「ヌ級、撃沈を確認!」
作戦指令室に。
声が響いた。
「第三監視海域のイ級群も後退しています!」
「南方海域でも反応減少!」
「敵艦載機――さらに十二機消失!」
次々と。
報告が。
飛び交う。
地下深く。
爆撃によって。
何度も照明が明滅した。
作戦指令室。
その中央。
巨大なモニターには。
信じられない光景が。
映っていた。
減っている。
深海棲艦が。
五年前から。
どれだけ攻撃しても。
倒すことのできなかった。
怪物たちが。
世界中の海で。
一体。
また一体。
確実に。
その数を。
減らしている。
「……大西洋方面からも報告!」
「正体不明の少女型戦力がヌ級を撃沈!」
「地中海でもです!」
「インド洋でも!」
「各国から問い合わせが殺到しています!」
「分かっている!」
一人の幹部が。
叫ぶ。
「こちらだって何が起きているのか――」
そこで。
言葉が止まる。
皆が。
同じ場所を。
見た。
一人の。
少女。
作戦指令室の。
中央。
つい先ほどまで。
海将が立っていた場所。
そこに。
知らない少女が。
立っていた。
長い。
艶やかな黒髪。
凛々しく。
鋭い顔立ち。
その瞳には。
揺るぎない強さ。
白を基調とした装束に。
黒と赤が混じる。
そして。
何より。
少女の身体には。
この場にいる軍人たちですら。
一目で危険だと理解できる。
巨大な兵装が。
寄り添っていた。
砲塔。
それも。
人間一人が。
携行できるようなものではない。
明らかに。
艦砲。
「動くな!」
銃口。
一つ。
二つ。
三つ。
瞬く間に。
少女へ向けられる。
「所属を答えろ!」
「どこから入った!」
「その武装を解除しろ!」
少女は。
動かなかった。
抵抗もしない。
怒りもしない。
ただ。
自分へ銃を向ける。
人々を。
静かに。
見ていた。
知っている。
少女は。
彼らを。
知っている。
名前も。
階級も。
性格も。
あの男は。
妻の誕生日が近いと。
昨日。
話していた。
あの若い隊員は。
初めて作戦指令室へ配属された日。
緊張で。
声を裏返らせていた。
あの幕僚とは。
何度。
意見をぶつけただろう。
全員。
知っている。
なのに。
誰一人。
自分を。
知らない。
「……そうか」
少女が。
小さく。
呟いた。
これが。
代償。
知っていた。
理解していた。
そのつもりだった。
自分を知る者が。
いなくなる。
記録も。
認識も。
消える。
説明された。
それでも。
契約した。
だが。
違った。
知識として。
理解することと。
実際に。
失うことは。
まるで。
違った。
「何を言っている!」
銃を向けた部下が。
叫ぶ。
かつて。
自分の命令に。
何度も。
「了解」と答えた男だった。
少女は。
ほんの少し。
目を伏せた。
「……いや」
そして。
顔を上げる。
「君たちの判断は正しい」
「……何?」
「正体不明」
「所属不明」
「しかも武装した人間が」
「突然、作戦指令室に現れた」
少女は。
静かに。
「警戒しない方がおかしい」
軍人たち。
困惑。
あまりにも。
冷静。
あまりにも。
この場所に。
慣れているような。
物言い。
「そのままで構わない」
少女が。
言った。
「安全が確認できるまで」
「銃を下ろす必要はない」
その言葉に。
逆に。
誰も。
引き金を引けなくなった。
「おい」
別の声。
少女が。
見る。
天龍。
龍田。
二人。
その背後。
暁。
響。
雷。
電。
四人を。
庇うように。
天龍と龍田が。
前へ。
出ていた。
「悪いが」
天龍の艤装。
少女へ。
向けられている。
「こっちも」
「すぐに信用するわけには」
「いかねぇ」
龍田も。
笑っていない。
「この子たちには」
「近づかないでくださいね」
「…………」
少女は。
二人を。
見る。
そして。
四人を。
見る。
その瞬間。
胸が。
痛んだ。
この六人も。
同じ。
自分が。
今。
味わっているものを。
既に。
味わった。
暁たちは。
四歳と五歳。
家族。
友達。
先生。
自分が生きてきた。
全て。
それを。
失った。
天龍と龍田も。
自分たちが。
守っていた子供たちからすら。
忘れられる。
その代償を。
知った上で。
契約した。
少女は。
ようやく。
理解した。
違う。
理解したつもりに。
なっていたことを。
理解した。
――私は。
この六人を。
何も。
