転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
デッドエンドホロウの奥へ向けて、一行は慎重に進んでいた。
崩れた道路に、歪んだ建物。宙へ浮いたまま静止している瓦礫の隙間を縫うように猫又が先頭を進み、その後ろをレイとユウトが続く。イアスを通してホロウへ入っているアキラは、Fairyから送られてくる空間データと周囲の状況を照らし合わせながら進路を選んでいた。
『この先を抜ければ、制御室へ向かうルートに入れる。ただ……』
「ただ?」
猫又の耳がぴくりと動く。
『ニコたちの位置がまだ掴めてない。ホロウの変動が激しくて、今あるデータだけじゃ正確な場所までは分からないんだ』
『補足します。現在までに取得した空間データおよび行動記録から、対象3名が存在する可能性の高い区域を複数抽出しました』
Fairyの声が続く。
アキラが考え込む一方、ユウトは周囲を見渡した。
崩落した道路の向こうには高い壁が立ちはだかり、そのさらに上には別の足場が見えている。まともに進もうとすれば、かなり遠回りを強いられそうな地形だ。
『ユウト』
「ん?」
『先にニコたちを探してくれないかな』
ユウトは一度だけイアスへ目を向け、それから小さく息を吐いた。
「やっぱりそうなるか」
『今のルートをみんなで辿るより、ユウト兄が先に行った方が絶対早いよ』
外から支援しているリンの声に、ユウトは肩をすくめた。
「簡単に言ってくれるなあ」
『でも、ユウトならここにある障害の大半は無視できる。僕たちは予定通り制御室へ向かうから、その間にニコたちを見つけてほしい』
「……分かった。俺が行く」
『承知しました。あなたの移動能力を考慮し、最短経路を再計算します』
「俺の動きまでルート計算に入れられるのか?」
『これまでに観測した範囲であれば可能です』
「そりゃ頼もしい」
ほどなくして、ユウトの携帯端末が短く震えた。
画面を開く。
「……おい」
表示された経路を見て、思わず声が漏れた。
道らしい道を辿っている区間は途中までしかない。そこから先は大きく崩落した道路を横切り、壁を越え、通常なら反対側まで迂回しなければならない高低差をほぼ一直線に抜けている。
「これ、調査員に見せたらルートじゃないって怒られるぞ」
『あなた専用です』
「さいですか」
ユウトは諦めたように端末をしまった。そのまま脳内の掲示板へ意識を向ける。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
リア
俺だけ先行する
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
了解
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
イアス最優先
何かあったら
依頼も変装も全部捨てて守れ
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
分かってる
そっちは邪兎屋をお願い
ーーーーーーーーーー
短いやり取りを終える。
表面上、レイは何も知らない依頼人のままユウトへ軽く頷いた。
「それじゃ、俺は行ってくる」
『気をつけて』
「ああ。そっちもな」
そう答えると、ユウトは地面を蹴った。
最初の跳躍で崩れた道路の上へ飛び乗り、間を置かずさらに高く跳ぶ。正面を塞いでいた壁へ片足をつけると、勢いを殺すことなく身体を持ち上げ、ほとんど垂直に近い壁面を駆け上がっていった。
「……にゃ?」
猫又が目を丸くする。
ユウトは止まらない。
離れた瓦礫へ飛び移り、崩落して途切れた足場を軽々と越える。普通なら下へ降りて迂回するしかない高低差さえ、そのまま一直線に突破していった。
