「私たちは」
「たぶん」
「ゲームの外側に」
「来てしまったんだ」
戦艦棲姫の。
その言葉を最後に。
提督室は。
静かになった。
暁。
響。
雷。
電。
四人とも。
何を言えばいいのか。
分からなかった。
ゲーム。
自分たちの世界。
深海棲艦。
艦娘。
提督。
本来なら。
存在するはずだったもの。
存在しないもの。
子供たちには。
難しすぎる。
話だった。
ただ。
一つだけ。
分かった。
目の前にいる。
怖いお姉さんたちも。
全部を。
知っているわけではない。
むしろ。
自分たちと同じように。
分からなくなっている。
「……じゃあ」
暁が。
小さく。
口を開いた。
戦艦棲姫が。
顔を上げる。
「ゲームじゃないって」
「分かったんでしょ?」
「ああ」
「人が死んだら」
「戻ってこないのも」
「……分かった」
暁。
少しだけ。
安心したように。
息を吐く。
「だったら」
「もう」
「戦わなくていいんだよね?」
戦艦棲姫の。
表情が。
止まった。
周囲にいる。
人型の深海棲艦たちも。
何も。
言わない。
暁。
その沈黙に。
不安になる。
「……違うの?」
戦艦棲姫。
目を。
伏せる。
そして。
「できない」
「え?」
雷が。
身を乗り出す。
「なんでよ!」
「もうゲームじゃないって」
「分かったんでしょ!?」
「それでも」
戦艦棲姫。
静かに。
「戦いを」
「やめることはできない」
四人。
理解できない。
「どうして?」
響。
戦艦棲姫を見る。
「戦いたくないって」
「さっき言った」
「ああ」
「人間のことも」
「本当は嫌いじゃないって」
「ああ」
「なら」
響。
「やめればいい」
単純。
でも。
当然の答え。
戦艦棲姫は。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
自分の胸へ。
手を当てる。
「……憎いんだ」
暁。
「え?」
「人間が」
声。
少しだけ。
震える。
「憎い」
「艦娘が」
「憎い」
四人。
固まる。
戦艦棲姫は。
続ける。
「何かをされたからじゃない」
「家族を殺されたわけでもない」
「大切なものを」
「奪われたわけでもない」
「理由なんて」
「何一つない」
握った拳。
力。
入る。
「それでも」
「人間を見ると」
「殺したくなる」
暁の肩が。
びくりと。
震えた。
「艦娘を見ると」
「沈めたくなる」
電。
怯えたように。
響へ。
寄る。
「敵だ」
「殺せ」
「沈めろ」
「海から」
「消してしまえ」
戦艦棲姫。
苦しそうに。
「ずっと」
「奥の方から」
「そういう感情が」
「湧いてくる」
雷。
恐る恐る。
「お姉さんも……?」
「私もだ」
即答。
「今だって」
四人。
見る。
暁。
息を呑む。
「頭では」
「分かっている」
「お前たちは」
「私に何もしていない」
「むしろ」
少し。
苦い顔。
「私たちが」
「お前たちの世界を」
「滅茶苦茶にした」
「それも」
「分かっている」
「それでも」
目。
一瞬。
赤く。
揺らぐ。
「消えない」
「…………」
戦艦棲姫。
一度。
目を閉じる。
呼吸。
整える。
そして。
目を開く。
さっきまで。
滲んでいた。
危険な何か。
消えている。
「こうやって」
「理性で」
「押さえているだけだ」
暁。
小さな声。
「ずっと……?」
「ああ」
「五年間?」
「ああ」
「そんなに……」
周囲。
巨大な航空艤装を持つ女が。
ゆっくり。
口を開く。
「私たちの中でも」
「理性が強い個体は」
「まだ耐えられる」
雷。
「あの……」
「私たちみたいな?」
「違う」
戦艦棲姫。
「私たち」
自分たちを。
指す。
「姫級」
そして。
周囲。
「鬼級」
暁。
首を傾げる。
「ひめ?」
電。
「おに?」
戦艦棲姫。
「深海棲艦の中でも」
「特に強い個体だ」
「力が強い」
「考える力も」
「他より強い」
「だから」
「内側から湧いてくる」
「憎悪にも」
「ある程度」
「抗うことができる」
響。
「イ級たちは?」
「難しい」
「ヌ級も?」
「同じだ」
戦艦棲姫。
苦い表情。
「命令で」
「止めることはできる」
「だが」
「憎しみそのものを」