分かっていなかった。
深海棲艦を。
倒せる力。
人類に。
必要な力。
そんなものばかり。
見ていた。
だが。
この力の。
裏側。
そこには。
自分という存在を。
世界へ差し出した。
六人がいた。
少女の目に。
浮かんだものは。
単なる。
尊敬ではなかった。
畏敬。
自分より。
遥かに幼い者たちへ。
思わず。
頭を下げたくなるほどの。
畏敬。
「……すまなかった」
少女が。
呟く。
「は?」
天龍が。
眉を寄せる。
「何がだ?」
「いや」
少女は。
首を振った。
「こちらの話だ」
その時。
「……かいしょうさん?」
少女の身体が。
固まった。
指令室。
静まり返る。
「……え?」
声を出した。
暁自身が。
一番。
驚いていた。
「暁?」
雷が。
見る。
「今」
「何て言ったの?」
「わ、分かんない……」
暁が。
困惑する。
「分かんないけど……」
少女を見る。
知らない。
こんな人。
知らない。
会ったこと。
ない。
名前。
分からない。
なのに。
「……かいしょうさん?」
もう一度。
口から。
出た。
響が。
少女を。
じっと。
見る。
「……私も」
「響?」
「分からない」
響が。
自分の胸へ。
手を置く。
「でも」
「この人を見ていると」
「海将さんって」
「呼ばないといけない気がする」
雷。
電。
二人も。
少女を見る。
「……変ね」
雷。
「初めて見る人なのに」
「電も……」
電が。
不思議そうに。
「知っているような」
「気がするのです」
少女。
動かない。
喉。
震える。
駄目だ。
今。
泣くな。
自分で。
選んだ。
覚悟した。
なのに。
世界から。
消えたはずの。
自分。
その欠片を。
四人の子供が。
理由もなく。
感じ取った。
少女の目に。
涙が。
滲む。
それでも。
笑った。
「……違う」
暁が。
首を傾げる。
少女は。
ゆっくり。
首を振った。
「私は」
一瞬。
言葉を。
止める。
かつての。
名前。
もう。
ない。
なら。
今の。
自分は。
「――」
その時。
「敵影!」
オペレーターの。
叫び。
全員。
モニター。
「残存するイ級群!」
「集結しています!」
海図。
無数の。
光点。
さらに。
「ヌ級も!」
「複数!」
「敵艦載機多数!」
「進路は!?」
「…………」
オペレーター。
顔。
青ざめる。
「本基地です!」
空気。
凍る。
「残存戦力が」
「こちらへ向かっています!」
「数は!」
「計測中!」
「ですが――」
モニター。
埋まる。
赤。
赤。
赤。
イ級。
ヌ級。
艦載機。
これまで。
各地に。
散っていた。
残存戦力。
それが。
一つへ。
殺到している。
「……なるほど」
少女が。
呟く。
全員。
少女を見る。
その顔。
先ほどまでの。
悲しみ。
消えていた。
「ここを」
「潰すつもりか」
「待て!」
一人の幕僚。
少女。
出口へ。
歩き出す。
「どこへ行く!」
「海だ」
即答。
「何を――」
少女。
振り返る。
「奴らを」
「止める」
「一人でか!?」
「そうだ」
「無茶だ!」
少女。
ほんの少し。
笑う。
聞き覚えのある。
言葉。
つい少し前。
自分も。
六人へ。
同じことを。
言った。
「無茶か」
少女は。
暁たちを見る。
「そうかもしれない」
天龍。
少女を見る。
「お前……」
「だが」
少女の。
眼。
変わる。
「奴らを」
「止められる者が」
「行かなければ」
「誰が止める?」
誰も。
答えられない。
「待ってください!」
部下。
銃を下ろしていた。
「あなたが何者なのか」
「まだ――」
少女。
その男を見る。
知っている。
何年。
自分の下で。
働いただろう。
だが。
もう。
言う必要はない。
「ここを頼む」
男。
目を見開く。
「……え?」
何故か。
その言葉。
胸に。
引っ掛かった。
何度も。
聞いたような。
そんな。
気がした。
少女。
背を向ける。
そして。
作戦指令室を。
出た。
誰も。
止められなかった。
地上。
基地。
変わり果てていた。
炎。
瓦礫。
黒煙。
少女。
それを見る。
胸。
痛む。
守れなかった。
だが。
まだ。
終わっていない。
少女が。
走る。
海へ。
身体。
軽い。
人間だった頃とは。
比較にならない。
瓦礫を。
越える。
道路を。
駆け抜ける。
そして。
海岸。
少女の。
足。
海面へ。
沈まない。