最後に高所から向こう側へ飛び降りると、あっという間に瓦礫の陰へ姿が消える。
「…………」
猫又がぽかんとその方向を見る。
数秒遅れて、耳と尻尾が勢いよく跳ねた。
「えっ、何あれ!? ユウトってあんな動きできるのか!? 壁走ってたぞ!?」
『まあ……ユウトだから』
「説明になってないぞ!」
猫又が勢いよくイアスへ顔を向ける。
『僕たちは昔から見てるから、今さらどこから説明すればいいのか……』
「店長達、あれ見慣れてるの!?」
猫又は信じられないものを見るような顔をしたあと、今度は隣のレイへ視線を向けた。
「レイは驚かないのか?」
「驚いてるわよ。多少は」
「多少ってレベルかぁ?」
レイは答えず、ユウトが消えた方向を眺めるだけに留めた。
今見せた程度なら、まだ彼が人前で使える範囲だ。それをここで口にする理由はない。
「……まあ、あれなら先に行かせた方が早いっていうのは分かったけどさ」
『でしょ?』
「いや、先に教えてくれよ!」
猫又の抗議にアキラが小さく笑う。
『とにかく、ユウトなら大丈夫。僕たちも行こう』
「むぅ……あとで絶対聞いてやる」
気にはなるらしいが、今はそれどころではない。
猫又は再び前を向き、レイとアキラもその後を追った。
◇
それからいくらか進んだところで、一行の足が止まった。
巨大な廃車両が、奇妙な角度で道を塞いでいる。
「ん? この電車は一体……」
猫又が車両を見上げ、それから周囲を見回した。
「プロキシ、あたしたち道を間違えてない?」
『間違ってない。進む方向はこの車両の向こうだよ』
外から状況を確認していたリンも続ける。
『それに、その車両……普通に脱線したようには見えないよ。何か外からすごい力を加えられたみたい』
「まさか、エーテリアスに?」
『たぶんね』
「うにゃっ……恐ろしい馬鹿力だな」
猫又が顔をしかめた。
車両を越えた先が目的地なら、このまま何とか突破するしかない。
「んー……あたしだけなら全然よじ登っていけるけど、プロキシを連れてくとなるとなぁ」
車両の高さを見ながら考えていると――。
「あ、あの、えっと……」
「んにゃっ!?」
突然聞こえた少女の声に、猫又が飛び上がった。
「今、誰か喋った!? まさか電車が!?」
「ええっ!?」
向こう側から困惑した声が返ってくる。
「電車さん! あたしたち急いでるんだ。ちょっとだけでいいから、そこをどいてくれない?」
『猫又……向こうに誰かいるんでしょ』
アキラの呆れた声が返る。
「にゃはは、ちょっとした冗談だって」
そのやり取りを聞いていたらしい少女が、恐る恐る声を上げた。
「あの……皆様は、ホロウ調査協会の調査員様ですか?」
レイの視線が、声の聞こえた方向へ向いた。
廃車両の向こうにいる少女。今の問いかけ。
記憶の中にある光景と重なった瞬間、思わず声に出しかけた言葉を胸の内へ押し込む。
(あっ、このシーンは!)
アークライト社のパーティーですでに本人とは顔を合わせている。それでも、原作で知っている出来事の真ん中へ実際に自分が立っているとなれば、話は別だった。
もっとも、今の自分はアークライト社のCEOではなく、ただの依頼人であるレイだ。余計なことを口にするわけにはいかない。
『どうしたんだい? 何か困ってる?』
「えっ? あ、その……」
少女は一瞬戸惑い――それから慌てた。
「ご、ごめんなさい! 先に自分から名乗らないといけませんよね!」
どうやら猫又たちのやり取りを妙な方向に受け取ったらしい。
「私はカリンと申します。家事代行会社の従業員です。それから、星座は双子座で、血液型はRh-、好きなことはお掃除で、市民ナンバーは――」
「ちょ、ちょっと待った!」
猫又が慌てて止める。
「そこまで細かく言わなくていいぞ!?」
「えっ!? そ、そうなんですか?」
「むしろ初対面の相手に市民ナンバーまで教えちゃダメだと思うぞ……」
