異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら? 作:匿名の筆者
数ヶ月に及ぶ血みどろの逃走劇は、ティラミス大陸の東の果て、切り立った断崖絶壁においてついに終焉を迎えようとしていた。
王党派の騎士たちの背後には荒れ狂う東の海。
ここを越えるためには舟が必要だが、桟橋にも渡し守は居ないし渡し舟も一つたりとも無い。
そして目前には、彼らを包囲する新政府の追討軍が立ち塞がっている。
三方向を敵の擲弾歩兵で封じられ、背後には海。
いくら機動力で優れる馬があっても、これでは突破が難しい。
突破しても問題がある。そのうち誰かがグレネードを投げてきて、どのみち馬から落馬して捕まってしまう。
王党派兵士たちの顔が陰るのも納得な状況であっても、まだ僅かな勝機を捨ててはいなかった。彼らは馬車の近くに密集し、陣形の中央には、二頭立ての馬車に積載された機関銃が鎮座している。
馬から降りていないので、合図さえあれば逃げ出せる。はずという不確実の但し書きはあるものの、まだ可能性はある。
機関銃は百人をも倒す最強の決戦兵器であり、起死回生の一手になりうると信じているからだ。
数人がかりで運用し、馬車でなければ運べないその巨大な代物は、平原の戦いで数多の敵を肉片に変えてきたし、この追跡者たちもそれは例外ではなかった。
……もっとも、その弾薬箱は空っぽであり、今はただの重たい鉄屑でしかなくなっている。
部隊長は、そのことを知らせていない。なぜなら内部分裂が起きるから。内部分裂を防ぎ、さらには敵を威圧するハッタリとして、機関銃が健在であるという看板は十分なはずだった。
部隊長が考えるに、敵の武装は奇妙だった。
鎮圧軍の兵士たちが構えているのは、王党派が使い慣れたような長銃ではない。
銃床は短く、木の部品はほとんど最低限。
あの銃は切り詰められたように寸詰まりで、先端に太い突起はついているものの、溝が空いてしまっている。
おまけに銃の横には、長い金属の箱が突き出ているので、バランスも悪そうで、まともに狙えるような代物ではなさそうだ。
(握るための場所を金属で作るなど……なんだ、あの不格好な玩具は? しかし、まぐれの一撃でも我々には脅威だ)
王党派の兵士たちは、部隊長と共に内心で困惑した。
彼らの常識において、銃とは長い銃身による精度と一発必中の精度を誇るものだ。
引き金を引き、手動でボルトを引いて空薬莢を弾き出し、クリップで七発装填する。
その一連の優雅な動作こそが銃撃戦であり、次弾装填の隙を突いて馬車を動かし、撤退を仕掛けるのが彼らだ。
もはや弾薬クリップの一つでさえ無駄にはできない。極東の地で貴族たちは王党派に協力せず、それどころか鎮圧軍を送ってくる始末。
「抵抗は無意味だ! 直ちに武装を解除し、投降せよ」
全員を包囲する半円の奥から、一人が歩み出た。
追討軍の部隊長が、陶磁器のように白い拡声器越しに、そう告げた。
「繰り返す、投降せよ!」
投降を勧めてくるアイツの立つ位置。人の身長が親指ほども無い、非常に遠い距離だ! 奴らとの距離は百メートルほど。必中の一撃を叩き込めば、まだ正面から逃げられる可能性もある。
ここで終わる訳にはいかない部隊長は、睡眠不足で血走った目で吠え返す。
「笑わせるな、叛逆者ども! 貴様らこそ、我らが王軍の武装が見えぬか! 一歩でも近づけば、貴様らを一瞬で挽肉にしてくれる!」
しかしまだ追討軍たちが警戒する素振りはない。
「無数の弾が瞬く間に体を穴だらけにして、それで墓すら立たないぞ! お前らは終わりだ!」
「その小さな銃と比べれば、差は自明だ!」
部隊長にとってこれは、完全にハッタリだった。機関銃の弾など今や一発もない。しかし、部隊長の心中にあるのは『単発の拳銃』しか持たないはずの歩兵相手なら、巨大な機関銃の存在は十分な脅威になりうるということ。
降伏するとしても、脅威に思わせることができれば交渉条件にもなりうるだろうという見通しがあった。
「……よかろう、王党派たちよ、ならば見せてやる。我々の銃の力を!」
拡声器からその声が響き渡った直後、最前列にいた若い兵士が纏めて一斉に前へと出た。
兵士は、あの短い玩具のような銃を、ひどく無造作に胸の高さで構えた。人間が、両手で軽く支えて、肘を縮めて握っているだけだ。
(あの大きさなら、多くて四発だ)
(それにしても、握る場所が横にあるのに使わないのはなぜだ?)
