海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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第十六章 真実

「君たちは――何者なんだ?」

 

海将の問いに。

 

六人は。

 

すぐには答えなかった。

 

天龍が。

 

龍田を見る。

 

龍田も。

 

天龍を見る。

 

そして。

 

二人とも。

 

困ったような顔をした。

 

「……それ」

 

天龍が口を開く。

 

「こっちが聞きてぇくらいなんだよ」

 

海将が。

 

僅かに眉を動かした。

 

「分からない?」

 

「ああ」

 

天龍は。

 

自分の身体を見る。

 

腕。

 

脚。

 

服。

 

そして。

 

身体に備わった。

 

異形の兵装。

 

「俺が天龍って名前なのは分かる」

 

「これの使い方も」

 

艤装へ目を向ける。

 

「何となく分かる」

 

「海の上を走れるのも」

 

「深海棲艦を撃てば倒せるのも」

 

「身体が知ってるって感じだ」

 

海将は。

 

黙って聞いている。

 

「でも」

 

天龍は。

 

頭を掻いた。

 

「なんで俺がこんな姿なのか」

 

「そもそも」

 

「俺が何になったのか」

 

苦笑する。

 

「さっぱり分からねぇ」

 

「私も同じですよ~」

 

龍田が続ける。

 

いつもの。

 

柔らかな声。

 

だが。

 

表情には。

 

僅かな困惑があった。

 

「ですので」

 

「お話しできるのは」

 

「こうなるまでに何があったのか」

 

「それくらいですねぇ」

 

海将が。

 

僅かに身体を前へ傾けた。

 

「聞かせてもらえるだろうか」

 

「もちろん」

 

天龍が答える。

 

そして。

 

少しだけ。

 

考える。

 

どこから。

 

話すべきか。

 

「俺たちは」

 

ゆっくり。

 

「元々」

 

「幼稚園の先生だった」

 

海将の目が。

 

僅かに見開かれた。

 

「幼稚園?」

 

「ああ」

 

天龍が。

 

龍田を見る。

 

「俺と」

 

「こいつ」

 

龍田が笑う。

 

「二人で働いていたみたいですね~」

 

「……みたい?」

 

海将が。

 

その言葉を拾った。

 

天龍の表情が。

 

少し曇る。

 

「ああ」

 

「そこが妙なんだ」

 

自分が。

 

幼稚園の教師だったことは。

 

覚えている。

 

子供の世話をしていた。

 

毎朝。

 

園舎へ行った。

 

遊具。

 

教室。

 

絵本。

 

給食。

 

そういう。

 

断片的な記憶は。

 

ある。

 

なのに。

 

何かが。

 

欠けている。

 

「今日」

 

天龍が続ける。

 

「警報が鳴った」

 

「深海棲艦が」

 

「街を攻撃し始めた」

 

海将の表情が。

 

引き締まる。

 

「それで」

 

「俺たちは……」

 

天龍が。

 

額へ手を当てる。

 

「逃げた」

 

「子供たちを連れて」

 

そこで。

 

声が。

 

少し止まった。

 

子供たち。

 

確かに。

 

そうだった。

 

自分たちは。

 

園児を連れて。

 

逃げていた。

 

なのに。

 

誰だった?

 

何人だった?

 

顔は?

 

名前は?

 

何も。

 

出てこない。

 

「天龍ちゃん?」

 

龍田が。

 

僅かに心配そうに見る。

 

「……いや」

 

天龍が続ける。

 

「途中で」

 

「砲撃が来た」

 

音。

 

衝撃。

 

眩しい光。

 

「そこから先は」

 

「よく覚えてねぇ」

 

「私もです」

 

龍田が。

 

自分の身体へ。

 

そっと触れる。

 

「気が付いたら」

 

「避難所で治療を受けていました」

 

海将が。

 

静かに尋ねる。

 

「お二人とも?」

 

「ああ」

 

「重傷だったそうです」

 

龍田が。

 

少し笑う。

 

「どうやら」

 

「かなり酷かったみたいですねぇ」

 

その言葉に。

 

暁たち四人が。

 

僅かに。

 

身体を震わせた。

 

まだ。

 

誰も。

 

気付いていない。

 

「その後だ」

 

天龍が続ける。

 

「避難所で」

 

「テレビを見た」

 

