車が。
止まった。
「着きました」
運転手の声。
暁が窓の外を見る。
「ここ?」
「ああ」
天龍も外を見る。
「みたいだな」
海上自衛隊基地。
その中枢。
大きな建物が。
六人の目の前にあった。
「おっきいのです……」
電が呟く。
「幼稚園よりずっと大きいわ!」
雷が言う。
「比べるものじゃないと思うよ」
響が冷静に返す。
「でも大きいじゃない!」
「それはそうだけど」
天龍が苦笑する。
龍田も。
「元気が戻ってきたみたいね~」
車の扉が開いた。
天龍が先に降りる。
周囲を見る。
武装した隊員。
何人もいる。
だが。
誰一人。
こちらへ銃口を向けていない。
第十三章で交わした約束。
それは。
守られている。
「大丈夫そうだ」
天龍が言う。
続いて。
龍田。
そして。
暁。
響。
雷。
電。
四人も。
地面へ降りる。
「……っ」
暁が少しよろめく。
「おっと」
天龍が支えた。
「無理すんな」
「大丈夫よ!」
「はいはい」
響も。
雷も。
電も。
疲れている。
治療は受けた。
包帯も巻かれた。
だが。
傷が消えたわけではない。
四人の身体は。
艦娘となったことで。
以前より大きく変化している。
見た目だけなら。
十代前半ほど。
幼稚園児だった頃よりも。
ずっと背は伸びていた。
だが。
その心まで。
同じだけ成長したわけではない。
窓へ張り付いて目を輝かせる姿。
天龍や龍田の服を掴む仕草。
知らない場所を前にした時の不安そうな目。
疲れを隠そうとして。
妙に意地を張るところ。
そこには。
まだ。
かつて園児だった頃の幼さが。
色濃く残っていた。
六人が。
玄関へ向かう。
その時だった。
ざわ。
「……?」
ざわざわ。
建物の中から。
声。
「何だ?」
天龍が足を止める。
すると。
玄関付近にいた隊員たちが。
突然。
動いた。
一人。
また一人。
左右へ。
綺麗に。
整列していく。
背筋を伸ばす。
空気が変わった。
「……龍田」
「ええ」
天龍と龍田が。
僅かに身構える。
だが。
敵意ではない。
むしろ。
緊張。
そして。
敬意。
隊員たちの間。
一人の男が。
歩いてきた。
年齢は。
六人より。
遥かに上。
制服。
制帽。
階級章。
天龍には。
それが何を意味するのか。
正確には分からない。
しかし。
周囲を見れば。
分かる。
「……偉い奴だな」
天龍が小声で言った。
「かなり、でしょうね~」
龍田も。
笑顔のまま。
男を見る。
暁が首を傾げる。
「偉い人なの?」
「たぶんな」
「どれくらい?」
雷が聞く。
「それを今聞こうとしてんだよ」
天龍が。
運転手を見る。
「なあ、あの人――」
そこで。
止まった。
「…………」
運転手の顔が。
引きつっていた。
「おい?」
運転手は。
答えなかった。
いや。
答える余裕が。
なかった。
慌てて姿勢を正す。
そして。
敬礼。
「海将!」
「…………」
天龍。
停止。
龍田も。
笑顔が。
一瞬だけ止まった。
「…………は?」
対して。
「かいしょう?」
暁。
「何?」
雷。
「……分からない」
響。
「偉い人なのです?」
電。
四人。
きょとん。
天龍が。
四人を見る。
そして。
もう一度。
男を見る。
「……すっごいどころじゃねぇよ」
「そうなの?」
「たぶん、この基地で俺たちが最初に会うような相手じゃねぇ」
龍田も。
少し困ったように笑った。
「お出迎えにしては、豪華すぎますねぇ」
海将は。
運転手の前で止まった。
「君が」
静かな声。
「六名をここまで?」
「はっ!」
運転手の背筋が。
さらに伸びる。
「所属と階級、氏名を」
「はっ!」
運転手が答える。
海将は。
一度。
頷いた。
「そうか」
そして。
「ご苦労だった」
「…………!」
運転手の目が。
僅かに見開かれる。
「い、いえ!」
「自分は任務を遂行しただけであります!」
「それでもだ」
海将は。
六人を見る。
「彼女たちを」
「ここまで無事に連れてきてくれた」
もう一度。
運転手を見る。
「ありがとう」
「…………っ」
運転手の喉が。
動いた。
自分より。
遥か上。
普段なら。
言葉を交わす機会すら。
ほとんどない人物。
その人物から。
直接。
ありがとう。
「……恐縮です!」
精一杯。
それだけ。
答えた。
だが。
疑問が。
残っている。
何故。
何故。
この人が。
ここにいる?
