転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る   作:『 』を応援するテト

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また書き溜められたので暫く連投します。


第16話 招かれざる客

 

 Fairyの登場、それからしばらくして。

 

 新エリー都では、旧都方面を巡る大規模な地下鉄改修プロジェクトが動き始めていた。

 

 旧都陥落や地盤沈下によって大きな被害を受けた地下鉄網を再整備し、交通の便を改善するとともに周辺地域の発展へ繋げる。その主要工事を受注したのが、ヴィジョン・コーポレーションだった。

 

 白祇重工をはじめとする競合を相手に、ヴィジョンが提示したのは短い工期と低い工事費。既存設備を再利用するのではなく、大規模な爆破解体によって古い設備を撤去し、その上で新たな地下鉄を建設する計画である。

 

 もっとも、これほど大きな事業が動けば、商機は地下鉄本体だけに留まらない。

 

 交通網が戻れば、その周囲では電力や通信をはじめとするインフラ整備が必要となり、その後には保守や地域開発も待っている。

 

 アークライト社も、傘下企業をそうした周辺事業へ参入させようとしていた。

 

 長期的な利益まで計算したうえで、ヴァレリアが許可した競売条件は通常の1.5倍。

 

 経営者として見ても、相当に攻めた数字だった。

 

「……5倍以上、か」

 

 アークライト社本社の社長執務室。

 

 報告書へ目を通していたヴァレリアは、その数字を前に眉間へ皺を寄せた。

 

「はい。確認できた範囲では、ヴィジョン側が提示した条件はその水準に達しています」

 

 向かいに立つ第一秘書、磯野が答える。

 

「こちらの1.5倍でも、その後の保守や地域開発まで含めてようやく出せる数字だ。それをここまで上から被せてくるとはな」

 

「短期的な採算を目的とした条件とは思えません」

 

「ああ。地下鉄本体では短工期と低価格を掲げ、その周辺では必要なら採算を度外視したような条件まで出す。何としてでも、この計画を自分たちの手中に置いておきたいらしい」

 

 ヴァレリアは報告書を机へ置いた。

 

 ヴィジョンがこの一件へ食い込み、結果としてこちらが競り負けること自体は最初から分かっていた。

 

 それでも、実際に経営者として数字を詰め、採算とその先の利益を考え、「ここまでなら出せる」と判断した末に競り落とされてみれば話は別だった。

 

 知識として結果を知っているのと、当事者として経験するのは全く違う。

 

 思っていた以上に――腹が立つ。

 

「……分かっていても、実際にやられるとムカつくものだな」

 

「社長?」

 

「いや、こちらの話だ」

 

 小さく息を吐き、ヴァレリアは意識を切り替えた。

 

 競売の結果に腹を立てるのは後でもできる。

 

 重要なのは、ここからだ。

 

「磯野」

 

「はい」

 

「大規模な爆破解体をするとして、一番手間がかかるのは何だと思う?」

 

 突然話題を変えられても、磯野はすぐに思考を切り替えた。

 

「爆薬の調達や設置……ではありませんね。事前調査と安全確保でしょうか」

 

「そうだ。構造を調べ、爆破の影響範囲を計算する。周辺設備への被害を予測し、作業区域を封鎖する。そして安全を確認した後で、ようやく爆薬を使える」

 

「おっしゃる通りです」

 

「では――」

 

 ヴァレリアは椅子へ深く腰掛ける。

 

「そこに、まだ大勢の人間が暮らしていると仮定したら?」

 

 磯野の表情が変わった。

 

 しばらく考えてから、慎重に答える。

 

「まず区域内の住民を把握し、全員へ避難を通知する必要があります。避難先を確保し、必要なら移送手段も用意する。立ち退きを拒否する者がいれば、個別の対応も必要でしょう」

 

「ああ」

 

「そのうえで最後に区域内を確認し、誰も残っていないことを確認してから封鎖することになります」

 

「当然、時間もかかる」

 

「相当な時間が必要になります」

 

 そこでヴァレリアは机上に置いてあった別の資料を差し出した。

 

「なら、ヴィジョンが公表している工程表に、それだけの余裕があるか調べろ」

 

 磯野が資料を受け取る。

 

