腕。
振り下ろされる。
暁。
目を閉じた。
響も。
雷も。
電も。
四人。
手を。
握り合う。
怖い。
死にたくない。
それでも。
これで。
終わる。
みんなが。
助かる。
先生も。
街のみんなも。
世界中の。
知らない誰かも。
もう。
戦わなくていい。
だから。
だから――。
来ない。
「……?」
痛みが。
来ない。
一秒。
二秒。
暁。
恐る恐る。
目を。
開く。
「……え?」
目の前。
腕。
止まっていた。
自分たちの。
命を。
奪うはずだった腕。
その手首を。
別の。
青白い手が。
掴んでいる。
「……お姉さん?」
戦艦棲姫。
だった。
「…………」
本人自身。
何が起きたのか。
分かっていない。
そんな。
顔。
自分の手。
見る。
掴んでいる。
確かに。
自分が。
止めている。
「……何ノ」
腕を。
止められた。
深海棲艦。
ゆっくり。
戦艦棲姫を見る。
「何ノツモリダ」
「…………」
「離セ」
戦艦棲姫。
動かない。
「戦艦棲姫」
「終了条件ハ」
「成立シタ」
「提督ヲ倒セバ」
「我々ハ」
「解放サレル」
分かっている。
誰よりも。
分かっている。
五年間。
待った。
いつ。
提督が。
現れる。
いつ。
艦娘が。
現れる。
いつ。
この戦いを。
始められる。
いつ。
終わらせられる。
海の底で。
待った。
待った。
待った。
そして。
ようやく。
条件が。
揃った。
殺せばいい。
たった。
四人。
殺せば。
終わる。
憎まなくていい。
戦わなくていい。
殺さなくていい。
静かな。
海の底へ。
帰れる。
なのに。
手が。
離れない。
「何故ダ」
聞かれる。
戦艦棲姫。
答えられない。
「…………」
「何故」
「止メル」
「…………分からない」
初めて。
弱々しい。
声。
「分からない」
暁。
戦艦棲姫。
見る。
響。
雷。
電。
同じ。
戦艦棲姫。
四人を見る。
その顔。
怖がっている。
泣いている。
それでも。
死を。
受け入れようとしている。
子供。
「…………」
胸。
痛い。
何故。
分からない。
でも。
嫌だ。
この四人が。
次の瞬間。
いなくなる。
それが。
どうしようもなく。
嫌だ。
「……死なせたくない」
小さな。
声。
「何?」
戦艦棲姫。
顔。
上げる。
「死なせたくない!」
広場。
響く。
「提督ヲ殺セバ」
「終ワル!」
「分かっている!」
「五年間」
「それを待っていた!」
「ずっと!」
「ずっと!」
「終わりたかった!」
声。
震える。
「ようやく」
「終われる!」
「ようやく」
「このくだらない役から」
「解放される!」
「分かっている!」
「全部」
「分かっている!」
それでも。
戦艦棲姫。
四人の。
前。
立つ。
「でも!」
「こいつらは」
「死なせたくないんだ!!」
沈黙。
艦娘。
深海棲艦。
誰も。
声。
出ない。
「…………」
腕を。
掴まれていた。
深海棲艦。
呆然。
そして。
次。
顔。
怒り。
染まる。
「裏切リ者メ!」
艤装。
動く。
殺気。
戦艦棲姫へ。
向く。
「深海棲艦ガ」
「提督ヲ庇ウダト!」
戦艦棲姫。
構える。
だが。
「…………?」
深海棲艦。
止まる。
戦艦棲姫。
頬。
何か。
流れている。
「……オ前」
「何故」
「泣イテイル」
「…………え?」
戦艦棲姫。
頬。
触る。
指先。
濡れる。
見る。
透明。
雫。
「…………」
もう一度。
頬。
触る。
また。
濡れる。
「……泣いて」
「いる?」
本人。
一番。
困惑。
「何故……」
呟く。
「私は」
「何故」
「泣いている……?」
答え。
誰も。
持っていない。
ただ。
一つ。
確かなこと。
ゲームに。
設定された。
憎悪ではない。
感情。
それが。
確かに。
そこに。
生まれていた。
その時。
「――やっと」
声。
「追いついた……!」
暁。
振り返る。
「……え?」
そこ。
天龍。
「先生!?」
立っている。
いや。
立っていること自体。
おかしい。
身体。
提督命令。
止まっているはず。
なのに。
一歩。
また。
一歩。
手。
血。
腕。
震える。
膝。
今にも。
崩れそう。
それでも。
歩く。
龍田。
隣。
同じ。
「もう……」
「ほんと……」
