転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
巨大なエーテリアスを追って、星見雅が零号ホロウの奥へ消えていく。
その姿が完全に見えなくなってから、僅かに遅れて3人の人影が駆け込んできた。
「課長! 目標とは安全な距離を保ってください!」
先頭を走る眼鏡の女性が、雅の消えた方向へ呼びかける。しかし、返事はない。
その後ろから弓を携えた青年と、小柄な鬼の少女が追いついた。
「ぜぇ……全速力の課長になんて、追いつけないっての……」
「ハルマサ、早く! ボスに置いてかれちゃうよ!」
「蒼角ちゃんは元気だねぇ……」
「浅羽隊員、まだ任務中ですよ」
「分かってますよ、月城さん」
突然現れた3人に、女性試験官が目を見開いた。
「その制服……H.A.N.D.の……」
眼鏡の女性――月城柳が、そこで初めてこちらへ視線を向けた。
「対ホロウ六課です。現在、緊急の鎮圧任務を遂行しています」
簡潔に名乗った柳の表情には、僅かながら緊張が滲んでいた。
「こちらのエリアで、情報のない『極超』級エーテリアスが確認されました。現在、我々六課が追跡と鎮圧にあたっています」
「『極超』級……!?」
女性試験官の顔色が変わる。
スコット前哨基地の端末前でも、アキラが息を呑んだ。
『さっきから周りの様子がおかしかったのって、あいつの影響だったんだ……』
Random Playから支援しているリンの声にも、普段とは違う緊張が滲んでいる。
ユウトは何も言わず、雅が消えていった方向を見た。
(……やっぱり来たか)
対ホロウ六課。
そして何より――。
(変えてきて正解だったな)
それ以上は考えず、柳へ意識を戻す。
「皆さんがここで何の任務に就いていたとしても、現状ではそちらを優先できる状況ではありません」
柳の声が僅かに引き締まった。
「この場にいる皆さんには遊撃部隊として、我々の作戦を支援していただきます。対ホロウ六課副課長としての正式な召集です」
女性試験官が驚いたように柳を見る。
だが、迷っていたのは僅かな時間だった。
「……分かりました。この状況では仕方ありませんね」
手元の端末を操作し、先ほどまで進めていた資格試験の情報を閉じる。
「本来の任務は中止します。これより六課の作戦支援を最優先とします!」
「ご協力、感謝します」
柳が頷いた。
資格試験を受けに来ただけだったはずが、とんでもないことになったものだ。
ユウトがそんなことを考えていると、柳の視線が足元へ向いた。
そこにはイアスがいる。
「ンナ?」
「そちらは学会のナビボンプでしょうか」
女性試験官が僅かに首を傾げる。
「え? この子は――」
「目標がこちらの想定していたルートから外れています」
説明を続ける柳に、試験官が言葉を止めた。
「追跡を続けるには、『キャロット』のデータを持つボンプによるナビゲーションが必要です。緊急事態ですので、こちらのボンプを物資として徴発させていただきます」
「ンナ!?」
イアスの耳が跳ね上がった。
『徴発!?』
アキラも思わず聞き返す。
『ちょ、ちょっと待って。イアスは学会のボンプじゃ――』
もちろん、その声が六課へ届くことはない。
事情を知らない悠真が、難しい説明を噛み砕くようにイアスを見る。
「早い話が、もし壊れちゃっても六課でちゃんと弁償しますよ、ってこと」
『なんだって――』
言いかけたアキラが止まった。
イアスの身体もぴたりと固まる。
『お兄ちゃん!』
リンの声が飛んだ。
『喋っちゃダメ!』
『――っ』
『ン、ンナナ!?』
どうにかボンプ語へ切り替える。
柳が僅かに首を傾げた。
ユウトはそっと顔を逸らした。
『危なかった……』
『危なかったじゃないよ! もうちょっとで普通に喋るところだったでしょ!』
『ごめん。つい……』
『私だって嫌だよ! イアスが壊れるなんて絶対やだからね! 弁償すればいいって問題じゃないんだから!』
もちろん、その声は六課には届かない。
そんなことを知る由もなく、蒼角がイアスの前へ屈み込んだ。