 その時には、すでに彼も質問の意図を察していた。

 

「……社長は、爆破解体予定区域に住民が残っている可能性をお考えなのですね」

 

「仮定だよ、磯野」

 

 ヴァレリアは穏やかに返した。

 

「だからこそ、裏を取る」

 

「承知しました」

 

「まず工程を洗え。そのうえで、ヴィジョンの発表をそのまま信用せず、本当に住民全員の退去が完了しているのか確認しろ。ただし、大々的にアークライト社を動かすな」

 

「こちらが何を疑っているのか悟らせないためですね」

 

「さすがだ」

 

 ヴァレリアは小さく笑った。

 

「入札で競った直後にこちらが現場周辺を嗅ぎ回れば、警戒してくれと言っているようなものだからな。公開情報や行政上確認できる記録、通常の競合調査で説明できる範囲に留めろ。現地へアークライトの人間を直接送り込むのも避けろ」

 

「承知しました」

 

「頼んだぞ、磯野」

 

     ◇

 

 磯野が執務室を退出した後。

 

 ヴァレリアは椅子の背へ身体を預けると、脳内の転生者掲示板へ意識を向けた。

 

【転生者掲示板】

 

「シーホースCEO」

分かってたのよ

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

何が?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

ヴィジョンが

取っていくこと自体は

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

ああ

例の地下鉄か

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

そう

 

でも実際に競り負けてみたら

思ってた以上に腹立つわ

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

おこってる

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

怒るわよ!

 

こっちは採算も将来性も

全部計算したの!

 

そのうえで

ここまでなら出せるってところまで

攻めたのよ!

 

結果知ってたからって

平然としてられるわけないでしょ!

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

結果を知識として把握することと

当事者として経験することは

別というわけだな。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

そう!

それよ!

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

CEOも大変だな

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

他人事みたいに

言わないでくれる!?

ーーーーーーーーーー

「おっとり師範」

まあまあ……

 

今はたくさん

愚痴っておきましょうねぇ

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

お菓子いる?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

いる

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

切り替えが早いな。

ーーーーーーーーーー

 

     ◇

 

 それから数日。

 

 磯野はヴァレリアの指示通り、表立った動きを避けながら調査を進めた。

 

 公表されている工事工程、行政上確認できる情報、周辺企業の動き。それらを1つずつ照合した結果、彼が持ち帰った答えはヴァレリアの知るものと一致していた。

 

「社長。先日の仮定ですが――もし爆破解体予定区域に現在も住民が残っているのであれば、ヴィジョンが公表している工程は成立しません」

 

「どの程度だ?」

 

「多少予定を調整すれば済むという話ではありません。住民の所在確認、避難先の確保、移送、立ち退きへの対応、最終確認まで適切に実施するのであれば、現在の工程には明らかに時間が足りません」

 

「なら、あの工程が成立する条件は?」

 

「すでに全住民の退去が完了していることです」

 

 磯野は一度言葉を切った。

 

「――あるいは、住民の避難そのものを工程へ十分に組み込んでいないことになります」

 

「そうなるな」

 

「退去状況についても確認しました。ヴィジョン側は安全確保を進めているとしています。しかし、調査可能な範囲では、対象区域から全住民がすでに退去したことを確実に裏付ける情報は得られませんでした」

 

 ヴァレリアは静かに目を細めた。

 

「つまり?」

 

「少なくとも、『誰も残っていないから現在の工程で問題ない』と外部から断言できる状況ではありません」

 

「十分だ」

 

 ヴァレリアは資料を閉じた。

 

 原作知識だけだったものに、現実の情報から導き出した裏付けが加わった。

 

「調査はここまでにしろ」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。これ以上踏み込めば、通常の競合調査では説明しづらくなる。こちらが何を疑っているのか悟られれば、必要な情報まで隠されかねない」

 

「では、これ以上は?」

 

「別の方法を使う」

 

 磯野がヴァレリアを見る。

 

 長く彼女の側で働いている第一秘書には、その言葉だけで十分だったらしい。

 

「……ご自身で行かれるおつもりですか?」

 

「さすがだな」

 

「第一秘書ですので」

 

「なら話が早い」

 

 ヴァレリアは穏やかに笑った。

 

     ◇

 

【転生者掲示板】

 

「シーホースCEO」

決めた

 

私も行く

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

現場?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

そう

 

欲しかった裏付けは

ある程度取れたわ

 

これ以上会社として探ったら

向こうに警戒される

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

それで本人が潜り込むのか。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

身分は隠すわよ

 

自分の目で

確かめておきたいこともあるし

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

それだけ?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

……

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

おい

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

パールマンを

1発くらい殴りたい

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

やっぱ根に持ってんじゃねえか

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

思い出したら

また腹立ってきたのよ!

