誰も。
動かなかった。
巨大なモニターには。
今も。
世界各地の映像が。
映し出されている。
燃える街。
崩れた建物。
空を飛ぶ。
黒い機影。
逃げ惑う人々。
そして。
それを止めようとして。
次々と。
撃ち落とされていく。
人類の戦闘機。
「空まで……」
誰かが呟いた。
「取られるのか……?」
その言葉に。
答える者は。
いなかった。
答えなど。
必要なかった。
モニターに映る光景。
それこそが。
答えだった。
五年前。
人類は。
海を失った。
そして今。
空まで。
失おうとしている。
「…………」
海将は。
何も言わない。
握り締めた拳。
爪が食い込み。
血が。
ぽたり。
床へ。
落ちる。
どうする。
何ができる。
航空戦力。
通用せず。
対空兵器。
通用せず。
海上には。
イ級。
その奥には。
軽母ヌ級。
そして。
それらは。
世界中にいる。
六人。
たった。
六人。
どうしろというのだ。
「……ねえ」
小さな声。
海将が。
顔を上げる。
暁だった。
「どうした?」
暁は。
モニターを。
見ていた。
その顔には。
不安。
恐怖。
そして。
一つの。
疑問。
「暁たちの街は?」
海将の表情が。
止まる。
「……街?」
「うん」
暁が。
頷く。
「あの街」
「どうなったの?」
雷も。
前へ出る。
「そうよ!」
「あのおばあちゃんたちは?」
電も。
不安そうに。
「避難所のみんなは」
「無事なのです?」
響は。
何も言わない。
ただ。
海将を見る。
「…………」
海将は。
答えられなかった。
見せるべきではない。
最初に。
そう思った。
世界中の都市が。
この有様だ。
あの街だけ。
無事である保証など。
どこにもない。
いや。
むしろ。
あの街は。
深海棲艦にとって。
特別な場所になってしまった。
人類史上。
初めて。
深海棲艦が。
撃退された場所。
そこで。
六人の。
未知の戦力が。
確認された。
もし。
敵が。
それを認識していたなら。
「暁君」
海将が。
慎重に。
言葉を選ぶ。
「今は」
「見ない方が――」
そこで。
止まった。
暁の目。
怖がっている。
見たくない。
本当は。
そうなのだろう。
それでも。
逃げていない。
海将は。
目を閉じた。
この子たちは。
もう。
知らないままで。
守られることだけを。
望んでいる子供ではない。
いや。
子供だからこそ。
知りたいのだ。
自分たちが。
命懸けで守ったものが。
どうなったのか。
「……分かった」
海将が。
部下を見る。
「現地映像を」
「海将」
部下が。
一瞬。
躊躇する。
「出してくれ」
「……了解」
操作。
検索。
回線接続。
海将は。
その数秒。
祈っていた。
神でも。
仏でも。
先ほど聞いた。
妖精でも。
何でもいい。
せめて。
あの街だけは。
この子たちが。
命を懸けて。
守った街だけは。
どうか。
「映像」
「出ます」
モニター。
切り替わる。
そして。
海将の願いは。
届かなかった。
「…………」
炎。
画面を。
覆っていた。
建物。
崩壊。
道路。
寸断。
電柱。
倒壊。
車。
炎上。
黒煙が。
街全体から。
空へ。
昇っている。
先ほど見た。
世界の主要都市。
それ以上に。
徹底的に。
破壊されていた。
「……そんな」
雷の声。
「嘘……」
暁が。
一歩。
モニターへ。
近づく。
「だって……」
自分たちは。
守った。
傷だらけになった。
怖かった。
泣いた。
それでも。
戦った。
イ級を。
追い返した。
先生たちも。
来てくれた。
六人で。
守った。
なのに。
街は。
燃えている。
まるで。
お前たちが。
何をしようと。
無駄だ。
そう。
言われているようだった。
「……っ」
天龍の。
拳が。
震える。
龍田から。
笑顔が。
消えていた。
「こいつら……」
天龍の。
歯が。
軋む。
「ふざけやがって……」
その時。
映像が。
別角度へ。
切り替わった。
そして。
四人が。
同時に。
息を呑んだ。
「あ……」
