転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
カリンを空間の裂け目まで送り届けたアキラたちは、再び線路へ向かって移動を始めた。
制御室での操作は成功し、線路はすでに切り替わっている。あとはヴィジョンが爆破解体に使用する列車がこちらへ来るのを待ち、予定していた通り列車へ乗り込んで止めるだけだ。
もっとも、その前に1つ確認しておくことがあった。
『レイさん。依頼されていたアタッシュケースだけど、さっき回収したもので間違いない?』
「ええ。確認したわ。これで間違いない」
レイの手には、制御室へ向かう途中、指定されていた建物から回収したアタッシュケースがある。
これで彼女から受けた依頼そのものは完了したことになる。
『それなら、依頼はこれで終了だね。ここから先は僕たちの事情だから、レイさんまで付き合う必要はないよ』
「そういうわけにもいかないでしょう」
レイは少しも迷わず答えた。
『え?』
「私の依頼を受けたあなたたちが、途中でこんな騒ぎに巻き込まれたのよ。それなのに、依頼品を回収できたから私は帰ります、なんて……さすがに寝覚めが悪いわ」
「じゃあ、まだ手伝ってくれるのか?」
猫又が嬉しそうに尋ねると、レイは頷いた。
「ええ。少なくとも、邪兎屋の救出が終わるまでは付き合うわ」
『……分かった。でも、ここからは依頼の範囲外だ。危険だと思ったら無理はしないで』
「それはプロキシ、あなたも同じでしょう?」
『それを言われると弱いな』
アキラが苦笑する。
表向きの依頼は、これで終わった。
しかし、レイ――ヴァレリア・アークライトがここへ来た本当の目的は、まだ終わっていない。
ヴィジョン。その社長であるパールマン。そして、その背後で動いている人物。
ヴァレリアは、この先に起こる出来事の大筋を知っている。だからといって、記憶の通りに進むと決めつけるつもりもなかった。
すでに本来存在しなかったはずの自分たちが関わっている以上、実際に起きていることを自分の目で確かめる必要がある。
それに、ユウトが先行する直前、掲示板を通じて念を押された言葉も残っていた。
――何かあればイアスを最優先。
依頼も偽装も放り出して構わない。
(まったく。アキラとリンのことになると、本当に過保護なんだから)
ヴァレリアは内心で呆れながらも、その頼みを軽く扱うつもりはなかった。
『マスター。間もなく列車が予定地点を通過します。計画を実行する準備を推奨します』
Fairyから届いた報告を受け、アキラはイアスの顔を線路の奥へ向けた。
『もうすぐ列車が来る。2人とも準備して』
「了解!」
「分かったわ」
猫又が身構え、レイも周囲へ注意を向ける。
ほどなくして、線路の奥から重い走行音が響いてきた。
暗闇の向こうにライトが見える。切り替えられた線路を通り、列車が予定していたトンネルへ進入してきた。
「来た!」
猫又がイアスへ目を向ける。
トンネルへ入ったことで、列車の速度は落ちていた。
「プロキシ、今だ!」
『……何度考えても、かなり力技だよね。この作戦』
「大丈夫だって! ちゃんと屋根に乗せてやるから!」
猫又がイアスを抱え上げる。
その光景を見たレイが、僅かに眉を上げた。
「本当に投げるのね」
『僕もできれば、もう少し穏やかな方法がよかったんだけど』
「時間ないぞ。行ってこい!」
次の瞬間、猫又はイアスを勢いよく投げた。
小さな身体が宙を舞い、走行する列車の屋根へ飛んでいく。
「……随分と思い切った信頼の示し方ね」
「だろ? プロキシなら大丈夫だ!」
「褒めたつもりではないのだけれど」
首を傾げる猫又の隣で、レイは遠ざかる列車を見送った。
◇
『うっ……』
屋根へ着地したイアスは勢いを完全には殺し切れず、尻を強く打った。
『マスター。今の着地で臀部に強い衝撃を受けたようです』
『……分かってるよ』
アキラはイアスを起き上がらせる。
列車は走り続けている。揺れる屋根の上で体勢を整えながら、アキラは目的のハッチへ向かってイアスを進ませた。
『こういう時、イアスの手がもう少し長ければな……』
『しかし、あなたの血縁者は現在の姿について「小さくてとても可愛い」と高く評価しています』
『……普段は可愛くなくて悪かったね』