「世話の焼ける」
「園児たちねぇ……」
笑っている。
でも。
目。
泣いている。
「先生!」
四人。
次の瞬間。
天龍。
龍田。
腕。
伸ばす。
四人。
抱く。
強く。
強く。
「捕まえた」
天龍。
息。
荒い。
「もう」
「離さねぇぞ」
「馬鹿ども」
暁。
目。
見開く。
そして。
天龍たちの。
向こう。
「…………!」
長門。
翔鶴。
扶桑。
山城。
赤城。
加賀。
金剛。
比叡。
榛名。
霧島。
数え切れない。
少女たち。
全員。
動いている。
ほんの少し。
少しずつ。
身体を。
壊しながら。
それでも。
砲。
構える。
弓。
引く。
魚雷。
握る。
暁。
青ざめる。
「だめ!」
「もうやめて!」
響。
「これ以上」
「動いたら」
「本当に」
「死んじゃう!」
雷。
「お願い!」
電。
「止まってくださいなのです!」
瞬間。
《提督命令を確認》
声。
鎮守府。
全体。
響く。
《全所属艦娘》
《行動停止》
少女たち。
身体。
さらに。
重くなる。
「ぐっ……!」
長門。
膝。
落ちる。
赤城。
弓。
震える。
天龍。
「……っ!」
四人。
顔。
真っ青。
「違う!」
暁。
「そんな意味じゃない!」
「痛くしないで!」
「先生たちを」
「痛くしないで!」
《提督命令への違反を確認》
暁。
「……え?」
《対象艦娘》
《天龍》
天龍。
顔。
上げる。
《命令違反継続》
《行動矯正を開始します》
「何――」
天龍。
身体。
跳ねる。
「がっ……!」
「天龍ちゃん!」
龍田。
天龍。
膝。
石畳。
叩きつけられる。
腕。
強制的に。
床。
押し付けられる。
呼吸。
止まる。
視界。
ノイズ。
「せん……せい?」
暁。
震える。
「先生!」
天龍。
歯。
食いしばる。
立つ。
「やめ……ろ」
《命令違反継続》
「やめろって」
天龍。
腕。
立てる。
《ペナルティ段階を上昇》
艤装。
一部。
停止。
身体。
再び。
崩れる。
「ぐあっ……!」
「やめて!!」
四人。
絶叫。
「暁たちが悪かった!」
「ちゃんと言うから!」
「先生を痛くしないで!」
その瞬間。
声。
変わる。
今度。
四人へ。
向けられる。
《提督各位へ警告》
四人。
固まる。
《艦隊統率義務を履行してください》
《所属艦娘による》
《命令違反を放置した場合》
《矯正措置を継続します》
電。
顔。
青ざめる。
「……そんな」
《適切な指揮を》
《実施してください》
《艦隊統率は》
《提督の義務です》
四人。
震える。
初めて。
理解する。
提督。
偉い人。
ではない。
命令する。
人。
でもない。
自分たちも。
命令。
されている。
この。
見えない。
何かに。
「嫌……」
雷。
首。
振る。
「こんなの」
「嫌!」
響。
帽子。
触る。
「私たち」
「こんなもの」
「欲しいなんて」
「言ってない」
電。
泣く。
「先生たちを」
「傷つけるために」
「提督になったんじゃ」
「ないのです……!」
暁。
帽子。
掴む。
「返す!」
「こんなの」
「返すから!」
帽子。
取ろうとする。
《警告》
手。
止まる。
《提督装備の解除は》
《許可されていません》
「…………!」
天龍。
その光景。
見る。
暁。
響。
雷。
電。
泣いている。
妖精との。
契約。
存在。
奪われた。
それでも。
戦った。
今度は。
提督。
勝手に。
選ばれた。
そして。
先生たちを。
傷つけたくなければ。
命令しろ。
そう。
脅されている。
天龍。
顔。
変わる。
「……ふざけんな」
低い。
声。
「天龍ちゃん?」
「ふざけんなよ……」
立つ。
《対象艦娘:天龍》
《行動停止を命令》
一歩。
「うるせぇ」
《命令に従ってください》
一歩。
血。
落ちる。
《警告》
「うるせぇ!」
天龍。
四人。
抱く。
「先生……」
「お前ら」
「戻せって」
「言ってたな」
暁。
泣きながら。
「だって……」
「暁たちが」
「死なないと」
「終わらないの!」
天龍。
「馬鹿野郎!」
四人。
びく。
「簡単に」
「諦めんな!」
「簡単じゃない!!」
暁。
初めて。
怒鳴り返す。
「いっぱい考えた!」
響。
涙。
流す。
「みんなとも」
「話した」
雷。
「他に」