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

医者としては

殴らないことを勧める。

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

ほんとに1発だけ?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

1発だけ

ーーーーーーーーーー

「おっとり師範」

でしたらせめて

ほどほどにしてくださいねぇ

ーーーーーーーーーー

「半々医者」

止める側がいないな。

ーーーーーーーーーー

 

     ◇

 

 ヴァレリアが自ら動くと決めた翌日。

 

 彼女は磯野だけを執務室へ残し、今後の動きを伝えた。

 

「警備部門から即応可能な者を選抜しておけ。装備を整え、いつでも動ける状態で待機させるんだ」

 

「現地へ同行させるのではなく?」

 

「ああ。私が合図するまでは動かすな。隊員には緊急出動に備えた待機命令とだけ伝えておけばいい。目的地と本当の理由を知るのは、お前だけだ」

 

「承知しました」

 

「それと、一定時間こちらとの連絡が完全に途絶えた場合は、合図を待つ必要はない。お前の判断で動かせ」

 

 磯野の表情が僅かに険しくなる。

 

「……危険を承知で向かわれるのですね」

 

「危険がないとは言わない。だが、何も準備せず飛び込むわけでもないさ」

 

 ヴァレリアは柔らかく笑う。

 

「お前が後ろにいてくれるから、私も好きに動ける」

 

「そのように言われてしまうと、止めづらくなりますね」

 

「止めるつもりだったのか?」

 

「第一秘書としては、一応」

 

「なら今回は諦めてくれ」

 

「仕方ありません」

 

 磯野も僅かに笑った。

 

「必ず備えておきます」

 

「ああ。頼んだぞ、磯野」

 

     ◇

 

 ヴィジョンによる爆破解体が始まる前日。

 

 Random Playのスタッフルームでは、アキラとリンがFairyの拾い上げた新しい依頼を確認していた。

 

 以前のプロキシとしての名声を失い、新しいサブアカウントで活動を再開してから、2人は地道に依頼をこなしている。

 

 失った信用を一瞬で取り戻す方法などない。ならば、1件ずつ積み直していくしかなかった。

 

 そんな中でFairyが候補として拾ってきた今回の依頼は、条件として悪くない。

 

 依頼人は「レイ」と名乗る女性。

 

 ヴィジョンが爆破解体を予定している区域に近い建物へ入り、そこに残されているアタッシュケースを回収する。

 

 ケースは実在し、依頼人自身もホロウへ同行するという。提示された情報に大きな矛盾はなく、報酬も依頼内容に対して不自然なものではない。

 

 Fairyによる精査も踏まえ、アキラとリンは依頼を正式に受けることを決めた。

 

 そして依頼人側も、ホロウへ入る前に直接顔を合わせて打ち合わせをしたいと希望していた。

 

 その日の午後。

 

 Random Playを訪れたのは、アキラとリンにとって見覚えのない女性だった。

 

 顎の辺りまで伸びた赤みを帯びた暗褐色の髪。瞳は琥珀色で、細身の眼鏡を掛けている。黒と灰色を基調としたフード付きの短いジャケットに、カーゴパンツとブーツ。

 

 ホロウへ入る探索者として見れば、特別目立つ格好ではない。

 

 腰には、変形機構を備えた蛇腹剣が下げられている。

 

 普段のヴァレリア・アークライトを知る者が見ても、簡単には同一人物だと結びつかない姿だった。

 

「レイよ。今回の依頼人」

 

 声も普段より少し低く、抑揚を抑えている。

 

「明日は私も同行する。目的は依頼書に書いた通り、指定した建物からアタッシュケースを回収すること。それ以外のルート判断は、あなたたちに任せる」

 

