海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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第二十二章 名を捨てた者達

「ヌ級、撃沈を確認!」

 

作戦指令室に。

 

声が響いた。

 

「第三監視海域のイ級群も後退しています!」

 

「南方海域でも反応減少!」

 

「敵艦載機――さらに十二機消失!」

 

次々と。

 

報告が。

 

飛び交う。

 

地下深く。

 

爆撃によって。

 

何度も照明が明滅した。

 

作戦指令室。

 

その中央。

 

巨大なモニターには。

 

信じられない光景が。

 

映っていた。

 

減っている。

 

深海棲艦が。

 

五年前から。

 

どれだけ攻撃しても。

 

倒すことのできなかった。

 

怪物たちが。

 

世界中の海で。

 

一体。

 

また一体。

 

確実に。

 

その数を。

 

減らしている。

 

「……大西洋方面からも報告!」

 

「正体不明の少女型戦力がヌ級を撃沈!」

 

「地中海でもです!」

 

「インド洋でも!」

 

「各国から問い合わせが殺到しています!」

 

「分かっている!」

 

一人の幹部が。

 

叫ぶ。

 

「こちらだって何が起きているのか――」

 

そこで。

 

言葉が止まる。

 

皆が。

 

同じ場所を。

 

見た。

 

一人の。

 

少女。

 

作戦指令室の。

 

中央。

 

つい先ほどまで。

 

海将が立っていた場所。

 

そこに。

 

知らない少女が。

 

立っていた。

 

長い。

 

艶やかな黒髪。

 

凛々しく。

 

鋭い顔立ち。

 

その瞳には。

 

揺るぎない強さ。

 

白を基調とした装束に。

 

黒と赤が混じる。

 

そして。

 

何より。

 

少女の身体には。

 

この場にいる軍人たちですら。

 

一目で危険だと理解できる。

 

巨大な兵装が。

 

寄り添っていた。

 

砲塔。

 

それも。

 

人間一人が。

 

携行できるようなものではない。

 

明らかに。

 

艦砲。

 

「動くな!」

 

銃口。

 

一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

瞬く間に。

 

少女へ向けられる。

 

「所属を答えろ!」

 

「どこから入った!」

 

「その武装を解除しろ!」

 

少女は。

 

動かなかった。

 

抵抗もしない。

 

怒りもしない。

 

ただ。

 

自分へ銃を向ける。

 

人々を。

 

静かに。

 

見ていた。

 

知っている。

 

少女は。

 

彼らを。

 

知っている。

 

名前も。

 

階級も。

 

性格も。

 

あの男は。

 

妻の誕生日が近いと。

 

昨日。

 

話していた。

 

あの若い隊員は。

 

初めて作戦指令室へ配属された日。

 

緊張で。

 

声を裏返らせていた。

 

あの幕僚とは。

 

何度。

 

意見をぶつけただろう。

 

全員。

 

知っている。

 

なのに。

 

誰一人。

 

自分を。

 

知らない。

 

「……そうか」

 

少女が。

 

小さく。

 

呟いた。

 

これが。

 

代償。

 

知っていた。

 

理解していた。

 

そのつもりだった。

 

自分を知る者が。

 

いなくなる。

 

記録も。

 

認識も。

 

消える。

 

説明された。

 

それでも。

 

契約した。

 

だが。

 

違った。

 

知識として。

 

理解することと。

 

実際に。

 

失うことは。

 

まるで。

 

違った。

 

「何を言っている!」

 

銃を向けた部下が。

 

叫ぶ。

 

かつて。

 

自分の命令に。

 

何度も。

 

「了解」と答えた男だった。

 

少女は。

 

ほんの少し。

 

目を伏せた。

 

「……いや」

 

そして。

 

顔を上げる。

 

「君たちの判断は正しい」

 

「……何?」

 

「正体不明」

 

「所属不明」

 

「しかも武装した人間が」

 

「突然、作戦指令室に現れた」

 

少女は。

 

静かに。

 

「警戒しない方がおかしい」

 

軍人たち。

 

困惑。

 

あまりにも。

 

冷静。

 

あまりにも。

 

この場所に。

 

慣れているような。

 

物言い。

 

「そのままで構わない」

 

少女が。

 

言った。

 

「安全が確認できるまで」

 

「銃を下ろす必要はない」

 

その言葉に。

 

逆に。

 

誰も。

 

引き金を引けなくなった。

 

「おい」

 

別の声。

 

少女が。

 

見る。

 

天龍。

 

龍田。

 

二人。

 

その背後。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

四人を。

 

庇うように。

 

