光が消えた。
そこにいたのは、もう四人の園児ではなかった。
瓦礫の中。
四人の少女が立っていた。
身体は以前よりも大きくなっている。
幼い面影を残しながらも、その姿は十代前半ほどに成長していた。
そして何より異様なのは、その身体に装着されたものだった。
鋼鉄。
砲塔。
魚雷発射管。
機関部を思わせる未知の装備。
小柄な少女たちにはあまりにも不釣り合いな兵器。
しかし不思議なことに。
四人は最初からその名前を知っていた。
「……暁」
最初の少女が自分の胸へ手を当てる。
なぜ知っているのか分からない。
でも。
自分は暁。
そう理解していた。
「響」
二人目が静かに呟く。
「雷!」
三人目が声を上げる。
最後の少女は少し戸惑いながら。
「……電、なのです」
暁。
響。
雷。
電。
暁型駆逐艦。
四姉妹。
それが今の彼女たちだった。
だが。
心まで変わったわけではない。
つい数分前まで。
積み木で遊び。
絵を描き。
先生に褒めてもらって喜んでいた。
幼い子供たちだった。
「先生!」
雷が我に返る。
四人が駆け寄った。
瓦礫の下。
二人の先生が倒れている。
「助けなきゃ!」
「どうするの!?」
妖精がふわりと浮かぶ。
「今のみんななら運べるよ」
暁が男性教師を抱き上げた。
その瞬間。
「え?」
自分でも驚いた。
軽い。
大人一人がまるで人形のようだった。
響と電が女性教師を支える。
雷が周囲を確認する。
「こっち!」
四人は走った。
いや。
本人たちは走っているつもりだった。
だがその速度は人間のそれではない。
瓦礫を飛び越え。
炎上する道路を抜け。
二人を臨時避難所まで運んだ。
「負傷者です!」
雷が叫ぶ。
救護班が振り返る。
そして目を見開いた。
見知らぬ四人の少女。
奇妙な装備。
そして重傷者二名。
「早く!」
「先生を助けて!」
その言葉で救護班が動いた。
担架。
止血。
輸血準備。
二人は直ちに処置室へ運ばれていく。
暁はその背中を見送った。
「先生……」
呼び止めようとした。
だが。
その時だった。
女性教師が一瞬だけ目を開けた。
暁を見る。
目が合った。
暁の表情が明るくなる。
「先生!」
だが。
女性教師の表情に浮かんだものは。
安心でも。
喜びでもなかった。
困惑だった。
「……誰……?」
暁の笑顔が止まった。
妖精の言葉を思い出す。
――君たちのことを、みんな忘れる。
「せん……せい……?」
返事はない。
女性教師は再び意識を失った。
担架が処置室へ消える。
四人はその場に立ち尽くした。
初めて。
代償の意味を。
ほんの少しだけ理解した。
ドォォォォン!!
遠くで爆発。
建物が揺れる。
悲鳴。
警報。
まだ終わっていない。
海から砲撃が続いている。
「まだいるよ」
妖精が言った。
四人が振り返る。
「海に」
「たくさん」
暁の顔から血の気が引いた。
「……あれと戦うの?」
妖精が頷く。
「今のみんななら倒せる」
沈黙。
雷が震え始めた。
「やだ……」
小さな声だった。
電の目から涙がこぼれる。
「怖いのです……」
響も黙っていた。
握り締めた拳が震えている。
暁は一番上だから。
お姉さんだから。
怖くない顔をしようとした。
でも。
無理だった。
「暁も……怖い……」
当然だった。
彼女たちは兵士ではない。
戦闘訓練など受けたこともない。
勇敢な軍人でもない。
つい先ほどまで幼稚園にいた子供たちなのだから。
その時。
再び爆発。
避難所の窓が震える。
外から子供の泣き声が聞こえた。
四人が振り返る。
そこには。
自分たちより小さな子供を抱き締める母親。
老人を支える若者。
負傷者を運ぶ救急隊員。
必死に避難誘導を続ける警察官。
そして。
海の方角を警戒する自衛官たち。
