ただ。
何が起きているのか分からなかったから。
記録しておかなければならないと思った。
それだけだった。
海岸から数百メートル離れた道路。
一人の自衛官が携行端末を構えていた。
画面の向こうに映っているのは、四人の少女。
暁。
響。
雷。
電。
だが彼はその名前を知らない。
知っているのはただ一つ。
あの少女たちが。
五年間。
人類が何をしても傷付けることのできなかった怪物を。
傷付けたということだけ。
「……何なんだ、あの子たちは」
声が震えていた。
恐怖なのか。
興奮なのか。
自分でも分からない。
画面を拡大する。
小さな少女。
その身体には見たこともない装備。
砲塔。
魚雷発射管。
艦艇の一部を人間用に縮小したような異様な兵装。
そして。
その向こうには巨大な怪物の群れ。
あまりにも大きさが違った。
怪物は百メートルを超える。
少女たちは十代前半程度にしか見えない。
普通なら。
戦いとすら呼べない。
なのに。
少女の砲撃は怪物を傷付けた。
「もう一度……」
自衛官が呟く。
「もう一度やってくれ……」
まるで祈るように。
海岸。
暁は震えていた。
怖い。
目の前には無数のイ級。
さっき一発当てた。
傷付けた。
でも。
倒してはいない。
「暁」
響が隣へ並ぶ。
「一人じゃない」
雷も砲塔を構える。
「四人一緒なら……きっと大丈夫!」
電はまだ涙目だった。
それでも。
「頑張るのです……!」
暁が三人を見る。
そして。
頷いた。
「うん」
四人の砲塔が動く。
イ級が咆哮した。
それが合図だった。
「撃って!!」
四人同時射撃。
轟音。
砲弾が飛ぶ。
一発。
二発。
三発。
四発。
命中。
黒い外殻が砕ける。
イ級の巨体が揺らぐ。
さらに射撃。
装甲が裂ける。
赤い光が明滅する。
そして。
巨大な身体が傾いた。
海面へ。
ゆっくりと。
沈んでいく。
誰も声を発しなかった。
自衛官は画面越しにそれを見ていた。
怪物が沈む。
完全に。
消えていく。
「……倒した」
自分の声なのか分からなかった。
「倒した……?」
五年間。
世界中の海軍が戦った。
ミサイルを撃った。
魚雷を撃った。
爆撃した。
最後には核兵器まで使った。
それでも。
まともに倒せなかった。
その怪物が。
沈んだ。
四人の少女によって。
自衛官の手が震えた。
その瞬間。
彼の中で撮影の意味が変わった。
これは戦闘記録ではない。
これは。
「……見せなきゃ」
隣にいた隊員が振り返る。
「何?」
「これを世界に見せなきゃ駄目だ」
「待て、通信規則が――」
「五年間だぞ!」
思わず叫んだ。
「五年間!」
周囲の隊員が振り返る。
「俺たちは何をやっても駄目だった!」
声が震える。
「艦が沈んだ!」
「仲間が死んだ!」
「海を取られた!」
「何を撃っても効かなかった!」
そして。
海岸を指差した。
「あの子たちは倒したんだぞ!」
誰も答えられない。
「これは記録じゃない」
自衛官は端末を握り締めた。
「希望だ」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
映像はまず上級司令部へ送信された。
当然。
混乱が起きた。
「映像解析!」
「合成の可能性は!?」
「ありません!」
「新型兵器か?」
「該当装備なし!」
「少女たちは何者だ!」
「不明です!」
「深海勢力撃破は確実なのか!?」
「現在確認中!」
誰も信じられなかった。
信じられるはずがなかった。
五年間。
不可能だったことなのだから。
だが。
映像は終わっていなかった。
生中継だった。
二体目。
響が動いた。
イ級の砲撃。
小さな身体が海面を滑る。
あり得ない速度。
砲弾が背後へ落ちる。
巨大な水柱。
響は振り返る。
照準。
発砲。
命中。
外殻破砕。
「命中確認!」
司令部に声が響く。
雷が続く。
電が続く。
暁が叫ぶ。
四人の砲撃が集中する。
そして。
二体目が沈んだ。
司令部は沈黙した。
もう。
誰も映像加工とは言わなかった。
やがて。
映像は政府へ。
そして同盟国へ。
さらに。
世界へ。
その日。
人類は同じ映像を見た。
東京。
避難所のテレビ。
人々が集まっていた。
誰も話さない。
画面の中。
四人の少女が戦っている。
アメリカ。
軍司令部。
将官たちが立ち上がっていた。
「再生しろ」
「もう一度だ」
イ級が沈む映像。
何度見ても同じだった。
イギリス。
かつて巨大な船が行き交っていた港。
五年間。
ほとんど使われなくなった埠頭。
設置された大型モニターを船乗りたちが見上げていた。
誰かが帽子を取った。
誰かが泣いた。
そして。
日本の病院。
二人の教師が治療を受けていた。
男性教師が目を覚ます。
病室のテレビには。
四人の少女。
「……誰だ?」
女性教師も画面を見る。
分からない。
知らない子供たちだった。
なのに。
なぜだろう。
胸が痛かった。
理由も分からないまま。
涙が流れた。
「……どうして……」
答えられる者はいなかった。
世界中で。
同じ疑問が生まれていた。
あの少女たちは誰なのか。
どこから来たのか。
なぜ深海棲艦を倒せるのか。
そして。
なぜ。
子供が戦っているのか。
誰にも分からなかった。
だが。
一つだけ分かることがあった。
深海棲艦は。
倒せる。
その事実だけだった。
五年間。
人類が待ち続けた答え。
勝てる。
ではない。
まだそんなことは誰にも言えない。
海には数え切れないほどの怪物がいる。
人類が失った海は広すぎる。
四人だけで世界を救える保証などどこにもない。
それでも。
倒せる。
無敵ではない。
それだけで十分だった。
海岸。
戦闘は続いていた。
暁は息を切らしていた。
響も。
雷も。
電も。
怖かった。
泣きたかった。
先生のところへ帰りたかった。
それでも。
四人は海の怪物を睨んでいた。
その時。
自衛官が叫んだ。
「君たち!」
四人が振り返る。
「名前を教えてくれ!」
暁が目を丸くする。
名前。
少し前まで。
別の名前があったような気がする。
お父さんとお母さんが呼んでくれた名前。
先生が呼んでくれた名前。
友達が呼んでくれた名前。
でも。
思い出せない。
もう。
どこにも存在しない。
暁は少し寂しそうな顔をした。
そして。
胸を張った。
「暁よ!」
隣の少女が続く。
「響」
「雷よ!」
最後の少女が。
「電なのです!」
その声は映像に乗った。
日本中へ。
そして。
世界中へ。
暁。
響。
雷。
電。
四つの名前。
家族から失われた名前の代わりに。
世界が初めて。
彼女たちの新しい名前を覚えた。
その日。
人類は初めて深海棲艦を撃沈した。
そして同じ日。
人類は初めて。
後に世界中でこう呼ばれる存在を目撃した。
――艦娘。
五年前。
人類は海を失った。
そして五年後。
四人の少女が。
人類に初めて。
海へ帰る道がまだ残されていることを示した。