転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
新エリー都へ続く線路は爆破された。
住民を乗せた列車でデッドエンドホロウを抜ける――そんな計画は、あと少しというところで潰されてしまった。しかも外ではヴィジョンの増援が周囲を固めつつあり、状況は刻一刻と悪くなっている。
重苦しい空気の中、猫又は手にしていた古い写真へ視線を落としていた。
やがて覚悟を決めたように顔を上げる。
「……ニコ、アンビー、ビリー。それからプロキシにも、話しておかなきゃいけないことがある」
「何よ、急に改まって」
「アタシ、みんなを騙してたんだ」
ニコの眉がわずかに動いた。
「最初に言った、赤牙組に形見を奪われたって話。あれ、嘘なんだ」
そこから猫又は、これまで隠していたことを話した。
自分がかつて赤牙組にいたこと。組を離れた後もシルバーヘッドへの恩を忘れたわけではなかったこと。そして彼の死について、邪兎屋を恨んでいたことを。
シルバーヘッドがホロウへ追い込まれたのは、邪兎屋のせいだと思い込んでいた。
だから形見探しを口実に近づいた。
邪兎屋を利用し、危険なデッドエンドホロウへ誘い込んだのも、復讐するためだった。
「……でも、違った」
猫又の耳が力なく伏せられる。
「あんたたちのせいじゃなかった。アタシが勝手に勘違いして、勝手に恨んでただけだった」
それだけではない。
邪兎屋と行動を共にするうちに、猫又自身も彼女たちを知った。
金にうるさくて、無茶ばかりして、口を開けば軽口が飛び交う。
それでも、困っている人間を見捨てられない連中だった。
今だって、自分たちには何の得もないカンバス通りの住民を救うため、ヴィジョンを敵に回してここまで来ている。
「アタシ……あんたたちに復讐するつもりだったんだ」
猫又は俯いた。
「騙して、利用して、危ない目にも遭わせた。本当に……ごめん」
車内に沈黙が落ちる。
アキラとリンも、イアスを通して何も言わずに猫又を見ていた。
ユウトは壁に背を預けたまま口を挟まない。
これは猫又と邪兎屋の問題だ。
やがてニコが大きく息を吐いた。
「……バカね、あんた」
「ニコ……」
「言っとくけど、これで全部チャラになったわけじゃないからね。騙されてたって聞いて、はいそうですかって済ませられるほど、あたしはお人好しじゃないわよ」
「うん……」
「それに、形見探しの依頼料の話だって残ってるんだから」
「そこは忘れないんだな」
思わずユウトが口を挟むと、ニコが勢いよく振り返った。
「当たり前でしょ! それはそれ、これはこれよ!」
「ニコは金銭面に関して一貫している」
「アンビー、それ褒めてる?」
「事実を述べただけ」
「さっすがニコの親分! こういう時でもブレないぜ!」
「ビリーまで乗っからない!」
少しだけ、張り詰めていた空気が緩んだ。
猫又も目を丸くした後、小さく笑う。
だが、その表情はすぐに引き締まった。
「……でも、アタシにはまだやることがある」
「猫又?」
猫又の視線が、同じ車内にいるパールマンへ向く。
「カンバス通りのみんなを助ける。赤牙組が最後までできなかったことを、今度こそ」
ニコが嫌な予感を覚えたように眉を寄せる。
「ちょっと待ちなさい。あんた、何するつもり?」
「ヴィジョンと交渉してくる」
「はぁ!?」
「大丈夫。こっちには使えそうな切り札もあるし」
猫又の視線を追い、全員がパールマンを見る。
自分が何を意味するのか理解したらしいパールマンの顔色が変わった。
「ま、待て! 貴様、まさか私を人質にするつもりではあるまいな!?」
「ヴィジョンの社長なんでしょ? だったら、あんたを無視して好き勝手はできないよね?」
「ふざけるな! 私はヴィジョンコーポレーションの社長だぞ! 私にこのような――」
パールマンへ向かって、レイが歩き出した。
「ん?」
猫又が振り返った直後だった。
「ぶっ!?」
鈍い音が車内に響く。
パールマンの頭が大きく揺れ、そのまま床へ崩れ落ちた。
「…………」
誰も声を出さない。
倒れたパールマンはぴくりとも動かなかった。
「……レイ?」
「うるさかったから」
レイは何事もなかったように答える。
「いやいやいや!? 普通いきなり殴る!?」