「やってみろ!この謀反者の残忍な兵士どもが!」
「残忍?残念だが、ここで降伏しなければ、一分以内に君たち全員を跡形もなく全滅させるだけの火力が、その小さな銃一つにある。」
「最後の警告射撃を行え!」
それは、王党派の誰も聞いたことのない異音だった。
発砲音とは考えるべきものではない。雷鳴にも似た、あるいは巨大な布を力任せに引き裂くような、連続した暴力的な破裂音。ボルトアクションの一発の音しか知らない彼らの耳には、それが一丁の銃から鳴っている音だとは到底信じられなかった。
若い兵士らは、撃つ合間にただの一度もボルトを引いていない。
ただ引き金を引いたまま、じっと立っているだけだが、寸詰まりの銃口からは怒り狂うような閃光が、瞬きすら許さぬ速度で連続して吐き出され続けている。
(手を使わないで動く銃……!?)
(ばかな、有り得ない……な、え、いやホントに何!?)
凄まじい土煙が舞い上がった。王党派の足元の乾いた大地が、見えない巨大な爪で抉り取られていくようだった。毎秒十発以上。彼らの認識をはるかに超越した速度で放たれる弾幕が、岩を砕き、砂利を跳ね飛ばし、散弾となって王党派の顔や体に容赦なく降り注ぐ。
警告射撃とはいえ跳弾はする。二十五人の兵士の足は撃ち抜かれ、ほぼ全ての兵士は、悲鳴に身を竦ませた。
「げあぁああ!」
「分かった、俺は降伏する!降伏するぞ!その代わりに特赦をつけろー!!!」
撃った追討軍の足元に、真鍮色の空薬莢が滝のように溢れ出し、瞬く間に黄金色の山を作っていく。それはおよそ十秒。たった十秒ほどの出来事だった。
引き金から指が離され、硝煙が風に流されると、そこには原形をわずかに留めたものの、弾丸が滑った痕跡が残り、破壊し尽くされた大地という印象を与える惨状が広がっていた。
たった数十人の歩兵が、たった十秒で撃ち出した弾の数は、どんな戦場でも数分はかかる数だ。
跳弾が命中しなかった王党派の兵士たちは、ただ戦慄に目を見開いたまま、カタカタと奥歯を鳴らしていた。彼らの内側では、部隊長が今機関銃を撃てと命令しないのはなぜか? という疑問が回りつつある。
あれと同じか、それ以上の絶望的な弾幕を……目の前の兵士たちは、たった数十人で、あんなマントに隠して、片手で抱えられるような長さの、小さな銃でやってのけたのだ。
「……嘘だろう?」
「なんだあれ」
軍規は乱れつつある。私語は横行し、降伏しようと次々に言い出し始めている。
部隊長の頭の中は真っ白、危機しか感じ取れていない。
(ボルトを引く隙を突いて逃げる? 不可能だ。あんな高速で隙のない装填だ、隙など存在しない! 不可能だ。銃を持った歩兵がそのまま振り向けば終わりだ。)
何より絶望的なのは——王党派を三日月のように包囲し、整列する数百の政府軍。彼らの手にはすべてあの未知の武器が握られ、最強の兵器を敵は全員一人一丁ずつ持っている。
戦術も、剣の腕も、勇気も、一切が通用しない。これまでの戦争の常識が、たった十秒の実演で完全に過去のものへと置き去りにされたのだ。
「我々は……降伏する準備を進めていた」
「私が部隊の長だ。武装解除を行う予定が我々にはある!」
十秒の実演が士気を木っ端微塵にした。この変わり身の速さに思わず笑みが、口角として現れる。
追討軍の兵士は笑うのを堪えつつ、応えた。
「では、とりあえず全員が今から捕虜ということでよろしいですね」
「我々に相違は無い。私が全員の代表だ。捕虜にしてくれ」