「そこに」

 

天龍の目が。

 

四人へ向く。

 

「こいつらが映ってた」

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

「知らない子供だった」

 

「……はずなんだ」

 

天龍の声が。

 

僅かに。

 

低くなる。

 

「なのに」

 

暁たちが。

 

戦っている。

 

泣いている。

 

傷ついている。

 

それでも。

 

立っている。

 

「見た瞬間」

 

「涙が出てきた」

 

海将が。

 

天龍を見る。

 

「理由は?」

 

「分からねぇ」

 

即答。

 

「胸が」

 

「苦しくて」

 

「どうしても」

 

「助けに行かなきゃって思った」

 

龍田も。

 

静かに頷く。

 

「私も」

 

「同じでした」

 

二人は。

 

病院を出た。

 

海へ。

 

理由も分からず。

 

ただ。

 

あの四人を。

 

助けなければならない。

 

それだけで。

 

「そこで」

 

天龍の顔が。

 

少し。

 

何とも言えないものになる。

 

「……会った」

 

「誰に?」

 

海将が聞く。

 

天龍と龍田が。

 

顔を見合わせる。

 

「……妖精」

 

沈黙。

 

海将。

 

無言。

 

天龍。

 

無言。

 

龍田だけが。

 

いつものように。

 

微笑んでいる。

 

数秒。

 

海将が。

 

ようやく。

 

口を開いた。

 

「……申し訳ない」

 

「今」

 

「何と?」

 

天龍が。

 

少し顔をしかめる。

 

「だから」

 

「妖精だ」

 

再び。

 

沈黙。

 

海将は。

 

目を閉じた。

 

深海棲艦。

 

人類の兵器を受け付けない怪物。

 

海を走る少女。

 

その身体に備わる。

 

艦艇のような兵装。

 

既に。

 

五年前の自分なら。

 

鼻で笑ったであろう現実を。

 

いくつも経験した。

 

だから。

 

妖精。

 

その単語だけを。

 

荒唐無稽だと。

 

切り捨てることは。

 

できない。

 

それでも。

 

「……妖精」

 

もう一度。

 

確認する。

 

「お伽噺に出てくる」

 

「小さな人の姿をした」

 

「あの妖精か?」

 

「そう」

 

天龍が言った。

 

「俺も」

 

「他にどう説明したらいいか分からねぇ」

 

龍田も。

 

頷く。

 

「小さくて」

 

「空に浮いていて」

 

「人の言葉を話しましたよ~」

 

海将が。

 

眉間を押さえる。

 

「……もう少し」

 

「何か」

 

「軍事的な名称は」

 

「ないのだろうか」

 

「ねぇよ」

 

天龍が。

 

即答した。

 

海将は。

 

小さく息を吐いた。

 

「……そうか」

 

「そいつが」

 

天龍が続ける。

 

「俺たちに」

 

「契約を持ち掛けた」

 

海将の目が。

 

変わる。

 

「契約?」

 

「ああ」

 

「力をやるって」

 

「深海棲艦と戦える力を」

 

「こいつらを助けられる力を」

 

「条件は?」

 

海将が聞く。

 

その瞬間。

 

天龍と龍田の表情が。

 

僅かに。

 

曇った。

 

「それは――」

 

天龍が。

 

言おうとして。

 

止まった。

 

「……ん?」

 

何か。

 

気付いた。

 

四人。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

さっきまで。

 

静かに話を聞いていた。

 

その四人が。

 

泣いていた。

 

「……え?」

 

天龍の顔から。

 

血の気が引く。

 

「お、おい」

 

「どうした?」

 

龍田も。

 

四人を見る。

 

「暁ちゃん?」

 

「響ちゃん?」

 

「雷ちゃん?」

 

「電ちゃん?」

 

ぽろぽろ。

 

涙。

 

四人とも。

 

声を出さず。

 

泣いていた。

 

海将も。

 

驚く。

 

「どうした?」

 

暁が。

 

震える唇を。

 

開いた。

 

「……せんせい」

 

時間が。

 

止まった。

 

天龍。

 

龍田。

 

二人とも。

 

動かない。

 

「……何?」

 

天龍が。

 

掠れた声を出す。

 

「先生……!」

 

暁が。

 

立ち上がった。

 

そして。

 