「静かになったでしょう?」
「なったけど!」
猫又が思わず叫ぶ。
その横でユウトは額へ手を当てた。
「……本当にやりやがった」
「何か言った?」
「いや、何も」
ユウトは素早く視線を逸らした。
猫又はしばらく倒れたパールマンとレイを見比べていたが、やがて気を取り直してパールマンを担ぎ上げた。
「……と、とにかく。こいつはアタシが連れてく」
「待ちなさい、猫又!」
「ニコたちはカンバス通りのみんなをお願い。アタシはこいつを使って、ヴィジョンに封鎖を解かせる」
「だからって1人で――」
「1人じゃないわ」
ニコの言葉を遮ったのはレイだった。
「え?」
猫又も目を瞬く。
レイは猫又の隣まで歩くと、当然のように出口へ視線を向けた。
「私も行くわ」
「いや、レイまで来なくていいって! これはアタシの――」
「あなたを1人で行かせるわけにはいかないでしょう」
「でも……」
「それに、ここまで来て今さら巻き込まれるも何もないわ」
「それは……そうかもしれないけど」
猫又が困ったように耳を伏せる。
「ちょっと、レイまで勝手に決めないでよ!」
ニコが声を上げた。
レイはそちらを振り返る。
「猫又を止められそう?」
「うっ……」
「なら、せめて1人にはしない方がいいでしょう」
「それはそうだけど……!」
納得したわけではない。
だが、猫又がここで引くつもりがないことは、ニコにも分かっていた。
「……絶対に無茶するんじゃないわよ」
「うん」
「レイもよ!」
「分かってるわ」
猫又はパールマンを担ぎ直すと、列車の扉へ向かった。レイもそのすぐ後に続く。
扉が開き、猫又は外の様子を確かめてから振り返った。
「じゃあ、行ってくる。ニコたちはカンバス通りのみんなをお願い」
「猫又!」
「大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」
猫又はそう言い残し、パールマンを担いだまま列車の外へ出た。
レイも迷うことなく後に続く。
ニコは追いかけようと一歩踏み出した。
しかし、その足が止まる。
猫又を追いたい。
だが、ここで自分たちまでカンバス通りを離れれば、取り残された住民を助ける者がいなくなる。
「……もう、ほんっと勝手なんだから!」
ニコは悔しそうに吐き捨てた。
「追わないの?」
アンビーが尋ねる。
「追いたいわよ!」
ニコは即答した。
「でも、猫又があたしたちにカンバス通りを任せたのよ。だったら、先にそっちを何とかする。あの子を追いかけるのはその後!」
「了解」
「それでこそニコの親分だぜ!」
イアスも猫又たちが向かった方向を見ていた。
『Fairy、猫又の位置は追える?』
『可能です。対象の移動経路を継続して追跡します』
『お願い。何か大きな変化があったら教えて』
『承知しました』
アキラとリンはひとまず猫又の追跡をFairyへ任せる。
今は、もう1つの問題を解決しなければならない。
新エリー都へ続く線路は破壊された。
列車そのものが残っていても、このまま住民を乗せて外まで運び出すことはできない。
「……で」
ニコが壊された線路の先を睨む。
「こっちはどうするのよ」
カンバス通りには100人を超える住民が残されている。
しかも、その全員が長時間ホロウ内を移動できるだけのエーテル適性を持っているわけではない。
「別の乗り物を探す?」
『この人数を一度に運べる車両を今から確保するのは難しいと思う』
アキラの言葉に、リンも続く。
『何往復もするのも危険だよ。ホロウの経路は変わり続けるし、住民のみんなを長時間ここに留めておくことになる』
「じゃあどうしろってのよ……」
ニコが頭を抱える。
「全員に今すぐエーテル適性を持たせる薬でもあれば話は早いんだけど!」
『そんな都合のいいものはないよ』
「分かってるわよ!」
そんなやり取りを横で聞きながら、ユウトは周囲へ視線を巡らせていた。
住民を運ぶ。
安全な乗り物を探す。
長い道のりをどう突破するか。
全員が同じ方向から問題を考えている。
なら、少しくらいは視点をずらしてやってもいいだろう。
「……運び方ばっかり考えない方がいいんじゃねえか?」
「え?」
ニコが振り返る。