「す、すみません!」
車両の向こうから、ぺこぺこと頭を下げている姿が容易に想像できる声が返ってきた。
「それで、カリンちゃんはどうしてこんなところにいるんだ?」
「あっ、はい! つい先ほど危険なエーテリアスを避けようとしたのですが、その途中で同行していた皆さんとはぐれてしまって……」
声がしゅんと沈む。
「カリン、『キャロット』のデータを持っていないんです。調査員様でしたら、きっとホロウから脱出するルートをご存じですよね?」
そこで一度言葉を切る。
「ど、どうかカリンも一緒に連れていっていただけないでしょうか?」
「ホロウで道に迷った一般人、か……」
猫又が腕を組む。
その横で、レイは僅かに視線を逸らした。声の主が誰なのか知っている彼女からすれば、その評価には少々同意しにくい。
「でも、助けるにしても、まず向こう側へ行かないとな」
『この車両を越えられないなら、別の道を探すしかない。でも、それだとかなり時間を取られる』
今度はイアスを介したアキラの声だった。
猫又が「だよなぁ」と唸る。
すると向こう側から、またカリンの声がした。
「あ、あの! 勝手にお話を聞いてしまって、すみません!」
「ん?」
「もしカリンが、皆様をこちら側までお招きできれば……そのまま一緒について行ってもよろしい、ということでしょうか?」
猫又が目を瞬かせる。
「こっちに行く方法があるの?」
「は、はい! 大体そんな感じです! ちょっとだけお待ちください、すぐに済ませますので!」
その直後、廃車両の向こうから低い駆動音が響き始めた。
「……にゃ?」
音が急速に大きくなる。
ギャリギャリと金属を削る、到底聞き間違えようのない音だ。
「下から来るのか?」
猫又が車両の下を覗き込もうとした、その瞬間――。
「にょわっ!? ヤな音!」
『気をつけて!』
今度は外から状況を見ていたリンの声が飛ぶ。
金属が激しく軋む。
車両の下部を、回転する巨大なチェーンソーが強引に切り開いていった。
やがて十分な隙間が作られる。
向こうから少女が身体を滑り込ませ――まず自分の服を確認した。
「んしょ……うん、破れてない……」
そこで顔を上げる。
「あ……!」
猫又、レイ。
そして中央にいるイアス。
カリンは慌てて立ち上がった。
「お、お待たせいたしました! は、初めまして!」
深々と頭を下げる。
「初めまして、調査員様! カリン、ただ今電車をくぐり抜けて参りました!」
レイとカリンの視線が一瞬だけ重なった。
だが、地味な服装に髪型、眼鏡まで変えているためか、カリンが目の前の人物とアークライト社のCEOを結びつける様子はない。
レイも当然、何も言わなかった。
やがてカリンの視線がイアスへ移る。
「……え?」
ぱちぱちと瞬きをする。
「も、もしかして、先ほどからカリンとお話ししてくださっていたのは……こちらのボンプ様だったのですか?」
『そうだよ』
イアスを介してアキラが答える。
「あわわっ! す、すみません! 決してボンプ様のご身分を疑っているわけではなくて……!」
『そこは気にしなくていいよ。でも、君も普通の家事代行会社の従業員には見えないけどね』
「そ、それは……」
カリンが申し訳なさそうにチェーンソーを見る。
「弊社は幅広い分野で業務を行っておりまして、その中にはホロウに関連したお仕事もあるんです……」
「家事代行も大変なんだなぁ」
猫又が感心したように言う。
「そ、そうだ!」
カリンが顔を上げた。
「皆様は先をお急ぎなんですよね? カリン、きっと道中でもお役に立ちます! ですから……どうかホロウから連れ出していただけないでしょうか? お、お願いします!」
再び勢いよく頭を下げる。
猫又がイアスを見る。
「どうする、プロキシ? カリンちゃんのおかげで迂回する必要もなくなったし、一緒に行くくらいなら問題ないと思うけど」
