転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
デッドエンドブッチャーの咆哮が、崩壊した街区を震わせた。
空気そのものを殴りつけるような音圧に砂塵が舞い、路面へ散らばっていた細かな瓦礫が跳ねる。その中心で巨体を起こしたエーテリアスは、両腕に握った巨大な得物を引きずりながら、正面に立つ4人へゆっくりと身体を向けた。
全身を覆うエーテル結晶と、人型の名残を辛うじて留めた異形の肉体。以前にも対峙したことのある邪兎屋の3人はもちろん、原作知識としてその姿を知っているユウトにとっても、実物を目の前にした時の威圧感は画面越しとはまるで違う。
「いやぁ……相変わらず、とんでもない迫力だな」
「ビリー、油断しないで。前に遭遇した時より、エーテルの活性が高いように見える」
アンビーはすでに武器を構え、正面からブッチャーを見据えている。ニコもケースを構え直しながら、視線だけをユウトへ向けた。
「あたしたちの仕事は、爆薬が届くまでこいつをここから動かさないこと。倒せるなら倒す、無理なら何がなんでも足止めする――それでいいわね?」
「ああ。ただし無茶はすんなよ。こいつ相手じゃ、ちょっとしたミスでも洒落にならん」
「あんたにも言ってるからね、それ」
「へいへい」
ユウトが背中から忍者刀を抜く。
相手についての知識はある。それでも知識だけを当てにするつもりはなかった。画面越しに見た攻撃と、実際に目の前で振るわれる一撃では速度も圧力も違う。ましてホロウ内部の環境によってエーテリアスの状態が変化する以上、最後に頼れるのは自分の目と身体だ。
「来る」
アンビーが告げた直後、ブッチャーの巨体が深く沈み込んだ。
路面を蹴り砕きながら一気に距離を詰め、巨大な得物を横薙ぎに振るう。アンビーは後ろへ逃げるどころか間合いの内側へ踏み込み、武器を斜めに合わせて正面から受け止めることなく上方へ流した。
激しい金属音が響いた時には、すでにビリーが動いていた。二丁拳銃から放たれた弾丸が、攻撃を振り抜いたことで露出した脇腹へ集中する。
「こっちも忘れないでよね!」
銃撃へ反応したブッチャーがビリーへ向き直ろうとしたところへ、ニコのエーテル弾が側面から直撃した。爆発によって巨体が横へ押され、その動きに合わせるようにユウトが低く懐へ潜り込む。
忍者刀を走らせた先は膝裏だった。
刃が結晶とぶつかり、甲高い音とともに火花が散る。
「やっぱ硬ぇな……!」
浅い。それでも傷は入った。
ユウトは欲張らず、そのまま横へ抜ける。直後にブッチャーが振り返りざまに得物を叩きつけたが、すでにアンビーから「右」と声が飛んでいた。
ユウトが跳ぶ。
巨大な得物が路面へ突き刺さり、アスファルトが大きく陥没する。着地と同時にユウトが顔面へクナイを投げれば、ブッチャーの意識が一瞬だけそちらへ向いた。
その隙にアンビーが武器を弾き、ユウトが再び懐へ入る。先ほどと同じ膝裏へ忍者刀を走らせると、今度は結晶の亀裂へ刃が食い込んだ。
ユウトが離れる。
そこへビリーの銃弾が集中する。
結晶が欠け、さらにニコの一撃が反対側の肩へ炸裂したことで、巨体の体重が傷ついた脚へ一気に乗った。
ブッチャーの膝が沈む。
その瞬間をアンビーは逃さない。電光を纏った刃が傷口へ深く食い込み、ブッチャーが苦痛の咆哮を上げながら両腕を振り回した。
「散れ!」
4人は別方向へ飛ぶ。
巨大な刃が空を切り、道路脇に残っていた街灯を根元からへし折った。
