地下は。
暗かった。
世界中で。
人々が。
地下へ。
逃げ込んでいた。
地下鉄。
防空壕。
地下駐車場。
軍事施設。
政府庁舎の地下。
そして。
民間の。
避難シェルター。
地上では。
空襲。
炎。
爆発。
黒煙。
空。
無数の。
黒い機影。
海を奪った怪物たちが。
今度は。
空から。
人類を。
殺しに来ている。
「お願い……」
ある地下シェルター。
一人の女性が。
両手を。
握り締めている。
「お願いだから……」
その横。
泣き疲れた。
子供。
「死にたくない……」
「まだ……」
別の場所。
負傷した男。
腹部。
包帯。
その隣。
必死に。
止血する。
看護師。
「圧迫を続けて!」
「離さないで!」
床。
血。
別の国。
地下駅。
人々。
ぎゅうぎゅうに。
押し込められている。
警報。
泣き声。
祈り。
「神様……」
「助けて……」
「誰でもいい……」
「お願いだから……」
人類は。
五年前。
海を失った。
それでも。
陸に。
逃げることは。
できた。
だが。
今。
空も。
安全ではない。
逃げ場が。
なくなりつつあった。
その時。
世界中の。
避難施設で。
備え付けの。
大型テレビ。
モニター。
緊急放送用端末。
それらが。
一斉に。
切り替わった。
ノイズ。
そして。
一人の。
日本人。
軍服。
制帽。
疲れ切った顔。
それでも。
真っ直ぐ。
カメラを。
見ている。
世界各国では。
同時通訳。
字幕。
翻訳音声。
そして。
男が。
口を開いた。
『突然の放送を』
『お許しいただきたい』
世界中の人々が。
画面を見る。
『私は』
『日本国』
『海上自衛隊』
男は。
自らの氏名と。
階級を。
名乗った。
『海将です』
ある国では。
意味が。
すぐには。
分からなかった。
しかし。
軍人。
高級将校。
少なくとも。
普通の人間ではない。
それだけは。
伝わった。
『現在』
『我々人類は』
『極めて重大な危機にあります』
画面。
切り替わる。
軽母ヌ級。
その口から。
飛び立つ。
無数の。
艦載機。
都市。
爆撃。
撃墜される。
人類の戦闘機。
人々が。
息を呑む。
『五年前』
海将の声。
『我々は』
『海を失いました』
『そして今』
一拍。
『空も』
『奪われようとしています』
地下シェルター。
誰も。
声を出さない。
『このままでは』
『海だけではありません』
『空も』
『都市も』
『我々の生活も』
『すべて』
『深海棲艦に』
『奪われます』
絶望。
それは。
既に。
誰もが。
理解していた。
そして。
海将が。
言った。
『ですが』
人々が。
顔を上げる。
『この状況を』
『覆せるかもしれない』
『可能性が』
『一つだけあります』
ざわ。
世界中。
同じ。
ざわめき。
『その前に』
『皆さんへ』
『紹介したい人たちがいます』
海将が。
画面の外へ。
視線を向ける。
そして。
暁。
響。
雷。
電。
四人が。
映った。
世界中の人々が。
目を。
見開く。
あの四人。
人類史上。
初めて。
深海棲艦を。
撃沈した。
少女たち。
映像で。
誰もが。
見た。
傷だらけで。
泣きながら。
それでも。
戦った。
暁が。
緊張した顔で。
カメラを見る。
「……こんにちは」
世界。
静か。
「暁よ」
少しだけ。
胸を張る。
「一人前のレディーなの」
雷が。
その横から。
「雷よ!」
「響」
「電なのです」
四人。
並ぶ。
その姿。
見た目だけなら。
十代前半。
だが。
何か。
幼い。
海将が。
隣で。
見守っている。
『この四人は』
『今日』
『我々に』
『初めて勝利をもたらした人たちです』
『そして』
海将。
言葉を。
選ぶ。
『彼女たちには』
『世界へ』
『伝えてもらわなければならない』
『ことがあります』
暁が。
天龍を。
見る。
画面の外。
天龍が。
小さく。
頷く。
龍田も。
微笑む。
暁が。
再び。