そこに。
あった。
いや。
あったもの。
小さな。
園舎。
遊具。
門。
庭。
四人が。
毎日。
過ごした。
幼稚園。
その場所が。
燃えていた。
屋根。
崩落。
壁。
吹き飛んでいる。
園庭。
爆発で。
抉れている。
滑り台。
黒く。
焼け焦げていた。
「…………」
暁の目から。
涙が。
落ちた。
「ようちえん……」
電の声が。
震える。
「なくなっちゃったのです……」
雷が。
唇を。
噛む。
響は。
じっと。
見ている。
だが。
その頬。
涙が。
一筋。
流れていた。
天龍。
龍田。
二人は。
何も。
思い出せない。
それでも。
分かる。
ここだった。
自分たちは。
ここで。
この子たちと。
過ごしていた。
何も。
覚えていない。
なのに。
胸の奥。
何かが。
焼けるように。
痛い。
「……畜生」
天龍の顔。
怒り。
悲しみ。
「そこまで」
「やる必要が」
「どこにあった……!」
龍田も。
燃える園舎を。
じっと。
見つめていた。
目。
今まで。
誰にも見せなかったほど。
冷たい。
「……許せないわね」
小さな。
一言。
それだけだった。
しかし。
その場にいた者。
誰もが。
龍田の怒りを。
理解した。
そして。
映像。
再び。
切り替わる。
避難所。
地下施設。
薄暗い。
大勢の。
人々。
泣く子供。
寄り添う家族。
負傷者。
その中。
一人。
老婆。
両手を。
合わせている。
目を閉じ。
祈っている。
「あ」
暁が。
涙を。
拭う。
「おばあちゃん……」
天龍が。
暁を見る。
「知ってんのか?」
「うん」
暁が。
モニターを。
指差す。
「お礼」
「言ってくれたの」
「暁たちが」
「街を守ってくれて」
「ありがとうって」
老婆。
何かを。
祈っている。
声は。
聞こえない。
でも。
暁には。
何となく。
分かった。
お願い。
助けて。
そんな。
祈り。
暁が。
自分の涙を。
腕で。
拭いた。
一回。
二回。
乱暴に。
拭う。
「……暁?」
天龍が。
見る。
暁は。
泣くのを。
やめようとしていた。
止まらない。
それでも。
拭う。
「響」
「うん」
響も。
涙を。
拭く。
「雷」
「……分かってるわ」
雷も。
「電」
「はいなのです」
電も。
泣きながら。
頷いた。
そして。
四人が。
立ち上がった。
「……おい」
天龍の。
嫌な予感。
暁たちは。
出口へ。
歩き始める。
「待て」
四人。
止まる。
天龍が。
立ち上がる。
「どこ行くつもりだ」
暁が。
振り返る。
「海」
「駄目だ」
即答。
暁の目が。
見開く。
「絶対に駄目だ」
天龍が。
四人の前へ。
「お前ら」
「自分の身体」
「見てみろ」
服。
破れている。
傷。
いくつも。
疲労。
立っているだけでも。
辛い。
「もう十分だ」
天龍の声。
強い。
「お前らは」
「十分すぎるくらい」
「戦った」
「だから」
「もう行くな」
龍田も。
四人を見る。
「今度は」
「私たち大人に」
「任せてください」
その言葉に。
暁が。
天龍を見る。
「でも」
「でもじゃねぇ」
「先生」
「駄目だ」
「先生!」
暁の。
大きな声。
天龍が。
止まる。
暁。
震えていた。
足。
手。
声。
全部。
「怖いよ……」
小さな。
声。
「暁だって」
「怖い……」
「また」
「痛いの」
「嫌だよ……」
涙。
また。
溢れる。
「海に行くの」
「怖いよ……」
天龍は。
何も。
言えない。
「でも……!」
暁が。
モニター。
老婆。
そこを。
指差す。
「あのおばあちゃん」
「死んじゃうかもしれない」
「街のみんなも」
「助けてって」
「思ってるかもしれない」
雷が。
暁の横へ。
「私たち」
「この姿になった時」
「お願いしたの」
「先生を助けたいって」
「みんなも」
「守りたいって」
響も。
「私たちにしか」
「できないなら」
一度。
怖そうに。
息を呑む。
「行かなきゃ」
電。
涙を。
流しながら。
「怖いからって」
「ここにいたら」
「みんなが」