天龍へ。

 

抱きついた。

 

「先生ぇ……!」

 

「暁?」

 

次。

 

響。

 

天龍の服を。

 

掴む。

 

「先生」

 

静かな声。

 

でも。

 

涙で。

 

ぐしゃぐしゃだった。

 

雷と電は。

 

龍田へ。

 

「先生!」

 

「先生なのですぅ……!」

 

二人へ。

 

四人が。

 

しがみつく。

 

「ちょ」

 

天龍が。

 

完全に。

 

混乱する。

 

「待て!」

 

「待ってくれ!」

 

龍田も。

 

いつもの笑顔を。

 

保てなかった。

 

「あなたたち……」

 

「どういう……?」

 

「先生なの!」

 

暁が叫ぶ。

 

「暁たちの先生!」

 

天龍の目が。

 

見開かれる。

 

「俺が?」

 

「うん!」

 

「龍田も?」

 

「そうなのです!」

 

「…………」

 

天龍は。

 

何も言えない。

 

知らない。

 

この子たちを。

 

覚えていない。

 

でも。

 

胸が。

 

痛い。

 

痛くて。

 

苦しくて。

 

それなのに。

 

懐かしくて。

 

「……待てよ」

 

天龍が。

 

小さく呟いた。

 

「俺」

 

「幼稚園の先生だったんだよな?」

 

龍田が。

 

ゆっくり。

 

頷く。

 

「……ええ」

 

「じゃあ」

 

天龍の声が。

 

震え始める。

 

「なんで」

 

四人を見る。

 

「園児の顔を」

 

「一人も」

 

「思い出せねぇんだ?」

 

部屋が。

 

静まり返った。

 

海将の表情も。

 

変わる。

 

確かに。

 

おかしい。

 

職業を覚えている。

 

幼稚園で働いていたことを。

 

覚えている。

 

仕事の内容も。

 

園舎のことも。

 

覚えている。

 

なのに。

 

そこにいたはずの子供だけが。

 

一人も。

 

存在しない。

 

「……あなたたち」

 

龍田が。

 

四人を見る。

 

声が。

 

震える。

 

「本当に」

 

「私たちの園児だったの?」

 

四人。

 

全員が。

 

頷いた。

 

「うん」

 

「先生だった」

 

「毎日一緒だったの」

 

「遊んでくれたのです」

 

その瞬間。

 

天龍の頬を。

 

何かが。

 

流れた。

 

「……は?」

 

手で。

 

触れる。

 

涙。

 

「何で……」

 

一滴。

 

また。

 

一滴。

 

止まらない。

 

「何で俺……」

 

龍田も。

 

泣いていた。

 

笑っていない。

 

ただ。

 

涙が。

 

止まらない。

 

「覚えてないのに……」

 

龍田が。

 

呟く。

 

「何にも」

 

「覚えてないのに……」

 

四人を。

 

抱き締める。

 

「どうして」

 

「こんなに」

 

「懐かしいの……」

 

天龍も。

 

暁と響を。

 

強く。

 

抱き締めた。

 

「ごめん」

 

何故。

 

謝ったのか。

 

分からない。

 

「ごめんな……」

 

暁が。

 

首を振る。

 

「いいの!」

 

「先生が生きてるから!」

 

「それでいいの!」

 

「…………っ」

 

天龍の涙が。

 

さらに。

 

溢れる。

 

海将は。

 

何も言えなかった。

 

目の前で。

 

六人が。

 

泣いている。

 

演技。

 

そう言われれば。

 

否定する材料など。

 

ない。

 

だが。

 

どう見ても。

 

演技には。

 

見えなかった。

 

天龍と龍田の。

 

困惑。

 

四人の。

 

喜び。

 

そして。

 

記憶にはないはずの相手を。

 

抱き締めて。

 

泣き続ける二人。

 

海将は。

 

天龍が語った。

 

妖精。

 

契約。

 

その全てを。

 

少しずつ。

 

現実として。

 

受け入れ始めていた。

 

だが。

 

一つ。

 

どうしても。

 

引っ掛かる。

 

四人を見る。

 

外見。

 

どう見ても。

 

十代前半。

 

幼稚園。

 

園児。

 

合わない。

 

「いや」

 

海将が。

 

心の中で。

 

否定する。

 

何かの。

 

勘違いだ。

 

四人が。

 

元園児?

