異世界にやってきたレーニン(亡霊)がソヴィエト政権を建てたら? 作:匿名の筆者
「やあ、ジェスターちゃんさ。いや、性別はどうでもいいんだけどさ、君はサインのしすぎで右手がぶっ壊れそうなんだって?」
「とりあえず、そういう時はどうすべきか、この私がすべて教えてあげよう!」
ひらりと宙に浮いたまま、ジェスターは得意げに胸を張る。
レヴィンの関心は、目の前の幽霊にあった。
(先輩を自称するその幽霊は、本当に職務上の先輩らしい。)
(死んでも働くのがこの部門の特徴で、今は恥ずかしがり屋が多いけど幽霊の同僚が本当に多いのだとか聞いたけど)
レヴィンの考えは、ここで止まった。
この部門は幽霊を管理する部門だが、しかし管理側が幽霊になると、生者が減ってきてサインが書けなくなる。つまるところ、一人に権限がパンクするのだ。
物に触ることはできても動かせないのが幽霊。つまるところ、本人たちは頑張ってもサインを書けないので、代筆するのだが……それはレヴィンのような霊媒体質者しかできない。つまり、同僚は全員が『霊媒体質者』なのだ。数多の生きている同僚はこの部門で五日間ほど連続で勤務し、二日ほど休日を用い、毎年のように仕事をする。
「なにせ幽霊って暇だからね! 仕事以外に、しがらみもない。世の中の仕組みを眺めるには絶好の身分さ!ということで面白かったから君の疑問に答えてあげようって感じの気分になったのさ。」
「右手をぶっ壊したら左手で代筆をしなきゃならないでしょ?字は崩れるし、やり直しになって仕事が倍さ。壊れる前に右手をマッサージするのがいいのさ!血流改善で大体の疲労は取れるから、しっかり休むことがいちばんの近道。」
ジェスターは極めて有効なアドバイスをした。
「ああ、幽霊は暇そうだし。いいな……仕事で関わる幽霊もそうだからね。複雑な前置きはそこまででいいだろう、ジェスター?」
レヴィンは、アドバイスに対してほんのちょっぴり毒を吐いた。
「そういえば前に頼んだことだが、俺にどうか教えてくれないか。現在運用されている国営農場は、具体的にどのような成果を出している? 俺は無知だからこそ、客観的な事実を知りたい」
レヴィンが真摯なまなざしを向けると、ジェスターはフッと笑い、指を一本立てた。
「ほほお、集団化政策の齎した成果を聞きたいか。いいよ!まず、集団化の最大のメリットから話そうか。一言で言えば、『農民たちを各地の大農場に集約するコト』、そして『食べ物を爆発的に増やす』ことだ」
「パンかな?」
「いや、パンだけじゃない。小麦さえあれば、粥もパンも、あるいは飼料もグッと生産しやすくなる。これこそが最強の仕組みさ。たとえ多少の出来の悪い年があっても、冷夏や不作に備えてあらかじめ大量の穀物を巨大な倉庫に蓄えておける。『飢饉への耐久性』が飛躍的に跳ね上がるのさ」
なるほど、とレヴィンは心中でうなずく。実に合理的な農法だと思ったのだ。
(これが新時代の農業というものか。収穫量が事前に予測できる、飢饉にも強いなど、これまでの農業に比べれば画期的すぎる!)
