異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら?   作:匿名の筆者

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異世界ソヴィエト不和

「我らの父の遺した発明品は、新政権の理想の体現であり、この国家が目指すべき至高の到達点となるだろう」

 

 どこか浮かされるような熱を帯びた声が、円卓の上に響いた。

 かつて王族が座っていた広間には、今、仕立ての良いフロックコートの男たちが集まっている。

 

 壁の王の肖像画はとうに引き剥がされ、代わりに革命の象徴たる青銅像が壁際に置かれている。

 

 窓の外からは、昼も夜も変わらない工場の重低音が聞こえてくる。旧時代をすり潰し、新時代を産もうとする音だ。

 国家工業省を束ねる若き長官は、円卓を一度叩いて、周囲を見回した。

 

「ならば、次に取るべき行動は明らかだ……父の設計図を現実のものとするためには、何千何万という精密な部品が要る。それを均一に作り、一つの巨大な『力』にまとめる工場群が、新たに必要になる。次期予算で、国家工業省への特別予算の割譲を要求する」

 

 会議室に、わずかな沈黙が落ちた。熟考に次ぐ熟考が会議の足並みを悪くする。

 その停滞を声で遮ったのは、財務を担う初老の男だった。手元の厚い書類を捲りながら、疲労の滲んだ目を細める。

 

「工場の拡大自体に反対はせんし、そんなつもりは毛頭ない。国内の工業化を一時的に止めるつもりもない。だが……現実を見ろ!」

 

 銀縁の眼鏡の奥で、若い工業長官を睨んだ。

 

「国家予算の一割に相当する部分は、すでに各都市の電力網の統合に使っている」

 

「そして歳入……おっと、租税についてだが、これは革命前と比べ、およそ三割が臨時減税の影響を受け、今年度から消滅している」

「その最中で、我々は東へ西へと逃げる旧王党派の残党とも戦わねばならん。常に国庫は火がついていると言って過言ではない状況だ!」

「父の理想たる『啓蒙』のためとはいえ、全土の電化はただ電線を引けば終わる話ではない。単体では資源を消費するだけの発電所を建て、維持し、電力の供給網を管理し、それでやっと電化する。とこれは途方もない事業だ……君の目指す、全土の工業化と並び立つほどにね」

 

 彼は書類を机に広げた。膨れ上がる納税額の裏で、労働者の待遇が劣悪に近づいている数字が並んでいる。

 

「革命の父レーニンは社会保障の全民拡大を求めた。そして我々は理想への達成に向けて予算を出した。だが労働組合は跋扈し、工場はストライキの嵐だ」

「しかも、給与引き上げに関する話題は都市の民間事業者の反発も大きい。資金不足は、目下の最大の問題だが、このままでは新しい政府という看板でさえも魅力的でなくなり、国民の内側から反乱されかねない。これ以上の新規工場など、財政を破綻させかねん。予算には限りがあるのだ、それを分かって欲しい」

 

 予算という数字の前に、会議場の空気が重くなった。金がなければ、どんな理想も絵に描いた餅に過ぎない。国家工業省の長官という立場であっても、予算を盾にされては黙るほか無い。

 

 そのとき、上座で黙って聞いていた男が、ゆっくりと立ち上がった。革命の主導者の一人であり、現在ではソヴィエトの将校を務める男だ。立ち上がっただけで、場の空気が変わった。

 

「ならば、内憂を取り除くための予算こそが、理想への壁になるか?」

 

 低く尋ねるように言った後、円卓の面々を一人ずつ見た。

 国家工業省長官、国家財務省長官、そしてその他の省庁の事務総長が複数人。

 

「資金が足りない。財政が厳しい。それは理解している。だが、考えてもみろ。我々は何のために王の首を刎ねた? ごく一部の特権階級が富を独占する旧体制を壊し、すべての国民に平等な光をもたらすためではなかったか!」

 

 声に、少しずつ熱が混じる。

 