一歩。
二歩。
三歩。
海の上を。
走る。
その瞬間。
遠く。
黒。
海。
埋め尽くす。
イ級。
その後方。
巨大な。
ヌ級。
空。
黒点。
艦載機。
数。
多い。
一人で。
相手にするには。
あまりにも。
多い。
少女。
止まる。
怖いか。
自分へ。
問う。
不思議と。
恐怖は。
なかった。
憎いか。
それも。
違う。
ただ。
後ろ。
基地。
そのさらに。
向こう。
人々。
守るべき。
場所。
なら。
答え。
一つ。
「ここから先へは」
少女の。
瞳。
深海棲艦を。
射抜く。
「絶対に」
「通さん」
その瞬間。
轟。
少女の。
背後。
巨大な。
艤装。
展開。
鋼鉄。
砲塔。
重厚な。
主砲。
それらが。
一斉に。
深海棲艦へ。
向く。
空気が。
変わった。
人類が。
五年間。
求め続けた。
深海棲艦へ。
届く。
圧倒的な。
火力。
その。
引き金へ。
意識を。
向けた。
その時。
「――お待ちください」
少女。
横を見る。
誰も。
いなかったはずの。
海。
そこを。
一人の少女が。
滑るように。
近づいてくる。
「……!」
淡い。
銀色の。
長い髪。
風に。
靡く。
白と赤を。
基調とした。
装束。
凛とした。
佇まい。
そして。
手。
大きな。
和弓。
背には。
飛行甲板を。
思わせる。
巨大な装備。
少女は。
最初の少女の。
隣。
静かに。
止まった。
「何者だ?」
銀髪の少女。
少し。
微笑む。
「私も」
「ご一緒させてください」
「…………」
最初の少女。
相手を見る。
知らない。
だが。
分かる。
自分と。
同じ。
何かを。
失った。
その代わり。
この場所へ。
立った者。
「……そうか」
それだけで。
十分だった。
二人。
肩を。
並べる。
地下。
「新たな反応!」
オペレーター。
叫ぶ。
「先ほどの少女の隣に」
「もう一人!」
モニター。
映像。
銀髪。
弓。
「まただ……」
「また」
「新しい少女が……!」
天龍。
龍田。
モニターを見る。
暁たちも。
その時。
「……あれ?」
暁。
モニターへ。
近づく。
「どうした?」
天龍。
暁。
銀髪の少女を。
見る。
知らない。
知らない。
はず。
でも。
「……おばあちゃん?」
指令室。
沈黙。
「え?」
雷。
暁自身も。
口を押さえる。
「……なんで?」
分からない。
どうして。
そう呼んだ。
響。
銀髪の少女を。
じっと。
見る。
「……変だ」
「響も?」
「うん」
響が。
小さく。
頷く。
「知らない人なのに」
「懐かしい」
電。
胸元を。
ぎゅっと。
握る。
「電もなのです……」
雷。
何も言わない。
ただ。
モニターの。
少女を見る。
何か。
温かい。
街。
避難所。
優しい。
声。
何も。
思い出せない。
なのに。
涙が。
少しだけ。
滲んだ。
海上。
銀髪の少女が。
不意に。
胸を。
押さえた。
「……?」
「どうした」
「いえ……」
少女。
基地の方角を見る。
「今」
少し。
困ったように。
笑う。
「誰かに」
「とても懐かしい呼び方を」
「されたような気がして」
「……そうか」
黒髪の少女。
それ以上。
聞かなかった。
自分も。
同じだから。
記憶。
消える。
名前。
消える。
存在。
消える。
だが。
何かが。
残っている。
それが。
何なのか。
二人には。
まだ。
分からない。
敵。
接近。
イ級。
速度を上げる。
ヌ級。
口腔。
開く。
艦載機。
空を。
埋める。
銀髪の少女。
和弓を。
構える。
矢。
番える。
黒髪の少女。
主砲。
旋回。
照準。
敵群。
二人。
前を見る。
かつての名前。
もう。
ない。
かつての人生。
世界から。
消えた。
それでも。
今。
新しい名が。
ある。
黒髪の少女が。
口を。
開く。
「私は――」
主砲。
完全展開。
「長門だ」
その隣。
銀髪の少女。
弓を。
引き絞る。
その表情から。
柔らかな微笑みが。
消える。
戦う者の。
眼。
「翔鶴と申します」
弦。
軋む。
空。
深海棲艦の艦載機。
海。
イ級。
ヌ級。
殺到。
長門。
主砲。
照準。
翔鶴。
矢。
空へ。
二人の。
視線。
敵。
そこには。
恐怖も。
憎悪も。
なかった。
ただ。
一つ。
――ここから先へは。
絶対に。
通さない。
名を。
捨てた者たちが。
今。
人類の。
海と空を。
取り戻すために。