海を失った世界に、暁は来る   作:ぶるぶるメタボ

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最初にそれを撮影していた者は、歴史を残そうなどとは考えていなかった。

ただ。

何が起きているのか分からなかったから。

記録しておかなければならないと思った。

それだけだった。


第九話 世界がその名を知った日

海岸から数百メートル離れた道路。

 

一人の自衛官が携行端末を構えていた。

 

画面の向こうに映っているのは、四人の少女。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

だが彼はその名前を知らない。

 

知っているのはただ一つ。

 

あの少女たちが。

 

五年間。

 

人類が何をしても傷付けることのできなかった怪物を。

 

傷付けたということだけ。

 

「……何なんだ、あの子たちは」

 

声が震えていた。

 

恐怖なのか。

 

興奮なのか。

 

自分でも分からない。

 

画面を拡大する。

 

小さな少女。

 

その身体には見たこともない装備。

 

砲塔。

 

魚雷発射管。

 

艦艇の一部を人間用に縮小したような異様な兵装。

 

そして。

 

その向こうには巨大な怪物の群れ。

 

あまりにも大きさが違った。

 

怪物は百メートルを超える。

 

少女たちは十代前半程度にしか見えない。

 

普通なら。

 

戦いとすら呼べない。

 

なのに。

 

少女の砲撃は怪物を傷付けた。

 

「もう一度……」

 

自衛官が呟く。

 

「もう一度やってくれ……」

 

まるで祈るように。

 

海岸。

 

暁は震えていた。

 

怖い。

 

目の前には無数のイ級。

 

さっき一発当てた。

 

傷付けた。

 

でも。

 

倒してはいない。

 

「暁」

 

響が隣へ並ぶ。

 

「一人じゃない」

 

雷も砲塔を構える。

 

「四人一緒なら……きっと大丈夫!」

 

電はまだ涙目だった。

 

それでも。

 

「頑張るのです……!」

 

暁が三人を見る。

 

そして。

 

頷いた。

 

「うん」

 

四人の砲塔が動く。

 

イ級が咆哮した。

 

それが合図だった。

 

「撃って!!」

 

四人同時射撃。

 

轟音。

 

砲弾が飛ぶ。

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

四発。

 

命中。

 

黒い外殻が砕ける。

 

イ級の巨体が揺らぐ。

 

さらに射撃。

 

装甲が裂ける。

 

赤い光が明滅する。

 

そして。

 

巨大な身体が傾いた。

 

海面へ。

 

ゆっくりと。

 

沈んでいく。

 

誰も声を発しなかった。

 

自衛官は画面越しにそれを見ていた。

 

怪物が沈む。

 

完全に。

 

消えていく。

 

「……倒した」

 

自分の声なのか分からなかった。

 

「倒した……?」

 

五年間。

 

世界中の海軍が戦った。

 

ミサイルを撃った。

 

魚雷を撃った。

 

爆撃した。

 

最後には核兵器まで使った。

 

それでも。

 

まともに倒せなかった。

 

その怪物が。

 

沈んだ。

 

四人の少女によって。

 

自衛官の手が震えた。

 

その瞬間。

 

彼の中で撮影の意味が変わった。

 

これは戦闘記録ではない。

 

これは。

 

「……見せなきゃ」

 

隣にいた隊員が振り返る。

 

「何?」

 

「これを世界に見せなきゃ駄目だ」

 

「待て、通信規則が――」

 

「五年間だぞ!」

 

思わず叫んだ。

 

「五年間!」

 

周囲の隊員が振り返る。

 

「俺たちは何をやっても駄目だった!」

 

声が震える。

 

「艦が沈んだ!」

 

「仲間が死んだ!」

 

「海を取られた!」

 

「何を撃っても効かなかった!」

 

そして。

 

海岸を指差した。

 

「あの子たちは倒したんだぞ!」

 

誰も答えられない。

 

「これは記録じゃない」

 

自衛官は端末を握り締めた。

 

「希望だ」

 

その言葉に。

 

誰も反論できなかった。

 

映像はまず上級司令部へ送信された。

 

当然。

 

混乱が起きた。

 

「映像解析!」

 

「合成の可能性は!?」

 

「ありません!」

 

「新型兵器か?」

 

「該当装備なし!」

 

「少女たちは何者だ!」

 

「不明です!」

 

「深海勢力撃破は確実なのか!?」

 

「現在確認中!」

 

誰も信じられなかった。

 

信じられるはずがなかった。

 