そのまま追撃へ移ったブッチャーが武器を路面へ叩きつけると、先ほどまでとは比較にならない衝撃が走った。砕けたアスファルトが4人の間へ噴き上がり、ニコの射線が瓦礫で遮られる。
そこへ巨体が踏み込んだ。
狙いはビリーだった。
「おっと!」
すぐに跳んだものの、着地点そのものが崩れている。足を取られた一瞬でブッチャーが間合いを詰め、巨大な得物を振り上げた。
ユウトは腰からワイヤー付きのクナイを抜く。
「ビリー、掴め!」
「おおっ!?」
横を通過したクナイをビリーが空中で掴む。
「そのまま跳べ!」
「了解!」
ビリーが地面を蹴った瞬間、ユウトがワイヤーを強く引いた。巨体を拘束するのではなく、ビリー自身を攻撃範囲から強引に引き抜く。
直後、巨大な得物が路面へ叩きつけられた。
転がりながら着地したビリーは、礼を言うより先に二丁拳銃を構えた。
「こいつは借りを返さないとな!」
狙ったのはブッチャーではなく、先ほどの衝撃で大きな亀裂が入った建物の外壁だった。何発もの弾丸が同じ一点へ集中し、壁の亀裂をさらに広げる。
アンビーもすぐに意図を察し、壁の根元へ斬撃を加えた。
「ユウト!」
「ああ!」
2人を追おうとしたブッチャーの前へユウトが入り、クナイを投げて注意を引きつける。その間にアンビーが離れ、ビリーも射線から退いた。
そして最後に残ったニコが、崩れかけた壁へケースを向ける。
「まとめて食らいなさい!」
エーテル弾が炸裂した。
外壁が一気に崩れ、大量の瓦礫がブッチャーの巨体へ降り注ぐ。轟音とともに街路が土煙に覆われた。
「……やった?」
「ニコの親分、それは言わない方がいいと思うぜ」
「分かってるわよ! 言ってみただけ!」
その言葉を証明するように、積み上がった瓦礫が内側から弾け飛んだ。
土煙の中からデッドエンドブッチャーが現れる。
だが、無傷ではない。全身の結晶は大きく欠け、胸部には深い亀裂が走っている。最初から狙い続けていた片脚も損傷し、明らかに動きが鈍っていた。
「押し切るわよ!」
ニコの声を合図に、4人が一気に動く。
アンビーが正面から武器を受け流し、その動きで露出した肩へビリーが弾丸を撃ち込む。銃撃を嫌ってブッチャーが向きを変えたところへニコの一撃が炸裂し、巨体を傷ついた脚の側へ押し込んだ。
そこには、すでにユウトがいる。
忍者刀が膝裏へ深く入り、踏ん張る力を奪う。姿勢が沈んだ瞬間、アンビーの斬撃が胸部を裂き、続けてビリーの弾丸が亀裂へ集中する。
最後にニコのエーテル弾が炸裂した。
ブッチャーの巨体が大きく揺らぐ。
ユウトはその腕へ飛び乗ると、一気に肩まで駆け上がった。逆手に握った忍者刀を肩口へ深く突き立て、暴れ始めるより早く引き抜いて、その肩を蹴って離脱する。
着地した直後、デッドエンドブッチャーの片膝が落ちた。
続いて巨体そのものが傾き、地響きとともに路面へ倒れ込む。
「今度こそ……!」
ニコが一歩前へ出た、その時だった。
ユウトとアンビーがほぼ同時に異変へ気づく。
「下がれ!」
「みんな、離れて!」
4人が一斉に飛び退いた。
次の瞬間、倒れていたデッドエンドブッチャーの身体から紫黒のエーテルが噴き上がった。
空気が震える。
全身の結晶が脈打つように明滅し、傷ついていた肉体が内側から無理矢理押し広げられていく。背中から新たな結晶が突き出し、肩の後方が不自然なほど大きく隆起した。
「何よ……これ……!」
ニコが腕で顔を庇う。
肉体が軋み、歪み、その膨らみがゆっくりと形を変えていく。
腕だった。
新たな腕が1本。
そして、もう1本。
先ほどまで2本だった腕が、4本へ増えている。
