異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら? 作:匿名の筆者
鉄道が走る森の中。辺りはエルフという少数民族が支配しているが、エルフ自身が管理するこの森の正体は高級木材としての植林地である。
ソヴィエトの指導部は、民族を尊重する慎重路線を取った。少なくとも、全土に一万人以上いるエルフ民族の信仰の力を侮ってはいない。
しかし、そこ森に向かって荒涼とした赤茶けた土漠を突き進むのは、国家から派遣された大型の蒸気機関車である。
重厚な鋳鉄製のボイラーからは過熱蒸気が激しい排気音とともに吐き出され、巨大な動輪が連結棒を伴って規則正しくピストン運動を繰り返す。
汽車の後方に繋がれた全鋼製の重々しい客車群は、レールの継ぎ目を踏みしめるたびにガタゴトと重低音を響かせ、熱気を後方へと撒き散らしていた。
しかし、不毛な地の果てに深緑の巨木群が壁のように立ちはだかり初めると、線路は駅の広大な構内配線へと分岐していく。ここが蒸気鉄道の終点であり、エルフの領域への玄関口だ。
今までの単線はどこへやら、いきなり広大な構内には無数の退避線と手動の転轍機が交差し、減速しながらゆっくり進む。
乗客の目線、その傍らには巨大な木造の馬宿と厩舎、そして機関車を方向転換させる転車台や給水塔が立ち並んでいる。
列車がホームにすべり込み、完全停止のシグナルが上がると、すぐさま大規模な車両の入れ替え作業が始まった。
ソヴィエトの優れた操車係の手によって機関部と客車をつなぐ高圧ブレーキ管がプシューと不快な排気音を立てて切り離され、客車が外される。
蒸気機関車と全鋼製の大型客車群は、ここでそのまま運行を終了し、構内の留置線へと引き込まれていくのだ。乗客たちは手荷物を抱え、冷たい蒸気が立ち込めるホームから、反対側の専用ホームへと移動を促される。
タバコを吸いながら駅を移動する乗客によって、鉄道の煙よりも大きな灰色の霧が人が移動すると同時に広がっていく。
ホームの反対側へと乗り換える先には、先程の列車と全く異なる構造の列車が待機していた。
その列車は、軽量な木製車体に真鍮の補強金具が施された小ぶりの客車が何両も美しく連結されたものだ。
客車の下部には木ではなく鋼鉄製のパーツがある。
しかしその車輪は蒸気列車よりも小径で、なんと円錐型ではない。列車マニアの乗客は、踏面勾配の問題で、レールから外れててしまうんじゃないかという心配をした。
しかしその車軸には潤滑油が十分に行き渡っており、フランジという車輪の脱線防止用の返りが専用の線路にぴったりと噛み合っている。
各客車の車端部には車体同士は衝撃を吸収する特殊な緩衝器とピンカップラーで強固に繋がれていた。
しかしまだ不安は絶えないものの、やっと馬がやってきた。
乗客はホームでタバコを吸い、この列車にいるほぼ100%の大人が喫煙者であるからか、壮絶な霧がホームに広がる。
客車列の最前部に位置する線路脇および軌道中央には、専用のハーネスを装着した数頭の巨躯な引き馬が繋がれる。
嗅覚の鋭い馬は、この馬車鉄道では寿命が短くなる。嗅覚の鈍い馬ほど長生きするのだ。
嫌がる馬へ強靭な牽引棒が伸び、列車の先頭車両に馬がしっかりと固定された。
エルフの御者が縦笛を鳴らすと、駅員たちは乗客をホームから客車へ追い出していく。
巨馬たちが一斉に太い脚を踏みしめたとて、まだ動かない。軽量であっても、ようやく動き出して時速は三キロメートルほど。蒸気列車の猛烈な疾走感とは対照的な、静寂と心地よい微振動の世界への移行であった。
ホームからまだ出ていないのは、乗客たちが入ってからも同じ。
そこで乗客たちは苛立ちつつもあったが、ようやく列車が動き出し、本格的に前方の森へと踏み込んでいくと、周囲の空気は劇的に変化する。
車窓からは、蒸気機関の煤煙の残り香があっという間に消え去り、濃密な湿った空気が車内を満たしていく。
草すら疎らで、ほとんどなかった土漠。
そこが瞬く間に森へと変わっていく。これは、地下水脈が境界が極めて明確なことを示す。
沿線を見渡せば、主線から幾筋もの軽便軌道が森の奥へと伸びているのが見える。
乗客たちは給水塔以外の景色がない、かつての道のりを思い出し、慣れてしまったあの土漠はあまりにも情報量が乏しかったと緑を眺めながら想う。
だんだんと、気が付かないほどのスピードで、列車は加速していく。エルフ自治区へと、他民族の奥地へと。