思わず返してから、アキラはふと別の家族の顔を思い浮かべた。
『……ユウトがいたら、これ見て何か言ってそうだな』
『その可能性は高いでしょう。ただし、発言内容の候補が多いため特定は困難です』
『そんなにあるんだ……』
『少なくとも、マスターの安全を確認した後で笑う可能性は高いと推測します』
『僕もそう思うよ』
まず助ける。怪我がないことを確認する。そして無事だと分かった途端、遠慮なく弄ってくる。
長い付き合いだけに、その姿は簡単に想像できた。
『……この話は帰っても黙っておこう』
『成功率は低いと予測します』
『だよね』
そんなやり取りをしているうちに、目的のメンテナンス用ハッチへ辿り着いた。
開口部はかなり小さい。
『この大きさでは通常の成人が通過することは困難ですが、現在のマスターであれば問題ありません』
『こういう時だけは、この身体も便利だね』
アキラはイアスをハッチへ滑り込ませた。
狭い通路を抜け、列車内部へ降りる。
そして、すぐに異変へ気づいた。
『……人がいる?』
無人のはずだった。
少なくとも、ヴィジョンが公表していた情報ではそうなっている。
だが、列車内には複数の人間が乗っていた。
アキラはすぐにイアスを物陰へ隠す。
「ったく、なんでこんな格好しなきゃならねえんだ」
「任務なんだから仕方ないだろ。こっちは靴までサイズが合ってねえんだぞ」
男たちは治安局員の制服を身につけている。
しかし、その会話は明らかに不自然だった。
「隊長から連絡だ。列車が予定ルートから外れてるらしい」
「は? なんでだよ?」
アキラは物陰から様子を窺った。
ただ爆薬を運ぶだけの無人列車ではない。それどころか、ここにいる連中が本物の治安局員とも思えなかった。
とはいえ、今は正体を探ることが目的ではない。列車を止めることが先だ。
アキラは気づかれないようイアスを移動させようとして――。
「ん?」
男の1人が振り向いた。
「今、何かいなかったか?」
『まずい』
アキラは即座にイアスを走らせた。
「ボンプだ!」
「どこから入ってきた!?」
複数の男が追ってくる。
イアスに戦闘能力はない。アキラは小さな身体を活かして座席や荷物の隙間を抜け、伸びてくる手をかわしながら運転室を目指した。
しかし、列車内には想定以上の人数がいる。
回り込んできた男たちに進路を塞がれ、ついに足が止まった。
「こいつ……喋ってなかったか?」
「上から声がしてたぞ」
男の1人が通信端末を手に取った。
「隊長、侵入者です。喋るボンプが入り込んでます」
短い応答の後、男が眉を寄せる。
「……パールマン長官のところへ?」
『パールマン……?』
アキラはその名前を聞き逃さなかった。
しかし次の瞬間、通信していた男の態度が変わる。
「……了解」
通信を切り、イアスへ武器を向けた。
「命令変更だ。その場で処分しろ」
周囲の男たちも一斉に武器を構える。
『っ――!』
その瞬間だった。
「プロキシ!」
鋭い声と共に影が飛び込み、イアスへ武器を向けていた男を蹴り飛ばした。
『猫又!』
「こっちだ!」
猫又がイアスの前へ飛び込むと、続けざまに別の男へ斬りかかって退路を作る。
「ここはアタシに任せて、先に戻って!」
『でも、猫又――』
「アタシにはキャロットがあるから大丈夫! 後でお店に行く!」
さらに武装した男たちが迫ってくる。
この状況では、緊急停止装置まで進むことはできない。
「早く!」
アキラは一瞬迷った。
だが、猫又の表情を見て決断する。
『……分かった。絶対戻ってきてよ』
「任せろ!」
猫又に背中を預け、アキラはイアスを列車から離脱させた。
◇
列車の外で状況を警戒していたレイは、猫又が突然車内へ飛び込んだ時点で異変を察していた。
ほどなくして、イアスが列車から離脱してくる。
「プロキシ!」
『レイさん!』
レイはすぐにイアスのもとへ駆け寄った。
「猫又は?」
『列車に残ってる。僕を逃がすために……』
レイの表情が引き締まる。
「自力で戻れるの?」
『キャロットを持ってる。後で店に来るって』
「……そう」
一瞬だけ、遠ざかっていく列車へ目を向ける。
ヴァレリアはこの先の大筋を知っている。それでも、記憶だけを根拠に猫又を放置するつもりはない。
今ここで判断できる材料は、猫又自身がキャロットを持ち、自力で戻れると明言したことだ。