「消してやることはできない」
「…………」
「溜まる」
「ずっと」
「少しずつ」
「そして」
「いつか」
「耐えられなくなる」
電。
小さく。
「それじゃあ……」
「みんな」
「いつか」
「そうだ」
戦艦棲姫。
「暴走する可能性がある」
暁。
五年間。
思い出す。
海。
何も。
してこなかった。
怪物たち。
「でも」
「五年間は」
「襲ってこなかったよ?」
戦艦棲姫。
空席の。
提督席を見る。
「待たせていたからだ」
「……?」
「もう少し待て」
「提督が来る」
「艦娘が来る」
「そうすれば」
「戦える」
「憎しみを」
「ぶつける相手が来る」
「だから」
「それまで耐えろ」
「そう言って」
「何とか」
「押さえていた」
響。
「それで」
「五年」
「ああ」
戦艦棲姫。
疲れたように。
「だが」
「限界だった」
部屋。
また。
静かになる。
雷。
しばらく。
考える。
そして。
ふと。
「あれ?」
全員。
雷を見る。
「あの空襲は?」
戦艦棲姫。
表情。
変わる。
雷。
続ける。
「ヌ級が」
「いっぱい出て」
「世界中を」
「攻撃したやつ」
「あれも」
「ゲームを始めるため?」
「…………」
戦艦棲姫。
すぐには。
答えない。
暁。
嫌な予感。
「違うの?」
「……違う」
戦艦棲姫。
短く。
「本来」
「攻撃する予定だったのは」
「日本の」
「一部地域だけだった」
四人。
「え?」
「お前たち」
暁たちを見る。
「最初の艦娘が」
「確認された場所」
「そこへ」
「限定的な攻撃を行い」
「提督を」
「表へ出す」
「その程度の」
「予定だった」
響。
「でも」
「世界中」
「攻撃された」
「ああ」
戦艦棲姫。
拳。
握る。
「あれは」
「一体の鬼級が」
「独断でやった」
暁。
「おにきゅう……?」
「私たちと」
「同じ上位個体だ」
「だが」
「そいつは」
「耐えられなかった」
戦艦棲姫。
低い声。
「憎悪に」
「飲まれた」
四人。
黙る。
「あいつは」
「人類全部を」
「敵だと判断した」
「提督も」
「艦娘も」
「出てこないなら」
「先に」
「全部焼けばいい」
「そう」
「考えた」
電。
震える。
「それで……」
「世界中の」
「街を……?」
「そうだ」
「配下のヌ級へ」
「命令を出した」
「私たちが」
「気づいた時には」
「もう」
「攻撃が始まっていた」
暁。
顔。
俯く。
燃える。
街。
幼稚園。
避難所。
お婆さん。
全部。
思い出す。
「……その人」
雷。
声。
険しい。
「今は?」
「処分した」
四人。
顔。
上げる。
「私が」
戦艦棲姫。
「轟沈させた」
「今は」
「海の底で」
「再生している途中だ」
雷。
「また」
「生き返るの?」
「ああ」
雷。
顔。
歪む。
「じゃあ」
「また同じこと」
「するかもしれないじゃない!」
「可能性はある」
戦艦棲姫。
否定しない。
「だから」
「再生したら」
「私たちで監視する」
一度。
目を伏せる。
「ただ」
「勘違いするな」
四人。
見る。
「あいつ一人が」
「悪かったわけじゃない」
「え?」
「あの憎悪は」
戦艦棲姫。
自分の胸へ。
手。
「私にもある」
周囲の。
女たち。
「ここにいる」
「全員にも」
「イ級にも」
「ヌ級にも」
「ル級にも」
「リ級にも」
「全員に」
「ある」
「たまたま」
「あいつが」
「先に壊れただけだ」
電。
「じゃあ」
「お姉さんも」
「いつか……?」
「分からない」
静か。
でも。
恐ろしい。
答え。
「今日かもしれない」
「明日かもしれない」
「百年後かもしれない」
「永遠に」
「耐えられるかもしれない」
「私にも」
「分からない」
暁。
戦艦棲姫を見る。
あの時。
胸倉を。
掴まれた。
怒った。
顔。
その奥。
疲れ。
恐怖。
今。
少し。
分かった。
この人。
自分自身が。
怖い。
「だから」
戦艦棲姫。
「停戦は」
「できない」
「…………」
「今日」
「私が」
「人間を襲わないと」
「約束したとしても」
「明日」
「その約束を」
「守れる保証がない」
「他の深海棲艦も」
「同じだ」
「和睦など」
「できる状態ではない」
暁。
悲しそうに。
「じゃあ」