 

そんなはずがない。

 

それなら。

 

この子たちは。

 

何歳だ?

 

――待て。

 

海将の思考が。

 

止まる。

 

今まで。

 

見てきた。

 

頭を撫でれば。

 

泣きそうになって。

 

天龍の後ろへ隠れた。

 

知らない場所では。

 

二人から。

 

離れようとしない。

 

言葉遣い。

 

考え方。

 

反応。

 

外見と。

 

噛み合っていない。

 

まるで。

 

「……幼稚園児」

 

海将の顔から。

 

血の気が。

 

引いた。

 

嘘だ。

 

違ってくれ。

 

間違いであってくれ。

 

海将は。

 

まだ抱き合っている。

 

六人へ。

 

ゆっくり。

 

声を掛けた。

 

「……天龍さん」

 

天龍が。

 

涙を拭いながら。

 

顔を上げる。

 

「悪い」

 

「少し」

 

「四人に質問しても」

 

「いいだろうか」

 

天龍は。

 

海将の表情を見る。

 

「……ああ」

 

龍田も。

 

四人から。

 

少しだけ身体を離す。

 

海将は。

 

暁を見る。

 

「暁君」

 

「なに?」

 

「君は」

 

言葉が。

 

出ない。

 

だが。

 

聞かなければ。

 

「何歳なんだ?」

 

暁が。

 

首を傾げる。

 

何故そんなことを。

 

聞くのか。

 

分からない。

 

だから。

 

普通に。

 

答えた。

 

「五歳よ?」

 

海将の。

 

呼吸が。

 

止まった。

 

「響君は?」

 

「五歳」

 

「雷君」

 

「五歳よ!」

 

最後。

 

「電君は……?」

 

「四歳なのです」

 

「…………」

 

海将は。

 

動かなかった。

 

十代前半に見える。

 

四人。

 

五歳。

 

五歳。

 

五歳。

 

四歳。

 

海将は。

 

ゆっくり。

 

顔を覆った。

 

「……海将?」

 

天龍が。

 

心配そうに見る。

 

海将は。

 

答えなかった。

 

頭の中。

 

ただ。

 

一つの言葉だけが。

 

繰り返される。

 

ふざけるな。

 

神でも。

 

仏でも。

 

妖精でも。

 

何でもいい。

 

何故。

 

こんな子供に。

 

戦わせた。

 

何故。

 

四歳と五歳の子供に。

 

人類が。

 

五年間。

 

できなかったことを。

 

やらせた。

 

「……少し」

 

ようやく。

 

海将が言った。

 

「少しだけ」

 

「時間をくれ」

 

六人は。

 

何も言わなかった。

 

海将は。

 

顔を覆ったまま。

 

俯いている。

 

暁が。

 

不安そうに。

 

天龍を見る。

 

「暁たち」

 

「何か悪いこと言った?」

 

「違う」

 

天龍が。

 

すぐに答える。

 

「お前らは」

 

「何も悪くねぇ」

 

海将の肩が。

 

僅かに。

 

動いた。

 

その言葉が。

 

胸に。

 

痛かった。

 

数分。

 

誰も。

 

話さなかった。

 

そして。

 

海将は。

 

ゆっくり。

 

顔を上げた。

 

目元。

 

僅かに。

 

赤い。

 

「すまなかった」

 

六人を見る。

 

「そして」

 

「待ってくれてありがとう」

 

「大丈夫か?」

 

天龍が聞く。

 

「……大丈夫ではない」

 

海将は。

 

苦笑した。

 

「だが」

 

「話を続けよう」

 

そして。

 

四人を見る。

 

「君たちが」

 

「今の姿になった時のことを」

 

「最初から」

 

「話してもらえるだろうか」

 

四人が。

 

顔を見合わせる。

 

暁が。

 

ゆっくり。

 

話し始めた。

 

「警報が鳴ったの」

 

「先生が」

 

「逃げるよって」

 

雷が続ける。

 

「みんなで逃げてたの」

 

響。

 

「途中で」

 

「先生が」

 

「伏せろって言った」

 

電の表情が。

 

曇る。

 

「すごい音がしたのです……」

 

天龍。

 

龍田。

 

二人の表情も。

 

変わる。

 