「方法がないか」
「いっぱい」
「いっぱい考えた!」
電。
「でも」
「なかったのです!」
暁。
天龍の。
服。
掴む。
「私たちだって」
「死にたくない!!」
天龍。
止まる。
暁。
泣く。
「こんな力」
「欲しくなかった!」
響。
「もっと」
「先生たちと」
「一緒にいたい」
雷。
「もっと」
「遊びたい!」
電。
「お父さんと」
「お母さんにも」
「思い出してほしいのです……!」
四人。
泣く。
「でも!」
暁。
叫ぶ。
「暁たちが」
「今」
「死ななかったら!」
「この後」
「もっと」
「いっぱい」
「人が死んじゃう!」
「その人たちに!」
声。
震える。
「なんで」
「あなたたちは」
「あの時」
「死ななかったんだって!」
「絶対」
「言われる!」
「そんなの……!」
「そんなの」
「耐えられないよ!!」
雷。
「だから!」
「今なら」
「覚悟できてるから!」
電。
「怖くても」
「みんな一緒なら」
響。
「だから」
暁。
「死なせてよ!!」
天龍。
四人を見る。
しばらく。
何も。
言わない。
そして。
「そんな覚悟は」
「覚悟じゃねぇ!!」
四人。
固まる。
「違う!」
「違わねぇ!」
天龍。
叫ぶ。
「怖くて!」
「苦しくて!」
「他に方法がねぇって」
「思い込んで!」
「自分が死ねば」
「全部丸く収まるって」
「決めつけてるだけだ!」
「いっぱい考えたって」
「言ったでしょ!」
暁。
泣きながら。
怒る。
天龍。
即答。
「だったら」
「最後まで考えろ!!」
暁。
「…………!」
「お前ら」
「言っただろ」
「ここで待ってても」
「死ぬだけなら」
「最後まで」
「足掻くって!」
暁。
目。
見開く。
あの日。
燃える。
街。
自分たち。
言った。
諦めない。
最後まで。
戦う。
天龍。
「奇跡ってのは」
「最後まで」
「諦めず」
「覚悟を持った奴にしか」
「来ねぇんだろ!」
「だったら」
「何で」
「自分が死ぬことだけ」
「そんな簡単に」
「正解にしてんだ!」
四人。
何も。
言えない。
「生きる方法を」
「探せ!」
「俺たちも」
「探す!」
「深海棲艦だろうが」
「艦娘だろうが」
「人間だろうが」
「全員で」
「探しゃいい!」
「それでも」
「なかったら……!」
天龍。
歯。
噛む。
「その時」
「また」
「考えりゃいい!」
暁。
「でも」
「ルールが……」
「提督が死なないと」
「ゲームが……!」
「だったら」
天龍。
暁の。
頭。
見る。
帽子。
「そんなルールを」
「決めてる奴を」
「ぶっ壊せば」
「いいだろ」
戦艦棲姫。
顔。
上がる。
「…………何?」
長門。
息。
荒い。
それでも。
口。
開く。
「天龍の」
「言う通りだ」
戦艦棲姫。
「何を……」
「そもそも」
長門。
立ち上がろうとする。
「提督を倒せば」
「本当に」
「全てが終わるという」
「保証は」
「どこにある」
戦艦棲姫。
「それは」
「ゲームの」
「ルールだ」
長門。
「そのゲームは」
「今」
「正常なのか?」
沈黙。
「提督は」
「本来」
「四人なのか?」
「…………」
「艦娘は」
「妖精との契約で」
「人間から」
「生まれるのか?」
「…………違う」
「深海棲艦は」
「恐怖を感じ」
「敵前逃亡するのか?」
「……違う」
「艦娘は」
「提督命令へ」
「逆らえるのか?」
戦艦棲姫。
天龍を見る。
「……違う」
長門。
「なら」
一拍。
「提督を殺せば」
「ゲームが終わる」
「その一つだけが」
「正常に作動するという」
「根拠は何だ?」
戦艦棲姫。
答え。
出ない。
「もし」
長門。
四人を見る。
「この子たちを」
「殺して」
「何も」
「終わらなかったら?」
暁。
息。
止まる。
「…………」
戦艦棲姫。
顔。
青ざめる。
考えたこと。
なかった。
ルール。
だから。
正しい。
そう。
思っていた。
だが。
既に。
世界。
ルールから。
外れている。
「……そんな」
戦艦棲姫。
呟く。
その時。
《警告》
全員。
顔。
上げる。
《提督による》
《艦隊統率義務の不履行を確認》
四人。
震える。
《直ちに》
《所属艦娘へ》
《適切な命令を実施してください》
天龍。
帽子。
見る。
四つ。