「お願い、ボンプちゃん! 蒼角がちゃんと守ってあげるから!」
「ンナ……」
イアスが蒼角と、その後ろにいる柳たちを見上げる。
女性試験官も困ったように頬へ手を当てた。
「確かに、この子のナビ能力は申し分ありませんけど……試験の同意書に『ボンプが深刻な損傷を受ける可能性があります』なんて項目、あったかしら……?」
ユウトは小さく息を吐いた。
どうやらイアスが同行すること自体は、ほぼ決まったらしい。
「なら、俺も同行します」
柳がユウトを見る。
「貴方も?」
「こいつの護衛を頼まれてるんで」
ユウトはイアスを親指で示した。
「イアスを連れていくなら、護衛の俺が残る理由もないでしょう」
『ユウト兄……!』
リンの声が少し明るくなる。
『それなら少し安心……って言いたいけど、ユウト兄も無茶しないでよ?』
ユウトは返事の代わりにイアスへ視線を落とした。
「離れるなよ」
「ンナ!」
力強い返事を聞いて、柳はユウトを数秒見つめる。その視線が腰の刀へ向かい、続いてイアスへ落ちた。
「分かりました。ただし、同行する以上はこちらの指示に従ってください」
「了解」
悠真がユウトとイアスを交互に見る。
「専属の護衛付きとは、ずいぶん大事にされてるボンプちゃんだねぇ」
「まあ、そんなところです」
「ンナ!」
「そこ誇らしげになるんだ」
悠真が笑う。
柳が雅の消えた方向へ身体を向けた。
「では、急ぎましょう」
イアスが先頭へ出た。
ユウトもそのすぐ後ろにつき、柳、悠真、蒼角、そして女性試験官も続いて零号ホロウの奥へ走り出した。
◇
崩壊した旧都の奥へ進むほど、景色は荒れていった。
道路は大きく裂け、高架は途中から捻じ切れたように途絶えている。傾いたビル同士が寄りかかり、その隙間を濃いエーテルの霧が流れていた。
「ンナ!」
分岐へ差しかかったイアスが、右手の通路を示す。
本当なら、アキラ自身の言葉でユウトへ状況を伝えてしまえば早い。だが、今はすぐ後ろに六課がいる。
『……喋れないって、思ったより不便だな』
『でしょ? 私もユウト兄に直接伝えられないから、結構もどかしいよ』
『今はこれで伝えるしかないか』
イアスがもう一度、今度は少し大きく右を指した。
ユウトもそちらを見る。
瓦礫の奥に、通り抜けられそうな道が続いていた。
「……そっちだな」
「ンナ!」
一行がそちらへ曲がる。
イアスは先導しながらも1体だけで先へ走りすぎることはない。数歩先へ出ては後ろのユウトを確かめ、ユウトもまた常にすぐ手の届く距離を維持していた。
やがて狭い通路を抜け、崩れた高架の下へ出る。
その瞬間、ユウトの足が止まった。
「待った」
柳もほぼ同時に顔を上げる。
頭上の霧が揺れた。
次の瞬間、複数のエーテリアスが高架から飛び降りてくる。
「浅羽隊員、上方をお願いします。蒼角は正面!」
「了解でーす」
「任せて、ナギねえ!」
返事と同時に3人が動いた。
悠真は滑るように後方へ距離を取り、弓を引く。放たれた矢が高架から落下してきた1体を空中で射抜き、着地を崩したところへ間髪入れず次の一射が突き刺さった。
その横では蒼角が巨大な得物を振りかぶる。
「どいてどいてー!」
豪快な一撃が正面の敵へ叩き込まれ、衝撃に巻き込まれた数体がまとめて押し返された。
開いた隙間へ柳が踏み込む。敵の攻撃を最小限の動きで捌きながら長柄の武器を振るい、反撃の機会を与えないまま次々と敵の体勢を崩していった。
女性試験官は戦線から一歩下がり、周囲のエーテル反応を確認する。
「右からも来ます!」
警告とほぼ同時に、瓦礫の陰から新たな個体が姿を現した。
「ンナッ!」
イアスが足を止める。
そのすぐ前へユウトが出た。
「そこにいろ」
刀を抜く。
正面から飛び込んできた爪を刃で外へ流し、その勢いを殺さないまま懐へ踏み込む。すれ違いざまに刃を走らせ、振り返るより早く横から迫った別の個体へ身体を沈めて攻撃を躱すと、その懐へ肘を叩き込んだ。
体勢が崩れたところへ、返した刀が走る。
「ずいぶん歓迎されてるねぇ」
悠真がぼやきながら矢を放った。
高所からイアスへ飛びかかろうとしていた敵が撃ち抜かれる。