「死んじゃうのです……」
「そんなの」
「嫌なのです……!」
天龍。
龍田。
二人とも。
言葉を。
失った。
四歳。
五歳。
まだ。
幼稚園へ。
通っていた。
子供たち。
怖くないはずがない。
勇敢だから。
平気なのではない。
怖い。
逃げたい。
痛い。
それでも。
自分で。
考えて。
自分で。
決めて。
誰かを。
助けたいと。
立っている。
天龍の。
表情が。
歪んだ。
教師なら。
止めるべきだ。
絶対に。
行かせるべきではない。
なのに。
胸の奥に。
別の感情が。
生まれてしまった。
誇らしい。
こんな時に。
そんなことを。
思ってしまった。
「……ったく」
天龍が。
顔を。
伏せる。
「本当に」
「馬鹿なガキどもだよ」
暁が。
少し。
むっとする。
「馬鹿じゃないわよ……」
「馬鹿だよ」
天龍が。
暁の頭へ。
手を置いた。
「こんなボロボロで」
「また戦おうなんて」
「大馬鹿だ」
そして。
笑った。
「だから」
天龍が。
四人の横へ。
並ぶ。
「大馬鹿な園児だけで」
「行かせられるかよ」
暁の。
目が。
大きくなる。
「先生……?」
「俺も行く」
龍田も。
反対側へ。
「私もですよ~」
「龍田先生……」
龍田が。
四人を見る。
優しい。
笑顔。
でも。
その目には。
覚悟。
「先生というものは」
「園児だけを危ない場所へ行かせて」
「自分は安全な場所で待っている」
「そんな仕事ではないでしょう?」
天龍が。
笑う。
「そういうことだ」
六人。
出口へ。
歩き出す。
「待て!」
海将。
六人が。
止まる。
「どこへ行く」
「決まってんだろ」
天龍。
「ヌ級を」
「ぶっ倒しに行く」
「無茶だ!」
海将の。
声。
「敵は」
「イ級だけではない!」
「ヌ級!」
「艦載機!」
「世界各地に」
「同時出現している!」
六人。
黙って。
聞く。
「君たちは」
「既に消耗している!」
「六人で」
「どうする!」
「海からはイ級!」
「空からは敵航空機!」
「辿り着く前に」
「殺されるぞ!」
暁が。
びくりと。
震えた。
死。
その言葉。
怖い。
雷が。
暁の手を。
握る。
響が。
電の手を。
握る。
それでも。
誰も。
戻らない。
海将が。
天龍を見る。
「君たちまで」
「死ぬ必要はない!」
「ここに残れ!」
天龍が。
振り返る。
「じゃあ」
「ここにいれば」
「助かるのか?」
海将。
言葉に。
詰まる。
「ヌ級の艦載機は」
「ここまで来た」
天龍が。
崩れた指令室を。
見る。
「次も」
「地下が持つ保証は?」
「…………」
「ねぇだろ」
天龍は。
四人を見る。
「こいつらは」
「四歳と五歳だ」
「怖ぇって」
「泣いてる」
「それでも」
海将を見る。
「まだ」
「諦めてねぇ」
海将の。
目が。
揺れる。
「だったら」
天龍が。
拳を。
握る。
「俺が」
「先に諦められるかよ」
「ここで待ってたって」
「あいつらが来りゃ」
「死ぬ」
「だったら」
一歩。
前へ。
「最後まで」
「足掻いてやる」
「足掻いて」
また。
一歩。
「足掻いて」
もう一歩。
「足掻き抜いてやる」
指令室。
誰も。
言葉を。
挟めない。
「人間ってのは」
「そういうもんだろ」
天龍が。
笑う。
「奇跡ってのはな」
「最後まで諦めず」
「覚悟決めた奴のところに」
「来るもんだろ」
龍田が。
隣で。
静かに。
笑った。
「少なくとも」
「諦めて」
「ただ待っている人のところには」
「来てくれないでしょうねぇ」
「…………」
海将は。
六人を見る。
四人。
震えている。
天龍。
龍田。
二人も。
勝てるなどとは。
思っていない。
それでも。
行く。
何故。
誰かを。
守りたいから。
その瞬間。
海将の。
脳裏。
少し前に。
自分が考えたことが。
蘇った。
――その代償を払えば。
――自分も。
――深海棲艦を。
――倒せるのではないか。
「…………」
海将は。
ゆっくり。
目を閉じた。
恥ずかしかった。
自分は。
力を。
見ていた。
深海棲艦を。