天龍と龍田が。

 

前へ。

 

出ていた。

 

「悪いが」

 

天龍の艤装。

 

少女へ。

 

向けられている。

 

「こっちも」

 

「すぐに信用するわけには」

 

「いかねぇ」

 

龍田も。

 

笑っていない。

 

「この子たちには」

 

「近づかないでくださいね」

 

「…………」

 

少女は。

 

二人を。

 

見る。

 

そして。

 

四人を。

 

見る。

 

その瞬間。

 

胸が。

 

痛んだ。

 

この六人も。

 

同じ。

 

自分が。

 

今。

 

味わっているものを。

 

既に。

 

味わった。

 

暁たちは。

 

四歳と五歳。

 

家族。

 

友達。

 

先生。

 

自分が生きてきた。

 

全て。

 

それを。

 

失った。

 

天龍と龍田も。

 

自分たちが。

 

守っていた子供たちからすら。

 

忘れられる。

 

その代償を。

 

知った上で。

 

契約した。

 

少女は。

 

ようやく。

 

理解した。

 

違う。

 

理解したつもりに。

 

なっていたことを。

 

理解した。

 

――私は。

 

この六人を。

 

何も。

 

分かっていなかった。

 

深海棲艦を。

 

倒せる力。

 

人類に。

 

必要な力。

 

そんなものばかり。

 

見ていた。

 

だが。

 

この力の。

 

裏側。

 

そこには。

 

自分という存在を。

 

世界へ差し出した。

 

六人がいた。

 

少女の目に。

 

浮かんだものは。

 

単なる。

 

尊敬ではなかった。

 

畏敬。

 

自分より。

 

遥かに幼い者たちへ。

 

思わず。

 

頭を下げたくなるほどの。

 

畏敬。

 

「……すまなかった」

 

少女が。

 

呟く。

 

「は?」

 

天龍が。

 

眉を寄せる。

 

「何がだ?」

 

「いや」

 

少女は。

 

首を振った。

 

「こちらの話だ」

 

その時。

 

「……かいしょうさん?」

 

少女の身体が。

 

固まった。

 

指令室。

 

静まり返る。

 

「……え?」

 

声を出した。

 

暁自身が。

 

一番。

 

驚いていた。

 

「暁?」

 

雷が。

 

見る。

 

「今」

 

「何て言ったの?」

 

「わ、分かんない……」

 

暁が。

 

困惑する。

 

「分かんないけど……」

 

少女を見る。

 

知らない。

 

こんな人。

 

知らない。

 

会ったこと。

 

ない。

 

名前。

 

分からない。

 

なのに。

 

「……かいしょうさん?」

 

もう一度。

 

口から。

 

出た。

 

響が。

 

少女を。

 

じっと。

 

見る。

 

「……私も」

 

「響?」

 

「分からない」

 

響が。

 

自分の胸へ。

 

手を置く。

 

「でも」

 

「この人を見ていると」

 

「海将さんって」

 

「呼ばないといけない気がする」

 

雷。

 

電。

 

二人も。

 

少女を見る。

 

「……変ね」

 

雷。

 

「初めて見る人なのに」

 

「電も……」

 

電が。

 

不思議そうに。

 

「知っているような」

 

「気がするのです」

 

少女。

 

動かない。

 

喉。

 

震える。

 

駄目だ。

 

今。

 

泣くな。

 

自分で。

 

選んだ。

 

覚悟した。

 

なのに。

 

世界から。

 

消えたはずの。

 

自分。

 

その欠片を。

 

四人の子供が。

 

理由もなく。

 

感じ取った。

 

少女の目に。

 

涙が。

 

滲む。

 

それでも。

 

笑った。

 

「……違う」

 

暁が。

 

首を傾げる。

 

少女は。

 

ゆっくり。

 

首を振った。

 

「私は」

 

一瞬。

 

言葉を。

 

止める。

 

かつての。

 

名前。

 

もう。

 

ない。

 

なら。

 

今の。

 

自分は。

 

「――」

 

その時。

 

「敵影!」

 

オペレーターの。

 

叫び。

 

全員。

 

モニター。

 

「残存するイ級群!」

 

「集結しています!」

 

海図。

 

無数の。

 

光点。

 

さらに。

 

「ヌ級も!」

 

「複数!」

 

「敵艦載機多数!」

 

「進路は!?」

 

「…………」

 

オペレーター。

 

顔。

 

青ざめる。

 

「本基地です!」

 

空気。

 

凍る。

 

「残存戦力が」

 

「こちらへ向かっています!」

 

「数は!」

 

「計測中!」

 