カメラを見る。
「暁たちはね」
一度。
言葉を。
止める。
「前は」
「この姿じゃなかったの」
世界中。
何人かが。
首を傾げる。
「幼稚園に」
「行ってたの」
ざわめき。
あるシェルター。
母親が。
自分の子供を。
抱き寄せる。
暁。
続ける。
「四人で」
「先生と」
「一緒だったの」
雷が。
「でも」
「深海棲艦が」
「街を攻撃して」
「先生たちが」
「怪我したの」
響。
静かに。
「死んじゃうかもしれなかった」
電。
目を伏せる。
「だから」
「助けてほしいって」
「思ったのです」
そこで。
暁が。
少し。
困った顔。
「そしたら」
「妖精さんが」
世界中。
一瞬。
止まった。
妖精。
ある軍人。
目を。
見開く。
ある科学者。
眉を。
しかめる。
ある父親。
「……妖精?」
小さく。
呟く。
暁は。
気にせず。
続ける。
「先生を」
「助ける方法があるって」
「それから」
「街のみんなを」
「守れるようになるって」
雷。
「だから」
「お願いしたの!」
「先生を」
「助けてって!」
響。
「それが」
「契約だった」
世界。
静か。
海将。
暁たちを。
見る。
ここから。
が。
本当の。
問題。
暁が。
少しだけ。
不安そうに。
「でもね」
「代わりに」
「なくなるものが」
「あるの」
あるシェルター。
誰かが。
息を。
呑む。
響が。
言う。
「お父さんも」
「お母さんも」
「先生も」
「私たちのことを」
「忘れる」
世界中。
空気が。
変わる。
「……何?」
誰か。
電。
続ける。
「写真も」
「記録も」
「今まで」
「電たちが」
「そこにいたことも」
「なくなるのです」
雷。
少しだけ。
寂しそうに。
「誰も」
「私たちのこと」
「覚えてないの」
暁が。
最後に。
言った。
「前の暁たちは」
「世界から」
「いなくなっちゃうの」
沈黙。
世界。
完全な。
沈黙。
嘘。
そう。
思いたい。
嘘で。
あってほしい。
そんな。
力が。
あるはず。
ない。
そんな。
代償。
あるはずが。
ない。
しかし。
画面。
海将へ。
戻る。
『今』
海将が。
言った。
『この四人が』
『話したことは』
一度。
目を閉じる。
『全て』
『事実です』
世界中。
ざわめき。
『私自身』
『最初は』
『信じられませんでした』
『妖精』
『契約』
『存在の消失』
『どれも』
『到底』
『現実とは思えない』
『ですが』
海将が。
少し。
画面の外を。
見る。
そこには。
天龍。
龍田。
二人。
暁たち。
その肩へ。
手を置いている。
『彼女たちを』
『知っていたはずの人間は』
『彼女たちを』
『覚えていません』
『それでも』
『理由もなく』
『彼女たちを見て』
『涙を流しました』
『そして』
『今日』
『私たちは』
『その代償が』
『本当に存在するものだと』
『確認しました』
世界中。
誰も。
簡単には。
飲み込めない。
海将が。
カメラを。
真っ直ぐ。
見る。
『そして』
『ここからが』
『私から』
『皆さんへの』
『お願いです』
世界。
息を。
止める。
『彼女たちは』
『深海棲艦を』
『傷つけることができます』
『我々には』
『できません』
『ミサイルも』
『魚雷も』
『航空攻撃も』
『通用しなかった』
『ですが』
『彼女たちの攻撃は』
『通じました』
『そして』
『その力は』
『人類が作ったものではない』
海将。
一拍。
『妖精と呼ばれる存在との』
『契約によって』
『与えられたものです』
世界中。
人々が。
互いを見る。
ある兵士。
家族写真。
見る。
ある女性。
恋人からもらった。
指輪を。
握る。
ある父親。
娘。
抱き締める。
海将。
続ける。
『私は』
『皆さんに』
『契約しろとは』
『言いません』
ざわめきが。
止まる。
『家族を』
『捨てろとも』
『名前を』
『捨てろとも』
『言いません』