「国民の大多数は、未だに闇の中で生きている。彼らこそが、真の意味で父の残した製品を必要としている。都市部の一部と、我々のような少数だけが、革命の恩恵を受けて明るい夜を過ごしてはならない。そんな不平等を放置すれば、闇の中でくすぶる不満が、新たな内憂になる」

「私は、電化に賛成だ」

 

 将校は両手を机につき、前傾しながら力強く語った。

 

「闇は無知を呼び、無知は旧時代へのノスタルジーを呼ぶ。それが最大の脅威だ。だからこそ、農村部の隅々まで、白熱電球の光で照らさねばならない」

 

 工業長官が、喋らぬまま激しく頷いた。財務長官は眼鏡の縁を指で押さえたまま、長距離の電化に掛かる費用を考えながら黙っている。

 

「父の理想を達成するには、外憂からも守らねばならん。完全に自給自足が可能な単独の社会主義。それこそが、我々が果たすべき真の啓蒙だと、私は確信している」

 

 将校は一息置き、再び演説口調で喋り出す。

 

「同士たちよ! これは革命の病だ。王党派を退治するために莫大な予算を用いるのは確かに、確かに。確かに、無駄に思えるかもしれない。しかし全ての憂いを取り除くには、他国と渡り合える軍事力の拡充と、内憂を完全に抑え込める警察の拡大が必須だ!」

 

「我々は、貴族たちの代理では彼らが再び小国の主になると警戒しすぎたのだ」

 

「常備軍の持ちすぎと言うべきか、常備軍という形での拡大こそが最大の問題なのだ。解散した部隊はあるものの、このままでは既存の予算の内側で実行するのが不可能と出ている」

 

 物事を速急に決めようとする将校に向かって、財務長官が、すかさず言った。

 

「いいや。……資料には確かに、確かにこう書かれているな。歩兵たちの装備は全員が馬を持ち、銃を持つ必要があると」

 

「貴族らから募兵した彼らは、給料を軍団単位で払う必要性がなく、常備軍と比べても広範な結果を出している……これは、あなたの主観か? それとも客観か?」

 

「私の主観だが、同時に結果は事実だ。西方、北方、東方、南方に逃げ惑う王党派を追撃するのに常備軍を使う必要性は無い」

 

 やや意見を同調してくる将校に対して、財務長官は冷ややかだ。

 

「兵士を募ったとして、そして決して協力しないように国への忠誠を誓わせる必要があるという問題は?」

 

 将校は、その疑問に対して一瞬の間を置かず喋る。

 

「富は有限だ。少なくとも、外貨を得ない限りは拡充に同意できないし、常備軍の仕事が内乱の鎮圧では、市民たちもこの国の治安維持能力、ひいては安全保障能力に疑問点が浮かんでくる」

「早急に、経済的包囲を真正面から打ち破れるほどの高度な国防を達成するべく、有効的にに使うべきである。最も、これは主観という色の着いた視点での話だ」

 

 財務長官は真っ直ぐに彼を見た。

 

「我らが父によって革命は成った。ならば、諸君の職務は、党の指導の下にあるべきだ。たとえ、武人であっても、我々のように文人であっても、根本は同じ」

 

 沈黙が落ちた。

 工業長官は満足げに口元を緩めたが、将校の怪訝そうな表情は変わらない。机の端を、指で何度か叩いて不満の合図を出している。

 

 

 

 そんな会議の様子を見て、議長は部屋の中央に設置された椅子から立ち上がった。

 

「皆の者、この会議では、多くのものを決めることはできない」

 

 誰も、即座には返事をしなかったし、熟考するばかりでほとんど喋らない。

 窓の外では、工場の重低音が、相変わらず規則正しく鳴り続けている。どれだけ壁に防寒が施されようが、窓がある以上、音は震え、届いてくる。

 

 ここは首都中枢の秘匿された会議室。防音はダメダメだが傍聴される危険などない。だというのに、見事なまでに沈黙だらけの会議場だ。

 

「この議題は明日に持ち越しとする。賛成者は右手を挙げ、反対者は左手を挙げよ」

 

 チリンと、合図の鈴が鳴る。

 上がった右手は十七、上がった左手は五つ。

 

 

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