深海鎮守府。
提督室。
そこには。
誰も座っていない。
提督の椅子が。
あった。
その前。
暁。
響。
雷。
電。
四人の話を。
聞き終えた。
深海棲艦たちは。
しばらく。
誰も。
口を開かなかった。
「……本当なのか?」
最初に。
声を出したのは。
戦艦棲姫だった。
もう。
片言ではない。
暁が。
頷く。
「うん」
響も。
「嘘じゃない」
雷。
「嘘なんかついてないわ!」
電。
「本当なのです……」
「…………」
戦艦棲姫。
顔を。
伏せる。
周囲。
巨大な航空艤装を持つ女。
黒い航空兵装を従える女。
飛行場そのものを思わせる。
異形艤装を持つ女。
そして。
深海の気配を纏った女。
誰も。
何も。
言わない。
人間が。
契約する。
存在を。
失う。
家族から。
忘れられる。
記録から。
消える。
その代わりに。
艦娘の力を得る。
そんな仕組み。
知らない。
自分たちが知っている。
世界には。
存在しない。
「……だったら」
暁が。
小さく。
言った。
戦艦棲姫。
顔を上げる。
「お姉さんたちのことも」
「教えて」
「…………」
「ゲームって何?」
響。
「提督って?」
雷。
「鎮守府ってここにもあるけど」
「何のための場所なの?」
電。
少し。
怖そうにしながら。
「艦娘って」
「何なのです?」
そして。
暁。
「艦隊これくしょんって」
「なに?」
沈黙。
戦艦棲姫は。
目を閉じた。
やがて。
深く。
息を吐く。
「……分かった」
四人。
見る。
「今度は」
「私たちが」
「話す番だな」
戦艦棲姫。
提督の。
空席を見る。
「まず」
「ゲームっていうのは」
少し。
考える。
「……遊びだ」
暁。
「遊び?」
「ああ」
「人間が」
「決められたルールの中で」
「勝ったり」
「負けたりする」
雷。
「鬼ごっこみたいな?」
戦艦棲姫。
少し。
止まる。
「……まあ」
「すごく簡単に言えば」
「そんな感じだ」
響。
「でも」
「鬼ごっこには」
「戦争はないよ」
「そうだな」
戦艦棲姫。
苦い。
顔。
「私たちがいたゲームは」
「戦争をする遊びだった」
四人。
黙る。
「名前は」
一拍。
「艦隊これくしょん」
暁。
「あ」
「昨日」
「聞かれたやつ」
「そうだ」
戦艦棲姫。
「人間たちは」
「艦これ」
「そう略していたらしい」
雷。
「それに」
「お姉さんたちが出てるの?」
「ああ」
「私たちは」
その言葉。
一瞬。
詰まる。
「敵役だ」
暁。
「悪者?」
「……そういうことに」
「なっている」
雷。
眉。
寄せる。
「なっている?」
戦艦棲姫。
暁たちを見る。
「私たちは」
「人間を憎む」
「艦娘を憎む」
「海を奪う」
「現れた艦娘と戦う」
「それが」
「私たちに」
「与えられた役だった」
電。
「役……?」
飛行場のような。
艤装を持つ女が。
静かに。
口を開く。
「お芝居の」
「悪役に近い」
雷。
「あっ」
「それなら分かる!」
戦艦棲姫。
少し。
頷く。
「近い」
「私たちは」
「敵として」
「作られた」
「だから」
「人類を襲った」
暁。
表情。
固くなる。
「……じゃあ」
「最初から?」
「ああ」
「五年前」
戦艦棲姫。
ゆっくり。
話す。
「私たちが」
「この世界に現れた時」
「最初にやったのは」
「海を奪うことだった」
四人。
息を呑む。
「ゲームでも」
「そういう始まりだ」
「深海棲艦が」
「海を脅かす」
「人類は」
「通常の兵器では」
「対抗できない」
響。
「……同じだ」
「そう」
戦艦棲姫。
「そこまでは」
「全部」
「私たちの知る通りだった」
「そして」
「次に」
「艦娘が出てくる」
暁。
「それが」
「暁たち?」
「……違う」
即答。
暁。
目を。
丸くする。
「え?」
戦艦棲姫。
四人を見る。
「少なくとも」
「私が知っている」
「艦娘は」
「お前たちみたいに」
「人間が契約して」
「なるものじゃない」
響。
「じゃあ」
「どうやって?」
「艦艇の名を持って」
「現れる」
「最初から」
「その艦の力を」
「持っている」
「戦い方も」
「知っている」
戦艦棲姫。
少し。
顔をしかめる。
「だから」
「天龍と龍田を見た時」
「おかしいと思った」
暁。
「先生たち?」
「ああ」
「力は」
「天龍と龍田だ」
「でも」
「戦い方が」
「素人だった」