倒せる力。
人類が。
欲し続けた。
力。
だが。
違った。
この六人は。
力が欲しくて。
契約したのではない。
暁たちは。
先生を。
助けたかった。
天龍と龍田は。
四人を。
助けたかった。
力など。
結果に。
過ぎない。
彼女たちが。
選んだもの。
それは。
自分自身より。
誰かを。
大切にすること。
そのために。
自分の。
存在すら。
差し出した。
なのに。
自分は。
その結果だけを見て。
欲しいと。
思った。
「……私は」
海将が。
呟く。
六人が。
振り返る。
「海将?」
「私は」
海将が。
顔を上げる。
「随分と」
「浅はかだったらしい」
天龍が。
眉を寄せる。
「何の話だ?」
「いや」
海将が。
小さく。
首を振る。
「こちらの話だ」
そして。
六人を。
見る。
その目。
さっきまでとは。
違う。
「天龍さん」
「何だ?」
「先ほど」
「奇跡と言ったな」
「ああ」
「最後まで」
「諦めなければ」
「奇跡が訪れると」
天龍が。
少し。
照れ臭そうに。
「まあな」
海将が。
ほんの僅かに。
笑った。
「なら」
「私も」
「足掻いてみよう」
天龍の。
表情が。
変わる。
「……何?」
海将は。
モニターを見る。
世界。
炎。
ヌ級。
艦載機。
イ級。
そして。
目の前。
六人。
六人。
少なすぎる。
だが。
もし。
六人で。
なければ。
もし。
「……一つ」
海将が。
言った。
「ある」
幕僚たちが。
海将を見る。
「何がです?」
「この状況を」
「覆せる」
一度。
言葉を。
止める。
「可能性が」
指令室。
空気が。
変わる。
天龍が。
海将へ。
近づく。
「作戦が」
「あるのか?」
「いや」
即答。
「作戦などと」
「呼べるものではない」
「成功率は?」
龍田が聞く。
「分からない」
「再現性は?」
「ない」
「根拠は?」
「ほぼ」
「ない」
「おい」
天龍が。
顔をしかめる。
「それのどこが」
「起死回生なんだよ」
「だから」
海将が。
六人を見る。
「作戦ではない」
「賭けだ」
そして。
少し。
考え。
「いや」
自嘲するように。
「賭けですらないな」
「願掛けに近い」
暁が。
首を傾げる。
「お願いするの?」
その言葉。
海将が。
暁を見る。
「……そうだ」
そして。
気付く。
作戦。
ではない。
命令。
でもない。
自分には。
命令する権利など。
ない。
この選択だけは。
誰にも。
強制してはならない。
だから。
「お願いだ」
海将が。
四人を見る。
暁。
響。
雷。
電。
「君たちに」
一度。
深く。
息を吸う。
「お願いしたいことがある」
天龍の。
表情が。
変わる。
龍田も。
海将を見る。
「この国の」
「いや」
海将が。
世界地図へ。
目を向ける。
炎上する。
世界。
「世界中の」
「人間に」
「君たちのことを」
「伝えたい」
暁が。
目を丸くする。
「暁たちの?」
「ああ」
「君たちが」
「誰だったのか」
「何が起きたのか」
「どうやって」
「その力を得たのか」
そして。
海将の声が。
重くなる。
「何を」
「失ったのか」
六人。
表情が。
変わる。
「全部だ」
海将は。
言った。
「世界中へ」
「全部」
「伝える」
天龍が。
息を呑む。
「まさか」
海将は。
頷かない。
否定もしない。
ただ。
四人へ。
頭を。
下げた。
「そのために」
「君たち四人の」
「力を」
違う。
海将は。
言い直す。
「協力を」
また。
違う。
海将は。
首を振った。
そして。
深く。
頭を下げる。
「お願いしたい」
四人は。
驚いて。
海将を見る。
「お願い?」
「ああ」
海将が。
顔を上げる。
その目には。
覚悟が。
あった。
「世界中の人間に」
「妖精へ」
「願ってもらう」
「…………」
六人。
誰も。
言葉を。
発さなかった。
数秒。
天龍が。
ようやく。
口を開いた。
「……は?」
炎上する世界を前に。
人類は。
とうとう。
作戦ですらないものへ。
希望を。
託そうとしていた。