海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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九月十日。

その日を境に。

人類は海を失った。


第六話 海を失った日

世界各国の海軍は敗北を認めていなかった。

 

認められるはずがなかった。

 

海を失うということは、人類文明そのものの終焉を意味する。

 

だから戦った。

 

勝てる可能性が一%でも残されている限り。

 

各国は持てる全てを投入した。

 

ワシントン。

 

国防総省。

 

緊急会議は連日続いていた。

 

巨大スクリーンには世界地図。

 

赤い光点が増え続けている。

 

深海の怪物出現海域。

 

もはや太平洋だけではない。

 

世界中の海が侵食されていた。

 

「これ以上の後退は許されない」

 

アメリカ統合参謀本部議長が言った。

 

「海上交通路を奪われれば国家が死ぬ」

 

誰も反論しない。

 

事実だからだ。

 

同じ頃。

 

東京。

 

北京。

 

ロンドン。

 

パリ。

 

モスクワ。

 

ニューデリー。

 

各国政府もまた同じ結論へ辿り着いていた。

 

戦うしかない。

 

そして。

 

人類史上最大規模の海上作戦が開始された。

 

八月二十五日。

 

作戦名。

 

国際海洋防衛作戦。

 

各国海軍は同時反攻を開始した。

 

太平洋。

 

大西洋。

 

インド洋。

 

北海。

 

南シナ海。

 

地中海。

 

世界各地の艦隊が一斉に出撃する。

 

空母。

 

巡洋艦。

 

駆逐艦。

 

潜水艦。

 

哨戒機。

 

爆撃機。

 

人類が百年以上かけて築き上げた海軍戦力。

 

その全てだった。

 

海は再び戦場となった。

 

太平洋。

 

アメリカ海軍第七艦隊。

 

上空では艦載機が飛び交い。

 

海中では潜水艦が待ち伏せる。

 

そして前方。

 

海面に現れた黒い群れ。

 

赤い眼。

 

異形の巨体。

 

無数の怪物たち。

 

攻撃開始。

 

ミサイルが飛ぶ。

 

爆弾が降る。

 

魚雷が走る。

 

海面が爆発で埋め尽くされた。

 

しかし。

 

結果は変わらなかった。

 

怪物たちは無傷だった。

 

砲撃を受けても。

 

爆撃を受けても。

 

魚雷を受けても。

 

傷一つ付かない。

 

まるで現実そのものを拒絶する存在。

 

そして。

 

反撃が始まった。

 

怪物たちが突撃する。

 

空母へ。

 

巡洋艦へ。

 

駆逐艦へ。

 

鋼鉄の船体が引き裂かれる。

 

数千人規模の将兵が海へ投げ出される。

 

通信が悲鳴で埋め尽くされる。

 

インド洋でも。

 

大西洋でも。

 

結果は同じだった。

 

人類は勝てなかった。

 

その報告は数時間ごとに届く。

 

「艦隊壊滅」

 

「任務失敗」

 

「戦線崩壊」

 

「敵損害確認できず」

 

勝利報告は一つもなかった。

 

そして。

 

世界中の海軍司令部が最も恐れていた議論が始まる。

 

核兵器。

 

人類最後の切り札。

 

第二次世界大戦以降、一度も実戦使用されなかった究極の兵器。

 

それが検討された。

 

反対意見はあった。

 

海洋汚染。

 

政治問題。

 

放射能。

 

国際世論。

 

だが。

 

もはやそんな段階ではない。

 

人類は負けていた。

 

九月二日。

 

太平洋中央海域。

 

深海怪物群集結を確認。

 

作戦決行。

 

世界中が見守っていた。

 

テレビ。

 

インターネット。

 

軍事衛星。

 

全てが同じ海域を映している。

 

爆撃機が飛来する。

 

投下。

 

閃光。

 

太陽が海上に落ちたようだった。

 

凄まじい光が世界を染める。

 

衝撃波。

 

轟音。

 

巨大なキノコ雲。

 

数百万トンの海水が蒸発した。

 

誰もが祈った。

 

効いてくれ。

 

頼む。

 

倒れてくれ。

 

人類は初めて。

 

敵ではなく希望に祈っていた。

 

数十分後。

 

偵察機が現場へ到達する。

 

世界中が固唾を呑んだ。

 

そして。

 

観測員が言った。

 

「反応を確認」

 

静寂。

 

「目標群、生存」

 

誰も言葉を発せなかった。

 

映像が送られてくる。

 

そこには。

 

海面を進む怪物たちの姿。

 

確かに数体は消えていた。

 

だが。

 

それだけだった。

 

群れはなお存在する。

 

数百。

 

あるいは数千。

 

その大部分が健在だった。

 

核兵器は効いた。

 

だが勝てなかった。

 

それが人類に突き付けられた現実だった。

 

九月十日。

 

国連本部。

 

緊急特別会議。

 

会場には異様な沈黙が流れていた。

 

誰もが疲弊している。

 

誰もが敗北を理解している。

 

だが。

 

その言葉だけは口にできなかった。

 

やがて。

 

一人の代表が口を開いた。

 

「我々は海を失った」

 

誰も反論しない。

 

できなかった。

 

太平洋は敵の海となった。

 

インド洋も。

 

大西洋も。

 

地中海も。

 

南シナ海も。

 

人類は陸に追い込まれた。

 

数百年続いた海洋時代。

 

大航海時代から続く海の支配。

 

その歴史が終わった瞬間だった。

 

その夜。

 

世界中の港で船が係留された。

 

出港予定は全て中止。

 

遠洋航海は停止。

 

海軍艦艇も沿岸警備へ縮小。

 

海へ出ること。

 

それ自体が死を意味していた。

 

そして。

 

誰も知らない深海の底で。

 

無数の赤い眼が揺れていた。

 

まるで勝利を祝福するように。

 

まるで次の段階へ進むように。

 

人類はまだ知らない。

 

この敗北ですら始まりに過ぎないことを。

 

そして。

 

海を取り戻す唯一の希望が、まだどこにも存在していないことを。

 

だが運命は既に動き始めていた。

 

人知の及ばぬ場所で。

 

静かに。

 

確実に。

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