ユウトは何も言わず、忍者刀を握り直した。
エーテル光が異形の全身を走る。
デッドエンドブッチャーが顔を上げ、再び咆哮した。
直後、巨体が路面を蹴り砕く。
「来る!」
アンビーが正面から1本目を受け流す。
そのまま側面へ抜けようとするが、先ほどまでなら死角だった場所を新たに生えた腕が薙ぎ払った。
「っ!」
咄嗟に武器を合わせたアンビーの身体が衝撃で浮き上がる。そこへ別の腕が追撃し、ユウトが横から忍者刀を叩きつけて軌道を逸らした。
「ユウト、上!」
さらに別の腕。
刀を返すには遅い。
ユウトの肩へ重い一撃が入り、身体が大きく吹き飛ばされた。
壁へ叩きつけられる寸前で身体を捻り、足から着地する。それでも勢いを殺し切れず、膝が路面へついた。
「ユウト!」
「大丈夫だ!」
返事をした時には、もうブッチャーはアンビーへ迫っていた。
ビリーの銃弾が追撃する腕の関節へ集中し、辛うじて軌道を外す。だが、それに反応した別の腕がビリーへ伸び、回避先へさらにもう1本が追ってきた。
ニコのエーテル弾が側面で炸裂する。
巨体が僅かに揺れただけで、攻撃は止まらない。
アンビーが1本を受け流せば、援護に入ったユウトへ別の腕が向く。ビリーが射撃で助ければ今度は彼自身が狙われ、ニコも味方と4本の腕が入り乱れることで満足な射線を作れない。
さらにブッチャーの全身へ強烈なエーテル光が集まった。
「離れろ!」
ユウトの声とともに4人が散る。
直後、放たれたエーテルの奔流が街路を横薙ぎにした。建物の外壁が焼き切られ、残っていた街灯が溶断される。
光が消えるより早くブッチャーが跳躍した。
狙われたのはニコ。
「ニコの親分!」
ビリーが撃ったのはブッチャーではなく、ニコのすぐ横に転がっていた瓦礫だった。弾けた破片が頬を掠め、ニコは一瞬だけ顔をしかめる。
だが、その意味を察した。
「もう!」
反対側へ飛ぶ。
直後、デッドエンドブッチャーの巨体が着地した。
路面が沈み込み、衝撃波が周囲へ広がる。4人まとめて吹き飛ばされ、ユウトは地面を転がりながら忍者刀を突き立てて、どうにか勢いを止めた。
すぐに立ち上がる。
アンビーも動ける。ビリーも銃を手放していない。ニコもケースを抱えたまま身体を起こしていた。
だが、第1形態までの戦い方では駄目だ。
「……全部の腕に付き合う必要はねえな」
「何かあるの?」
ニコが息を整えながら尋ねる。
「腕を1本ずつ止めるんじゃなくて、本体を動かす。全部に反応してるから、こっちが後手に回ってる」
ニコは一瞬だけ考え、すぐに意味を理解した。
「なるほど。あいつ自身をこっちの都合のいい場所へ押し込めば、腕の向きもまとめて変わるってことね」
「そういうこと」
「だったら話は早いわ」
ニコがケースを肩へ担ぎ直した。
「あたしが動かす。あんたたち、合わせなさい!」
ブッチャーが再び迫る。
アンビーが正面から1本目を受け流し、2本目へユウトが忍者刀を合わせる。正面から止めず、刃を滑らせるように軌道だけを外側へ逃がした。
3本目がビリーへ伸びる。
二丁拳銃から放たれた弾丸が関節へ集中し、迫る腕が身体すれすれを通過した。
残る1本はニコへ。
しかし、彼女は迎撃しない。
横へ踏み込みながら、ブッチャーの胴体へエーテル弾を叩き込んだ。
「そっち行きなさい!」
爆発。
巨体そのものが横へ押され、4本の腕の軌道までまとめてずれる。
その先へアンビーが踏み込んだ。
傷ついた脚へ斬撃が入り、踏ん張ろうとした膝が沈む。反対側からユウトも入り、腕へ忍者刀を走らせて敵の注意を引きつけた。