「分かりました。僕がアキラです。こちらが妹のリン」

 

「よろしくお願いします、レイさん」

 

「よろしく」

 

 レイの視線がアキラからリンへ移る。

 

 ほんの一瞬だけ間があったものの、それ以上の変化はない。

 

 やがてその視線が、少し離れた場所にいたユウトへ向かった。

 

「……何?」

 

「いや」

 

 ユウトは僅かに口元を緩める。

 

「随分と気合い入ってるなと思って」

 

「何の話?」

 

「別に?」

 

 リンが不思議そうに2人を見る。

 

「ユウト兄、レイさんと知り合いなの?」

 

「いや? 初対面だぞ」

 

「そう」

 

 レイも平然と答えた。

 

 それを聞いたアキラが僅かに首を傾げたものの、追及するほどのことでもないと判断したらしい。

 

 その後の打ち合わせは滞りなく進んだ。

 

 翌日は指定された入口で合流。ホロウ内の経路選択はパエトーンへ任せ、ユウトがエージェントとして同行する。

 

 レイ自身にも十分な戦闘能力があるため、護衛対象として扱う必要はない。

 

 必要事項を確認すると、レイは長居せずRandom Playを後にした。

 

 その直後。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

気合い入りすぎだろ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

あんたにバレるのは

想定内よ!

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

入ってきた瞬間

分かったぞ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

だから想定内だって

言ってるでしょ!!

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

で

 

初パエトーンの感想は?

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

……

 

最高

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

だろうな

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

いや本当にいたのよ!

 

目の前に!

 

アキラとリンが

普通に私と話してたのよ!

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

やっと会えたね!

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

ちびリス博士はいいわよね!

 

普段から普通に

会いに行けるんだから!

ーーーーーーーーーー

「ちびリス博士」

えへへ

ーーーーーーーーーー

「機械執事」

以前、俺がヴィクトリアの面々と

日常的に働いている件でも

似た反応をしていたな。

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

だって羨ましいもの!!

 

私だってもっと普通に

会いに行きたいわよ!

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

TOPSの大企業CEOが

気軽にビデオ屋通ってたら

そりゃ目立つだろ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

分かってるから

余計に悔しいのよ!!

ーーーーーーーーーー

「おっとり師範」

ふふ……

 

会えてよかったですねぇ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

うん!

ーーーーーーーーーー

 

     ◇

 

 そして翌日。

 

 Random Playでは、アキラとリンがテレビに映し出されるニュースを眺めていた。

 

 報じられているのは、旧都地下鉄改修プロジェクトについてだった。

 

 大規模な事業を落札したヴィジョン・コーポレーション。画面の向こうでは、地下鉄設備を爆破解体したうえで再整備する計画について説明が続いている。

 

「昨日の依頼先も、この辺りだったよね」

 

「ああ。爆破解体区域そのものからは少し離れているけど、かなり近い」

 

 アキラが答える。

 

 今日はこのあと、H.D.D.を通じてイアスと接続し、ユウトを現地へ送り出す予定になっていた。指定された入口では、昨日顔を合わせたレイが待っている。

 

「Fairy、出発前にルートをもう一度――」

 

 リンがそう言いかけた時だった。

 

 店の入口が勢いよく開いた。

 

「プロキシ! プロキシはいる!?」

 

 切羽詰まった声に、兄妹が揃って振り返る。

 

 店へ飛び込んできたのは、ネコのシリオンらしい少女だった。

 

 2本の尾を大きく揺らし、息を整える余裕すら惜しいとばかりに店内を見回している。その傍らにはボンプもいた。

 

「あなたは?」

 

「説明はあと! お願い、邪兎屋を助けて!」

 

「邪兎屋?」

 

 リンの表情が変わった。

 

「ニコたちのこと?」

 

「知ってるの!? なら話が早い! ニコとアンビーとビリーが、ヴィジョンの爆破解体区域に取り残されてるんだ!」

 

 少女――猫又は、一気に事情を説明しようと言葉を続ける。

 

 だが、アキラはすぐには頷かなかった。

 

「待って。君はニコたちの知り合いなの?」

 

「そうだぞ! あたしは猫又。邪兎屋のみんなとは――」

 