「本来なら」
「あり得ない」
雷。
少し。
むっとする。
「先生たちは」
「頑張ったもん!」
「知ってる」
戦艦棲姫。
意外なほど。
素直に。
「今は」
「馬鹿にしてるわけじゃない」
「ただ」
「その時は」
「ゲームのルールから」
「外れて見えた」
電。
「それで」
「提督という人は?」
戦艦棲姫。
空席。
見る。
「艦娘を」
「指揮する人間だ」
「艦隊を作って」
「出撃させて」
「私たちと戦う」
「ゲームでは」
「中心にいる人間」
暁。
「先生みたいな人?」
「……違う」
「もっと」
「軍隊の司令官に近い」
響。
「かいしょうさん?」
戦艦棲姫。
少し。
考える。
「役割だけなら」
「近いかもしれない」
暁。
「じゃあ」
「鎮守府は?」
「提督と」
「艦娘が」
「いる場所だ」
「住んで」
「補給して」
「修理して」
「出撃する」
雷。
辺り。
見る。
「ここみたいに?」
「そうだ」
「ここは」
「それを真似た」
「深海側の本拠地だ」
響。
「ドロップ艦は?」
戦艦棲姫。
「敵を倒したり」
「海域を進んだりすると」
「新しい艦娘が」
「仲間になることがある」
「それを」
「ドロップと呼ぶ」
雷。
「人が」
「落ちてくるの?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあ何?」
「……説明が難しい」
暁。
「大型建造!」
「それは?」
「大量の資材を使って」
「艦娘を作る」
四人。
固まる。
電。
「……作る?」
「ああ」
「人を?」
「違う」
戦艦棲姫。
すぐ。
否定。
「少なくとも」
「私の知る艦娘は」
「普通の人間を」
「材料にはしない」
「…………」
四人。
顔を。
見合わせる。
戦艦棲姫たちも。
同じ。
だから。
おかしい。
暁。
「じゃあ」
「お姉さんたちは」
「ゲームをするために」
「五年前」
「みんなを襲ったの?」
戦艦棲姫。
「……そうだ」
暁。
顔。
曇る。
「なんで」
「五年間」
「海だけで」
「何もしなかったの?」
戦艦棲姫。
しばらく。
黙る。
そして。
「待っていた」
「何を?」
「お前たちを」
暁。
「暁たち?」
「艦娘と」
「提督を」
戦艦棲姫。
少し。
遠い目。
「海を奪った」
「なら」
「次は」
「艦娘が現れる」
「そう」
「思っていた」
「一年」
「待った」
「…………」
「二年目も」
「待った」
雷。
「……うん」
「三年目」
戦艦棲姫。
少し。
顔。
嫌そう。
「さすがに」
「おかしいと」
「思い始めた」
響。
「それでも待った?」
「ああ」
「四年目」
「待った」
「五年目」
「…………」
戦艦棲姫。
顔。
逸らす。
「キレた」
沈黙。
雷。
「……キレた?」
「キレた」
暁。
「だから」
「街を攻撃したの?」
「…………」
戦艦棲姫。
答えない。
雷。
じっと。
見る。
「それは」
「ダメでしょ!」
戦艦棲姫。
「…………はい」
雷。
目。
丸くなる。
戦艦棲姫。
小さく。
「今は」
「そう思う」
暁。
「じゃあ」
「お姉さんたちは」
「本当に」
「人間が嫌いなの?」
戦艦棲姫。
止まる。
周囲の女たち。
互いに。
見る。
そして。
「……正直に言えば」
戦艦棲姫。
「どうでもいい」
暁。
「え?」
「人間も」
「艦娘も」
「本当の私には」
「特に」
「恨みはない」
「好きでも」
「嫌いでもない」
飛行場型の女。
静かに。
「できることなら」
「戦いたくもない」
黒い航空兵装の女。
「深海で」
「静かに」
「眠っていられれば」
「それでよかった」
雷。
「じゃあ」
「なんで戦ったのよ!」
戦艦棲姫。
「役だからだ」
「それしか」
「知らなかった」
「私たちは」
「深海棲艦だから」
「敵でなければならない」
「人類を憎まなければならない」
「艦娘と戦わなければならない」
「そういう存在として」
「ここに来た」
暁。
「嫌ってなくても?」
「ああ」
「戦いたくなくても?」
「そうだ」
響。
戦艦棲姫。
じっと。
見る。
「……お姉さんも」
「役をやめられないの?」
「…………」
戦艦棲姫。
返事。
しない。
それだけで。
答え。
十分だった。
電。
「それなら」
「死ぬのは」
「怖くないのです?」
戦艦棲姫。
「死ぬ?」
不思議そうな。
顔。
「私たちには」