「ずっと」
「戦うの?」
「終わらせる方法は」
戦艦棲姫。
提督席を見る。
「一つだけ」
「私たちが」
「知っている」
「何?」
響。
「提督を」
「倒すことだ」
四人。
「…………」
また。
その言葉。
提督。
戦艦棲姫。
続ける。
「ゲームでは」
「プレイヤーである」
「提督を倒せば」
「私たちの役割は」
「終わる」
「少なくとも」
「そういう」
「終着点がある」
雷。
「でも」
「この世界には」
「提督なんて」
「いないんでしょ?」
「そうだ」
戦艦棲姫。
力なく。
「だから」
「困ってる」
四人。
何も。
言えない。
「提督が」
「いない」
「なら」
戦艦棲姫。
自嘲するように。
「私たちは」
「いつまで」
「敵を」
「やっていればいい?」
暁。
胸。
痛くなる。
おかしい。
この人たちは。
自分たちの街を。
壊した。
たくさん。
人を。
殺した。
先生たちを。
傷つけた。
暁たちを。
戦わせることになった。
許せない。
本当なら。
怖いだけの。
悪い怪物。
そう。
思っていた。
でも。
今。
目の前の。
戦艦棲姫。
とても。
疲れている。
戦いたくない。
でも。
憎い。
憎みたくないのに。
憎い。
終わりたい。
でも。
終わる方法がない。
暁には。
全部。
理解できない。
ただ。
苦しそう。
それだけは。
分かった。
「……ごめんなさい」
戦艦棲姫。
目。
上げる。
「何?」
暁。
泣いていた。
「暁……」
「お姉さんたちは」
「ただの」
「悪い人だって」
「思ってた」
戦艦棲姫。
何も。
言わない。
「だって」
「街を壊したし」
「みんなを」
「いっぱい」
「傷つけたから……」
「それは」
「間違ってない」
戦艦棲姫。
「私たちは」
「お前たちにとって」
「加害者だ」
「謝るのは」
「お前じゃない」
「私たちの方だ」
「でも……」
暁。
涙。
拭う。
「嫌なのに」
「やってたって」
「知らなかった」
雷。
俯く。
「私」
「戦うのやめてって」
「簡単に言った」
「でも」
「やめたくても」
「やめられないんでしょ……?」
戦艦棲姫。
「ああ」
響。
静かに。
「戦ってほしくない」
「それは」
「今も変わらない」
「うん」
戦艦棲姫。
「変えなくていい」
響。
続ける。
「でも」
「お姉さんたちが」
「好きでやっているわけじゃない」
「それは」
「分かった」
電。
ずっと。
黙っていた。
そして。
一歩。
前。
戦艦棲姫。
気づく。
「……何をする?」
電。
さらに。
一歩。
「来るな」
電。
止まる。
戦艦棲姫。
目。
険しく。
「今」
「話しただろ」
「私の中には」
「お前を」
「敵だと」
「思う感情がある」
「完全には」
「消せない」
「だから」
「不用意に」
「近づくな」
電。
怖い。
足。
震える。
目の前。
長門たちを。
簡単に。
倒した。
怪物。
本気を。
出されたら。
自分なんて。
簡単に。
殺される。
それでも。
また。
一歩。
「電」
暁。
「大丈夫なの?」
電。
泣きながら。
頷く。
「でも」
戦艦棲姫。
「来るな!」
声。
強い。
電。
身体。
跳ねる。
それでも。
止まらない。
戦艦棲姫。
一歩。
後ろへ。
「おい」
電。
目の前。
そして。
抱きついた。
「…………」
戦艦棲姫。
完全に。
固まった。
周囲。
人型深海棲艦たち。
全員。
固まる。
電。
小さな腕。
戦艦棲姫の。
身体へ。
回している。
「お前……」
戦艦棲姫。
手。
行き場。
なく。
浮く。
「何を」
「お姉さんも」
電。
声。
震える。
「苦しかったのですね……」
戦艦棲姫。
目。
見開く。
「…………何?」
「嫌なのに」
「ずっと」
「戦わないと」
「いけなくて」
「終わりたくても」
「終われなくて」
電。
ぎゅ。
少し。
強く。
「ずっと」
「我慢してたのですね……」
「…………」
戦艦棲姫。
理解。
できない。
この子は。
自分たちに。
人生を。
壊された。
家族から。
忘れられた。
幼稚園。
失った。
命懸けで。
戦った。
自分は。
その子を。
さっき。
殺そうとした。
なのに。
何故。
自分を。
慰めている?