提督帽。
《警告》
《命令してください》
天龍。
目。
細める。
「……お前か」
暁。
「先生?」
天龍。
手。
伸ばす。
暁の。
帽子。
掴む。
取る。
《警告》
響。
帽子。
取る。
《提督装備の無断解除を確認》
雷。
《直ちに返還してください》
電。
最後。
四つ。
全部。
天龍の。
腕。
《警告》
天龍。
帽子。
見る。
「お前が」
「こいつらを」
「提督にしたのか」
《提督装備を》
《直ちに返還してください》
「嫌だね」
《艦娘による》
《提督権限への干渉を確認》
天龍。
主砲。
ゆっくり。
向ける。
《重大な規律違反です》
暁。
「先生……?」
天龍。
四人。
見る。
泣いている。
怖がっている。
たった。
四、五歳。
子供。
身体だけ。
少し。
大きくなった。
でも。
中身。
あの日。
幼稚園にいた。
園児。
《警告》
天龍。
砲口。
帽子へ。
向ける。
《直ちに》
《提督へ返還――》
「子供に」
天龍。
低く。
「人殺しの命令を」
「させるようなもんを」
「俺は」
「指揮系統とは」
「呼ばねぇ」
《警告》
《警告》
《警告》
天龍。
笑う。
血だらけ。
ボロボロ。
それでも。
笑う。
「それとな」
「こいつらは」
「提督じゃねぇ」
暁。
響。
雷。
電。
見る。
「俺たちの」
「園児だ」
四人。
目。
見開く。
《最終警告》
《直ちに》
《提督装備を》
《返還してください》
天龍。
砲。
構える。
「子供を」
「泣かせるルールなら」
一拍。
「そんなもん」
「ルールじゃねぇ」
轟音。
四つの。
帽子。
砲撃。
直撃。
粉々。
吹き飛ぶ。
「先生!!」
《提督権限――》
ノイズ。
《認証――》
ザザッ。
《エ……ラー》
《提督……権……》
《エラー》
《エラー》
《――――》
消えた。
同時。
「……え?」
暁。
頭。
軽い。
ずっと。
何か。
見えないもの。
頭の奥。
押さえつけていた。
それ。
消える。
天龍。
身体。
自由。
龍田。
腕。
動く。
長門。
立つ。
翔鶴。
弓。
下ろす。
世界中から。
集められた。
少女たち。
一斉。
自分の。
身体。
見る。
動く。
誰にも。
強制されない。
自分の。
意思で。
動く。
暁。
震える。
「……命令」
響。
「消えた」
雷。
「もう」
「先生たち」
「痛くならないの?」
電。
「私たちが」
「何か言っても……?」
天龍。
四人。
抱き寄せる。
「ああ」
「もう」
「誰にも」
「お前らを」
「命令なんか」
「させねぇ」
四人。
泣く。
天龍。
胸。
顔。
埋める。
戦艦棲姫。
その光景。
見る。
そして。
地面。
砕けた。
帽子。
見る。
ゲーム。
絶対。
だった。
ルール。
壊れた。
たった。
一人の。
艦娘。
砲撃。
それだけで。
壊れた。
「……壊れた」
戦艦棲姫。
呟く。
「ルールが……」
長門。
その言葉。
聞く。
「そうだ」
戦艦棲姫。
長門を見る。
長門。
鎮守府。
見上げる。
「帽子が」
「提督権限を」
「管理していたのなら」
「それを」
「作ったものが」
「どこかにある」
翔鶴。
気づく。
「そして」
「それも」
「壊せるかもしれない」
戦艦棲姫。
目。
大きく。
開く。
深海棲艦たち。
互い。
見る。
憎悪。
自分たちを。
縛る。
設定。
艦娘。
命令。
縛る。
提督。
そして。
提督自身。
縛る。
システム。
その一部。
今。
壊れた。
「……なら」
戦艦棲姫。
声。
震える。
五年間。
一度も。
考えなかった。
いや。
考えることすら。
許されなかった。
選択肢。
「提督を」
「殺すのではなく……」
暁。
涙。
拭く。
戦艦棲姫を見る。
戦艦棲姫。
その先。
言う。
「ゲームそのものを」
「壊せるのか……?」
誰も。
答えを。
知らない。
だが。
初めて。
そこに。
三つ目の。
道が。
生まれた。
戦う。
でもない。
死ぬ。
でもない。
自分たちを。
戦わせている。
もの。
それを。
壊す。
暁。
響。
雷。
電。
四人。
天龍。
龍田。
抱かれながら。
砕けた。
提督帽。
見る。
それは。
小さな。
小さな。
破片。
けれど。
ゲームが。
初めて。
人の意思に。
負けた。
証だった。