいのか」

 

「分からなかったんです」

 

天龍が見る。

 

「勝った経験が」

 

運転手は。

 

言った。

 

「ありませんでしたから」

 

しばらく。

 

車の中に。

 

音はなかった。

 

「……そっか」

 

暁が。

 

小さく呟いた。

 

天龍が見る。

 

暁は。

 

窓の外を見ていた。

 

どこまで。

 

理解したのかは。

 

分からない。

 

でも。

 

ほんの少し。

 

さっきまでの。

 

はしゃいだ顔ではなかった。

 

一方。

 

基地内部。

 

空気は。

 

まるで違っていた。

 

「誰を出す?」

 

会議室。

 

複数の将官。

 

幕僚。

 

情報担当。

 

医務担当。

 

政府連絡員。

 

全員の前に。

 

同じ資料。

 

六人の少女。

 

深海棲艦撃破。

 

複数。

 

市街地防衛成功。

 

敵集団撤退。

 

前例なし。

 

「情報本部の人間を先に出すべきです」

 

「いや」

 

「まず医官だ」

 

「子供が四人いる」

 

「だが二名は明らかに成人相当だ」

 

「武装状態を解除させるべきでは?」

 

「どうやって?」

 

その一言で。

 

会議室が静まる。

 

「こちらには」

 

別の幕僚が。

 

低い声で言う。

 

「あの装備の外し方すら分からない」

 

「そもそも」

 

「基地内部へ入れていいのか?」

 

「万一」

 

「敵対された場合」

 

「止められる保証はない」

 

全員。

 

分かっている。

 

六人は。

 

人類の味方。

 

少なくとも。

 

今日までは。

 

だが。

 

正体不明。

 

出自不明。

 

装備不明。

 

戦闘能力。

 

未知。

 

「だからこそ」

 

一人が言う。

 

「司令官が直接会うべきではありません」

 

全員の視線が。

 

部屋の奥へ向く。

 

そこに。

 

第十二章で。

 

人類初の勝利を宣言した。

 

海将がいた。

 

「……そうか」

 

静かな声。

 

「君たちの意見は」

 

「全て正しい」

 

部屋が。

 

少しざわめく。

 

海将は。

 

立ち上がった。

 

「危険だ」

 

「能力は未知」

 

「敵対した場合」

 

「我々には止められない可能性がある」

 

「私が出る必要も」

 

「本来なら」

 

「ない」

 

「でしたら」

 

幕僚の一人が言う。

 

「部下に対応させるべきです」

 

「だが」

 

海将が。

 

遮った。

 

「私は行く」

 

「海将!」

 

「お待ちください!」

 

「規則上――」

 

「指揮系統に万一があれば!」

 

複数の声。

 

海将は。

 

怒鳴らなかった。

 

ただ。

 

一人ずつ。

 

見る。

 

「君たちの言うことは」

 

もう一度。

 

「正しい」

 

そして。

 

「だからこそ」

 

「私が行く」

 

誰も。

 

意味が分からない。

 

海将は。

 

モニターを見る。

 

そこには。

 

あの戦闘映像。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

天龍。

 

龍田。

 

「この六人は」

 

海将が言う。

 

「我々が」

 

「五年間」

 

「できなかったことをやった」

 

誰も。

 

何も言わない。

 

「街を守った」

 

「敵を退かせた」

 

「そして」

 

一度。

 

言葉を切る。

 

「我々に」

 

「勝利をくれた」

 

海将が。

 

帽子を手に取る。

 

「その者たちを」

 

「こちらから基地へ招いておいて」

 

「私は」

 

「安全な部屋から」

 

「報告だけを待つのか?」

 

沈黙。

 

「しかし」

 

幕僚が。

 

それでも言う。

 

「相手は」

 

「未知の武装存在です」

 

「万一――」

 

「四人は」

 

海将が。

 

言った。

 

「子供だ」

 

その一言で。

 

部屋の空気が変わった。

 

「私は見ていた」

 

海将の声が。

 

低くなる。

 

「泣きながら」

 

「戦っていた」

 

「怖がりながら」

 

「それでも」

 

「後ろの街を守るために」

 

「立ち続けていた」

 

誰も。

 

否定できない。

 

全員。

 

映像を見た。

 

「そして」

 

「後から来た二人は」

 

「その四人を守った」

 

海将は。

 

全員を見る。

 

「私は軍人だ」

 

「だから」

 

「彼女たちの力が」

 

「人類にとって」

 

「どれほど重要かも分かっている」

 

そこで。

 

少しだけ。

 

声を強くする。

 

「だからこそ」

 

「人間として扱う」

 

誰かが。

 

息を呑む。

 

「重要な戦力だから」

 

「大切にするのではない」

 

「我々を救った人間だから」

 

「礼を尽くす」

 

海将は。

 

帽子を被った。

 

「それだけだ」

 

誰も。

 

もう。

 

止められなかった。

 

その時。

 

通信担当が。

 

立ち上がる。

 

「報告!」

 

「六名を乗せた車両」

 

「まもなく正門へ到着します!」

 

海将が。

 

扉へ向かう。

 

「海将」

 

最後に。

 

一人の幕僚が。

 

呼び止める。

 

「本当に」

 

「ご自身で?」

 

海将は。

 

振り返らなかった。

 

「ああ」

 

そして。

 

扉を開く。

 

同じ頃。

 

車両。

 

「わぁ……!」

 

暁が。

 

また。

 

窓に張り付いた。

 

巨大な正門。

 

その向こう。

 

広がる基地。

 

「先生!」

 

天龍を見る。

 

「ここが海軍なの!?」

 

天龍は。

 

窓の外を見る。

 

動かない船。

 

傷付いた施設。

 

それでも。

 

立ち続けている人々。

 

少しだけ。

 

表情を変える。

 

「ああ」

 

そして。

 

「たぶんな」

 

車両が。

 

門をくぐる。

 

基地の奥。

 

一人の海将が。

 

六人を迎えるために。

 

歩き始めていた。

 

五年間。

 

海を守れなかった海軍。

 

そして。

 

今日。

 

初めて。

 

海を守った六人。

 

両者が。

 

もうすぐ。

 

向き合う。

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