「お兄ちゃん」

 

「うん」

 

 リンも警戒を解いてはいなかった。

 

 ニコたちが危ないと聞けば、もちろん放っておくつもりはない。

 

 しかし、突然現れた初対面の少女の言葉だけを頼りに、何の確認もせず動くわけにもいかなかった。

 

 猫又も、その反応から自分が信用されていないことに気づいたらしい。

 

「ホントなんだって! あたしが嘘ついてるって思ってるなら……ほら、アミリオン!」

 

「ンナ!」

 

 猫又の傍らにいたボンプが前へ出た。

 

「アミリオン?」

 

 リンが目を瞬く。

 

 その名には聞き覚えがあった。

 

 邪兎屋が所有しているボンプだ。

 

『対象機体を確認しました』

 

 端末からFairyの声が響く。

 

『所有者情報および機体情報を照合中――邪兎屋との関連性を確認』

 

「Fairy?」

 

『追加情報の取得を開始します』

 

「ちょっと待って。何を――」

 

 アキラが止めるより早かった。

 

 Fairyはアミリオンへ強制的にアクセスし、その資格記憶へ干渉を始めた。

 

「ンナ!? ンナナナ!?」

 

「えっ!? アミリオン!?」

 

 突然身体を震わせ始めたアミリオンに、猫又が慌てて駆け寄る。

 

「Fairy、何したの!?」

 

『資格記憶に保存されている映像情報へアクセスしました。再生します』

 

「勝手に!?」

 

 リンが声を上げるが、すでに遅い。

 

 店内の画面が切り替わった。

 

 そこへ映し出されたのは、アミリオンが記録していた映像だった。

 

 ニコ。

 

 アンビー。

 

 ビリー。

 

 見慣れた邪兎屋の3人が、荒れ果てた区域を移動している。

 

「ニコ……」

 

 リンの表情から警戒とは別の緊張が浮かんだ。

 

 映像の中の3人がいる場所と、先ほど猫又が話した内容。

 

 そして今日行われようとしているヴィジョンの爆破解体。

 

 それらが繋がっていく。

 

「この映像、いつのもの?」

 

 アキラが尋ねる。

 

『記録情報および周辺環境から判断し、現在の状況と関連する可能性は極めて高いと推定します』

 

「だから言っただろ!」

 

 猫又が身を乗り出した。

 

「ニコたちはまだ中にいるんだ! このままヴィジョンが爆破を始めたら、本当に危ない!」

 

 アキラは映像を見つめたまま、しばらく黙っていた。

 

 猫又が誰なのか、まだ分からないことは多い。

 

 なぜ彼女が邪兎屋と一緒にいたのか。

 

 どうして自分たちのところへ助けを求めてきたのか。

 

 だが、少なくとも1つだけは確認できた。

 

 邪兎屋が危険な場所に取り残されているという話は、嘘ではない。

 

「リン」

 

「うん」

 

 兄妹は短く視線を交わす。

 

 それだけで答えは決まった。

 

「ニコたちを助けに行こう」

 

「もちろん」

 

「ホント!?」

 

 猫又の耳がぴんと立った。

 

「ああ。ただし、今分かっている情報は少ない。詳しいことは準備しながら聞かせて」

 

「分かった! 何でも話す!」

 

 張り詰めていた猫又の表情が、ようやく少しだけ緩んだ。

 

 そのやり取りを少し離れたところから見ていたユウトが口を開く。

 

「……で、1つだけ調整が必要だな」

 

「レイさんの依頼だね」

 

 リンが言うと、ユウトは頷いた。

 

「ああ。俺たちは今日、別件でホロウに入る約束をしてる。しかも行き先は、ちょうど今から向かう辺りと近い」

 

「でも、ニコたちを放ってはおけないよ」

 

「分かってるって」

 

 ユウトは苦笑した。

 

「人命がかかってる緊急案件が入ったって説明する。まともな依頼人なら、さすがに待ってくれるだろ」

 

「お願いできる、ユウト?」

 

「任せろ」

 

 ユウトは少し離れたところへ移動した。

 

 表向きには、依頼人へ予定変更の相談をするため。

 

 実際には――。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

来たぞ

 

猫又

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

来た!?