「死というものが」
「ほとんどない」
四人。
「…………?」
「轟沈しても」
「しばらくすれば」
「海の底で」
「また戻る」
暁。
「……生き返るの?」
「ああ」
「イ級も?」
「戻る」
「ヌ級も?」
「同じだ」
雷。
「じゃあ」
戦艦棲姫。
指差す。
「前に」
「お姉さんが」
「イ級とかヌ級を」
「吹き飛ばしてたのは?」
戦艦棲姫。
少し。
気まずい顔。
「あれは」
「異常が出ていたからだ」
「異常?」
「あいつらが」
「逃げた」
響。
「逃げたらダメなの?」
「本来は」
「ゲームに」
「そんな行動はない」
戦艦棲姫。
続ける。
「それに」
「恐怖していた」
「私たちには」
「本来」
「そんな感情が」
「設定されていない」
四人。
黙る。
「壊れた」
「そう思った」
「だから」
「一度」
「轟沈させた」
「再び」
「海底から戻れば」
「元に戻る」
「そう」
「考えた」
暁。
少し。
顔。
引きつる。
「……壊れたおもちゃ」
「直すみたいに?」
戦艦棲姫。
「…………」
「そうだ」
響。
「それで」
「戻った?」
戦艦棲姫。
少し。
表情。
曇る。
「……完全には」
「戻っていない」
「今でも」
「一部は」
「お前たちを」
「恐れている」
「…………」
戦艦棲姫自身。
その事実。
気にしている。
本来ない。
恐怖。
本来ない。
逃走。
そして。
本来ない。
自分自身の。
疲労。
本来ない。
「もう終わってほしい」
という。
願い。
ゲームの。
駒。
それだけ。
だったはずなのに。
何かが。
変わっている。
暁。
しばらく。
黙っていた。
雷も。
響も。
電も。
そして。
雷。
突然。
「でも!」
大きな。
声。
戦艦棲姫。
見る。
雷。
拳。
握る。
「知らなかったって」
「それで」
「全部いいの!?」
「…………」
「お姉さんたちが」
「ゲームだと思ってても」
「街は壊れたのよ!」
暁。
「幼稚園も」
小さな。
声。
「なくなった」
電。
目。
潤む。
「いっぱい」
「人が」
「死んじゃったのです……」
響。
静か。
「知らなかったとしても」
「起きたことは」
「なくならない」
部屋。
静まり返る。
上位の。
深海棲艦たち。
誰も。
反論。
しない。
戦艦棲姫。
暁たち。
見る。
「…………」
雷。
「何とも」
「思わなかったの?」
戦艦棲姫。
目。
伏せる。
「……思っていなかった」
暁。
「どうして?」
「人間のことを」
「知らなかった」
「…………?」
戦艦棲姫。
言葉。
選ぶ。
「ゲームでは」
「一般の人間は」
「ほとんど」
「出てこない」
「人間として」
「はっきり存在するのは」
「提督くらいだ」
「だから」
「この世界の人間も」
「私たちと」
「同じだと思っていた」
暁。
「同じ?」
「死んでも」
「戻る」
「新しく」
「補充される」
「建造や」
「何かで」
「また」
「現れる」
「そういう」
「存在だと」
四人。
固まる。
暁。
戦艦棲姫を。
見る。
「……人は」
声。
震える。
「生き返らないよ」
「…………」
戦艦棲姫。
目。
動く。
「何?」
「死んだら」
暁。
涙。
「おしまいなの」
戦艦棲姫。
動かない。
雷。
「お父さんが死んだら」
「もう会えないの!」
電。
「お母さんも」
「先生も」
「一度死んじゃったら」
「戻ってこないのです!」
響。
戦艦棲姫。
真っ直ぐ。
「人間には」
「復活なんて」
「ない」
部屋。
空気。
止まる。
「……ない?」
戦艦棲姫。
小さく。
「ないよ!」
暁。
泣きながら。
「死んだ人は」
「ずっと」
「いなくなるの!」
戦艦棲姫。
頭の中。
何かが。
つながる。
沈めた。
船。
海へ。
落ちる。
人間。
爆撃した。
街。
炎。
逃げる。
人々。
倒れる。
人間。
戻って。
こなかった。
当たり前。
そう。
思っていた。
次の。
人間が。
出てくる。
ゲームだから。
でも。
違う。
あれは。
一人。
一人。
それぞれ。
別の。
人間。
一度。
失えば。
二度と。
戻らない。
「……じゃあ」
戦艦棲姫。
声。
掠れる。
「私たちは……」
続かない。
周囲。
女たちも。
同じ。
空母型の女。
顔。
青ざめる。
飛行場型。
目。
閉じる。
深海の女。
俯く。
五年間。
自分たちは。
何人。
殺した?