「……私は」
戦艦棲姫。
掠れた声。
「お前の」
「敵だぞ」
「はいなのです」
「お前を」
「殺したいという感情も」
「私の中には」
「あるんだぞ」
電。
小さく。
震える。
「怖いのです」
戦艦棲姫。
「なら!」
「でも」
電。
顔。
上げる。
涙。
いっぱい。
それでも。
「お姉さんが」
「自分で」
「それを止めようとしてるのも」
「分かったのです」
戦艦棲姫。
何も。
言えない。
暁。
その光景。
見る。
そして。
鼻。
啜る。
「……暁も」
戦艦棲姫。
「は?」
暁。
近づく。
「ちょ」
抱きつく。
反対側。
「おい!」
雷。
「だったら私も!」
「待て!」
三人目。
響。
最後。
少しだけ。
迷う。
そして。
「……仕方ない」
四人目。
戦艦棲姫。
四方向。
囲まれる。
「…………」
周囲。
姫。
鬼。
上位の。
深海棲艦たち。
呆然。
空母型の女。
小さく。
「何だ」
「これは……」
誰も。
答えられない。
暁。
戦艦棲姫。
抱きながら。
「戦うのは」
「やめてほしい」
「今でも」
「そう思ってる」
戦艦棲姫。
「……ああ」
「死んじゃった人も」
「戻ってこない」
「暁たちの」
「前のことも」
「戻らない」
「……ああ」
暁。
涙。
「だから」
「許したわけじゃないよ」
戦艦棲姫。
少し。
目。
見開く。
「うん」
響。
「でも」
「事情は」
「分かった」
雷。
「全部は」
「分からないけどね!」
電。
「お姉さんたちも」
「苦しんでいることは」
「少し」
「分かったのです」
「…………」
戦艦棲姫。
手。
まだ。
宙。
浮いている。
どうすれば。
いい?
抱き返す?
そんな。
行動。
設定。
ない。
敵を。
殺す。
艦娘を。
沈める。
そういう。
行動なら。
分かる。
でも。
自分を。
怖がっている。
子供を。
抱き返す。
そんな。
命令。
どこにも。
ない。
だから。
戦艦棲姫は。
初めて。
自分で。
考えた。
そして。
恐る恐る。
手。
下ろす。
四人の。
小さな背中へ。
触れる。
「…………」
何も。
起こらない。
憎悪。
まだ。
ある。
消えていない。
殺せ。
敵だ。
沈めろ。
奥。
声。
する。
でも。
その声より。
今。
腕の中。
四人。
温かい。
「……人間って」
戦艦棲姫。
小さく。
「分からないな」
暁。
戦艦棲姫の。
服。
掴んだまま。
「暁も」
「お姉さんたちのこと」
「まだ」
「よく分からないよ」
「そうか」
「うん」
「……なら」
戦艦棲姫。
ほんの少し。
笑った。
「同じだな」
その言葉。
深海棲艦として。
決められた。
台詞ではなかった。
誰かに。
書かれた。
設定でも。
なかった。
戦艦棲姫自身が。
初めて。
人間へ。
向けて選んだ。
言葉だった。
提督室。
誰も座らない。
椅子。
その前。
敵と。
敵。
だったはずの。
存在。
戦争。
まだ。
終わらない。
憎しみも。
消えていない。
死んだ人も。
戻らない。
許されても。
いない。
それでも。
ほんの少し。
互いを。
知った。
憎しむように。
作られた者たちが。
初めて。
その憎しみとは。
別の感情を。
自分自身で。
選び始めていた。