『そうだね。無理なお願いでもないし』
アキラが答えると、外から見守っていたリンも通信越しに口を挟んだ。
『私も賛成。でも、まだ知り合ったばかりなんだから、注意はしてね』
『分かってる。それじゃ、一緒に行こうか』
アキラがカリンへ告げる。
「ほ、本当ですか!?」
カリンの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! ご迷惑をおかけしないように、一生懸命頑張ります!」
「決まりだな!」
猫又も笑う。
こうして、カリンを加えた一行は再び制御室へ向けて進み始めた。
◇
一方、Fairyから送られた経路を辿るユウトは、すでに一行から大きく離れていた。
端末に表示されたルートは相変わらず容赦がない。
「右……って、これ登れってことか」
目の前には崩れた壁。
ユウトは一度見上げただけで走り出す。
壁面を蹴り、突き出した瓦礫へ足を掛け、さらに上へ。数秒後には反対側へ降り立っていた。
「Fairyの奴、俺の扱い分かってきてないか?」
当然、返事はない。
ユウトは端末へ保存された経路を確かめ、さらに奥へ進んでいく。
やがて――。
「……いた」
前方に3つの人影が見えた。
最初に気づいたのはアンビーだった。
「ニコ。誰か来る」
「え?」
ニコが振り返る。
近づいてくる人物を認めた途端、その目が大きくなった。
「ユウト!?」
「よ。3人とも無事そうだな」
軽く片手を上げる。
「『よ』じゃないわよ!」
ニコはすぐさま近づいてきた。
「プロキシはどうしたのよ? あんた1人?」
「アキラなら来てる。今はイアスで猫又たちと一緒だ。リンは外からサポート中。俺だけ先にお前らを探してこいって言われてな」
「そう。プロキシ先生も無事なんだね」
アンビーが僅かに表情を緩める。
「猫又は?」
「あいつも無事だ。今はアキラたちと一緒にいる」
「オーケー! 店長達も猫又も無事ってことだな!」
ビリーが胸を撫で下ろす。
「いや~、頼れる助っ人まで来てくれたとなれば心強いぜ!」
「喜ぶのは後にしなさい、ビリー」
ニコがぴしゃりと言うと、すぐにユウトへ向き直った。
「ユウト。こっちはかなりマズいことになってるのよ」
「何があった?」
「住民よ。まだかなり残ってる」
ニコの表情からいつもの軽さが消える。
「100人どころじゃないわ」
ユウトの表情も引き締まった。
「……まだ避難できてないのか?」
「そうよ。それなのにヴィジョンは工事を止める気がないみたい」
アンビーが続ける。
「このまま爆破解体が始まれば、残っている住民が巻き込まれる可能性が高い」
ビリーも周囲へ視線を向けた。
「ここに残ってる人たちを置いてはいけないぜ。さすがに笑えないからな」
「分かった」
ユウトは即座に答える。
「アキラたちは爆薬列車を止めるために動いてる。俺はこっちを手伝う」
「助かるわ。こっちはまだ確認できてない区画があるの」
「プロキシ先生たちが列車を止めるなら、私たちは住民の確認と避難に集中できる」
「よし! そうと決まれば急ごうぜ、ニコの親分!」
「ええ。行くわよ」
ユウトは動き出す3人の横で、掲示板へ意識を向けた。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
リア
ニコ達と合流した
3人とも無事
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
了解
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
住民がかなり残ってる
100人どころじゃないらしい
こっちは避難を手伝う
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
分かった
