異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら? 作:匿名の筆者
車窓を流れる景色は、ここ数年で随分と様変わりした。
エルフ自治区のとにかく広い土漠を抜け、鉄道が平野部の住宅地へと差し掛かると、あちこちで真新しい赤レンガの煙突が空に向かって伸びているのが見える。
レヴィンは政府から支給された分厚い資料から顔を上げ、手垢のついた窓ガラス越しにその風景を見つめた。
都市から王党派が一掃され、残党も次々と捕縛されている現在、国はかつてないほどの平和と安定を享受しつつある。
特需景気という言葉が新聞の紙面を躍り、人々は復興と発展に沸き立っている。
しかし、レヴィンの膝の上にある資料が示す数字は、その熱狂をさらに上回る、いささか常軌を逸したものだった。
「同志レーニンのソヴィエト改造計画は、やはり無理が多くあるのでは……」
独り言を呟きながら、彼は再び資料に視線を落とす。各地で稼働している巨大なセメント工場の写真。それに伴う莫大な数の住宅建設計画。
確かに戦後の復興で住宅は必要だろう。特に王党派との内戦で焼けた木造住宅街では、テントに住まう者も多いと聞く。
だが、資料に記載された建設数は、レヴィンが予測した需要を明らかに凌駕している。本当にそこまで需要が発生するのか?と、余剰が生じる未来を勘繰りたくなるほどの規模だが。やはり、レヴィンにとって専門家に意見を求めねば真意は分からない。
統計学の専門家ではない以上、正しいか間違ってるかなんて判断ができないからだ。
『同志よ、恐れることはない! 移動の潤滑性は交通の速度によって加速し、それに呼応して経済もまた大いなる震えを伴って躍動するのだ!』
『ソヴィエト改造計画は、物流によって支えられる!』
不意に、脳内に直接響くような力強い声が再生された。
それは、ここ最近、レヴィンの耳に——正確には精神に——幾度となく語りかけてくる死者の声。かつてこの国を導いた……いや、今も導く永久の最高指導者、レーニンの声だ。
レヴィンは霊媒体質者である。それも、民間人でありながら政府に直々に雇い上げられた、極めて特異な立場の人間だ。
平和が強まりつつある今の情勢において、未来の展望について熱弁を振るう死者は少なくない。
死者が見えるし、会話できるし、触れる。浮遊してもらわなければ、根本的にレヴィンにとって幽霊は人間と全く見分けがつかない。
その中でもレーニンの声は一際活き活きとしていて、幽霊と知らなければ不可能なほどに生者のようだった。
彼は内なる声を通して、炭鉱から港までを強靭な鉄の網——すなわち鉄道で繋ぎ、その鉄道と海路を直結させて大規模な貿易を成し遂げよと、まるで演説のように熱っぽく語りかけてくるのだ。
レヴィンはこめかみを揉んだ。彼自身は経済学者でも都市計画の専門家でもない。ただの霊媒体質者だ。
だからこそ疑問を抱かずにはいられなかった。なぜ、自分がこの大役を任されているのか。
霊媒体質者自体は、この世に決して少なくはない。だが、その多くは聖地と呼ばれる場所に定住し、エルフ民族の教えに帰依して僧侶になるのが一般的だ。
民間からわざわざ雇い上げるなど、本来ならあり得ない。
政府が求める条件は、異常なまでに限定的だった。
霊媒体質者であり、政府と現在進行形で深く関わる覚悟があること。エルフ民族を自称しておらず、特定の宗教的バイアスがかかっていないこと。長期的に政治思想が偏らず、安定していること。
そして何より、レーニンという特定の死者の言葉を、ノイズを交えずに全て正確に伝えられる受信能力を持っていることだ。
「これだけ条件を絞れば、ほぼエルフ民族を名乗る連中は弾かれる。該当者は私を含めてほんの一握りだろうなあ……」
ガタン、ゴトンと規則的な音を立てて進む列車の中で、レヴィンは小さく息を吐く。
(この内装が特に華美だな……なんと政府高官のためのもので、利用者は政府関係者のみってのが惜しい。誰かに教えたくなるくらい、凄すぎる。)
(南方からの輸入品である象牙。これを四隅にあしらった机。これだけでもヤバいが、照明が白熱電球だ。)
(最先端すぎる……いちばん近所で栄えてる炭鉱街でさえ、街道以外ほとんどガス灯だったのに。)
列車の中すべてが電灯というのは、レヴィンにとってありえない体験だった。
(いやあ、俺も一般市民と比べ物にならんくらい豪華な装いだな。ウキウキしてくる。飲み物のコップにはレースガラスが使われてるし、ここって首都直通なだけあってやっべえ高級感だな)
自分に説明をした政府の役人は、自分以外にも同じ仕事をしている同僚がいると語っていた。しかし、レヴィンはその誰一人として顔も名前も知らない。具体的にどんな職員がいるのか、全く知らされていないのだ。
自分が彼と死者と交信していない間、レーニンは各地の別の霊媒体質者の元へ赴き、同じように熱弁を振るっているのだろうか。そんな想像をすると、少し滑稽でもあり、同時に得体の知れない不気味さも覚えた。
(もしかすると、自分には知らされていない、もっとさらに秘匿された条件があるのではないか?そうでなければ、民間人など雇わないはずだ。)レヴィンのふとした疑念が、心を猜疑で覆う。
やがて、列車の速度が徐々に落ち始めた。窓の外には、これまでとは比較にならないほど巨大で、無機質な建造物が立ち並ぶ街並みが広がっている。
レヴィンはブリーフケースの中に資料をまとめ、立ち上がった。
彼が向かうのは、首都の中枢に存在する極秘の施設。隠語で『ケーキ』と呼ばれるその建物の奥深くには、霊媒体質者たちを管理・運用する専門部門が存在する。
その部門の名は『クリーム』。
甘ったるい名前とは裏腹に、そこは生者と死者の声が交錯し、国の未来が密室で決定される重苦しい場所だ。レーニンの声を聞き、彼がどう思っているのかを伝えるため、レヴィンは今日へそこへ行く。
(霊媒体質者なんて世間じゃ詐欺師まがいの扱いだし、とにかく、気狂いもよく名乗るせいで風評被害が出ているから、まあ秘密なのには説得力がある。声ひとつで国の未来が決まるかもしれないんだし)
(あと建物の機能なんていちいち部外者に語ってたら襲撃されたりするんじゃないかな?特に指導者の声を聞くんだし、危ないっていうリスクがあるよなあ)