船舶失踪事件の発生から三か月。
世界中で消息を絶った船は百七十隻を超えていた。
貨物船。
タンカー。
漁船。
そして哨戒機。
原因は不明。
共通点は海上で突然消えることだけだった。
各国政府は当初、事故やテロの可能性を疑った。
だが件数が増えるにつれ、その見解は維持できなくなっていく。
六月中旬。
ついに各国海軍が本格的な調査作戦へ乗り出した。
東京。
防衛省。
大型スクリーンには太平洋の地図が映し出されている。
失踪地点を示す赤い印は、日本近海だけでも数十か所に及んでいた。
「依然として残骸は発見されず」
統合幕僚監部の報告が続く。
「海底地形にも異常なし」
会議室に重い空気が流れた。
誰もが理解している。
これは通常の海難事故ではない。
海上自衛隊は護衛艦隊と哨戒機を投入し、フィリピン海周辺の調査を開始した。
失踪事件の多発海域。
そこに何かがいる。
そう考えるのが自然だった。
しかし。
何も見つからない。
レーダーは正常。
ソナーも異常なし。
海は静かだった。
静かすぎるほどに。
同じ頃。
横須賀を出港した護衛艦隊は失踪海域へ到達していた。
艦橋で海を見つめる艦長が呟く。
「本当に何かいるのか?」
青空。
穏やかな波。
水平線の彼方まで続く静かな海。
とても百隻以上の船が消えた場所には見えない。
「ソナー異常ありません」
「レーダー異常ありません」
報告が続く。
だがその時だった。
「艦長!」
ソナー員が突然叫んだ。
「深度三百メートル付近に反応!」
艦橋の空気が凍る。
「潜水艦か?」
「不明です!」
反応は異常だった。
速い。
速すぎる。
時速百キロを超える速度で海中を移動している。
潜水艦ではあり得ない。
魚雷ですらない。
反応は数秒で探知範囲から消えた。
誰も言葉を発しなかった。
それが何なのか。
誰にも分からなかったからだ。
一方。
ハワイの真珠湾。
アメリカ海軍太平洋艦隊司令部。
失踪事件はアメリカにとっても深刻な問題だった。
太平洋航路は世界経済の大動脈である。
その安全が揺らげば国家そのものが影響を受ける。
「日本近海だけではない」
提督はスクリーンを指した。
赤い点が太平洋全域に広がっている。
「アラスカ沖」
「ミッドウェー周辺」
「フィリピン海」
「南太平洋」
すべて同じ現象。
船だけが消える。
「何者かが活動している」
提督の言葉に誰も反論しなかった。
問題は、その何者かが見つからないことだった。
アメリカ海軍は最新鋭の駆逐艦と攻撃型原子力潜水艦を投入。
大規模な調査作戦を開始した。
世界最強の海軍。
誰もが原因解明は時間の問題だと思っていた。
数日後。
太平洋中央部。
アメリカ海軍駆逐艦『ジョン・ポール・ジョーンズ』。
夜。
艦内に警報が鳴り響いた。
「ソナーコンタクト!」
「方位一九〇!」
「高速接近!」
当直士官が顔を上げる。
「潜水艦か!?」
「違います!」
オペレーターの声が震えていた。
「速度百二十ノット以上!」
艦橋が静まり返る。
百二十ノット。
時速二百キロ以上。
そんな速度で移動する潜水艦は存在しない。
「識別しろ!」
「できません!」
その瞬間。
反応が消えた。
誰もが息を呑む。
逃げたのか。
そう思った次の瞬間だった。
「艦底直下!」
艦橋に悲鳴のような声が響く。
反応が突然、艦の真下へ現れた。
あり得ない。
まるで海中を瞬間移動したかのようだった。
そして――
反応は再び消えた。
完全に。
跡形もなく。
翌朝。
調査結果は各国へ共有された。
日本。
アメリカ。
中国。
そしてその他の海軍も同様の報告を受けていた。
共通する内容は一つ。
海中に何かがいる。
だが誰も正体を確認できていない。
衛星も。
レーダーも。
ソナーも。
その全貌を捉えられない。
未知の存在。
未知の脅威。
海軍関係者たちはようやく気付き始めていた。
彼らが追っているのは海賊でもテロ組織でもない。
人類がこれまで遭遇したことのない何かであることを。
そして七月。
その正体を最初に目撃する者が現れる。
それは後に人類史を変えることになる最初の接触だった。