そこへビリーの銃撃。
ブッチャーが振り向けばニコの爆発。
押された先へアンビーが斬り込む。
今度は4本の腕を1本ずつ処理しようとはしない。敵そのものを動かし、攻撃できる方向を4人で限定していく。
ユウトは腰から煙玉を抜き、ブッチャーの足元へ叩きつけた。
白煙が一気に広がる。
「ちょっと! あたしたちも見えないんだけど!」
「ニコ、右へ3歩!」
「相変わらず雑ね!」
文句を言いながらもニコが動いた直後、煙の中から巨大な腕が飛び出し、先ほどまで彼女がいた場所を薙ぎ払った。
続いて銃声。
ビリーには敵の姿そのものは見えていない。それでも直前までの位置と足音、煙の向こうから響く咆哮を頼りに、同じ一点へ弾丸を集中させる。
苦痛の声が返った。
「そこ」
アンビーが白煙へ飛び込む。
内部で電光が閃いた。
ほぼ同時にユウトも反対側から入り、迫る腕を身体を沈めてかわす。その腕へ足を掛けて跳び上がり、肩へ蹴りを叩き込んだ。
ブッチャーの巨体が煙の外へ押し出される。
「ニコ!」
「見えた!」
エーテル弾が直撃した。
爆発に押された巨体が瓦礫の山へ突っ込み、4人は間を置かずに追う。
アンビーが正面へ入り、迫る2本の腕を次々と外へ流した。残る腕の1本がユウトへ向いた瞬間、ビリーが関節へ撃ち込んで軌道を逸らし、そのビリーを狙った最後の1本は、ニコが胴体そのものを爆発で押すことでまとめて外す。
体勢を崩したブッチャーの脚へ、アンビーの電撃が走った。
巨体の動きが僅かに止まる。
ユウトは片手を忍者刀から離し、素早く印を結んだ。
エーテルが掌へ集まり、紫電へ変わる。
放たれた雷がブッチャーの腕を走り抜けた。
ほんの一瞬だけ、4本の動きが強張る。
その時にはアンビーが懐へ飛び込んでいた。電光を纏った刃が、第1形態から傷つけ続けてきた胸部へ深く突き刺さる。
結晶に亀裂が走った。
「ビリー!」
「任せろ!」
アンビーが抜けると同時に、銃弾が傷口へ集中する。
亀裂が広がる。
ニコはすでにそこへ狙いを定めていた。
「そこ――!」
エーテル弾が直撃し、胸部の結晶が大きく砕け散った。
デッドエンドブッチャーが絶叫する。
だが、倒れない。
苦痛に暴れ、4本の腕を無秩序に振り回した。
「下がれ!」
アンビーたちが距離を取る。
ユウトも退こうとしたが、ほんの僅かに遅れた。忍術を使った影響で身体の内側から重さが増し、踏み出す足にいつもの切れがない。
迫る腕へ忍者刀を合わせる。
凄まじい衝撃が腕を抜けた。
「ぐっ!」
足が浮く。
次の腕が迫った瞬間、ビリーの弾丸が横から叩き込み、その軌道を逸らす。だが、さらに別の腕がユウトへ向かい、今度はアンビーが滑り込んで刃を合わせた。
「ユウト!」
「悪い!」
ユウトが体勢を立て直して横へ抜けると、アンビーも逆方向へ離れる。
「こっちよ!」
ニコがブッチャーへ撃ち込む。
しかし今度は、巨大な腕が盾のように持ち上がり、エーテル弾を受け止めた。
「防いだ!?」
「だったら足元だ!」
ビリーが狙いを変える。
撃ち込んだのはブッチャーではなく、これまでの攻防で何度も砕かれた路面だった。何発もの弾丸が同じ亀裂へ入り、アスファルトがさらに崩れていく。
アンビーがそこへ踏み込んだ。
ブッチャーは腕を振り下ろして迎撃するが、ユウトが横から刀を合わせて軌道を変える。その間にアンビーの斬撃が足元へ入り、亀裂の走った路面をさらに砕いた。
「ニコの親分!」
「待ってました!」
ニコの一撃が陥没した足場で炸裂した。