『怖いなら』
一度。
言葉を。
区切る。
『願わなくていい』
画面の向こう。
何人もの。
人間が。
顔を上げる。
『これは』
『命令ではありません』
『国家からの』
『徴兵でもない』
『誰かが』
『あなた方へ』
『強制していい選択でもない』
『この選択は』
『あなた自身のものです』
海将が。
深く。
息を。
吸う。
『ですが』
『それでも』
『自分が』
『世界から』
『失われることを』
『理解した上で』
『なお』
『守りたいものが』
『あるという人が』
『もし』
『いるのなら』
世界。
誰も。
瞬きを。
忘れる。
『妖精へ』
『願ってほしい』
静寂。
『どう願えばいいのか』
『我々にも』
『分かりません』
『呼べば』
『来るのか』
『誰の前に』
『現れるのか』
『何も』
『分かりません』
『だから』
海将が。
小さく。
自嘲する。
『これは』
『作戦ではありません』
『ただの』
『願いです』
その時。
海将が。
一度。
視線を。
落とした。
そして。
顔を。
上げた。
『そして』
『一つだけ』
『私自身について』
『伝えておきます』
部屋。
海将の。
後ろ。
ざわ。
天龍が。
表情を。
変える。
海将。
続ける。
『私は』
『この放送が』
『終わった後』
『自分自身でも』
『妖精へ』
『願うつもりです』
「海将!」
画面の外。
声。
「おやめください!」
「海将まで!」
「指揮官が!」
複数。
部下。
海将は。
振り返らない。
しかし。
「止めるな」
天龍。
世界中の。
放送へ。
その声が。
入った。
画面。
少し。
天龍。
映る。
「こいつは」
「自分で決めたんだろ」
部下。
「ですが!」
「俺たちが」
「子供たちの覚悟を」
「勝手に取り上げちゃ」
「いけねぇのと」
「同じだ」
龍田も。
隣。
「代償を」
「全部知った上で」
「決めたことなら」
静かな。
声。
「その人の覚悟を」
「他人が」
「奪ってはいけませんよ」
部下たち。
言葉を。
失う。
海将が。
ほんの少し。
目を閉じる。
そして。
もう一度。
カメラ。
見る。
『ただし』
『誤解しないでください』
『私が』
『願うからといって』
『あなた方に』
『同じ選択を』
『求めるものではありません』
『私には』
『あなたの人生を』
『差し出せと』
『命令する権利などない』
『私が』
『決めるのは』
『私自身のことだけです』
世界中。
画面。
静か。
『だから』
海将が。
最後に。
言った。
『どうか』
『一人ひとり』
『自分で』
『考えてください』
『何を』
『守りたいのか』
『そのために』
『何を』
『失えるのか』
『そして』
『その代償を』
『本当に』
『受け入れられるのか』
海将。
深く。
頭を。
下げる。
『どうか』
『お願いします』
そして。
画面。
暗転。
放送。
終了。
世界中。
静かだった。
誰も。
すぐには。
動かなかった。
当然だった。
失う。
家族。
友人。
名前。
人生。
存在。
それを。
一瞬で。
決められるはずが。
ない。
あるシェルター。
一人の男。
家族写真。
見る。
妻。
娘。
「…………」
写真を。
胸へ。
押し当てる。
別の国。
女性兵士。
首から。
小さな。
ペンダント。
中。
両親。
握る。
老人。
孫。
抱き締める。
若者。
恋人の。
指輪。
見る。
誰も。
答えを。
出せない。
まだ。
そして。
ある場所。
一人の人間が。
ゆっくり。
目を。
閉じた。
地上。
遠く。
爆発。
天井から。
埃。
落ちる。
それでも。
静かに。
両手を。
握る。
そして。
誰にも。
聞こえないほど。
小さな声で。
「……もし」
一度。
息を。
吸う。
「本当に」
「いるなら」
その願いは。
まだ。
誰にも。
届いたとは。
分からなかった。
けれど。
その瞬間。
世界のどこかで。
確かに。
一人の人間が。
覚悟を。
決めた。