異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら? 作:匿名の筆者
ソヴィエトの地に、エルフという少数民族がいる。
東の土漠に定住し、草原地帯を農耕ではなく放牧で暮らす。
伝統的生活をするという聖地でのルールは、後にエルフ自治区として国家に取り入った際、全面的に承認された。
エルフはとにかく数が少なくなっている。なぜなら、聖地に行っても信仰の暮らしというよりは、蛮人の生活のようで、期待外れなものだった。その落差からエルフを名乗らなくなるような事が非常に多い。
さらには、全土に2万人以上いたエルフたちさえも、いまや半分以下。エルフ民族の栄光も陰ったと言って過言ではなかった。
彼らのごく一部にしか発現しない、死者を宿すという特殊体質——通称、『霊媒の瓶』と呼ばれるこの現象は、本来であれば崇高な先祖崇拝の形であるはずだった。
亡くなった親族、あるいは職人の記憶、技術、そして彼らの未練や教えを自らの肉体に一時的に降ろし、死者との対話によって先祖の死を乗り越える。
しかし、現実は神話の美しさとは裏腹に、泥臭く、そして醜悪だった。
もとより、エルフの社会には修復不可能な亀裂が存在していた。神域とされる聖地に居を構え、我らこそが神に選ばれし真のエルフであると誇示する特権階級の者たち。
彼らは先祖の霊を正しく継承しているという名目の下で莫大な権力を握り、土漠の聖地たる山岳を、俗世から切り離された絶対的な楽園とし、一般のエルフから離れた場所で修行をしている。
一方で、霊媒体質の薄さを理由に聖地を追われる、あるいは修行を辞め、自ら飛び出した者たちは、大陸の雑多な都市や辺境の集落で暮らしていた。
エルフは全体として、一万人ほどに減っている。
彼らは聖地の庇護を受けられないどころか、同じエルフからは山での信仰を捨てた人物として冷遇される。
その格差のなかで生まれたのが、偽りの霊媒師たちだった。
本物の死者を宿す体質を持つ者は稀有であり、その力に目覚める者は少ない。
しかし、世間の人々——特に人間の王侯、悩みを抱えた市井の民は、エルフという民族の神秘的な力に莫大な価値を見出す。
そこに付け込んだのが、霊媒体質など微塵もないにもかかわらず、巧みな話術とハッタリで客を欺く悪質な存在だった。
彼らは見た目だけ美しいものを飾り立て、もっともらしい口調で偽りの内容を告げる。
親族の名前、特徴、口調、それらを把握しなければできないことだから、話術だけで完全に騙すのは難しい。
つまり、何をするかといえば時折、自作自演の霊現象を演じたりして金を巻き上げるのだ。本物の霊媒が聖地の厳重な管理下で自由に動けないのを尻目に、偽者たちは都市の暗がりで我が物顔の繁栄を謳歌していた。
この構造は、聖地の者たちにとっても都合のいい免罪符であり、同時に激しい怒りの火種でもあった。
俗世のエルフが無垢な血統を罪で汚していると、敬遠な信徒たちは声を荒らげる。
だが、一神教の厳密さとか、聖地とか、そんなのは知らないと聖地の外で生きる霊媒体質の無いエルフたちからすれば、そんな批判は上から目線の騒音にしか聞こえない。
しかし、時代の流れでやがて滅びゆく少数民族、エルフの中へとある人物がいた。
名はレヴィン。彼は聖地の外れ、炭鉱町の片隅で、静かに看板を掲げている。
彼の店は、華やかな詐欺霊媒師の店とは似ても似つかない。
薄暗い室内には香水の匂いが充満し、壁際の本棚には書物の革が積み上げられている。
ガス灯から無断で吊り下げた看板には、ただ死者の相談役とだけ書かれており、華美な装飾も、もはや客を惹きつけるための仕掛けもない。
レヴィン自身は、自分が聖地の人間でもなければ、俗世の悪質な詐欺師でもない、中途半端な立場にいることを自覚していた。
彼には確かに死者を宿す体質……つまるところ、霊媒体質があった。
だが、ときおり彼の身体に降りようとしてくるのは、聖地で祀られる高名なエルフ僧侶の霊ではない。
もっと不器用で、時には生きている人間以上に厄介な、名もなき死者たちだった。
「おうい、レヴィン。また客の頼みを断ったのか?」
室内の隅、誰もいないはずの空間から、気怠げな女性の声が響いた。
声の主は、レヴィンの父の妹にあたるエルフの女性——セルーマの霊だった。
彼女はすでに数年前に病で亡くなっているが、レヴィンの肉体に半ば定住する形で憑き続けている。いや、正確に言えば、レヴィンが彼女を追い出すことができずにいるのだ。
「断ったわけじゃない。ただ、あんな胡散臭い依頼を引き受ける理由がないだけだ。幽霊から憑依させてくれなんて言われても、依頼人が亡者なら追い返すだけさ」
レヴィンは机に向かい、古い白樺の紙にペンを走らせながらぶっきらぼうに答えた。
「あの痩せ型の幽霊、自分は皇帝の息子で王太子だーって名乗ってたろ? あれが、おかしいんだ」
「そりゃどうして?」
「王太子は幼いころから体が弱く、ベッドから落ちてそのまま死んだ。そして、その時まだ十歳。幽霊になってから身長が伸びるとか、そんなんセルーマもないでしょ。なら、アイツが本人なわけない」
「なるほど、レヴィンは賢い、実に論理的だ!」
「しかし、王太子じゃなくてレーニンって言ってたらもっと面白かったな。」
「ふ、もっと騙せなくなるね。レーニンなんて街の広場にでもいけば像があるのに」
「「あっはっはっは!」」
このやり取りは、傍から見たら恐怖である。空中に向けて青年が喋りかけ、まるで頭のおかしな人物として確実に誤解される光景だ。