「カカシさん、後ろ!」
「見えてますよ」
ユウトは身体を捻り、背後から迫った敵へ刃を突き入れる。そのまま横へ払い、蹴り飛ばした。
「へえ。本当に護衛なんですね」
「最初からそう言ってるでしょう」
「いやぁ、ボンプちゃんからほとんど離れないのに、よくそこまで動けるなって」
「仕事なんでね」
「真面目だなぁ。僕とは大違いだ」
「浅羽隊員。お喋りする余裕があるなら左をお願いします」
「ほら、すぐ仕事が増える」
口ではぼやきながらも、悠真の矢はすでに左側から迫っていた敵を捉えていた。
ユウトは一瞬だけ周囲へ視線を走らせる。
正面を押し込む蒼角。高所と側面を潰す悠真。そして柳は自ら戦いながらも全体を見渡し、僅かに生じた穴をすぐに埋めている。
ユウトも彼らの実力は知っていた。
それでも、同じ戦場に立つと印象は違う。誰かが敵を崩せば次の誰かが入り、1人が前へ出れば、その死角を別の誰かが自然に埋める。
(……やっぱ違うな)
だが、感心している暇は長くなかった。
地面が震え、正面の瓦礫が吹き飛んだ。
「うわっ!?」
蒼角が後方へ跳ぶ。
霧の奥から、それまでの個体より一回り大きなエーテリアスが姿を現した。太い腕が地面へ叩きつけられ、砕けた瓦礫が周囲へ飛び散る。
「ンナッ!」
イアスがユウトの服を掴む。
「大丈夫だ」
ユウトはイアスを庇う位置へ身体をずらした。
「正面は私と蒼角で抑えます。浅羽隊員は周囲の小型を。カカシさんはそのままボンプの護衛をお願いします」
「了解」
「はーい」
「分かった!」
巨大な個体が再び腕を振り上げる。
「蒼角!」
「いっくよー!」
真正面から蒼角が踏み込んだ。
巨大な武器と敵の腕が激突し、轟音が周囲へ響く。小柄な身体が一瞬沈んだものの、蒼角はそのまま踏み止まった。
「まだまだぁ!」
力任せに振り抜いた一撃が敵の腕を大きく弾く。
柳はその瞬間を逃さなかった。一気に間合いへ入り、鋭い連撃を叩き込む。
エーテリアスが柳へ向き直ろうとした瞬間、その側頭部へ矢が突き刺さった。
「こっち忘れてますよー」
悠真の一撃で動きが止まる。
「蒼角!」
「うん!」
再び重い一撃が叩き込まれ、巨体が大きく傾いた。
その間にも、周囲の小型が一斉に動き出す。狙いは前線の3人ではなく、その後方にいるイアスだった。
「……そりゃ、そっち狙うよな」
ユウトが前へ出る。
先頭の1体の突進を半身になって流し、すれ違いざまに首元へ刃を走らせる。続く敵には飛びかかってきた勢いを利用して蹴りを合わせ、その身体ごと後続へ叩きつけた。
まとめて体勢を崩したところへ忍具を投げ、僅かな足止めを作る。
それで十分だった。
ユウトは一気に距離を詰め、2度の斬撃で道を塞ぐ敵を斬り払う。しかし深追いはせず、すぐにイアスの横へ戻った。
「ンナ!」
イアスがユウトの袖を引く。
その手は、右側の崩れた建物の間を指していた。
ユウトも視線を向ける。
瓦礫の奥に細い通路がある。
「……そっちか」
イアスが大きく頷いた。
「月城さん!」
ユウトの声に柳が振り返る。
イアスがもう一度、右側を指した。
柳もすぐに察する。
正面には大型。周囲からはまだ敵が増えている。
ここで全て倒す必要はない。
「追跡を優先します! 右側へ突破してください!」
「了解!」
蒼角が大きく踏み込む。
「それじゃあ――どっかーん!」
渾身の一撃が大型エーテリアスを大きく後退させる。柳もそこへ攻撃を重ね、進路から完全に押し退けた。
「行って!」
イアスが右の通路へ走る。
数歩進んだところで一度振り返ると、ユウトもすぐに追いついた。
「行くぞ」
「ンナ!」
2人が通路へ飛び込む。
女性試験官、悠真、蒼角、柳も続いた。
背後から追ってきたエーテリアスへ、悠真が走りながら振り返って矢を放つ。先頭の1体が倒れ、後続を巻き込んだ。
「これで少しは時間稼げるかな」
「十分です。先を急ぎましょう」
一行は速度を落とさない。
戦闘音が次第に遠ざかっていく。
(なるほど。この辺はゲームじゃ省かれてたわけか)
ユウトは再び、雅を追って走った。
◇