「なら、今は彼女を信じましょう。私はあなたと戻るわ」
『レイさんも?』
「私はキャロットを持っていないもの。それに――」
レイはイアスへ視線を落とした。
「あなたを1体だけで帰すつもりもないわ」
何より、ユウトから任されている。
それを抜きにしても、戦闘能力を持たないイアスをこの状況で単独帰還させるつもりはなかった。
『……ありがとう』
『マスター。帰還可能な経路を提示します』
Fairyから新しい経路が送られてくる。
アキラはそれを確認すると、イアスを出口の方角へ向けた。
『レイさん、こっちだ。帰れるルートがある』
「分かったわ」
アキラは提示された経路に従ってイアスを進ませ、レイもそのすぐ側を離れずについていく。
帰還経路を進んでいる途中、リンから通信が入った。
『お兄ちゃん? どうしたの? 予定より早く戻ってきてない?』
『リン。列車の中でちょっと問題が起きた』
『問題って?』
アキラは一瞬迷ったが、今ここで詳しく説明するより、まず安全圏へ戻ることを優先した。
『何かがおかしい。今から店に戻るよ。詳しい話は帰ってからする』
『……分かった。気をつけて戻ってきてね』
『うん』
短いやり取りを終え、アキラたちは再び出口を目指した。
◇
やがて2人は無事にホロウの外へ出た。
危険地帯を抜けたところで、アキラはようやくイアスの足を止める。
『ここまで来れば大丈夫そうだ。レイさんもありがとう。依頼はもう終わってるのに、最後まで付き合わせちゃったね』
「……そのことなんだけど」
『うん?』
レイは振り返り、デッドエンドホロウの方角へ目を向けた。
最初は、アタッシュケースを回収するだけの依頼だった。
ところがその途中で行方の分からなくなった邪兎屋を探すことになり、さらに無人とされていた列車では、治安局員を装っているらしい武装した人間たちまで確認された。
そして、彼らの口から出てきたパールマンの名前。
ここまで来れば、単なる依頼の延長で済ませられる話ではない。
「私の依頼がきっかけだったとはいえ……随分ときな臭い話になってきたでしょう?」
『……そうだね』
「だったら、この件には最後まで付き合わせてもらうわ」
『最後まで?』
「ええ。邪兎屋の救出もまだ終わったわけじゃないし、さっきの列車も気になるもの。依頼品が手に入ったから後は知らない、なんて気分にはなれないわ」
もちろん、それだけがヴァレリアの理由ではない。
この先に何が待っているのか、その大筋を彼女は知っている。
だが、それを今のレイが口にする理由はない。今ここで実際に確認した事実だけでも、この一件へ関わり続ける理由としては十分だった。
アキラは少し考えた後、頷いた。
『……分かった。でも、今すぐ何かするわけじゃない。猫又もまだ戻ってないし、一度状況を整理する必要がある』
「ええ。それで構わないわ」
『じゃあ、何か動きがあったらノックノックで連絡するよ』
「お願い」
そこでレイはアキラと別れた。
表向きの依頼は終わったが、彼女とパエトーンの協力関係まで終わったわけではない。
次に事態が動けば、レイは再び彼らと行動することになる。
◇
Random Playへ戻ったアキラは、H.D.D.との同期を解除して身体を起こした。
「おかえり、お兄ちゃん!」
待っていたリンがすぐに近寄ってくる。
「イアスは後で私が確認しておくから、お兄ちゃんは少し休んで。かなり長い時間接続してたでしょ?」
「ありがとう。でも、その前に話しておきたいことがある」
アキラは列車内で見たものをリンへ説明した。
無人のはずの列車に複数の人間が乗っていたこと。彼らは治安局員の制服を着ていたが、任務のために用意された格好であることを窺わせる会話をしていた。
さらに、列車が予定ルートから外れたことを彼らの側では把握しており、その会話の中ではパールマンの名前まで出てきた。
「それ……どう考えてもおかしいよ」
「うん。ニュースで発表されてる内容と、実際の列車の状況が合ってない」
『ニュースに更新があります』
Fairyが画面を切り替える。
表示されたのは、ヴィジョンによる爆破解体の延期を知らせるニュースだった。
技術的な要因により、爆破解体は翌日の夜まで延期。
記事を読み終えたリンが、小さく息を吐いた。
「列車そのものは止められなかったけど……線路を変えたことで時間は稼げたんだね」