路面そのものが吹き飛び、ブッチャーの片脚が深く沈む。
巨体が傾いた。
胸部が開く。
ユウトが走る。
だが、4本の腕がすぐに戻ってきた。
このままでは届かない。
片手で印を結ぶ。
白煙が弾け、走るユウトの姿が2つへ分かれた。
本体と分身が左右へ散る。
ブッチャーの腕もそれぞれを追い、2本が分身へ集中した。直撃した瞬間、もう1人のユウトが白煙へ戻る。
残る2本は本体へ。
1本を身体を沈めてかわし、もう1本へ忍者刀を斜めに合わせる。正面から弾かず、僅かに上へ流してその下を滑り抜けた。
懐へ入る。
だが、ユウトは斬らなかった。
「アンビー!」
そのまま横へ抜ける。
開いた正面へアンビーが飛び込んだ。
胸部への斬撃。
ブッチャーが仰け反る。
そこへビリーの弾丸が傷口へ集中し、ニコの爆発が巨体を押し戻した。
ユウトはすでに背後へ回っている。
傷ついた膝裏へ忍者刀を深く走らせる。
片膝が落ちた。
それでもブッチャーはアンビーへ腕を伸ばす。途中へビリーの弾丸が入り、射撃へ反応してビリーへ顔を向ければ、ニコの爆発が巨体を正面へ押し戻す。
ニコを狙った腕にはユウトの忍者刀が入り、そのユウトへ別の腕が迫れば、アンビーが下から斬り上げて弾いた。
アンビーの刃が胸部を裂く。
ユウトが脚を崩す。
ビリーが開いた傷へ弾丸を送り込み、ニコの一撃が巨体を次の攻撃位置へ押し込んだ。
追い詰められたブッチャーが咆哮し、全身へエーテルを集中させる。
「来るぞ!」
閃光。
放たれたエーテルの奔流が街路を薙ぎ払い、建物を抉りながら通過していく。アンビーとユウトは左右へ散り、ビリーは横転した車体を足場に跳び、ニコは瓦礫の陰へ滑り込んだ。
光が通り過ぎる。
次の瞬間には、アンビーがもう走っていた。
迎撃しようと腕が上がる。
ビリーが撃つ。
弾丸が関節へ突き刺さり、振り下ろされるはずだった腕が横へ逸れる。その空いた正面へニコのエーテル弾が直撃し、爆発で巨体が仰け反った。
そこへユウトが駆け込む。
呼吸は荒く、忍術を使った分だけ身体は重い。忍者刀を握る腕にも疲労が溜まり、先ほど受けた衝撃が肩に鈍く残っている。
それでも止まらない。
両手で忍者刀を握り、砕けた胸部へ深い斬撃を刻み込んだ。
デッドエンドブッチャーの巨体が大きく揺れる。
片膝が落ち、さらに片手まで路面へついた。
「あと少しよ!」
ニコが叫ぶ。
アンビーが武器を構え直し、ビリーも銃口を胸部の傷へ向ける。ユウトも荒い呼吸を整えながら忍者刀を握り直した。
もう1度。
4人で崩せば、今度こそ倒せる。
その時だった。
――ガタン。
戦闘音に混じって、規則的な振動が足元から伝わってきた。
アンビーが線路へ顔を向ける。
「列車」
――ガタン、ガタン。
音は少しずつ大きくなっている。
やがて荒れ果てた街区へ、無機質なアナウンスが響いた。
『――まもなく、列車が到着します』
「来た!」
ニコの表情が変わる。
ユウトは即座に忍者刀を引いた。
「全員離れろ!」
迷う必要はない。
ここまで追い詰めたとしても、目的はデッドエンドブッチャーとの勝負ではなく、ホロウを縮小させて取り残された住民を救うことだ。
4人が一斉に距離を取る。
傷だらけのデッドエンドブッチャーがなおも立ち上がろうとする中、その向こうから列車のライトが急速に近づいてきた。
大量のエーテル爆薬を積み込んだ列車。
ブッチャーが4本の腕を振り上げる。
次の瞬間、車体と巨体が激突した。
耳をつんざくような轟音とともに金属が大きく歪み、ブッチャーが線路上を押し込まれていく。4本の腕が車体へ食い込み、それでも押し返そうと巨体が踏ん張った。