やがて一行は、崩れた建造物の合間に開けた場所へ出た。
先ほどまで聞こえていた戦闘音とは違う。
さらに遠く、さらに高い場所から、鋭い音が響いてくる。
悠真が足を止め、辺りを見回した。
「課長、一体どこだぁ――?」
視線が廃墟の間を巡る。
そして――。
「――! あんなとこに!」
全員の視線が、遥か上へ向いた。
旧都の廃墟を見下ろす高空。
巨大な異形が飛んでいる。
幾重にも重なった花弁のような器官を広げた、白く巨大なエーテリアス――ニネヴェ。
その巨体を追って、1人の少女が崩壊した旧都の高所を駆けていた。
星見雅。
雅は止まらない。
崩れた構造物を蹴り、さらに高く跳ぶ。
進路を塞ぐエーテリアスへ白刃が走り、その身体が遅れて崩れる。雅は落下する敵の脇を抜け、突き出した鉄骨へ着地すると、次の瞬間には再び宙へ躍っていた。
ニネヴェが巨体を翻す。
その周囲へ濃密なエーテルが渦巻く。
雅はなおも距離を詰める。
前を塞ぐ異形を斬り抜け、跳ぶ。
駆ける。
さらに高く。
そして――ニネヴェを間合いへ捉えた。
一瞬、刀へ手が添えられる。
抜刀。
白い閃光が、高空を横切った。
幾重もの斬撃がニネヴェの巨体を駆け抜け、遅れて凄まじい衝撃が周囲へ弾ける。花弁のような器官が大きく揺らぎ、その巨体の軌道が逸れた。
それでも、ニネヴェは墜ちない。
大きく体勢を崩しながらも再び高度を取り、零号ホロウのさらに奥へと離れていく。
雅は高所へ着地すると、静かに刀を収めた。
ユウトはその一連を見上げる。
(……生で見ると、やっぱ違うな)
「いたいた、課長ー!」
悠真の声が響いた。
雅が振り返る。
◇
「課長、ご無事でしたか。首尾はどうでした?」
追いついた柳が尋ねる。
雅はニネヴェの消えていった方向を見たまま、僅かに考え込んだ。
「芳しくは、なかったな」
少し間を置く。
「茶碗を砕く木槌と思えば……黒板を伝う白墨のようなものだった」
蒼角が首を傾げる。
「んー……あ! 分かった!」
ぽん、と手を叩いた。
「包丁でバターをズバーッ! ってしたかったのに、まな板にドンッ! ってしちゃった感じだね!」
「蒼角ちゃんさぁ、それもっと分かんなくなってない?」
悠真が困ったように笑う。
柳だけは慣れているらしい。
「つまり、ニネヴェへ重傷を負わせるには至らなかった、ということですね」
「ああ」
「ニネヴェ……」
スコット前哨基地の端末前で、アキラがその名を小さく繰り返す。
ユウトは何も言わず、遠ざかっていく巨大な影を見ていた。
「引き続き目標を追跡する必要がありますね」
柳の言葉に、悠真が肩を落とす。
「はいはい、斥候やりまーす。まあ……あんなでかいの、見失う方が難しいけどね」
そう言って動き出そうとした――そのときだった。
柳の表情が変わる。
「……待ってください」
ユウトも周囲へ視線を向けた。
低い咆哮。
1つではない。
先ほどまでとは比較にならない数の気配が、こちらへ近づいている。
「ンナ……!」
イアスの耳がぴんと立った。
瓦礫の陰。
崩れた高架の上。
廃ビルの暗がり。
次々とエーテリアスが姿を現していく。
「……エーテリアスが集まってきているようです」
柳が状況を確認する。
「課長とニネヴェの戦闘を聞きつけたのでしょう」
悠真が周囲を見回した。
「うわぁ……さっきより多くない?」
「いっぱい来たね!」
蒼角はむしろ元気そうに得物を構え直す。
柳は雅を見る。
「こちらの処理は任せてくださいますか、課長」
「ああ」
雅が刀の柄へ手を添える。
ユウトも刀を抜いた。
そのすぐ横へイアスが寄る。
「ンナ」
「……離れるなよ」
「ンナ!」
資格試験だったはずの仕事は、とっくに別物になっていた。
ユウトは迫ってくる敵の群れを眺め、マスクの下で小さく息を吐く。
(……試験受けに来ただけだったんだけどな)
雅が一歩前へ出る。
「対ホロウ六課――総員、迎撃準備」
柳が武器を構え、悠真が弓へ手を掛ける。蒼角も得物を担ぎ直した。
その少し後ろで、ユウトもイアスを庇える位置に立つ。
次の瞬間。
対ホロウ六課と、押し寄せるエーテリアスの群れが激突した。