誰も戦えない。
五年前。
人類は戦った。
負けた。
何度戦っても。
何を使っても。
あの怪物を倒せなかった。
「……私たちなら」
暁が呟く。
「倒せるのよね?」
妖精が頷く。
暁は涙を拭った。
「だったら……」
声が震える。
それでも。
「行かなきゃ」
響が暁を見る。
雷も。
電も。
「先生を守ったんだもん」
暁は言った。
「今度は、みんなを守るの」
しばらくして。
響が頷いた。
「……うん」
雷も涙を拭く。
「怖いけど……行く」
電も震えながら頷いた。
「みんなを……助けたいのです」
四人は歩き始めた。
海へ向かって。
「おい!」
自衛官が気付いた。
「君たち! そっちは危険だ!」
四人は止まらない。
「戻れ!」
別の隊員が叫ぶ。
「海岸へ行くな!」
暁が振り返る。
「大丈夫!」
「大丈夫じゃない!」
自衛官が走ってくる。
「敵がいるんだ! 早く避難所へ――」
その時。
暁の艤装が動いた。
金属音。
砲塔が旋回する。
自衛官の足が止まった。
「……何だ、それは」
四人は答えられない。
自分たちにも分からないから。
ただ。
使い方だけは知っていた。
海岸。
五年ぶりに。
人類が自ら海へ近付いていく。
そして。
そこにいた。
深海棲艦 駆逐イ級。
一体。
二体。
十体。
その向こうにも。
黒灰色の巨体。
赤い眼。
五年間、人類を海から追放した怪物。
暁たちは立ち止まった。
大きい。
映像で見るのとは違う。
百メートルを超える巨体。
自分たちなど踏み潰されてしまいそうだった。
電が暁の服を掴む。
「こ、怖いのです……」
「暁だって怖いわよ……」
雷が響の手を握る。
響も握り返した。
四人は震えていた。
その様子を遠くから自衛官たちが見ていた。
「何をしている!」
「戻れ!」
「子供だぞ!」
一人の隊員が駆け出そうとする。
だが上官が止めた。
海岸へ近付けば砲撃に巻き込まれる。
それでも。
誰も少女たちを見捨てようとは思えなかった。
「救出班を出せ!」
「ですが――」
「子供四人だぞ!」
その瞬間。
一体のイ級が動いた。
赤い眼が四人を捉える。
自衛官が叫んだ。
「逃げろ!!」
イ級の砲撃。
暁たちは本能的に散開した。
砲弾が海岸へ着弾する。
爆発。
砂煙。
「暁!」
「大丈夫!」
暁は立っていた。
そして。
自分の右側にある砲塔を見る。
どうすればいいのか。
知っている。
教わったことなどないのに。
身体が知っている。
照準。
距離。
角度。
敵。
暁が叫んだ。
「みんなを――」
砲塔がイ級を捉える。
「いじめないで!!」
発砲。
小さな少女の身体から。
轟音が響いた。
砲弾が飛ぶ。
イ級へ。
命中。
その瞬間。
世界で初めて。
深海棲艦の装甲が。
砕けた。
黒い破片が空を舞う。
イ級の巨体が揺らぐ。
赤い眼が激しく明滅する。
誰も動かなかった。
自衛官も。
避難誘導中の警察官も。
遠くから見ていた住民も。
理解できなかった。
五年間。
ミサイルでも。
魚雷でも。
爆撃でも。
核兵器ですら。
ほとんど傷付けられなかった怪物。
その怪物が。
小さな少女の砲撃で。
傷付いた。
「……効いた?」
暁自身が一番驚いていた。
妖精が静かに言った。
「うん」
そして。
「倒せるよ」
暁が前を見る。
傷付いたイ級。
その後ろ。
無数の群れ。
怖い。
逃げたい。
先生のところへ戻りたい。
それでも。
暁は砲塔を構えた。
隣に響が立つ。
雷が立つ。
電が立つ。
四人。
たった四人。
人類を海から追放した怪物の群れを前に。
四人の少女が並んだ。
暁が震える声で言った。
「行くわよ……」
三人が頷く。
そして。
五年間。
一度として反撃することのできなかった人類の戦争に。
初めて。
勝利する可能性が生まれた。