「そうみたいだね」
「でもヴィジョンは、列車が予定ルートを外れたことを発表してない」
「そこも気になる」
無人と発表された列車の実態と、表向きの情報は明らかに噛み合っていない。
そこへリンが、もう1つ気になっていたことを口にした。
「それに……猫又もまだ戻ってきてないんだよね?」
「うん。キャロットは持ってるから、自力で戻れるとは言ってたけど」
「お兄ちゃんを助けてくれたのは本当。でも、あの子もまだ何か隠してる気がする」
「僕もそう思う」
だからこそ、本人が戻ってくるまでは答えを出せない。
リンもしばらく考え込んでいたが、やがて肩の力を抜いた。
「……今ここで考え続けても仕方ないよ。猫又が戻ってきたら、その時にちゃんと話を聞こう」
「そうだね」
「だからお兄ちゃんは休む。長時間イアスに接続してたんだから」
「まだそこ覚えてたんだ」
「当たり前でしょ。ほら、イアスの確認は私がやっておくから」
有無を言わせない様子の妹を見て、アキラは苦笑した。
「分かったよ」
猫又からの連絡は、まだない。
ヴィジョンの目的も分からないままだ。
それでも爆破解体までの猶予はできた。
今は猫又が戻るのを待つしかない。
アキラはリンに後を任せ、一度身体を休めるため自室へ向かった。
◇
一方、カンバス通り。
ユウトはニコ、アンビー、ビリーと共に、取り残された住民たちを見渡していた。
人数は100人を超える。
「……改めて見ると、すげえ人数だな」
「そうなのよ」
ニコが腕を組みながら答える。
「これだけの人数をまとめて連れ出すなんて、簡単じゃないわ」
「普通にホロウを通過させる方法は現実的ではない」
アンビーも周囲を確認しながら冷静に告げる。
「俺たち邪兎屋に任せとけ! ……ってカッコよく言いてぇところだけどよ」
ビリーは途中まで勢いよく言ったものの、住民たちを見回して肩を落とした。
「さすがに100人以上をまとめてホロウの中へ連れてくってのは、話が別だぜ」
「だよなぁ」
ユウトも頭を掻いた。
自分1人ならどうとでもなる。普通のホロウレイダーなら迂回しなければならないような場所でも、ユウトなら強引に抜けられる。
だが、自分が通れることと、100人以上の一般人を安全に通せることはまったく別の話だ。
原作でこの先どうなったか、その大筋は覚えている。
しかし、それを知っているからといって、目の前の状況を確認せずに同じ手順をなぞるつもりはなかった。
「そういや、ニコ」
「何よ?」
「アキラたちから大体の話は聞いてるけど、俺は途中から合流したからな。猫又と知り合ってからここに来るまで、実際どう動いてたのか一度聞かせてくれ」
「ああ、そういうことね」
ニコは納得すると、猫又と知り合ってからの経緯を簡単に話した。
失くした物を探してほしいという依頼から始まり、赤牙組の拠点を調べ、デッドエンドホロウへ入ったこと。その途中では猫又から迷子の少女を探してほしいと頼まれ、実際にその少女とも遭遇している。
そして脱出する途中でカンバス通りへ辿り着き、これだけの住民が取り残されていることを知った。
「……で、今に至るってわけ」
「なるほどな」
ユウトは頷いた。
少なくとも、自分たちが事前に共有していた大筋から大きく外れてはいない。
「ただ、あの子……まだ何か隠してる気がするのよね」
ニコが僅かに眉を寄せる。
「まあ、そこは本人から聞くしかねえだろ」
ユウトはそれ以上踏み込まなかった。
知っているからといって、猫又自身が話すべきことまで先回りして暴露する必要はない。
今優先すべきなのは別のことだ。
ユウトは改めて住民たちへ視線を向けた。
「さて……問題はこっちだな」
「そうね」
「とりあえず、ここにいる連中の確認から始めようぜ。これだけ人数がいるんだ。何をするにしても、まず状況が分からなきゃ話にならねえ」
ニコも頷いた。
「アンビー、ビリー。手伝って」
「了解」
「任せとけ!」
3人が住民たちの方へ向かう。
ユウトもその後へ続いた。
知っている展開に頼って答えを決めるより、まずは今ここにいる人間を確かめる。
この世界で実際に起きていることを見た上で、その次を考えればいい。
「まずは、こっちでできることから片付けるか」
そう呟き、ユウトは住民たちのもとへ歩いていった。