五年間。

 

不可能だったことなのだから。

 

だが。

 

映像は終わっていなかった。

 

生中継だった。

 

二体目。

 

響が動いた。

 

イ級の砲撃。

 

小さな身体が海面を滑る。

 

あり得ない速度。

 

砲弾が背後へ落ちる。

 

巨大な水柱。

 

響は振り返る。

 

照準。

 

発砲。

 

命中。

 

外殻破砕。

 

「命中確認!」

 

司令部に声が響く。

 

雷が続く。

 

電が続く。

 

暁が叫ぶ。

 

四人の砲撃が集中する。

 

そして。

 

二体目が沈んだ。

 

司令部は沈黙した。

 

もう。

 

誰も映像加工とは言わなかった。

 

やがて。

 

映像は政府へ。

 

そして同盟国へ。

 

さらに。

 

世界へ。

 

その日。

 

人類は同じ映像を見た。

 

東京。

 

避難所のテレビ。

 

人々が集まっていた。

 

誰も話さない。

 

画面の中。

 

四人の少女が戦っている。

 

アメリカ。

 

軍司令部。

 

将官たちが立ち上がっていた。

 

「再生しろ」

 

「もう一度だ」

 

イ級が沈む映像。

 

何度見ても同じだった。

 

イギリス。

 

かつて巨大な船が行き交っていた港。

 

五年間。

 

ほとんど使われなくなった埠頭。

 

設置された大型モニターを船乗りたちが見上げていた。

 

誰かが帽子を取った。

 

誰かが泣いた。

 

そして。

 

日本の病院。

 

二人の教師が治療を受けていた。

 

男性教師が目を覚ます。

 

病室のテレビには。

 

四人の少女。

 

「……誰だ?」

 

女性教師も画面を見る。

 

分からない。

 

知らない子供たちだった。

 

なのに。

 

なぜだろう。

 

胸が痛かった。

 

理由も分からないまま。

 

涙が流れた。

 

「……どうして……」

 

答えられる者はいなかった。

 

世界中で。

 

同じ疑問が生まれていた。

 

あの少女たちは誰なのか。

 

どこから来たのか。

 

なぜ深海棲艦を倒せるのか。

 

そして。

 

なぜ。

 

子供が戦っているのか。

 

誰にも分からなかった。

 

だが。

 

一つだけ分かることがあった。

 

深海棲艦は。

 

倒せる。

 

その事実だけだった。

 

五年間。

 

人類が待ち続けた答え。

 

勝てる。

 

ではない。

 

まだそんなことは誰にも言えない。

 

海には数え切れないほどの怪物がいる。

 

人類が失った海は広すぎる。

 

四人だけで世界を救える保証などどこにもない。

 

それでも。

 

倒せる。

 

無敵ではない。

 

それだけで十分だった。

 

海岸。

 

戦闘は続いていた。

 

暁は息を切らしていた。

 

響も。

 

雷も。

 

電も。

 

怖かった。

 

泣きたかった。

 

先生のところへ帰りたかった。

 

それでも。

 

四人は海の怪物を睨んでいた。

 

その時。

 

自衛官が叫んだ。

 

「君たち!」

 

四人が振り返る。

 

「名前を教えてくれ!」

 

暁が目を丸くする。

 

名前。

 

少し前まで。

 

別の名前があったような気がする。

 

お父さんとお母さんが呼んでくれた名前。

 

先生が呼んでくれた名前。

 

友達が呼んでくれた名前。

 

でも。

 

思い出せない。

 

もう。

 

どこにも存在しない。

 

暁は少し寂しそうな顔をした。

 

そして。

 

胸を張った。

 

「暁よ!」

 

隣の少女が続く。

 

「響」

 

「雷よ!」

 

最後の少女が。

 

「電なのです!」

 

その声は映像に乗った。

 

日本中へ。

 

そして。

 

世界中へ。

 

暁。

 

響。

 

雷。

 

電。

 

四つの名前。

 

家族から失われた名前の代わりに。

 

世界が初めて。

 

彼女たちの新しい名前を覚えた。

 

その日。

 

人類は初めて深海棲艦を撃沈した。

 

そして同じ日。

 

人類は初めて。

 

後に世界中でこう呼ばれる存在を目撃した。

 

――艦娘。

 

五年前。

 

人類は海を失った。

 

そして五年後。

 

四人の少女が。

 

人類に初めて。

 

海へ帰る道がまだ残されていることを示した。

 

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