「ですが――」

 

モニター。

 

埋まる。

 

赤。

 

赤。

 

赤。

 

イ級。

 

ヌ級。

 

艦載機。

 

これまで。

 

各地に。

 

散っていた。

 

残存戦力。

 

それが。

 

一つへ。

 

殺到している。

 

「……なるほど」

 

少女が。

 

呟く。

 

全員。

 

少女を見る。

 

その顔。

 

先ほどまでの。

 

悲しみ。

 

消えていた。

 

「ここを」

 

「潰すつもりか」

 

「待て!」

 

一人の幕僚。

 

少女。

 

出口へ。

 

歩き出す。

 

「どこへ行く!」

 

「海だ」

 

即答。

 

「何を――」

 

少女。

 

振り返る。

 

「奴らを」

 

「止める」

 

「一人でか!?」

 

「そうだ」

 

「無茶だ!」

 

少女。

 

ほんの少し。

 

笑う。

 

聞き覚えのある。

 

言葉。

 

つい少し前。

 

自分も。

 

六人へ。

 

同じことを。

 

言った。

 

「無茶か」

 

少女は。

 

暁たちを見る。

 

「そうかもしれない」

 

天龍。

 

少女を見る。

 

「お前……」

 

「だが」

 

少女の。

 

眼。

 

変わる。

 

「奴らを」

 

「止められる者が」

 

「行かなければ」

 

「誰が止める?」

 

誰も。

 

答えられない。

 

「待ってください!」

 

部下。

 

銃を下ろしていた。

 

「あなたが何者なのか」

 

「まだ――」

 

少女。

 

その男を見る。

 

知っている。

 

何年。

 

自分の下で。

 

働いただろう。

 

だが。

 

もう。

 

言う必要はない。

 

「ここを頼む」

 

男。

 

目を見開く。

 

「……え?」

 

何故か。

 

その言葉。

 

胸に。

 

引っ掛かった。

 

何度も。

 

聞いたような。

 

そんな。

 

気がした。

 

少女。

 

背を向ける。

 

そして。

 

作戦指令室を。

 

出た。

 

誰も。

 

止められなかった。

 

地上。

 

基地。

 

変わり果てていた。

 

炎。

 

瓦礫。

 

黒煙。

 

少女。

 

それを見る。

 

胸。

 

痛む。

 

守れなかった。

 

だが。

 

まだ。

 

終わっていない。

 

少女が。

 

走る。

 

海へ。

 

身体。

 

軽い。

 

人間だった頃とは。

 

比較にならない。

 

瓦礫を。

 

越える。

 

道路を。

 

駆け抜ける。

 

そして。

 

海岸。

 

少女の。

 

足。

 

海面へ。

 

沈まない。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

海の上を。

 

走る。

 

その瞬間。

 

遠く。

 

黒。

 

海。

 

埋め尽くす。

 

イ級。

 

その後方。

 

巨大な。

 

ヌ級。

 

空。

 

黒点。

 

艦載機。

 

数。

 

多い。

 

一人で。

 

相手にするには。

 

あまりにも。

 

多い。

 

少女。

 

止まる。

 

怖いか。

 

自分へ。

 

問う。

 

不思議と。

 

恐怖は。

 

なかった。

 

憎いか。

 

それも。

 

違う。

 

ただ。

 

後ろ。

 

基地。

 

そのさらに。

 

向こう。

 

人々。

 

守るべき。

 

場所。

 

なら。

 

答え。

 

一つ。

 

「ここから先へは」

 

少女の。

 

瞳。

 

深海棲艦を。

 

射抜く。

 

「絶対に」

 

「通さん」

 

その瞬間。

 

轟。

 

少女の。

 

背後。

 

巨大な。

 

艤装。

 

展開。

 

鋼鉄。

 

砲塔。

 

重厚な。

 

主砲。

 

それらが。

 

一斉に。

 

深海棲艦へ。

 

向く。

 

空気が。

 

変わった。

 

人類が。

 

五年間。

 

求め続けた。

 

深海棲艦へ。

 

届く。

 

圧倒的な。

 

火力。

 

その。

 

引き金へ。

 

意識を。

 

向けた。

 

その時。

 

「――お待ちください」

 

少女。

 

横を見る。

 

誰も。

 

いなかったはずの。

 

海。

 

そこを。

 

一人の少女が。

 

滑るように。

 

近づいてくる。

 

「……!」

 

淡い。

 

銀色の。

 

長い髪。

 

風に。

 

靡く。

 

白と赤を。

 

基調とした。

 

装束。

 

凛とした。

 