こっちは予定通り進める
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
頼んだ
ーーーーーーーーーー
「ユウト?」
先へ向かいかけたニコが振り返る。
「ん? なんでもない。行こうぜ」
「なら早くして。時間がないんだから」
「了解」
ユウトは邪兎屋の3人とともに、その場を離れた。
◇
カリンを加えた一行もまた、ホロウの奥へ進んでいた。
やがて進路の先で、複数のエーテリアスがこちらへ向きを変える。
『来る。みんな、気をつけて』
イアスを操るアキラはすぐに戦線から離れ、崩れた構造物の陰へ身を隠した。
直後、猫又が地面を蹴る。
「行くぞ!」
低く駆け出した身体が迫るエーテリアスと交差し、両手の刃がその脇腹を斬り抜ける。
傷を負った敵が猫又を追おうと向きを変えたところへ、別の方向からチェーンソーの駆動音が響いた。
「ご、ごめんなさいっ!」
カリンが振り抜いた巨大な刃がエーテリアスを捉え、その身体を大きく弾き飛ばす。
「カリンちゃん、余計なお喋りしてる暇はないぞ!」
「……!」
カリンが真剣な表情で頷いた。
「そっちは任せた!」
「……!」
「……カリンちゃん?」
「……!」
「いや、一言も喋るなって意味じゃないぞ!」
「えっ!? あっ、す、すみません! カリン、余計なお喋りはしない方がいいのかと……!」
「真面目すぎるって!」
呆れた声を上げながらも、猫又の足は止まらない。
別のエーテリアスが振り下ろした腕の下を滑るように抜けると、足元へ刃を走らせる。敵の姿勢が傾いたところへ、横からレイの蛇腹剣が飛んだ。
分割された刀身が大きく弧を描き、猫又とは逆側から敵を打ち据える。
「カリン」
「は、はい!」
「今よ」
左右から揺さぶられたエーテリアスへ、カリンがチェーンソーを押し当てる。
「え、ええいっ!」
駆動音が一際大きくなり、そのまま相手を押し切った。
最後に残った1体へ猫又が飛び込み、両手の刃を走らせる。
周囲から敵の気配が消えた。それを確認してから、物陰へ退避していたアキラもイアスを動かして3人のもとへ合流する。
「ふぅーっ! これで終わり!」
猫又が息を吐いた。
「カリンちゃん、結構やるじゃん!」
「えっ!? そ、そんな……カリンなんてまだまだです! もっと皆様のお役に立てるようにならないと……!」
「十分役に立ってるって」
「ほ、本当ですか?」
「ホントホント!」
カリンの表情が明るくなる。
レイは蛇腹剣を元へ戻し、周囲へ視線を巡らせた。
「先を急ぎましょう」
「そうだな!」
猫又も頷く。
その直後だった。
瓦礫の奥から、何かが地面を踏みしめる重い音が響く。
「……まだいる」
猫又の耳が動いた。
先ほどまでのエーテリアスとは違う。足音そのものが重く、しかも真っ直ぐこちらへ近づいてくる。
崩れた構造物の陰から現れたのは、硬質な装甲に覆われた獣型のエーテリアスだった。
「アーマーハティ……!」
猫又が身を低くする。
レイも蛇腹剣を構え、カリンがチェーンソーを握り直した。アキラはイアスを戦闘範囲から退避させる。
次の瞬間、アーマーハティが地面を蹴った。
「来るぞ!」
猫又は正面から受けず、大きく横へ跳んだ。
巨体が先ほどまで立っていた場所を通り過ぎる。だが勢いはほとんど落ちない。
猫又がすぐさま追いすがり、硬質な外殻へ両刃を叩き込んだ。
甲高い音。
刃が弾かれる。
「硬っ!」
反撃を察した猫又が身を翻す。
振るわれた一撃が空を切ったところへ、レイの蛇腹剣が伸びた。
分割された刀身がアーマーハティの身体へ巻きつくように走り、動きを一瞬だけ鈍らせる。
「カリン、左から!」
「は、はい!」
カリンは指示された側へ走り込み、チェーンソーを装甲へ押し当てた。
「ええいっ!」
回転刃と外殻がぶつかり、火花が散る。