そして。
つい。
「海将」
「ん?」
「何故……こちらへ?」
言った瞬間。
しまった。
「……失礼しました!」
運転手が。
すぐに頭を下げる。
だが。
海将は怒らなかった。
「構わない」
そして。
六人を見る。
天龍と龍田。
そして。
その後ろ。
四人の少女。
外見だけなら。
十代前半ほどに見える。
だが。
知らない軍人たちに囲まれ。
天龍と龍田から離れようとしない姿には。
外見以上の幼さがあった。
海将は。
その様子を見て。
答えた。
「大勢で迎えれば」
「怖がらせるかもしれないと思ってね」
「…………」
運転手が。
四人を見る。
確かに。
この四人は。
人類初の。
深海棲艦撃破者。
だが。
同時に。
まだ。
あまりにも幼い。
「ここからは」
海将が言った。
「私が案内する」
「……海将ご自身がですか!?」
思わず。
声が大きくなる。
「そうだ」
「でしたら!」
運転手が。
反射的に。
「自分も同行いたします!」
海将は。
少しだけ。
目を細めた。
「いや」
「しかし――」
「十分だ」
穏やかな声。
だが。
拒絶ではない。
「君は」
「もう十分に役目を果たしてくれた」
「…………」
「休んでくれ」
「ですが」
運転手は。
六人を見る。
「万一の際には――」
「問題ない」
海将は。
即答した。
そして。
六人を見る。
「それに」
少しだけ。
口元を緩めた。
「これ以上」
「人類の英雄を」
「玄関先で待たせるわけにもいかんだろう」
「…………」
運転手は。
何も言えなくなった。
やがて。
「……はっ」
敬礼。
海将も。
小さく頷いた。
そして。
海将は。
六人の前へ。
歩いてきた。
天龍が。
僅かに前へ出る。
龍田も。
その横へ。
自然と。
二人が。
四人の前へ立つ形になった。
海将は。
それを見た。
だが。
何も言わない。
数歩手前。
止まる。
「初めまして」
天龍が。
男を見る。
「海上自衛隊」
海将が。
自らの氏名を名乗る。
そして。
「階級は、海将です」
「…………」
天龍は。
やはり。
少しだけ。
顔を引きつらせた。
本当に。
海将。
龍田も。
小声で。
「天龍ちゃん」
「ああ」
「思ってたよりずっと偉い人ですねぇ」
「俺も今それ考えてた」
「?」
暁たちは。
相変わらず。
よく分かっていない。
海将は。
六人へ。
敬礼しようとした。
右手が。
上がる。
だが。
途中で。
止まった。
目の前。
天龍。
龍田。
そして。
その後ろ。
包帯を巻いた。
四人の少女。
十代前半ほどに見える身体。
だが。
その身体に残る傷は。
あまりにも痛々しい。
これは。
違う。
海将は。
そう思った。
彼女たちは。
部下ではない。
同僚でもない。
軍人ですら。
ない。
それなのに。
自分たちの代わりに。
戦った。
上げかけた手を。
下ろす。
そして。
海将は。
六人へ。
深く。
頭を下げた。
「この街を」
静かな声。
「守ってくれたこと」
六人が。
目を見開く。
「海上自衛官としてではなく」
「一人の日本人として」
さらに。
深く。
「心から感謝します」
そして。
「ありがとう」
沈黙。
天龍は。
海将を見ていた。
いや。
頭を下げている。
海将を。
基地へ来るまで。
天龍には。
一つ。
心配があった。
軍。
国家。
上層部。
自分たちの力を知れば。
どうする?