「さらにだ」、とジェスターは続けざまにまくし立てる。
「個人の農家が持つような小さな畑では限界がある。農村にいる余剰の若者たちを巨大な国営農場に集めれば、最新のノウハウを持った人材が農業だけに専念できる。結果として、農民たちにとっても安定した生活環境が手に入るのさ」
「安定、か……。まあ、貴族たちの気まぐれに搾取される奴隷のような小作農でいるよりは、国家の農民として保護される方がよほどマシか」
「その通り! しかも、大型のトラクターや機械式の自動脱穀機を一気に導入できる。個人では到底買えない高価な機械も、国や集団農場の共同出資なら効率よく使い回せる。少ない人数で、広大な土地を圧倒的なスピードで耕すことができるんだ。こうすれば、農村からすべての労働力を無理に絞り出す必要もなくなる」
「待て、待て」、とレヴィンは思わず手を挙げて遮った。
「いま『自動脱穀機』と言ったか? 脱穀といえば人がその場で足踏みして脱穀する、あの重労働だろう?アレが自動に?」
「新時代のテクノロジーだよ、テクノロジー! これぞ科学の力さ。小麦の脱穀において、便利な機械を使えば人力の250分の1の時間で済むのさ」
「250分の1……!?」
絶句するレヴィンをよそに、ジェスターは満足げにうなずく。
「それに、小麦の粒にしやすいだけじゃないさ。育てる作物の管理も驚くほど容易になる。『今年は、この農場では小麦を1トン、砂糖大根を1トン作るぞ』という国家の全体計画があるとする。」
「すると、農民たちもその計画に合わせてピンポイントで生産に専念でき、労働力の無駄が一切なくなる。国全体で必要なものが無駄なく、計画通りに生み出されていく。……まあ、スゴイ仕組みだと思わないかい?」
「確かに、無駄のなさは異常だな……」
「おまけに、広大な土地が一つにまとまっているからこそ、飛行機を使った大がかりな農薬や肥料の空中散布、大規模な灌漑設備の建設が一気にしやすくなる」
「飛行機だと? ああ、戦争の道具のアレか?機関銃を付けて撃ち合うヤツだろう。ものすごく早く動けて逃げ足の早いる気球みたいな……」
「まあ概ねそう! 空から農薬を一気に満遍なく投下すれば、害虫の大量発生も未然に防げる。人類は化学の力で、ついに『飢饉』という呪いを超克しつつあるのさ。さらに、農業の専門家を派遣すれば、最新の科学的栽培法を農場全体へ一斉に浸透させられる。実用性においても完璧だね」
しかし、レヴィンは腕を組み、ふと険しい表情を浮かべた。
「……だが、そこに懸念はないのか?」
「懸念?」
「これほど機械化が進み、農業が効率化されれば、今まで手作業で畑を耕していた人たちの『労働力』が余るはずだ。その溢れた人々が都市へ流れ込み、仕事にあぶれてスラムを形成する。課税対象の住居にも住まず、治安を悪化させる無法者として跋扈する……そんな未来は、あまり見たくないな」
レヴィンの懸念に対し、ジェスターは少し表情を和らげ、静かに首を横に振った。
「鋭いね。だが、国もそこまでバカじゃない。彼らは単に『農地から追い出される』わけじゃないのさ」
「というと?」
「農村の土地から離れることで、一部の大金持ちの地主──つまり貴族に搾取される構造から完全に抜け出すことができる。いいかい? 集団農場とは、単なる『働く場所』じゃない。その敷地内には、学校があり、病院があり、食堂があり、託児所まで完備されている」
ジェスターは両手を広げ、まるでここに広大な麦畑あるかのような動きを見せた。
「小さな街を丸ごと建設し、農民たちに平等な社会保障を提供する。いわば、国全体を一つの巨大な家族に見立てた家としての役割も、この集団農場は担っているのさ」
「つまり、杞憂?」
「そうだね。つまるところ、心配事は無い。農業政策の合理性も分かったろう?」
「いや、それで各地の列車が人でミチミチとか聞くけど……移動方法がそれではダメなのでは……?」
「まあ、些細な問題だよ」
「そもそも鉄道の駅に行ける、あるいは都市まで通ってる時点で農村といえど良い土地さ。」
「なあに、貴族が持ってる農奴たちは解放され、仕事を見つけたんだ。これから集団農場で雑草抜きを頑張ってくれるだろう」
「まあそうか、ありがとうジェスター。分かりやすかった」
「へへ、そうだろ?私、教師になりたかったんだ」
「だけど気がつけば入党して……あ、つまらん話さ。なんでもない、明日は仕事休みだろ?」
「死んだら一日が24時間仕事になるからな!雨の日の階段には気をつけろ!」
「はいはい、分かってるさ」
(やっぱりそうだ……幽霊のせいで、かなり情報がザルじゃないか?霊媒体質者がいくら少ないとはいえ、もしも民間人に霊媒体質者がいたら……ここの幽霊たちと交流したりして、漏洩しまくりなんじゃないか?)