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

ああ

 

アミリオンの記録も確認した

 

邪兎屋が

爆破解体区域に取り残されてる

 

救助優先になるぞ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

もちろん!

 

私の依頼は後回しでいいわ!

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

場所も近いから

予定通り入口には来てくれ

 

こっちには

依頼人から了承取れたって

説明しとく

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

了解!

 

……猫又も一緒なのよね?

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

一緒

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

…………

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

おーい

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

大丈夫

 

ちゃんとレイやるから

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

別に心配してねえよ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

だったら聞かないで!!

ーーーーーーーーーー

 

 少しして、ユウトは何食わぬ顔で戻ってきた。

 

「了承取れた。人命がかかってるなら、そっちを優先して構わないってさ」

 

 猫又の耳が再び立った。

 

「ホント!?」

 

「ああ。ただ、向こうも予定通りホロウには入る。目的地も同じ方面だから、入口で合流して一緒に動けばいいってよ」

 

「よかった……ありがとう!」

 

「礼はニコたちを助けてからだ」

 

 ユウトがそう返すと、アキラも頷いた。

 

「準備を変更しよう。最優先はニコたちの救助だ」

 

「うん。お兄ちゃん、H.D.D.の準備をしよう」

 

「ああ。ユウト、現地は頼んだよ」

 

「任せろ」

 

     ◇

 

 指定されたホロウの入口には、すでにレイが待っていた。

 

 前日と同じ姿で、腰には蛇腹剣。ホロウ探索に必要な装備も一通り整えている。

 

 ユウトと猫又、その傍らを歩くイアスが近づくと、レイは人数が増えていることを確認した。

 

「レイさん。急な予定変更ですまないな」

 

「聞いてる」

 

 ユウトが謝ると、レイは短く答えた。

 

「問題ない。人命が優先。それでいい」

 

「この人が依頼人?」

 

 猫又がレイを見る。

 

「そう。レイよ」

 

「あたし猫又! 急に巻き込んじゃってごめん。でも、ニコたちが本当に危ないんだ」

 

「分かってる」

 

 レイは猫又を静かに見返した。

 

 ネコのシリオン特有の耳と、忙しなく動く2本の尾。

 

 一瞬だけ視線がそちらへ向いたものの、すぐに戻る。

 

「私の依頼は後でいい。急ぐんでしょう?」

 

「うん! ありがとう、レイ!」

 

「礼は必要ない」

 

 表情も声も変わらない。

 

 事情を理解して救助を優先した、冷静な依頼人そのものだった。

 

【転生者掲示板】

 

「ビデオ屋副店長(仮)」

楽しそうだな

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

何がよ

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

猫又

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

……

 

だって本物よ?

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

知ってる

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

しかも尻尾2本

ちゃんと動いてるのよ

ーーーーーーーーーー

「ビデオ屋副店長(仮)」

そこかよ

ーーーーーーーーーー

「シーホースCEO」

そこもよ!

ーーーーーーーーーー

 

 もちろん、そんな会話が交わされていることなど猫又には知る由もない。

 

 その頃、Random PlayではアキラとリンがH.D.D.を通じてイアスとの接続を整えていた。

 

『準備できたよ、ユウト兄』

 

 イアスを通して聞こえてきたリンの声に、ユウトは背負った武器を確認しながら答えた。

 

「こっちも問題なし。アキラ、リン。案内は任せたぞ」

 

『ああ。中に入ったら、まずニコたちの位置を探そう』

 

『ユウト兄、猫又、レイさんも気をつけてね』

 

「任せろ」

 

「うん! 早くニコたちを助けに行こう!」

 

「問題ない」

 

 猫又とレイが続けて答え、イアスも元気よく両手を上げる。

 

「ンナ!」

 

 ユウトはそんな3人を見回すと、いつもの調子で肩をすくめた。

 

「んじゃ、行きますか」

 

 本来なら、アタッシュケースを回収するだけだった依頼。

 

 そこへ、邪兎屋の救出という緊急事態が割り込んだ。

 

 Random Playからアキラとリンがイアスを導く中、ユウトと猫又、レイ、そしてイアスは、ヴィジョンの爆破解体区域へと繋がるホロウへ足を踏み入れていった。

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