「その武器を渡せ」
「我々の指揮下に入れ」
「命令に従え」
そう言われる可能性。
考えなかったわけではない。
それだけなら。
まだいい。
だが。
もし。
四人に。
そんな言葉を。
投げつけるなら。
その時は。
「……天龍ちゃん」
龍田が。
小さく呼ぶ。
天龍は。
龍田を見る。
龍田も。
同じことを考えていたのだろう。
そして。
二人とも。
同じ結論になった。
少なくとも。
目の前の男は。
違う。
海将が。
顔を上げる。
天龍は。
少しだけ。
肩の力を抜いた。
「……天龍だ」
海将が見る。
「天龍改二――」
そこで。
止まる。
「…………」
天龍。
少し考える。
「いや」
頭を掻く。
「天龍でいい」
龍田が。
くすくす笑う。
「龍田です~」
そして。
「私も龍田でお願いしますね」
海将は。
一瞬だけ。
「改二」という言葉に。
何かを感じた。
だが。
今は聞かない。
「天龍さん」
「龍田さん」
「よろしくお願いします」
「ああ」
「よろしくお願いしますね~」
そして。
天龍が。
後ろを見る。
四人。
天龍と龍田の後ろから。
海将を見ている。
「ほら」
「?」
「お前らも」
「え?」
「自己紹介」
四人が。
顔を見合わせる。
そして。
「あっ!」
何かを思い出したように。
動いた。
一列。
暁。
響。
雷。
電。
綺麗に。
横一列。
「…………」
天龍が。
目を瞬いた。
龍田も。
何故だろう。
その並び方が。
妙に。
自然に見えた。
暁が。
一歩。
前へ。
胸を張る。
「暁よ!」
そして。
「一人前のレディーとして扱ってよね!」
次。
「響だよ」
静かに。
「よろしく」
雷。
「雷よ!」
笑顔。
「困ったことがあったら、私を頼ってね!」
そして。
電。
少し緊張しながら。
「電なのです」
ぺこり。
「よろしくお願いしますなのです」
「…………」
天龍が。
四人を見る。
胸の奥。
何かが。
疼いた。
知らない。
この四人とは。
今日。
出会った。
そのはず。
なのに。
――前にも。
こんなふうに。
四人が並んでいるところを。
見たことがあるような。
「天龍ちゃん?」
龍田を見る。
龍田も。
四人を見ていた。
笑っている。
でも。
その目は。
少しだけ。
遠い。
「……なんでもねぇ」
「そう」
龍田も。
それ以上は言わなかった。
海将は。
四人を見た。
暁。
響。
雷。
電。
映像では。
何度も見た。
海の上を走る姿。
砲を撃つ姿。
敵を沈める姿。
泣く姿。
倒れる姿。
それでも。
立ち上がる姿。
だが。
目の前で見ると。
また違う。
見た目は。
十代前半ほどの少女たち。
決して。
幼児の姿ではない。
だが。
それでも。
軍人には見えなかった。
あまりにも。
幼い。
そして。
身体のあちこちには。
包帯。
傷。
疲労。
海将の目が。
四人の姿へ向く。
一瞬。
表情が。
険しくなりかける。
だが。
暁が。
不安そうに。
こちらを見ている。
海将は。
気付いた。
そして。
すぐに。
表情を改める。
怒りでも。
憐れみでもない。
柔らかな。
大人の顔へ。
ゆっくり。
しゃがむ。
四人と。
同じ高さまで。
「暁君」
「はい!」
「響君」
「うん」
「雷君」
「なに?」
「電君」
「はいなのです」
海将は。
四人を。
一人ずつ。
見た。
「君たちが」
「頑張ってくれたから」
少し。
声を詰まらせそうになる。
だが。
続ける。
「今日」
「この街で」
「たくさんの人が」
「家へ帰ることができる」
四人の表情が。
変わる。
「怖かっただろう」
「…………」
暁が。
俯く。
響も。
雷も。
電も。
怖かった。
本当に。
怖かった。
「それでも」
海将は言う。
「逃げずに」
「守ってくれた」
そして。
「ありがとう」
大きな手。
それが。
暁の頭へ。
優しく。
ぽん。
「…………!」
暁の目が。
大きくなる。
響。
雷。
電。
一人ずつ。
優しく。
頭を撫でる。
「本当に」
「ありがとう」
暁の目に。
何かが。
溜まる。
「…………」
泣かない。
街の人から。
ありがとうと言われた。
軍人さんからも。
ありがとうと言われた。
そして。
よく分からないけれど。
ものすごく偉いらしい人からも。
ありがとう。
「……っ」
でも。
泣きたくない。
だって。
暁は。
一人前の。
レディーだから。
くるっ。
「?」
海将が。
目を瞬く。
暁が。
天龍の後ろへ。
隠れた。
「おい?」
天龍が振り返る。
「どうした?」
「……なんでもないわ」
「いや」
「なんでもないの!」
声。
少し。
震えている。
すると。
雷も。
「わ、私もなんでもないわ!」
龍田の後ろへ。
電も。
「電も……大丈夫なのです……」
龍田の服を。
ぎゅっ。
響は。
少しだけ。
海将を見て。