「それで」

 

暁が。

 

自分の膝を。

 

握る。

 

「起きたら」

 

「周りの家が」

 

「いっぱい壊れてて」

 

「先生たちが」

 

声が。

 

震える。

 

「血だらけで」

 

「倒れてたの……」

 

天龍が。

 

目を閉じる。

 

龍田も。

 

四人へ。

 

そっと。

 

寄り添う。

 

「先生が死んじゃうって思った」

 

雷が言う。

 

「どうすればいいか」

 

響が。

 

「分からなかった」

 

「それで」

 

電。

 

「泣いていたら」

 

「妖精さんが来たのです」

 

海将は。

 

何も言わない。

 

もう。

 

妖精。

 

という単語を。

 

笑う気には。

 

なれなかった。

 

「妖精さんが」

 

暁。

 

「先生を助けられるって」

 

「それから」

 

雷。

 

「街のみんなも」

 

「守れるようになるって!」

 

「だから」

 

暁が。

 

天龍を見る。

 

「先生が助かるなら」

 

「やるって言ったの」

 

天龍の顔が。

 

歪む。

 

龍田も。

 

また。

 

泣きそうになる。

 

四人が。

 

自分たちを。

 

助けるために。

 

契約した。

 

それが。

 

確定した。

 

天龍が。

 

四人を。

 

再び。

 

抱き寄せる。

 

「……馬鹿」

 

声が。

 

優しい。

 

「そんなの」

 

「自分の方を」

 

「大事にしろよ……」

 

「でも」

 

暁が言う。

 

「先生がいなくなるの」

 

「嫌だったもん」

 

「…………っ」

 

天龍は。

 

もう。

 

何も言えなかった。

 

海将が。

 

静かに。

 

口を開く。

 

「先ほど」

 

「天龍さんも」

 

「契約と言った」

 

「君たちも」

 

「同じなんだね?」

 

四人。

 

頷く。

 

「その」

 

海将が。

 

慎重に。

 

言葉を選ぶ。

 

「契約には」

 

「何か」

 

「条件があったのか?」

 

空気が。

 

変わった。

 

天龍。

 

龍田。

 

二人の表情が。

 

一気に。

 

沈む。

 

海将は。

 

それだけで。

 

嫌な予感がした。

 

暁が。

 

答える。

 

「代償があるって」

 

「……代償?」

 

「うん」

 

暁は。

 

まるで。

 

妖精から。

 

聞いたことを。

 

思い出すように。

 

言う。

 

「今までの暁たちのことを」

 

「みんなが忘れちゃうの」

 

海将の眉が。

 

動く。

 

「……忘れる?」

 

響が。

 

補足する。

 

「お父さんも」

 

「お母さんも」

 

「友達も」

 

「先生も」

 

「私たちが」

 

「誰だったのか」

 

「分からなくなる」

 

海将の顔から。

 

表情が。

 

消えた。

 

「それだけ?」

 

聞いてしまった。

 

そんなはずが。

 

ない。

 

だが。

 

少しでも。

 

軽い答えを。

 

期待した。

 

電が。

 

小さく。

 

首を振る。

 

「記録も」

 

「なくなるって」

 

「写真も」

 

雷が。

 

少し寂しそうに。

 

「みんなの思い出からも」

 

そして。

 

暁。

 

「前の暁たちは」

 

「世界から」

 

「いなくなっちゃうんだって」

 

沈黙。

 

海将は。

 

四人を見る。

 

嘘だ。

 

そんな馬鹿なことが。

 

だが。

 

天龍を見る。

 

龍田を見る。

 

二人とも。

 

泣いていた。

 

目の前の。

 

自分たちの園児を。

 

覚えていない。

 

それなのに。

 

抱き締めて。

 

涙を流している。

 

答えは。

 

もう。

 

出ていた。

 

「……本当なのか」

 

海将が。

 

天龍と龍田へ。

 

尋ねる。

 

天龍は。

 

何も言わず。

 

頷いた。

 

龍田も。

 

静かに。

 

「ええ」

 

海将の中で。

 

何かが。

 

落ちた。

 

こんな力を。

 

人類は。

 

五年間。

 

求め続けた。

 

深海棲艦を。

 

倒す力。

 

世界中の。

 

研究者が。

 

軍人が。

 

政治家が。

 

祈るように。

 

欲し続けた。

 

それが。

 

今。

 

目の前にある。

 

だが。

 

その代価は。

 

人生。

 

家族。

 

名前。

 

存在。

 

全て。

 

「……どうやって」

 

海将が。

 

小さく呟く。

 

「こんなことを」

 

「世界に」

 

「説明すればいい……」

 

誰に。

 

伝える?