装甲に浅い傷が刻まれたものの、敵は強引に身体を振った。
「カリン、離れて!」
「っ!」
レイの声にカリンが武器を引く。
直後、アーマーハティの反撃が目の前を薙いだ。
「ひゃあっ!」
カリンはたたらを踏みながらも転倒を免れ、すぐに距離を取る。
「だ、大丈夫です!」
猫又の目が先ほどカリンの刃が触れた場所へ向いた。
「そこ、傷が入ってる!」
「一点を狙うわ」
「了解!」
猫又が再び走る。ただし今度は無闇に斬りかからない。
相手がこちらへ向きを変えた瞬間に進行方向を変え、巨体を振り回すように走る。苛立ったようにアーマーハティが猫又を追い、大きく踏み込んだ一瞬、重心が前へ傾いた。
レイがその機を逃さない。
蛇腹剣が地面すれすれを走り、前脚を横から打つ。巨体がぐらりと傾いた。
「カリンちゃん!」
「はいっ!」
待っていたカリンが踏み込む。
チェーンソーを先ほど傷つけた一点へ叩きつけた。
「い、いきますっ!」
激しい駆動音とともに火花が飛び散り、硬質な外殻が軋んで亀裂が広がっていく。
「このっ……!」
カリンがさらに押し込んだ。
ついに装甲の一部が砕け飛ぶ。
「やった!」
「まだよ」
レイが蛇腹剣を引き戻す。
そのまま腕を返すと、刃が再び伸び、露出した箇所を正確に打ち抜いた。
アーマーハティの巨体が大きく揺れる。
「猫又!」
「任せろ!」
すでに走り出していた猫又が崩れた瓦礫を蹴り、普段より高い位置まで跳び上がる。
落下の勢いを乗せ、露出した一点へ両手の刃を叩き込んだ。
アーマーハティの身体が沈む。
着地した猫又はその場に留まらず、横へ転がるように離れた。
直後、巨体が轟音とともに地面へ倒れ込む。
3人とも、すぐには武器を下ろさない。動かないことを確認してから、ようやく猫又が息を吐いた。
「よーし! 今度こそ終わり!」
「はぁ……よ、よかったです……」
カリンもチェーンソーを止める。
「レイもかなり強いな!」
「そう?」
「その変わった剣。近くで戦わなくても相手の動きを邪魔できるんだな」
「そういう使い方もできる、というだけよ」
「ふーん」
猫又の耳が軽く動いた。
気にはなったようだが、追及することはない。
「カリンちゃんもすごかったぞ! あんな硬い装甲を壊すんだもんな」
「そ、そんな……! 猫又さんとレイさんが隙を作ってくださったからです!」
その時、カリンの表情が凍った。
「……あ」
「どうした?」
「こ、この感じ……」
止めたばかりのチェーンソーを握り直す。
「先ほどカリンが遭遇した……あの危険なエーテリアスです……!」
ズン――。
遠くから重い振動が伝わった。
アーマーハティとは比較にならない圧迫感に、猫又の耳が伏せられる。
瓦礫の向こうから、巨大な影が姿を現した。
デッドエンドブッチャー。
「さすが、デッドエンドブッチャー……プレッシャーが半端ないぞ」
猫又の声から軽さが消えた。
カリンもチェーンソーを構える。
レイは無言のまま蛇腹剣を握り直した。
知っている展開では、このままこちらへ来ずに去っていく。だが、レイは武器を下ろさない。原作と同じ結末になる保証など、どこにもないからだ。
誰も先に仕掛けなかった。
デッドエンドブッチャーもまた、すぐに襲いかかってはこない。
張り詰めた時間だけが流れる。
やがて巨体は一行とは違う方向へ身体を向け、そのまま重い足取りで遠ざかっていった。
「…………」
姿が完全に見えなくなるまで誰も動かない。
「はぁ~~……行ってくれたぁ……」
猫又がようやく大きく息を吐いた。
「た、助かりました……」
カリンも胸を撫で下ろす。
レイは数秒遅れて蛇腹剣を収めた。
周囲に別のエーテリアスがいないことを確認すると、アキラもイアスを動かして3人のもとへ合流する。
『今のうちに行こう』
イアスを介してアキラが促す。
「賛成! あいつが戻ってくる前に進むぞ!」