佇まい。

 

そして。

 

手。

 

大きな。

 

和弓。

 

背には。

 

飛行甲板を。

 

思わせる。

 

巨大な装備。

 

少女は。

 

最初の少女の。

 

隣。

 

静かに。

 

止まった。

 

「何者だ?」

 

銀髪の少女。

 

少し。

 

微笑む。

 

「私も」

 

「ご一緒させてください」

 

「…………」

 

最初の少女。

 

相手を見る。

 

知らない。

 

だが。

 

分かる。

 

自分と。

 

同じ。

 

何かを。

 

失った。

 

その代わり。

 

この場所へ。

 

立った者。

 

「……そうか」

 

それだけで。

 

十分だった。

 

二人。

 

肩を。

 

並べる。

 

地下。

 

「新たな反応!」

 

オペレーター。

 

叫ぶ。

 

「先ほどの少女の隣に」

 

「もう一人!」

 

モニター。

 

映像。

 

銀髪。

 

弓。

 

「まただ……」

 

「また」

 

「新しい少女が……!」

 

天龍。

 

龍田。

 

モニターを見る。

 

暁たちも。

 

その時。

 

「……あれ?」

 

暁。

 

モニターへ。

 

近づく。

 

「どうした?」

 

天龍。

 

暁。

 

銀髪の少女を。

 

見る。

 

知らない。

 

知らない。

 

はず。

 

でも。

 

「……おばあちゃん?」

 

指令室。

 

沈黙。

 

「え?」

 

雷。

 

暁自身も。

 

口を押さえる。

 

「……なんで?」

 

分からない。

 

どうして。

 

そう呼んだ。

 

響。

 

銀髪の少女を。

 

じっと。

 

見る。

 

「……変だ」

 

「響も?」

 

「うん」

 

響が。

 

小さく。

 

頷く。

 

「知らない人なのに」

 

「懐かしい」

 

電。

 

胸元を。

 

ぎゅっと。

 

握る。

 

「電もなのです……」

 

雷。

 

何も言わない。

 

ただ。

 

モニターの。

 

少女を見る。

 

何か。

 

温かい。

 

街。

 

避難所。

 

優しい。

 

声。

 

何も。

 

思い出せない。

 

なのに。

 

涙が。

 

少しだけ。

 

滲んだ。

 

海上。

 

銀髪の少女が。

 

不意に。

 

胸を。

 

押さえた。

 

「……?」

 

「どうした」

 

「いえ……」

 

少女。

 

基地の方角を見る。

 

「今」

 

少し。

 

困ったように。

 

笑う。

 

「誰かに」

 

「とても懐かしい呼び方を」

 

「されたような気がして」

 

「……そうか」

 

黒髪の少女。

 

それ以上。

 

聞かなかった。

 

自分も。

 

同じだから。

 

記憶。

 

消える。

 

名前。

 

消える。

 

存在。

 

消える。

 

だが。

 

何かが。

 

残っている。

 

それが。

 

何なのか。

 

二人には。

 

まだ。

 

分からない。

 

敵。

 

接近。

 

イ級。

 

速度を上げる。

 

ヌ級。

 

口腔。

 

開く。

 

艦載機。

 

空を。

 

埋める。

 

銀髪の少女。

 

和弓を。

 

構える。

 

矢。

 

番える。

 

黒髪の少女。

 

主砲。

 

旋回。

 

照準。

 

敵群。

 

二人。

 

前を見る。

 

かつての名前。

 

もう。

 

ない。

 

かつての人生。

 

世界から。

 

消えた。

 

それでも。

 

今。

 

新しい名が。

 

ある。

 

黒髪の少女が。

 

口を。

 

開く。

 

「私は――」

 

主砲。

 

完全展開。

 

「長門だ」

 

その隣。

 

銀髪の少女。

 

弓を。

 

引き絞る。

 

その表情から。

 

柔らかな微笑みが。

 

消える。

 

戦う者の。

 

眼。

 

「翔鶴と申します」

 

弦。

 

軋む。

 

空。

 

深海棲艦の艦載機。

 

海。

 

イ級。

 

ヌ級。

 

殺到。

 

長門。

 

主砲。

 

照準。

 

翔鶴。

 

矢。

 

空へ。

 

二人の。

 

視線。

 

敵。

 

そこには。

 

恐怖も。

 

憎悪も。

 

なかった。

 

ただ。

 

一つ。

 

――ここから先へは。

 

絶対に。

 

通さない。

 

名を。

 

捨てた者たちが。

 

今。

 

人類の。

 

海と空を。

 

取り戻すために。

 

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