 

政府。

 

国民。

 

世界。

 

人類を救う力を。

 

手に入れた。

 

ただし。

 

使う者は。

 

自分という存在を。

 

世界から。

 

失わなければならない。

 

そんなものを。

 

希望と。

 

呼べるのか?

 

その時。

 

海将の。

 

心の奥。

 

ふと。

 

何かが。

 

囁いた。

 

――だが。

 

――払えば。

 

海将の目が。

 

僅かに。

 

見開かれる。

 

――その代償を。

 

――払えば。

 

――自分も。

 

――深海棲艦を。

 

――倒せるのではないか。

 

「……っ!」

 

海将は。

 

瞬時に。

 

その考えを。

 

振り払った。

 

何を。

 

考えている。

 

目の前に。

 

四歳と五歳の子供が。

 

その代償を。

 

払った結果として。

 

いる。

 

天龍と龍田も。

 

自分たちの人生を。

 

失った。

 

それを。

 

力として。

 

欲しがった?

 

自分は。

 

何を。

 

考えた?

 

海将は。

 

奥歯を。

 

噛み締める。

 

だが。

 

一度。

 

浮かんだ考えは。

 

消えなかった。

 

人類には。

 

この力が。

 

必要だ。

 

その事実だけは。

 

あまりにも。

 

残酷なほど。

 

明白だった。

 

「……今日は」

 

海将が。

 

ゆっくり。

 

言った。

 

「ここまでにしよう」

 

六人が。

 

海将を見る。

 

「え?」

 

暁が。

 

首を傾げる。

 

海将は。

 

表情を。

 

柔らかくした。

 

「君たちは」

 

「今日」

 

「あまりにも多くのことをした」

 

「戦って」

 

「傷ついて」

 

「ここまで来て」

 

「そして」

 

「話してくれた」

 

「これ以上は」

 

「明日にしよう」

 

天龍が。

 

海将を見る。

 

その表情から。

 

何か。

 

考えていることは。

 

分かる。

 

だが。

 

今は。

 

聞かない。

 

「そうだな」

 

龍田も。

 

「そうしましょうか~」

 

海将が。

 

四人を見る。

 

「今日は」

 

「この基地に泊まっていくといい」

 

暁の目が。

 

少し。

 

明るくなる。

 

「ここに泊まるの?」

 

「ああ」

 

雷が。

 

「ご飯もある?」

 

海将が。

 

少し笑う。

 

「もちろん」

 

電。

 

「お風呂もあるのです?」

 

「あるよ」

 

響が。

 

ソファへ。

 

少し沈みながら。

 

「……眠い」

 

天龍が。

 

苦笑する。

 

「そりゃそうだろ」

 

龍田が。

 

響の頭を。

 

撫でる。

 

「今日は」

 

「ゆっくり休みましょうね~」

 

その場の。

 

張り詰めた空気が。

 

ようやく。

 

少しだけ。

 

緩んだ。

 

やっと。

 

休める。

 

海将も。

 

そう。

 

思った。

 

その時。

 

バン!!

 

扉が。

 

勢いよく。

 

開いた。

 

全員が。

 

振り返る。

 

一人の自衛官。

 

息を切らして。

 

立っている。

 

「海将!」

 

海将の表情が。

 

瞬時に。

 

軍人へ戻る。

 

「何事だ」

 

部下は。

 

六人がいることに。

 

気付き。

 

一瞬。

 

言葉を止めた。

 

だが。

 

すぐに。

 

「失礼しました!」

 

そして。

 

「緊急事態です!」

 

天龍と龍田が。

 

顔を上げる。

 

暁たちも。

 

不安そうに。

 

部下を見る。

 

海将が。

 

静かに。

 

尋ねた。

 

「何が起きた」

 

部下が。

 

答える。

 

「深海棲艦の行動に――」

 

一度。

 

息を呑み。

 

「大きな変化が確認されました」

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