「100人以上をどうやって遠くまで運ぶかって考えるから、手段が限られるんだろ」
「じゃあ、どうするの?」
「さあな」
「ちょっと!」
「俺も答えを持ってるわけじゃねえよ。ただ、こういう時は前提そのものを疑ってみるのも手だって話」
「前提……」
ニコが眉を寄せる。
イアスの向こうでも、アキラとリンが黙り込んだ。
やがてリンが声を上げる。
『……待って、お兄ちゃん』
『僕も今、同じことを考えてた』
『カンバス通りと新エリー都って、もともとの直線距離ならそんなに離れてないよね?』
『うん。今これだけ長い経路になっているのは、デッドエンドホロウが拡張して間を塞いでいるからだ』
ニコの目が見開かれる。
「まさか……」
『住民を遠くまで運ばなくてもいいんだよ』
リンが続ける。
『ホロウそのものを縮められればいい』
「ホロウを……縮める?」
「なるほど! エーテリアスを倒せばホロウは縮む!」
ビリーが勢いよく手を打った。
「理論上は正しい」
アンビーが頷く。
「ただし、現在の活性状態から考えると、通常のエーテリアスなら3000体前後は必要になる」
「3000体!?」
ビリーの両腕が力なく垂れ下がる。
「そいつは無理だぜ……」
「でも、通常のエーテリアスなら、でしょ?」
ニコが何かに気づいたようにアンビーを見る。
アンビーも視線を返す。
そして、ほぼ同時に表情が変わった。
『いるよ』
リンの声が響く。
『普通のエーテリアスとは比較にならないくらい、高いエーテル活性を持ってる個体が』
アキラがその名を告げた。
『デッドエンドブッチャー』
「……やっぱり、そこに行き着くのね」
ニコが顔をしかめる。
「うへぇ……あいつかよ」
ビリーも露骨に嫌そうな声を出した。
「前に遭遇した時のこと、まだ覚えてるぜ。あのデカブツを相手にするのは、さすがに笑えねえよ」
「ビリーの懸念には同意する」
アンビーの表情も真剣だ。
「正面からの戦闘だけで確実に処理できるとは言えない」
「実際に遭遇したお前らがそこまで警戒するなら、相当な奴みたいだな」
ユウトも表情を引き締める。
『でも、今はユウト兄もいる』
リンが言う。
『戦闘や護衛なら、ユウト兄が一緒にいてくれるのはかなり大きいし』
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
『だって本当のことでしょ?』
「まあ、期待には応えるさ」
ユウトは軽く笑ってから、すぐに続けた。
「ただ、俺が加わったからって楽勝になるとは思わない方がいい。そいつらがそこまで警戒する相手なら、なおさらな」
『うん。だから、まともに戦うだけじゃない』
リンの声に、アキラも続く。
『ヴィジョンがここへ何を持ち込んでいたか、覚えてる?』
「何って……」
ニコが考え込む。
数秒後、その目が大きく見開かれた。
「爆薬!」
『そう』
アキラが答える。
『爆破解体用のエーテル爆薬が、このホロウには大量に持ち込まれてる』
「それをデッドエンドブッチャーにぶつけるってことね!」
『全部を一度に使えれば、十分な威力を期待できる』
「いいじゃない!」
ニコの口元に笑みが戻った。
「ヴィジョンがわざわざ持ち込んでくれたんだもの。ありがたく使わせてもらいましょ!」
「まさか、ニコの親分……」
「そのまさかよ!」
「さすがだぜ!」
「問題は爆薬の回収と運搬」
アンビーが冷静に現実へ話を戻す。
『列車を使おう』
アキラが言った。
全員が、すぐそばに停まっている車両を見る。
『線路は新エリー都まで繋がってなくても、ホロウ内部で爆薬を運ぶところまでは使える。周辺にある爆薬をできるだけ集めて、この列車に積み込むんだ』
『Fairyなら爆薬の保管地点を探せるよ』
リンも続ける。
『私たちはイアスで爆薬を集める。ニコたちは先にデッドエンドブッチャーのところへ向かって、準備が整うまで引きつけておいて』
「つまり、あたしたちが囮ね」
『危険だけど……』
「いいわ」
ニコは即答した。
「どうせ他に手はないんでしょ?」
『……うん』
「なら決まり!」
ニコがアンビー、ビリー、そしてユウトを見る。
「あたしたちはデッドエンドブッチャーのところへ行く。爆薬が届くまで、あいつを好き勝手させない」
「了解」
「任せろ、ニコの親分!」