「……ありがとう」
小さく言って。
天龍の後ろへ。
結局。
四人全員。
天龍と龍田の後ろ。
「…………」
天龍は。
自分の服を掴んでいる。
暁を見る。
響を見る。
龍田を見る。
龍田の服にも。
雷と電。
そして。
また。
あの感覚。
懐かしい。
知らないはずなのに。
この四人が。
自分たちの後ろへ隠れる。
この感覚を。
自分は。
知っている。
龍田が。
電の頭へ。
そっと。
手を置いた。
その動きも。
考えてやったものではなかった。
自然に。
身体が。
そうした。
「…………」
海将は。
その六人を。
黙って見ていた。
何か。
普通ではない。
だが。
今は。
まだ。
分からない。
天龍が。
海将を見る。
「悪いな」
「いや」
海将は。
立ち上がる。
「私の方こそ」
「少し緊張させてしまったようだ」
「いや……」
天龍が。
暁を見る。
「たぶん」
少し笑う。
「逆だ」
「?」
「まあ、いい」
天龍が言った。
「ここでいつまでも立ってんのも」
「こいつらにはキツい」
海将の表情が。
すぐに変わる。
「すまない」
「こちらの配慮が足りなかった」
「いやいや」
天龍が慌てる。
「そこまで謝んなくていいって」
龍田が笑う。
「それじゃあ」
「中へ案内していただけますか?」
「もちろん」
海将が。
建物を見る。
「こちらへ」
六人は。
歩き始めた。
基地内部。
廊下。
「わぁ……」
暁が。
きょろきょろ。
「広いのです」
電も。
「迷子になりそうね」
雷。
「雷ならなると思う」
響。
「ならないわよ!」
少し前まで。
泣きそうだったのに。
もう。
いつもの四人。
天龍と龍田が。
後ろから見守る。
その前を。
海将が歩く。
すれ違う隊員。
全員。
海将を見る。
そして。
その後ろの。
六人を見る。
驚き。
好奇心。
敬意。
様々な視線。
だが。
誰も。
近づいてこない。
海将が。
自ら案内している。
それだけで。
今は。
近づくべきではない。
そう。
全員が理解していた。
やがて。
一つの扉。
海将が開ける。
「どうぞ」
六人が。
中へ。
「…………」
暁たちの目が。
輝いた。
「すごい!」
広い部屋。
大きな机。
棚。
地図。
そして。
応接用の。
大きなソファ。
雷が。
ソファを見る。
「座っていいの?」
「もちろん」
海将が答える。
雷。
そっと。
座る。
ぼふっ。
「わっ!」
身体が。
沈む。
「ふかふか!」
「本当なのです!」
電も。
座る。
ぼふ。
「わぁ……」
響も。
静かに座る。
「……これは」
少しだけ。
「いいね」
そして。
暁。
「ふ、ふん!」
胸を張る。
「レディーはこういう椅子には慣れてるのよ!」
天龍。
「絶対初めてだろ」
「なっ!」
「顔に書いてあるぞ」
「書いてないわよ!」
龍田が。
笑う。
「ふふふ」
そして。
海将も。
ほんの少し。
笑った。
戦場では。
見ることのできなかった。
少女たちの姿。
外見だけなら。
十代前半。
けれど。
その無邪気な反応には。
どうしても。
もっと幼い子供のような。
何かが見え隠れしていた。
海将は。
それを。
まだ。
言葉にはできなかった。
六人が。
ソファへ座る。
天龍と龍田。
その間と隣に。
四人。
自然と。
家族のような。
並び方になった。
海将も。
向かい側。
ただし。
大きな机の向こうではなく。
同じ応接用のソファへ。
腰を下ろした。
一度。
深く。
息を吐く。
「改めて」
六人を見る。
「今日は」
「本当にありがとう」
天龍が。
少し困ったように。
「もう何回目だよ」
「何度でも言わせてくれ」
海将は。
少し笑った。
「五年間」
一瞬。
声が止まる。
「言いたくても」
「言える相手がいなかった言葉だからな」
天龍は。
何も言えなくなった。
龍田も。
笑顔を少しだけ。
弱める。
そして。
海将の表情が。
変わった。
優しさは。
残っている。
だが。
軍人の顔。
「さて」
六人も。
それを感じた。
暁たちも。
少しだけ。
姿勢を正す。
海将は。
ゆっくりと。
口を開いた。
「君たちのことを」
「聞かせてもらっても」
「いいだろうか」
六人が。
顔を見合わせる。
天龍。
龍田。
暁。
響。
雷。
電。
そして。
天龍が。
海将を見る。
「……何から聞きたい?」
海将は。
少しだけ。
考えた。
聞きたいことは。
山ほどある。
あの武装は。
何なのか。
何故。
深海棲艦を。
傷つけられるのか。
何故。
海の上を。
走れるのか。
どこから来た。
誰が作った。
何のために。
だが。
その全てより。
先に。
聞かなければならない。
ことがある。
海将は。
六人を見る。
そして。
人類が。
初めて。
彼女たちへ。
その問いを。
投げかけた。
「君たちは――」
一拍。
「何者なんだ?」