その列車から、小さな影が飛び出した。
「ンナ!」
「イアス!」
イアスが路面へ着地する。
『みんな、無事!?』
真っ先に聞こえてきたのはリンの声だった。
「何とかね! 見れば分かるでしょ、こっちはもうボロボロよ!」
『ユウト兄も!?』
「俺も生きてる。ちょっと疲れただけだ」
『その言い方、絶対信用できないんだけど!』
「失礼な」
『リン、ユウトへの説教は後だ』
アキラの落ち着いた声が割って入る。
『まだ終わってない。Fairy、爆薬の状態は?』
『はい、マスター。搭載されたエーテル爆薬に異常はありません。ただし、一斉起爆には周辺の空気中に存在する電荷を利用し、必要な電位差を確保する必要があります』
その説明の間にも、デッドエンドブッチャーは列車へ4本の腕を食い込ませ、車体を押し返そうともがいている。
「だったら、その条件を整えればいいのね!」
ニコがケースを構え直す。
『その通りです。車両内部へ電気を通しやすい状態を作ってください』
「なるほどな! 穴なら俺に任せろ!」
ビリーの二丁拳銃が火を噴いた。
弾丸が車両の各所へ撃ち込まれ、金属板に穴を穿っていく。
「ビリー、離れて」
「了解!」
入れ替わるようにアンビーが接近し、開けられた箇所へ武器を深く突き立てる。
電光が車体を走った。
『電位差の上昇を確認しました』
『Fairy、これで足りる?』
リンの問いにFairyが即座に計算を返す。
『現在測定中です。……臨界電位差への到達を確認』
『Fairy、起爆してくれ』
『承知しました、マスター。起爆シークエンスを開始します』
『みんな、離れて!』
リンの声とほぼ同時にニコも叫んだ。
「聞いたわね! 全員下がるわよ!」
アンビーとビリーが列車から一気に距離を取り、ユウトも最後までブッチャーの動きを警戒しながら後退する。
Fairyの淡々とした声が響いた。
『4――3――2――1――0』
全員が爆発に備える。
だが。
何も起きなかった。
ほんの一瞬、戦場から音が消えたように感じた。
『……あれ?』
リンの声が漏れる。
「……は?」
ニコも目を瞬く。
その間にもデッドエンドブッチャーは列車を押し返し始めていた。金属が軋み、4本の腕に押された車体がゆっくりと浮き上がる。
「ちょっと! 爆発しないんだけど!?」
「ニコの親分、あいつ抜けるぞ!」
ビリーが銃を構え直し、アンビーも前へ出る。
ユウトの手も忍者刀へ伸びた。
抜け出すなら、もう1度止める。
『Fairy?』
アキラが呼ぶ。
『再計算中です、マスター』
『急いで!』
リンの声。
ほんの僅かな間。
『修正完了。4、3、2、1、0』
「速っ!?」
ビリーの声とほぼ同時に、世界が白く染まった。
「伏せろ!」
凄まじい爆発が起こった。
大量のエーテル爆薬が一斉に炸裂し、列車ごとデッドエンドブッチャーを炎とエーテル光の中へ呑み込む。
衝撃波が街路を駆け抜けた。
ユウトは咄嗟に身を低くし、アンビーたちも瓦礫の陰へ飛び込む。熱風が頭上を通り過ぎ、吹き飛ばされた金属片が周囲の地面へ次々と突き刺さった。
やがて轟音が遠ざかる。
すぐに立ち上がる者はいなかった。
荒い呼吸と、燃える車体の音。時折、崩れた瓦礫が転がる乾いた音だけが残っている。
しばらくしてアンビーがゆっくりと顔を上げ、それに続いてユウトも立ち上がった。
煙の向こうには大破した列車が残っている。
だが、その中心に先ほどまで4人を相手に暴れ回っていた巨体の姿はない。
「……終わった、よな?」