「俺も異論なし」
アキラとリンは、イアスを通してデッドエンドブッチャーの反応が確認されている区域と、そこまでの経路を共有する。
ホロウ内では通常の通信を当てにできない。
ここから別れれば、簡単に連絡を取り合うこともできなくなる。
だからこそ、必要な情報は今のうちに揃えておく。
『ルートは覚えた?』
「ああ。大体な」
ユウトが答える。
『途中でホロウの構造が大きく変わったら無理しないで。別の道を探して』
「分かってる」
『それから――ユウト兄』
「ん?」
『みんなのこと、お願い』
リンの声は真剣だった。
ユウトは一瞬だけ目を細め、それからいつもの調子で笑う。
「任せとけ。そっちも気をつけろよ」
『うん』
「アキラも、無茶すんなよ」
『ユウトに言われたくないな』
「言うようになったじゃねえか」
短く笑い合い、ユウトはイアスから離れる。
ニコがホロウの奥へ視線を向けた。
「行くわよ。猫又が1人で全部背負おうとしてるなら、こっちはこっちで勝手に助けてやるんだから!」
「それでこそニコの親分だぜ!」
ニコ、アンビー、ビリー、ユウト。
4人がホロウの奥へ走り出す。
イアスはその背中を見送った後、反対方向へ身体を向けた。
ここから先は別行動だ。
◇
『Fairy、ヴィジョンの爆薬を探して』
『承知しました。周辺の物資情報および確認済みのヴィジョン輸送経路を照合します』
イアスの視界に、複数の地点が表示される。
『爆破解体用エーテル爆薬の保管地点を複数確認。優先順位を設定しました』
『一番近いところから行こう』
アキラの操作で、イアスが走り出す。
ヴィジョンが残した資材や崩れた建物の間を抜け、最初の保管地点へ向かう。
『右!』
リンの声に合わせ、イアスが瓦礫を回り込んだ。
その先に、ヴィジョンのマークが入った輸送ケースが積まれている。
『見つけた!』
『内容物を照合――対象のエーテル爆薬と一致します』
『よし』
だが、問題はここからだった。
イアス1体で運べる量には限界がある。
『まず列車まで運ぼう』
『うん。それから次の場所!』
使える運搬具も利用しながら爆薬をまとめ、イアスは列車との間を往復する。
1つ。
また1つ。
ヴィジョンがカンバス通りを破壊するために用意した爆薬が、今度は住民を救うために列車へ積み込まれていく。
『次の保管地点を表示します』
『まだあるね』
『多い方が助かるよ。集められるだけ集めよう』
アキラが次の地点を指定する。
イアスは再び列車を離れ、爆薬を求めてホロウ内を走り出した。
◇
同じ頃。
ニコたちは事前に共有された経路を頼りに、デッドエンドホロウの奥へ進んでいた。
進むほど周囲の景色は歪みを増していく。
浮遊する瓦礫。あり得ない角度で重なった道路。崩れた建物の隙間ではエーテル結晶が不気味な光を放っている。
「この辺りから先だったわね」
「うん。共有された位置情報では、この先」
アンビーが周囲を確認する。
「迷ったら洒落にならねえな」
ユウトが呟く。
「プロキシと離れた後にホロウで迷子なんて、笑えないわよ」
「だから慎重に進んでるだろ」
その時、アンビーが足を止めた。
「敵性反応」
「どこ!?」
次の瞬間、瓦礫の陰からエーテリアスが飛び出した。
アンビーが即座に迎え撃つ。
振るわれた攻撃をかわし、懐へ踏み込んで斬撃を叩き込む。
「こっちからも来るぜ!」
ビリーの銃声が響いた。
左右から迫っていたエーテリアスが銃弾を受けてよろめく。
「ここで時間食ってる暇はないわよ!」
ニコも武器を構える。
「邪魔なのだけ片づけて、一気に抜ける!」
「了解だぜ、ニコの親分!」
ビリーが連射する。
その隙を突き、別のエーテリアスがニコの死角から飛びかかった。
「ニコ!」
アンビーが声を上げるより早く、ユウトの姿が掻き消える。
次の瞬間にはニコの横へ回り込み、抜き放った忍者刀でエーテリアスの攻撃を受け流していた。
「よっと」
身体を捻り、その勢いのまま敵を蹴り飛ばす。
吹き飛ばされたエーテリアスへビリーの銃撃が突き刺さった。
「ナイスだぜ、ユウト!」
「そっちもな。ほら、止まるな」
「了解!」
立ち止まってすべてを倒す必要はない。
進路を塞ぐ個体だけを手早く排除し、4人は足を止めずに進んでいった。