一行は再び目的地へ向かった。
◇
やがて制御室へ辿り着く。
「これだな!」
猫又が操作設備へ駆け寄る。
『まず状態を確認しよう』
アキラもイアスを制御盤へ近づける。
線路を切り替えるための設備は見つかったものの、操作しても反応がない。
「動かないぞ?」
「あ、あの……少し見せていただいてもいいですか?」
カリンが前へ出た。
「もちろん」
「ありがとうございます!」
制御盤を覗き込むと、先ほどまでのおどおどした様子から一転して真剣な表情になる。
「……ラインデータが切断されています」
『そこが原因か』
「は、はい。再接続できれば、動くようになると思います!」
カリンの指摘を受け、アキラが設備を確認する。
切断されていたラインデータを再接続すると、停止していた制御盤へ光が戻った。
「つきました!」
『これならいける』
再び操作する。
今度は設備が反応し、遠くから金属の擦れる音が響いた。
線路が切り替わっていく。
「よしっ!」
猫又が拳を握る。
『列車が来るまではまだ少し時間がある。その前にカリンを出口まで送ろう』
アキラの提案に、カリンが目を瞬かせた。
「えっ? で、でも、カリンもまだ何かお手伝いを……!」
「そこまでで十分だぞ」
猫又が首を振る。
「この先はもっと危なくなるかもしれないし、出口へ行けるうちに仲間のところへ戻った方がいい」
「あなたの目的も、ホロウから出ることだったでしょう?」
レイも静かに続ける。
「ここまで十分助けてもらったわ」
「……はい」
少し迷ったものの、カリンは素直に頷いた。
◇
Fairyの案内に従って進むと、ほどなく空間の裂け目が見えてきた。
『肯定。この空間の裂け目はホロウ外部へ通じています』
Fairyの確認を受け、アキラがイアスをカリンへ向ける。
『カリン。この先が出口だよ』
「ほ、本当ですか!? 出口が見つかったんですね……よ、よかった……!」
カリンは心底安心したように胸を撫で下ろした。
そして、すぐに一行へ向き直る。
「あの……本当にありがとうございました! 調査員様のお力がなかったら、カリンはずっとこのホロウを彷徨っていたと思います!」
「それはお互い様だぞ。カリンちゃんのおかげで、こっちも助かったんだから」
「そ、そんな……!」
照れたように俯いたあと、カリンはイアスへ視線を移した。
「その……カリン、ボンプのホロウ調査員様にお会いしたのは初めてです!」
『そうなんだ』
「は、はい! それで……もしよろしければ、皆様のお名前を教えていただけませんか? 今度、会社の従業員一同でお礼に伺いたいんです!」
レイは何も言わなかった。
カリンが話している「会社の従業員一同」の顔を知っているのは、この場では自分だけだ。
『それは……やめておいた方がいいかも』
アキラが穏やかに答える。
『この業界では、あまり深入りしないのがお互いのためだから。縁があれば、また会おう』
「……そう、なんですね」
少しだけ残念そうな顔をしたものの、カリンはすぐに姿勢を正した。
「分かりました! 今日は本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げる。
「猫又さん、レイさんも、ありがとうございました!」
「バイバイ、カリンちゃん!」
「ええ。気をつけて」
「はい!」
カリンはもう一度大きく頭を下げると、空間の裂け目へ向かった。
その姿が向こう側へ消えるのを見届けると、猫又はすぐさまホロウの奥を振り返る。
「よし。じゃあ急いで列車を探すぞ」
『まだ少し猶予はある。行こう』
アキラがイアスを先へ向ける。
レイもその後へ続いた。
線路は切り替えた。
カリンも無事に外へ送り届けた。
残るのは、爆薬を積んでデッドエンドホロウを走る列車。
遠くから伝わってくる微かな振動は、その列車が着実に近づいていることを告げていた。