ビリーが慎重に立ち上がる。
「エーテル反応が急速に低下してる」
アンビーが周囲を確認し、武器を下ろした。
「今度こそ終わり」
「……っはぁぁぁ……」
ニコが大きく息を吐き、ケースを杖代わりにして身体を支える。
「しぶとすぎるのよ……あいつ……」
「まったくだ」
ユウトもそこで初めて忍者刀を鞘へ戻した。
呼吸は荒く、腕も重い。後半で忍術を使った影響も、戦闘が終わった途端に一気に押し寄せてきている。
それでも、まだ完全には気を抜かない。
やがて周囲を満たしていたエーテルの圧迫感が少しずつ薄れ始めた。
デッドエンドブッチャーという巨大なエーテル反応が消えたことで、ホロウそのものが縮小を始めている。
アンビーもそれを確認した。
「ホロウの状態が変わってる。縮小が始まったみたい」
「じゃあ……」
ニコが顔を上げる。
「ああ」
ユウトは小さく息を吐いた。
「これで住民を逃がせる」
その言葉で、ようやく4人の間から張り詰めていた空気が抜けていった。
『ユウト兄、本当に大丈夫?』
イアスを通してリンの心配そうな声が届く。
「大丈夫だって。ちょっと疲れただけだ」
『ほら、やっぱりその言い方』
「何がだよ」
『普段の行いじゃないかな、ユウト』
アキラまで加わる。
「お前らなぁ……」
いつもの兄妹とのやり取りに、ニコが呆れたような顔を向けた。
「元気じゃない。心配して損したわ」
「だから大丈夫だって言っただろ」
ビリーもようやく銃を下ろし、大きく伸びをする。
「いやぁ、それにしても今回は本当に危なかったぜ! あの腕が増えた時なんか、さすがの俺でもちょっと焦ったからな!」
「ちょっと?」
アンビーが首を傾げる。
「かなり焦ってた」
「アンビー、それは言わない約束だぜ」
「そんな約束はしてない」
「冷たい!」
そのやり取りを聞いていたニコが、ふと燃え残った列車へ目を向けた。
「……でも」
「ん?」
「あいつ、あと少しだったわよね?」
ビリーが顔を向ける。
「何がだ?」
「列車が来る直前よ。もうちょっとだったじゃない」
アンビーは少しだけ考えてから、倒れていたブッチャーの位置へ目を向ける。
「あと1回、綺麗に崩せていれば倒せた可能性は高い」
「ほら!」
「ニコの親分、まさか爆薬にトドメを持っていかれたのが悔しいのか?」
「違うわよ!」
「即答」
「アンビーまで!?」
3人のやり取りを見ながら、ユウトは苦笑する。
「住民を逃がすために倒したんだ。誰がトドメを刺したかなんてどうでもいいだろ」
「分かってるわよ、それくらい!」
ニコはそう返してから、少しだけ間を置いた。
「……まあ、そうね」
目的は果たした。
ホロウが縮小すれば、カンバス通りに取り残された住民たちにも脱出するための道が開く。
「作戦成功、だな」
ユウトが呟く。
ニコは疲れ切っているくせに、それでも胸を張った。
「当然でしょ。あたしたち邪兎屋がいるんだから!」
「俺もいたんだけど」
「細かいこと気にしない!」
「お前、さっきまでトドメがどうとか気にしてただろ」
「うるさい!」
「ははっ! やっぱりニコの親分は元気だな!」
「ビリー!」
騒ぎ始めた2人の横で、アンビーが小さく息を吐く。
ユウトも僅かに笑った。
だが、その視線はすぐにホロウの奥へ向く。
こちらは終わった。
住民たちを助けるための道も開いた。
けれど、まだすべてが片付いたわけではない。
猫又。
そして――。
「……リア」
誰にも聞こえない程度の声で呟く。
あちらには、あちらの仕事がある。
「そっちも、上手くやれよ」