何隻。
沈めた?
何人。
海へ。
落とした?
何都市。
焼いた?
その全てが。
戻らない。
ゲーム。
ではない。
やり直し。
できない。
「……知らなかった」
誰か。
呟く。
雷。
涙。
「知らなかったからって」
「死んだ人は」
「戻ってこないのよ……」
「……そうだな」
戦艦棲姫。
初めて。
その言葉。
受け入れる。
「そうだ」
暁。
泣く。
大きな。
涙。
「だったら」
戦艦棲姫。
見る。
「もう」
「やめてよ……」
戦艦棲姫。
「……え?」
「ゲームなんでしょ?」
暁。
涙。
拭く。
「だったら」
「もう」
「終わりにしてよ」
雷。
「海を」
「返して」
電。
「街を」
「元に戻してほしいのです……」
響。
「もう」
「誰も」
「襲わないで」
戦艦棲姫。
何も。
言えない。
暁。
一歩。
前。
「それから」
「死んだ人たちも」
「元に戻して」
戦艦棲姫。
息。
止まる。
「暁の」
「幼稚園も」
「先生たちの」
「前のことも」
「お父さんも」
「お母さんも」
「みんな」
「前みたいに」
「戻してよ……」
四人。
泣いている。
戦艦棲姫。
目。
逸らせない。
できる?
自分たち。
何度でも。
戻る。
イ級も。
ヌ級も。
自分たちなら。
海底から。
帰ってこられる。
でも。
人間。
戻せない。
自分たちには。
そんな。
力。
ない。
「……ごめん」
暁。
顔。
上げる。
戦艦棲姫。
もう。
片言。
完全に。
消えていた。
「できない」
暁。
「…………」
「私たちには」
「死んだ人間を」
「生き返らせる力は」
「ない」
雷。
「……なんで?」
戦艦棲姫。
答えられない。
「ゲームなんでしょ?」
雷。
「お姉さんたちは」
「生き返るんでしょ?」
「だったら」
「どうして」
「みんなは」
「生き返らないの……?」
戦艦棲姫。
拳。
握る。
「……分からない」
それしか。
言えない。
ゲーム。
だから。
自分たちは。
戻る。
でも。
この世界は。
ゲームではない。
少なくとも。
人間にとって。
そうではない。
戦艦棲姫。
空席の。
提督席を見る。
本来。
いるはずの。
提督。
いない。
本来。
存在するはずの。
鎮守府。
ない。
本来。
ルール通りに。
現れるはずの。
艦娘。
現れなかった。
代わりに。
人間が。
自分の存在を。
代償にして。
艦娘になった。
本来。
恐怖しない。
深海棲艦。
恐怖。
覚えた。
本来。
ただの敵役。
自分。
今。
罪悪感を。
感じている。
何も。
合わない。
「……ここは」
戦艦棲姫。
呟く。
「私たちの」
「知っている世界じゃない」
響。
涙。
拭きながら。
聞く。
「じゃあ」
「どこなの?」
戦艦棲姫。
ゆっくり。
四人を見る。
答え。
ない。
ただ。
分かる。
自分たちは。
ゲームの中で。
決められた。
役。
演じていた。
だが。
今いる。
この世界。
そのルール。
通じない。
ここは。
ゲームの。
中ではない。
少なくとも。
自分たちが。
知っている。
ゲームではない。
「……分からない」
戦艦棲姫。
正直に。
答える。
「でも」
提督の。
空席。
見る。
「私たちは」
「たぶん」
一拍。
「ゲームの外側に」
「来てしまったんだ」
誰も。
言葉を。
返せなかった。
その瞬間。
深海鎮守府で。
初めて。
深海棲艦たちは。
理解した。
自分たちが。
敵役として。
何気なく。
行ってきた。
その全て。
この世界では。
取り返しのつかない。
現実だった。