やがて周囲から小型のエーテリアスが姿を消す。
代わりに、肌を刺すような圧迫感が強くなっていった。
ユウトの表情から笑みが消える。
「……こいつは」
「感じる?」
ニコが尋ねる。
「ああ。詳しいことは分からねえけどな」
空気そのものが重い。
身体にまとわりつくようなエーテルの気配が、進むほど濃くなっている。
「この先にいるんだろ?」
「いる」
アンビーが短く答える。
その声も普段よりわずかに硬い。
ビリーが拳銃を握り直した。
「できれば、もう会いたくなかったんだけどなぁ……」
「残念だったわね。再会よ」
「ニコの親分、こういう再会はロマンがないぜ!」
「だったらさっさと終わらせるわよ」
軽口を交わしながらも、誰も警戒を解かない。
やがて一行は崩れた高架の陰へ到着した。
アンビーが片手を上げる。
「止まって」
全員が足を止め、身を低くする。
少し先。
瓦礫に囲まれた広い空間の中央に、巨大な影が立っていた。
人型でありながら、人とは到底呼べない巨体。
異形の身体から溢れるエーテルの光が、周囲の景色を紫色に染めている。
「……相変わらずデカいぜ」
ビリーが小声で呟いた。
「前回遭遇時と大きな変化は見られない」
アンビーは冷静に観察しているが、その手はすでに武器へかかっている。
ユウトも背負っていた忍者刀をゆっくりと抜いた。
初めて目にする巨体を見上げ、わずかに目を細める。
「こいつが……デッドエンドブッチャーか」
「そうよ」
ニコが小声で答える。
「倒すのは爆薬が来てから。それまでは、こいつをここから逃がさないことと、あたしたちがやられないことを最優先にする」
「言うのは簡単だぜ、ニコの親分……」
「でも、やるしかない」
アンビーの言葉に、ビリーも銃を構えた。
「ま、そうだよな!」
「時間稼ぎなら、それなりにやりようはある」
ユウトも忍者刀を構える。
「頼りにしてるわよ、ユウト」
「任せとけ。ただし、無茶はすんなよ」
「あんたにも言ってるからね、それ」
「そりゃどうも」
その時だった。
デッドエンドブッチャーの頭部が、ゆっくりと動く。
「……!」
アンビーの表情が変わった。
紫色の光が、まっすぐこちらへ向けられる。
「気づかれた」
巨体が武器を持ち上げた。
周囲の空気が震え始める。
「来るぜ!」
ビリーの銃口がデッドエンドブッチャーを捉える。
アンビーが低く身構え、ユウトも忍者刀を握り直す。
ニコは一歩も退かず、目の前の巨大なエーテリアスを睨みつけた。
猫又は、自分にできる方法でカンバス通りを救おうとしている。
なら、自分たちも自分たちのやり方で助ければいい。
「爆薬が届くまで、何がなんでもここで足止めするわよ!」
「了解!」
「任せろ、ニコの親分!」
「やってみるか」
次の瞬間。
デッドエンドブッチャーの咆哮が、ホロウ全体を揺らした。
◇
その頃。
猫又は気を失ったままのパールマンを担ぎ、レイと並んでホロウの出口を目指していた。
ヴィジョンから渡された耐侵蝕装備を身につけ、案内役の部隊とともに最短ルートを進んでいる。
「……それにしても、全然起きないね」
猫又が肩越しにパールマンを見る。
「そのうち起きるでしょう」
「レイ、結構思いっきり殴った?」
レイの返事が一瞬だけ遅れた。
「……少し力が入ったかもしれないわね」
「少しでこれなの!?」
猫又は思わずレイの手を見る。
「見た目よりずっと力あるんだね……」
「失礼ね」
「だってびっくりするって!」
レイは小さく息を吐き、再び前を向く。
猫又はそんな彼女を横目で見た後、少し申し訳なさそうに耳を伏せた。
「……ごめんね、レイ」
「何が?」
「アタシについてきたせいで、こんなところまで来ることになって」
「ついていくと決めたのは私よ。あなたが気にすることじゃないわ」
「でもさ」
「それより前を見た方がいいんじゃない?」
「あっ、そうだった」
猫又は慌てて視線を戻した。
その反応に、レイはわずかに口元を緩める。
今はまだ、ヴィジョン側もパールマンを無視できない。
猫又の交渉も通っている。
少なくとも、ここまでは。
レイは案内役として先を進むヴィジョンの兵士たちへ視線を向けると、何も言わず猫又の隣を歩き続けた。
ホロウの出口は、もう遠くなかった。